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瑠璃色の徒花  作者: 吉柳月狼
二章 邂逅
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三 十色 三

 十一月十九日 午前三時


 同窓会からの帰り道、桃真は自分を呼び止める声に立ち止まった。

「どうした?」

 桃真を呼び止めたのは大矢晃おおやひかる。キャップを後ろ向きにして被る彼は、パーカーのポケットに両手を突っ込んだまま桃真に近付いた。

かおるは?」

「トイレじゃねぇか? ……あ、ほら後ろ」

 桃真の指差す方向。呑んだくれ~るの入り口から小田切薫おだぎりかおるが姿を現した。大きめのサイズなのか、細身な薫の体は着膨れしている。

「あれ、二人ともどしたん?」

 薫は桃真と晃を見つけると、小走りで二人のもとに駆け寄ってくる。

「帰らねぇの?」

「お前のこと待ってたんだよ」

 晃が薫の腕を小突く。

 話が見えないと桃真と薫が首を傾げると、晃は二人の顔色を窺いながら両手をパンと合わせた。

「頼む、今日泊まってくれ!」

「はぁ? 泊まるってお前の家にか? 俺と薫が?」

「別にいいけどさ、なんで急に」

「いや……春平が呪いの話してたろ? みんなが自殺したのは、呪いのせいだって。俺、あれ聞いて怖くなっちまって」

 照れ臭そうに話す晃を前に、桃真は思わず笑ってしまった。

「まじか、お前。わかった、他でもないお前の頼みだ。でも、お前ん家行く前に諸々揃えねぇと」

「おお! まじで、サンキューな!」

 再び手を合わせて礼を言うと、晃は二人の前を歩き始める。周りの街頭や居酒屋の明かりが、晃を飲み込むように、そして二人を誘い込むように手招いていた。

「久々だな、あいつん家」

「薫、お前は怖くないのか?」

「は? 別に怖くねぇけど……。まさかとは思うけど桃真、怖いのか?」

「そんなわけあるか」

 薫の言葉をはっきり否定し、桃真は足を踏み出した。両側の居酒屋から迫る楽しげな笑い声を掻き分けながら、わざわざ足を止めて待ってくれている晃に向かって「悪い悪い」と肩を揃える。

「揃えるって、なに揃えんだ?」

「最低限、充電器とジャージだな。それと歯ブラシもか」

 曲がり角で桃真は後ろを振り返る。呑んだくれ~るの姿が、まだはっきりと見える。店の前にはまだ人だかりができていた。

 春平の話は、嘘ではない。だが、本当でもない。六人の連続自殺に春平は恐怖し、怯えていた。その感情が呪いという幻覚を生み出し、彼の心を蝕んでいる。ならば、どうにかして春平の心から恐怖心を取り除かなければならない。

 ──それこそ、呪いを解くってことかもな。

 桃真の考えに賛同するように、風が強く吹き、雲の切れ間から星が顔を覗かせた。


       *


 雲が晴れた夜空を見上げて、星崎蒼空ほしざきそらは顔を綻ばせた。

 彼女の隣では、福井音弥ふくいおとやがしかめっ面で同じく空を見上げていた。

「やっぱり東京だと星が少ないな」

「でも綺麗なのは一緒だよ」

 自分達の日常が異常な形に歪んでしまっても、空の様子だけは変わることはない。何事もなく星は輝く。それだけが、今現在、蒼空を落ち着かせてくれるものだった。

「流れ星でもあった?」

 不意に、背後で声が聞こえた。他人から不思議に思われるほどに、空を見上げいたようだ。

 背後にいたのは神崎智子かんざきさとこ時村琥珀ときむらこはくの二人。どちらも知的で上品そうな、可愛いというよりかは美人な二人だ。

「ううん。ただ、落ち着くから」

 蒼空がそう言うと、智子と琥珀も二人と同じように夜空を見上げる。ひとしきり空を眺めると、「うん、落ち着くね」と琥珀が中身のない言葉だけで同意してきた。

「二人もこっちなのか?」

 家の方角が同じならば、途中まででも一緒に帰ろうと音弥が誘う。

「違うけど……」

「けど?」

 歯切れの悪い智子に、蒼空は少しだけ顔を曇らせた。

 同窓会でこびりついた嫌な気分を少しでも払拭したかった。そのために、音弥とロマンチックな空気に浸ろうとしていたのに、それを邪魔されてわずかに機嫌を損ねているのだ。

「呪いの話、どう思ってるかなって……」

 再び、蒼空の心がざわつく。

 考えないようにしていた話題を、この期に及んでまた提示された。何故、自分達に聞くのか。二人だけで話せばいいではないか。

 そういった感情を込めて、それでも険悪な空気にはならないよう、蒼空は言い放った。

「別になんとも。ただ、様子見って感じだよ」

「そっか。よかった」

 琥珀の予想外の返答。

 何がどうよかったのだろうか。蒼空が聞くと、琥珀は答えた。

「呪いに関してはさ、私も琥珀も有り得ないって思ったんだけど、でも春平君の怯え方は本物だなって」

 それは確かにそうだったと蒼空は思い返す。すると今度は智子が口を開いた。

「それでね、少なくとも春平君が呪いに怯えてるのは本当だから、形だけでも動いてあげた方がいいのかなって思ってて」

 他に様子見をする者がいて安心した。そう二人は笑った。

 呪いに対する恐怖よりも自分達の立場に対する不安を、蒼空は二人から強く感じた。

 程無くして、智子と琥珀はもとの方向に遠ざかっていった。

 ようやく音弥と二人だけになれたのだが、その心はちっとも落ち着かない。呪いに対して、様子見の姿勢を取るというのは本心だ。だが、その裏にあるのは、あの二人のような自分の立場に対する不安ではない。

 一連の自殺が本当に呪いによるものであれば、明日は我が身。いつ自分が死んでもおかしくない。その事実に恐れをなして怯え続ければ、それこそ体を壊してしまう。体を壊すだけならまだいいが、精神的に追い詰められて自ら命を絶つ事態にもなりかねない。

 それが、ただひたすら怖い。かといって、同窓会で強烈に印象付けられたことも起因して、そう簡単に忘れられもしない。

 忘れることも叶わず、向き合うことは恐ろしい。結果、蒼空は傍観する道しか選べなかった。


       *


「呪いつっても実感湧かねぇよなぁ」

 同窓会からの帰り道、立ち寄ったカラオケボックスで橘一也たちばなかずやはフライドポテトを頬張った。

「だよねぇ。お腹空いてそれどころじゃなかったし」

 一也に賛同しながら、同じくフライドポテトを頬張る緋川紅李ひかわあかり

 恰幅の良い二人によって、山盛りだったフライドポテトはもう見る影もない。

「ほんとだよなぁ。話すにしても同窓会終わった後にしろよ、もう。気まずすぎてなんも頼めなかったしよ」

 春平に対する苦言が止まらない一也と紅李。

 それを制したのは、テーブルを挟んで二人の向かいに座る等々力侑矢(とどろきゆうや)だ。

「二人とも、その辺にしとけ」

「だってよぉ、侑矢──」

「聞こえなかった? その辺にして。ほたるもいるんだよ?」

 侑矢よりも鋭い声で、杜若爽かきつばたさやかが二人を睨む。

 彼女の厳しい目付きに、一也と紅李は大人しくなった。

「ああ……。すまねぇな、蛍」

「ご……ごめん」

「あたしは、大丈夫だから」

 爽の肩に寄り掛かる光石蛍みついしほたるは、朝妃の恋人だ。蛍はこの個室にいる者の中で唯一、大切な人を亡くしていた。

葉介ようすけがもっと頼りがいあればねぇ」

「頼りなくて悪かったな」

 爽は一也達のことはもう怒っていないようで、隣に座っていた秋田葉介あきたようすけを一瞥しながら蛍を撫でた。

 葉介は蛍の幼馴染みであり、兄妹姉弟きょうだいのような仲らしい。それ故か、双方ともに恋愛感情はないようで、葉介は爽と付き合っている。

「でも、ぶっちゃけどう思うよ?」

 ポテトに続き、唐揚げを頬張りながら一也は皆に問いかける。

 爽が一瞬目を細めたが、悪気のない純粋な疑問であることはわかってくれたのか、すぐに考え込む仕草をして見せた。

「さっきの一也じゃないけど、実感は湧かないな。心当たりも全くないし」

 葉介の言う通り、一也は呪いをかけられるようなことは一切していない。紅李とともに心霊スポットに行ったことはあるが、そこで呪われたとしても、関係のない者が死にすぎている。

「侑矢はどうなの。なんかない?」

 紅李が聞くが、侑矢は首を横に振る。

「ないな。自分で言うのもなんだけど、誰かの恨みを買うような生き方はしてないからな」

「恨み……か。朝妃くんは誰かに恨まれてたのかな」

 蛍が呟いた台詞が糸口になったのか、爽があっと声をあげた。

「逆恨み……とか。それならこっちに心当たりなんてないよね」

 爽の言葉に、一也は納得した。そして、同時に白旗をあげた。

「そうなったら、もうお手上げだ。手がかりなんてねぇよ」

 朝妃一人なら、ダンスの上手さという逆恨みされるであろう要素があるのだが、一也はそのことは言葉にはしなかった。死者はすでに六人なので、逆恨みされる要素がダンスの上手さではないのは明白だ。同時に、また爽に睨まれるのを避けたかった。

「だいたい、春平がビビりすぎなんだよ。冷静に考えりゃ、A組丸ごと逆恨みとか有り得ねぇよな」

「そうだよね。一也、良いこと言った!」

 ハイタッチをする一也と紅李。

 二人に毒されたように、爽や葉介も笑い始めた。

「気にしないのが一番ってことだね」

「今まで通り過ごせってことか。蛍、今度みんなで遊び行くか。朝妃も連れてさ」

「うん……行く」

 呪いは、「呪われている」という不安な心が効果を高めているのだ。ならば、それをなくせばいい。どうなくすか。美味しいものを食べて、笑えばいい。

 一也には、自分は呪いでは死なないという、絶対的な自信があった。そして、その方法を伝授できるという自負も、同時に持ち合わせていた。


       *


 その車内には、音楽やラジオの代わりに、ひとみのすすり泣く声が流れていた。

「大丈夫なの、ひーちゃん。もうずっと泣いちゃってるけど」

 助手席から姫が心配そうに顔を覗かせた。

「一回、車停めるか」

 運転する篠原はひとみを案じて、コンビニの駐車場に車を停めた。

 エンジン音が消え、より一層ひとみの泣き声が大きくなり、伝染して叶恵の目頭まで熱くさせる。

 同窓会が終わった後、冬陽は満之とともに行ってしまった。呪いの話を春平達に伝えるためだ。そのため、叶恵はひとみと二人きりで帰ることになったのだが、呪いの話を聞いて以降すっかり元気をなくしてしまったひとみを気遣い、瑠璃と姫が声をかけてくれた。

 叶恵はそのまま四人で帰ろうとしたのだが、これまた、ひとみが心配だと篠原が車で送ってくれることを提案してくれた。

 そして、車が走り出してしばらくしてから、ひとみは急に泣き出した。

 瑠璃と姫、篠原は慌てふためいたが、叶恵には原因がすぐにわかった。

 ひとみは思い出してしまったのだ。涼一を亡くしたあの日の夜のことを。

 警察から聞いた話では、涼一と最後に話していたのはひとみだという。ひとみは、自分も一緒に行っていれば、もっと長く通話していれば、涼一を助けられたかもしれないと、自分を責めてしまっていた。

「花岡の話が相当堪えたんだろうな」

 篠原の言うこともあながち間違いではないのだろう。

 実際、最近のひとみは涼一を亡くしたショックから立ち直りつつあった。叶恵が毎日寄り添った結果だ。ともに外出して、タクシーに乗ったときも泣き出すなんてことはなかった。

「なんか、買ってきてやるよ。温かいコーヒーがいいか?」

 篠原に聞かれ、叶恵はおうむ返しでホットコーヒーを頼む。ひとみの分はホットのミルクティーにしておいた。

 それに続き瑠璃と姫もそれぞれホットドリンクを頼むと、篠原はコンビニへと消えていった。

 前向き駐車の車内からは店内の様子がよく見える。篠原がカゴを片手に商品棚を物色していた。叶恵達が頼んだのはホットドリンクなのだが、彼は一心不乱に菓子類の棚を物色している。

 大人しく車内で待つ叶恵の耳に、携帯のバイブが聞こえてきた。

「ひーちゃん?」

「ごめん、わたし」

 震えていた携帯はひとみのものだった。電話に出たひとみの台詞から、その相手が彼女の母親であることがわかる。

 ひとみは涙を拭き、震える声で話ながら車の外に出た。

 残された叶恵は窓からひとみの様子を観察した。声は聞こえないが、時折溢れる笑顔が僅かながらに安心感をもたらした。

「ねぇカナちゃん」

 助手席から姫に呼ばれた。返事をすると、姫が背もたれのてっぺんから顔を出してくる。

「なに、姫ちゃん」

「呪いの話、どう思った?」

 ひとみの前では聞きにくくて、と姫は真っ直ぐな目を向けてくる。

「えぇ……そんないきなり聞かれても。瑠璃ちゃんは?」

「わたしは、怖い……かな」

 怖いと言われれば、叶恵も同じ気持ちではある。

「呪いが本当だったら、姫さんが死んじゃうかもって。そう思ったら、すごく怖い」

「うん、私も同じだよ。瑠璃ちゃんには死んじゃわないでほしいし、ずっと笑顔でいてほしい」

 見詰め合う瑠璃と姫を前に、叶恵は場違い甚だしいが、少し微笑ましい気持ちになった。仮に呪いが本当であっても、似た境遇のこの二人なら呪いを打ち消してしまいそうだ。

 その分、自分自身は怖かった。自分や冬陽に呪いが降りかかったとき、それを打ち消せるだけのものが見当たらなかった。

「何事も……ないといいな」

 叶恵の呟きは声にならず、ただ窓ガラスを曇らせただけだった。


       *


 春平の家で、長方形のガラステーブルを囲うソファーに冬陽達は身を預けていた。

 テーブルはリビングに設置されており、テレビの前に位置している。ということは当然、テーブルとテレビの間にソファーはなく、古泉と今西はその間に正座していた。

 ソファーには冬陽や満之、春平らの他に、村崎望実むらさきのぞみ百瀬咲良ももせさくらの姿もあった。

 望実と咲良は、冬陽が最初から呼ぶと決めていた人物であり、大のオカルト好きでもある。つまり、冬陽や満之よりはるかにそういった分野に長けているのだ。

「──ちなみに皆さんは、六人の死についてはどう考えていますか」

 冬陽が一通りの紹介を終えると、古泉が皆に問いかけた。

「俺は、あいつらが自殺じゃないって証明できるなら、呪いだろうと真相を追うつもりです」

 改めて示された冬陽の決意に、満之と和仁、春平が「自分もそうだ」と賛同する。

 反して、望実と咲良は状況が飲み込めない様子で、険しい表情を浮かべていた。

「ねぇ、呪いって本気なの?」

 望実が何を言っているのか、冬陽はすぐに理解できなかった。

 本物かどうかは置いておくにしても、本気で呪いと向き合おうとしているからこそ、冬陽は二人を呼んだのだ。

 オカルト好きという趣味を鑑みてくれれば、すぐにわかるはずではないか。その知識や経験を、冬陽は頼りにしているのだ。

「本気だからこそ、二人に来てもらったんだよ」

 冬陽は真っ直ぐ望実と咲良を見るが、二人はますます困った顔になっていく。それこそ、もう少しで泣かせてしまいそうなほどだ。

「ごめん……。そういうことなら、そういうことなら……」

「望実?」

「……そういうことなら、力になるよ」

 何かを無理矢理飲み下した。そんな違和感を、冬陽は感じた。探ろうとも思ったが、そうすれば話がややこしくなる恐れがある。得策ではない。

「ちょっと望実ちゃん」

「大丈夫だよ、咲良。大丈夫」

 この場にいる皆が、呪いと向き合うと決めてくれた。ならば、次の段階に進むときだ。

「冬陽、これからどうするんだ」

 満之が答えを求めてきた。

「春平の荒業のおかげで、とりあえずみんなに呪いの話は伝わってくれた。これから先は、みんなに呪いのことを意識してもらう。信じてくれなくてもいいけど、せめて頭の片隅に置いてもらえるように。あわよくば、警戒してくれるように」

 それならば手分けをしよう、と和仁が手をあげた。

「手分け……わたしは春平と、かな?」

 彩芽が春平の肩に手を置く。

 異を唱える者はいない。この流れなら、満之は和仁と、望実は咲良と行動するだろう。

 なら自分は。冬陽は考えた。叶恵がともに行動してくれるならそれでいい。そうでないなら、古泉と行動すればいい。

「あと、動き出す前にみんなには話しておこうと思う」

 冬陽は古泉に目配せをした。事前に打ち合わせをしていたわけではないが、古泉は刑事としての洞察力か、冬陽の用意してほしかったものをテーブルの上に置いてくれた。司法解剖記録が入った茶封筒だ。

「満之と和仁には話した。かなりショッキングな話だ──」

 案の定、空気は凍り付いた。自分の声が、彼らの耳を右から左へ素通りしていく様が、冬陽には見えた気がした。

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