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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

試しに恋する女の子

作者: 陽田城寺

「それでねぇ、良太くんがゴール決めた後に完全に汗輝いてたってわけよぉ!」

「そんなに光ってたんだ」

「もう絶対! でも私にしかそういう風に見えないんだろうなぁ~これが恋ってやつなんだよねぇ~」


 日當瀬(ひとせ)はそんな風に、クラスの男子に対する恋心を楽しそうに語る。

 日當瀬の話を聞くのは面白い。彼女はいつも恋をした話をしたり、好きな人の話を楽しそうにする。

 そんな話を聞いていると、特に興味のない私も恋が気になるし、恋をしてみたくなる。

 もっとも、私はもう恋をした日當瀬の話を聞くのが好きで、恋について聞く方が好きなのかもしれないけれど。

 

「でもフラれたんだよね~、あーあ」

「それは、元気出して」


 日當瀬は、話をする分、告白もする。

 ただ、それが成就した様子はない。

 私が聞いた限りは三回告白したらしいが、遠回りにフラれたり、返事を持ち帰って後日断られたり、もう彼女がいたり。

 草食系男子というのか、なんて日當瀬は凹んでいた。それは私も同意する。

 日當瀬は女子の中でもかなり可愛い部類だと思う。セミロングの髪はちゃんと黒いけれど、中学の時にはやんちゃだったらしくて金髪だったらしい。そういうところが、爪についた星の装飾やたまに咥えているチュパチャプスが、いかにもな雰囲気を出している。

 一言で言えば、ギャル、という感じだ。

 もちろん、胸にしまって言えない言葉だけど。


度会(わたらい)はそういう話ないの? 浮いた話。色の話。色ボケ話」

「ないな。それほど人に興味がない、というか」

「そうなんだ。つまんないなぁ~」

「そう。そうなんだ。つまらない。私も恋をしてみたい」


 恋をする日當瀬の話は面白いし、恋をする日當瀬も見ていて面白い。だからつい話を聞いてしまう。

 私も、そんな日當瀬みたいに恋をしてみたい。恋の話もしてみたい。

 そんなことを思っていたら、日當瀬が笑いながら、親指で自分自身を指差していた。


「したらいいじゃん! 恋! 試しに、私に!」

「……日當瀬に?」

「うん。私に恋してるって思って過ごしてみたらさ~、きっと楽しいよ~? 恋、素敵なものだなってなると思う!」


 恋は既に素敵なものだと思っているのだけれど、あまりに笑顔が弾けているからそんな注意はできなかった。

 せっかく恋をさせてくれるというのだから、お言葉に甘えよう。


「……じゃあ、恋、してみようかな」

「うん! 思う存分、私に恋するといいよ!」


 こうして、私は日當瀬双葉(ふたば)に恋をすることとなった。



―――――――――――――――――――――――――――


 度会沫唯(あわい)は私に恋をしている、という設定になっている。

 度会は、割とボーイッシュな女子だ。髪は短いし、喋り方も中性的な感じだけど、見れば見るほど綺麗な子だ。透明感というか、清涼感というか。

 それでいて男子にも女子にも分け隔てなく、浅く広く人付き合いがあるから、私なんかは最初男好きかと思っていた。

 けど、恋をしてみたい、っていう沫唯の言葉は妙な真実味があった。

 なんというか、度会は本当に人との距離感が縮まらない。私は度会に三回くらい告白が失敗した話をしたけど、更に三回くらい失敗している。

 その三回のフラれた理由が、度会が好き、と言われたからだ。

 それでいて度会はその気が全くないのだから、むしろ男子が気の毒だ。

 なんで恋してみたらと試しに言ってみたら、それは承諾してくれた。

 

 で、度会は私に恋をしているはずなのに、普段通り休み時間になるたびに私に会いに来る。


「度会は恋してる?」

「うん。すぐにはわからないけど恋してみているよ。日當瀬に恋してる」

「そ、そう……」

「また好きな人の話を聞かせてほしい」


 度会は普段とあまり変わらない調子で言ってくる。うーん、気持ち笑顔な気はするけれど、私の思っていた恋とは少し違うような気もする。

 まあ、いいや。普段通りにしていたら。


「じゃあ昨日の良太くんなんだけど~」


 と、普段通り、私は好きな人の話をした。


 それが一週間と少し。


「昨日の良太くんなんだけど~」

「日當瀬、横顔綺麗だね」

「うん……へぇっ? あ、ありがとう」

 

 突然の不意打ちだったけれど、ニコニコしてる度会を見てすぐに平静を取り戻した。

 あんまり今まで通りだったからもうやめたのかと思ったけれど、これが度会なりの恋なんだろう。

 私もまず顔を褒めるからなぁ、そういうところは学ばなくてもいいのに。


「前から思っていたけど、髪も可愛いよね。癖っ毛になってるの、私は好きだよ」

「そう? ありがとう」

「どういたしまして」


 ニコニコしている度会は、少しの間の後に変わらない表情で言った。


「恋の話、続けて?」


 いや続けられるかーい!

 と心の中ではツッコミながら、私はなんとか良太くんの話を絞り出した。

 その日の度会はそれ以上変わったことはしてこなかった。

 

 どうも度会にとっての恋の実践が変だった。タイミングも変だけれど、してくることも変。


「あ、日當瀬」

「なっ、なになになに」


 朝の登校中に突然、手をつないで来た。

 いや確かに私も手をつないでみたいとか一緒に登校してみたいとか言った気はするけれど。


「ビックリするじゃん、急に」

「このままでいいかな?」

「いやハズ……まあいいけど」


 手をつないだまま登校して教室まで、なんてどう考えても恥ずかしい。

 でも私が恋してみない? なんて誘ってしまった以上あまり拒否できない。

 仕方ない。


「嬉しい?」

「うん。だんだん距離が近づいていってるね」

「……いや元からこんな感じだと思うけど」


 最初から度会とはそれなりに仲が良い気がする。

 そもそも度会は人と深く関わらない方だけど、私とはよく喋っている。妙に私の話を聞きたがっているし、毎休み時間ごとに来るようになったし。

 そんなに私の話が好きなのか、恋の話なんて浮ついたことを聞ける相手がいないのか。

 恋に興味津々なのは確からしい。だから、こういう『恋ごっこ』にもハマっているのかな。

 じゃあもう少し付き合おう。

 私は妙に恥ずかしくて手を動かせないのに、度会は平気で指を絡めとってくる。

 意外と距離感近いやつなのか、恋に対して積極的なのか。

 ……私の真似しているなら、やっぱり積極的なんだろうなぁ。


「日當瀬、恋の話して」

「え、いや朝からはいいよ」

「そう? わかった」


 聞き訳のいい度会は、ニコニコしながら黙って歩く。

 私はそんな顔を直視できなくて、顔が熱くなりながら同じように黙って歩いた。

 恥ずかしいから顔が熱いんだけど、こんなに見られるのが恥ずかしいのもなんか新鮮だった。普段は見せつけてやろうとか思うのに。いやそうしたことないから、私の話を聞いた度会がみんなに見せつけているんだろうけど。


――――――――――――――――


 度会はあんまり表情が変わらない、いつもニコニコしているやつだなぁ。

 いつも私の話を聞いてニコニコしているから、子供に何かを教えているような気分になる。度会の態度も含めて。

 だから恋とか性に対する執着とか薄そうなんだよね。だから恋したいとかって言うのはまだわかるけど、エッチなことしたいとかそういう興味は本当になさそう。私もそういうことは話さないし。

 クラスで男子にも女子にも平然と接するところもそういう裏付けだよね。

 恋、かぁ。度会は楽しいって言っているけど私はどんどん複雑な気持ちになってきた。

 このお試しの恋は、どこが終着点なんだろう。


 そういうことを考えていたら、すっかり良太くんの活躍を見逃してしまっていた。


―――――――――――――――――


「日當瀬、恋の話、してよ」

「……あー、あんまり話すことないかなぁ」

「そうなの? 珍しい。恋している時も、失恋した時も、いつも恋の話してたから」


 度会はあまり表情が変わらないから、私が話ができない理由には興味なさそうだ。自分のお弁当を食べながら、いつもみたいにまあるい無邪気な目で見てくる。

 

「最近はもう度会のことばっか考えてるよ。度会はさ、恋、楽しい?」

「楽しい。どんどん日當瀬と仲良くなって、ゲームみたい」

「ゲームみたい。そりゃ、まぁ~」


 なんか軽い気持ちで相手されているなぁ。そんなのにこんなに悩まされる私も私だ。


「はい、あーん」

「あー、あーん」


 お箸でつまんだ玉子焼きを向けられたので反射で口を開けてもらう。普通のしょっぱい系の玉子焼きで、美味しい。


「お母さん料理上手だね」

「玉子焼きだけ自分で作った。日當瀬のために」

「……可愛い」


 男子が度会を好きになる理由もわかるような気がした……いや、クラスの男子は度会のこういう面は知らないはず。

 というか、そうか、度会は私がしてみたい恋の形を再現していってるから私にとって最高な彼女になってしまっている。

 この順序の組み方は、マズイ。

 そうだった、お昼休みに一緒にお弁当は彼女になって結構後の方にすることだ。

 一緒にいたり、顔を褒めたり、手をつないで登下校したり、ごはん食べたり。

 あとは何が残っていただろう、一緒にお出かけでいろんな場所にデートするのと、家に遊びに行くの、そして最後にチューがしたいとか。


「わっ、度会から話とかないの? お喋りすること」

「今週暇だから家言っていい?」


 一足飛びだ! デートを差し置いておうちデートする気だ!


「いや……家は……どうかなぁ~」

「ダメかな」

「ダメってわけじゃないんだけど」

「じゃあ土曜日にね」


 なし崩し的に約束をしてしまった。

 度会は手を伸ばしてきて、指と指を絡め合うような恋人繋ぎをして手を握ってくる。

 この子は、この子は魔性の女かもしれない……。


――――――――――――――――――――――――


「女の子の部屋って初めて入った」

「いや自分じゃん。度会、そういうのは言わなくていいから」


 そんなシチュエーションも語っていたっけ、なんて思い出しながら部屋に度会を招き入れながら、クッションの上に座らせる。

 小さなテーブルを間に対面して、地べたに座っている以外は学校と大して変わらない構図になった。

 

「度会はさ、いつまでお試しの恋してる?」

「ん? ああ、今の状況?」

「お試しで始めたことだしね」

「そうだね」

 

 あっさりと肯定されて、それで良いはずなんだけど妙に胸が苦しくなった。

 言ってしまってよかったのかな。でも、おうちデート以上のことは度会もしないだろうし、これが終わり時だと思う。


「じゃあもう、遊びの恋はやめようか」

「……だねぇ。所詮は恋の遊びだし……」

「……日當瀬、なんか辛い?」


 度会に心配されるくらい胸がきゅうと苦しくなる。痛いというか締め付けられるような感覚に、思わず天を仰いだ。


「なんか、なんかさぁーっ! 彼氏いたこともないのに別れ話を切り出すみたいな気持ちになっちゃった! 最近恋のことも考えてないし! 度会のことばっかり考えちゃってるし! お試しの恋ってなに!? 私から言っといてなんだけどお試しの恋って何よ!?」

「私もよくわかってなかったけど楽しいよ」

「度会は楽しそうでいいねぇ! 私はなんかなんか……もうわっけわかんないんだけど!?」


 なんで度会に、恋を辞めてほしいみたいなことを言うのにこんな切ない気持ちになるんだろう。度会が今後どれくらい態度を変えてしまうんだろう、そんな心配もするしなんだか泣きそうになってきた。

 

「度会と一緒にいるのは楽しいけど嘘の恋なんかで仲良くなってるからもう……こういうの終わっちゃうとか度会に嫌われるのかもみたいなこと考えたら辛いしもう……嫌だよこんなの……」

「わ、わ、」


 ついに耐え兼ねてしまった。でも熱い涙を流して言いたいことを言ったら、胸の苦しみはいくらか取れた気がする。


「ごめん、ごめん。そんなにつらかったんだ」

「だって度会が私に優しくしてくれるからぁ~!」

「おー、よしよし」


 叫ぶみたいに泣く私の背中をさすってくれて、そのまま度会の体が私に重なった。

 後ろから抱きしめられている、なんてロマンチックだ。


「代わりに日當瀬が私に恋してみない? 試しに」

「……えぇ? ふぇぇぇ?」

「だって日當瀬、私のことばっかり考えてるんでしょ? じゃ、私に恋してるも同然だし。試しに」

「……うん」


 それなら、私と度会が急に疎遠になることはないだろう。

 度会の提案を私は快諾して、そのまま度会の胸の中で泣いて、気付けば眠っていた。


――――――――――――――――――


「おっはよ~沫唯(あわい)~!」

「おはよう、双葉(ふたば)


 あれから一ヵ月も経たないうちに、双葉は私の名前を呼ぶようになって、毎朝家に迎えに来るようになった。

 ニコニコと楽しそうにしながら、私の手を奪って見せびらかすように前を歩いていく。


「今日はさ、映画見よう! 今流行ってるからさぁ~!」

「うん。私も原作読んだ」

「楽しみだねぇ~! 私絶対泣いちゃうから! 沫唯はそういうの見て泣く?」

「あんまり泣かないかなぁ」


 双葉は全然会話が止まらないし、笑顔が凄く弾けている。

 ――確かに、双葉の言う通りだった。

 恋はしてみると、とても楽しいものだった。

 私も双葉も恋を楽しんでいるのか、相手のことが好きなのか、そんな小難しいことを考えたこともある。結局は、離れるのが寂しいという子供みたいな感傷のせいで、今はこうして二人でいるのかもしれない。

 それでも、私は、恋をされている双葉の戸惑いや涙よりも、恋をしている双葉の笑顔が好きらしい。


 双葉が、いつまで私に恋を試しているのかわからない。

 そんな不安がある。

 それは双葉がかつて私に抱いたものだった。

 お試しの恋、なんて軽い気持ちでも言うものじゃない。この不安は、私を健全な幸せに導くことはないだろう。

 けれど。


「映画終わったらまた家に行くね。お泊りで感想話し合おう!」

「うん」


 双葉は、私から離れて別な人を見つけても、その時には私に恋の素敵な話を聞かせてくれるだろう。

 その時、きっと私は同じように楽しく聞いていられると思う。

 恋をしている双葉が好きだから。

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