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瑠璃色の徒花  作者: 吉柳月狼
二章 邂逅
7/8

二 伝達 二

 同日 午後九時 群馬県館林市


「ほら、来てやったぞ。ありがたく思え?」

 玄関扉を開けると、いきなり嫌みたらしい声が冬陽の頭に降り注いだ。

「久しぶりだな。……相変わらずでかいな」

 玄関先という近距離では、冬陽は目の前の相手の胸しか見ることができない。少しだけ見上げて、ようやく浅倉満之あさくらみつゆきの顔を拝む。

「残念ながら、もう止まっちまったたけどな。なぁ、カズ」

「止まってくれてよかったよ。これ以上伸ばされたら、俺の首が折れる」

 満之の背後から綾瀬和仁あやせかずひとがひょっこりと顔を出した。

 和仁は満之の肩より少し背が低く、確かに彼の首が心配だと冬陽は笑う。

「とりあえず、入ってくれ」

 久し振りの再会。だが、雑談も程々に冬陽は二人を部屋に入れる。

 リビングに入れば、叶恵がベッドに腰掛けながら冬陽達を笑顔で出迎えてくれたが、その顔に楽しげな感情は見受けられない。

「それで? 話ってなに?」

 人懐っこい仕草で冬陽に顔を向ける和仁。

 冬陽が二人を呼んだのは呪いの話を伝えるためであり、二人を選んだ理由はこの二人がA組の中心人物だったからだ。

 そのことをどのように伝えようか冬陽は少しだけ考えるも、呪いという時点で上手い伝え方などなかった。

「二人にさ、同窓会を開いてほしくてさ」

「同窓会?」

 怪訝そうな表情をする和仁。

「だってほら、二人は幹事じゃん? それに……な?」

 船西高の卒業式の日。そのときに、A組では『成人したら同窓会を開こう』と皆で決めていた。そして、中心人物でもあった満之と和仁を幹事として選出していたのだ。

「それは、まぁ……そうだけどさ」

 早生まれの者もいるため、A組全員が成人するのは年が明けてからになる。全員がその時を待っていたのだが、それは永遠に実現しなくなった。それに対して、満之や和仁が責任にも似た念を抱いているのは冬陽にもわかる。

「同窓会っていうより故人を偲ぶ会って感じか。それはそれで楽しそうってわけじゃないけど、やってみるのもいいかもな」

 満之の言う通り、この同窓会は決して楽しいものではない。酒が入れば何だかんだで盛り上がるだろうが、始まりと終わりはしんみりした空気になるに違いなかった。

 その会を、冬陽はさらに重苦しいものにしようとしている。だが、言葉を止めるわけにはいかなかった。

「……実はさ、同窓会もそうなんだけど、死んだあいつらのことで話があるんだよ」

 それが同窓会を開いてほしい本当の理由だと冬陽が話すと、満之と和仁は黙って身を乗り出した。

 叶恵が不安そうに冬陽の袖を握り、時計の針が大きく時を刻む中、呪いの話が満ちていく。

 冬陽が話している最中、聞いている二人は度々顔を合わせ、何度か何か言いたげに口を震わせていた。

「……ぶっ飛んだ話だな。なんなんだよ、脳から髪の毛とか常軌を逸した自殺方法とか。わっけわかんねぇ」

 話を聞きながら溜めていたのだろう。大袈裟なため息とともに、満之は思考すらも吐き出したように見える。

 反して、和仁は真面目に捉えているようで、冬陽の話が終わってもなお考え込む姿勢を崩さない。

「でも、冗談だったら不謹慎すぎる。冬陽はそんな馬鹿げたことするやつじゃないだろ」

「それはわかるけどよ。だとしたら呪いは本当なのかって話になっちまう」

 二人が板挟みになってしまうことは冬陽も承知の上だった。話すべきことは話すが、それを信じるかどうかは本人に任せている。信じないというのならそれで構わないし、信じるというのなら協力し合って立ち向かおうと思っていた。

「トウくんはね……少しでも可能性があるなら呪いでもいいから調べたいって。みんなが自殺じゃないことは、本人が一番よく知ってるって……」

 叶恵が二人に訴えかけた。

 どうか冬陽の話を受け入れてほしいとその声が語っているように、冬陽には聞こえた。

「あいつらがただ自殺したとはどうしても思えなくてさ、それで信じてくれなくてもいいから──」

「ぶっちゃけ、呪いかもしれないってのは、俺もカズも考えたよ。んで、お前の話聞いて、『ああ、やっぱりか』って……正直、そう思った」

 これだけ不自然に同級生の自殺が続けば、誰だって一度は呪いの可能性を考える。

 しかし、呪いの可能性を考えつつも、有り得ないと自分に言い聞かせてしまうものだ。

「もし本当に呪いだとしたら、呪われてんのはA組全員だろうな。お前だけじゃない。んで、同窓会もみんなに呪いの話をして、みんなで呪いを解こうみたいな魂胆だろ?

 けど、あいつらの自殺でみんな落ち込んでんだよ。同窓会は開いてやるけど、呪いの話は絶対するなよ。するとしても、解散してから誰か一人選んで一対一だ」

「……わかったよ。でもそうすると、話す相手はあの二人しかいないな」

「まぁ、そうなるな」

 渋々頷く冬陽。

 最低限、同窓会を開きたいという目的だけ通っただけでも良しとするほかなかった。


       *


 十一月十八日 正午 東京都新宿区


 人通りの多い街中に位置する学生歓迎の居酒屋【呑んだくれ~る】。開け放たれた入り口から暖簾を潜れば威勢の良い店員に迎えられ、仕切りのない距離の近い席に自然と心が開いていく。そんな暖かな雰囲気の店に、冬陽達は集まっていた。

 叶恵はひとみを迎えに行くと別行動を取ったため、まだ店にはいない。そのため、冬陽は一人で同窓会の開始を待っていた。


「久しぶりー!」

「全然変わんねぇな」

「すっごいかわいくなってる!」

「サインくれよ、サイン!」


 店内のそこら中から楽しそうに騒ぐ声が響いてくる。特に、とある二人が座る席の周りが騒がしい。

 それもそのはず、A組のメンバーには芸人になった者がおり、その人は今ではお笑いコンビ【リュウキュウザクラ】として人気を博している。そのリュウキュウザクラこそが、一番騒がしい席の中心にいる花岡春平はなおかしゅんぺい比嘉彩芽ひがあやめの二人だ。

 仲の良かったA組にとって、人気芸人となった二人と連絡を取ることは容易いことだ。

 しかし、直接会うとなれば話は別で、スケジュールが合わないどころか休みが滅多にないため、それはかなり難しくなる。

 さらに言えば、この場には同級生以外の人間はいない。いても、数人の店員だけだ。つまり、ファンに邪魔されることなく友人としての二人と会話できる絶好の機会なのだ。騒がしくなって当然だ。

「トウくん、お待たせー」

 喧騒の中、冬陽は自分の名を呼ぶ声に振り向いた。

 入り口には叶恵とひとみがいた。冬陽が二人に手を振ると、辺りから黄色い歓声が飛び交い、顔が熱くなるのを感じた。

「よかった。ひとみも来れたのか」

「うん。ほら、リョウくんも一緒」

 そう言って、ひとみは涼一の写真を取り出す。胸の前で写真を抱きながら、ひとみは隈の深い目元を綻ばせた。

「ひーちゃん、なに飲む?」

「カナちゃんと一緒でいーよ。でも、お酒以外だよ?」

「わかってるよぉ。あ、そういえばこの三人ってまだ未成年だね」

 自分は何を飲もうか。

 叶恵とひとみに続いてメニューを開く。冬陽の誕生日は十二月だ。ちなみに叶恵も同じ日であり、二人が交際を始めた理由のひとつでもある。

「メニュー多いな」

「ねぇー」

 酒やつまみのメニュー以上にソフトドリンクや食事系のメニューが多い。お子さまランチまで数種類用意されている。加えて、店内のあちこちに『全面禁煙!』の張り紙。

 どうやらこの店は、居酒屋でありながら家族連れの客がメインのようだ。それを証明するかのように、店内の隅にはお子さま椅子が積まれている。会社の忘年会というよりは、親戚が集まる新年会やそれこそ同窓会の予約の方が多いのだろう。

「よーし、全員飲み物持ったかー?」

 マイクの反響音。冬陽が音のした方を見れば、そこにはカラオケの機材とマイクを持った篠原がいる。

 その場の全員がグラスを掲げて、何かしら飲み物を持っていることをアピールすると、篠原は満足げに自らもグラスを掲げた。

「改めまして、担任の篠原だ。みんな知ってると思うけど、このクラスを卒業した仲間が……六人……」

 同窓会が始まる。故人を偲ぶ会が始まる。涙声で話す篠原と、その話を聞いて同じく涙を流す同級生。しんみりとした雰囲気が、場の空気を湿らせる。

 ただ一人、冬陽は胸をざわつかせていた。恐らく、叶恵、満之、和仁の三人も自分と同じ状態にあると感じながら。

 同窓会が終わった後、誰かしらに呪いの話を伝える。いざ本番が近付くと、まるで落ち着かない。貧乏揺すりが激しくなる。

「成人してるやつは酒を、してないやつは何でもいいから、今日は亡くなった六人の分まで盛り上がろう! 乾杯!」

「かんぱーい!」


「乾杯じゃねぇよ!」


 グラスをぶつける音より早く、春平の怒号とテーブルを激しく叩く音が店内に轟いた。

 先程まで楽しそうにサインや握手をしていた春平の突然の豹変。空気がしんと静まり返り、全員がグラスを持ったまま呆然と固まった。冬陽もやる気なく掲げたグラスが行き場を失い、思わずその中の烏龍茶を一口飲んだ。

「は……花岡?」

 篠原の呼ぶ声が反響する。

 何事かとキッチンから数人の店員も様子を見にやって来た。

 荒く呼吸する春平の横では、唖然とした表情で彩芽がやはりグラスを掲げている。

「みんな、このまま同窓会する気か? このままあいつら偲んで終わりか? なぁ!」

 一人一人を見渡す春平。声に反して今にも泣きそうな表情だ。

「満之、なにかわかったんだろ? あいつらが自殺するわけない。その証拠を見つけたんだろ? だから、同窓会開いてみんなを集めたんだろ?」

 証拠と聞いて、冬陽の体が強張る。

 まさか、満之が呪いの話を伝えてしまったのだろうか。解散後に誰かを選んで話すのではなかったのか。

 特定と断言。春平の言葉に、冬陽はいてもたってもいられない。しかし、その後の話を聞けば、満之を指したのは彼が幹事であるからという、冬陽と同じ理由であることがわかった。

「なんとか言えよ満之!」

「いい加減にしろよ、春平!」

 春平以上に声を荒らげたのは源桃真みなもととうまだ。逆立った髪は、癖毛なのか怒りによるものなのかは冬陽には判別がつかない。

「ここにいる全員、あいつらが自殺するはずないって思ってんだよ。でもな、自殺じゃないなら、あいつらを死に追いやった犯人がいるってことだ。警察が調べまくって、自殺だって結論付けて、それを俺らがどう覆せっていうんだよ」

「俺なら覆せる」

 まさか、と冬陽は息を飲む。

 いや、冷静に考えればおかしくない。自分がそうであったように、満之や和仁も同じだった。もしかすれば、この場の全員に共通するかもしれない。

「俺たちは、呪われてるんだよ」

 春平の目には、確かな確信が宿っていた。

「……馬鹿言えよ。そんなもんあるわけ──」

「ならなんであいつらは死んだ? 桃真は納得できんのか? お前言ったよな。自殺じゃないなら犯人がいるって。けど、あいつらは自殺だよ。防犯カメラとかドラレコとか……俺だって馬鹿じゃないからな、そこが否定できないことくらいわかる。けど……」

「落ち着けよ、春平。……正直な話、俺も考えたよ。呪いの可能性。一人二人ならまだしも、短期間で六人。全員同級生で全員自殺で、だけど動機もなにもないからな」

 激しく言葉で殴り合う春平と桃真。二人の剣幕に誰も口を開けずにいる。

 むしろ、この状況下では口を開いたところで話す内容は二人と同じになってしまうだろうから、状況をややこしくしないためにも二人に会話を任せている節がある。

「けどな、呪いなら呪いで、それこそ有り得ない話だ。いいか? 仮に呪いだとしたら、お前の言う通り呪われてんのは俺達A組だ。でもどうして今なんだ? というより、誰が今の俺らをあのときのA組だって認識できる?」

「……どういうことだよ」

「今の俺達はバラバラなんだよ。制服も着てないし、外見だって変わった。お前が金髪にしたのだって、芸人になってからだろ? 今の俺らをあの頃のA組だって認識できんのは、俺達しかいないだろ」

「いや、ちょっと待てよ……。桃真はこの中に俺達を呪ったやつがい──」

「そんなことは言ってない。誰も呪われてないってことだ。これは呪いじゃないし、これ以上誰も死なない」

 息苦しい。

 その感覚に気付き、冬陽は深く空気を取り込んだ。胸と腹が膨らみ、張り詰める。テーブルの上に放置されたおしぼりのビニール袋が、吐いた息で揺れ動いた。

 春平と桃真は向かい合って立ったままだ。今そこに、言葉はない。

 冬陽は、割って入ることができなかった。呪いを裏付ける証拠があるのに、それを胸の奥にしまい込んでしまった。

 理由は単純だ。怖くなった。覚悟が足りなかったとも言える。『呪われている』という事実ばかりが先行して、そこまで考えが及ばなかった。何に、誰に呪われたのか。

 桃真の言葉。友人に疑いの目を向けなければならないことが、友人が自分達に牙を向けているかもしれないことが、怖かった。

 結局、桃真の言葉を最後に、呪いの話は有耶無耶に終わった。その後の食事が暗く沈みきっていたことは言うまでもない。


       *


 同窓会は、予定よりもずっとずっと早く終わった。わざわざ正午から閉店まで貸し切りにしてくれた店側に対して、申し訳ない気持ちになるくらいだ。土下座をしても足りないくらいだと冬陽は思う。

 テーブルの上の皿はどれも綺麗に完食されている。食べ溢しも見当たらず、ゴミについてもおしぼりとストローの袋くらいだ。

 料理が美味しかったから、マナーが良かったから。間違ってはいないが、最も大きな理由は注文した料理が極端に少なかったからだ。

 篠原だけは大人らしく誠実な対応をして見せ、「店の儲けがなくなっちゃうから」と店に残った。その姿に全員が帰ることをやめたのは、篠原の人間性の現れだろう。

 それでも、我が子の火葬が終わるのを待つように、空気が酷く重苦しい。グラスを置く音でさえ憚られてしまうほどに。

 一番居心地が悪いのは店側の人間だろうと、冬陽は思った。虚しい笑いが込み上げてきそうだった。

「フライドポテト、お待ちどうさん」

 当初の威勢はどこへやら、店員の所作が高級レストランを思わせる。

 皆、思い思いに料理を頼み、思い思いに時間を過ごし、ただひたすら時が過ぎるのを待っていた。

「冬陽、ちょっといいか」

「満之……」

 満之がこっちに来いと首を動かす。

 冬陽の隣では、先程の呪いの話が堪えたのか、ひとみが叶恵に抱き寄せられている。眠ってはいないが、起きているのかも怪しい。

「いいよ、ひーちゃんは私が見てるから。行ってきな」

「悪いな」

 席を立った冬陽は満之の後を追う。見ないようにしていたが、周りからの視線が突き刺さり、肌がチクチクと痛んだ。

 満之に連れてこられたのはトイレだった。清潔感があり、それでもここがトイレであることを主張するように充満する芳香剤の香りは、決して心地よいものではない。

 冬陽を呼び出したのは満之だったが、トイレにはもう一人、和仁が待っていた。

「どうすんだ」

 開口一番、和仁が聞いてきた。

「まさか春平がな……」

「あそこまでどストレートに言うかよ、普通」

 洗面台に腰掛けながら、満之が憎々しげに言う。

 同窓会の後に特定の人物に呪いの話を伝えるつもりが、彼の行動によって初手から予定が崩れてしまった。

「まぁ、呼ぶ相手が二人増えるだけだろ」

 だが、遅かれ早かれ全員に呪いの話を伝えなければならないのも事実だ。かなり悪い形で伝わってしまったが、これで全員呪いを意識してくれるだろうし、中には警戒してくれる者もいるはずだ。

 それを思えば、今の状況は悪くない。命を失うことに比べれば。


       *


 日暮れからさらに数時間。日付が変わる頃に、同窓会はいよいよお開きになった。終始、ひりついた空気が漂ってはいたが、最後の方は小さく雑談が聞こえる程度には雰囲気は回復していた。


「じゃあ、また連絡するね」

「今度遊ぼうね」

「このままはしご酒だな」


 解散後、それぞれの帰路に着こうとする一同。その中で春平は孤立していた。厳密には隣に彩芽がいるが、彼女を含めて彼に言葉をかける者はいない。

 物悲しい背中に向けて、冬陽は呼び掛けた。

「春平、この後時間あるか?」

 振り向いた春平の顔は、「そっとしておいてくれ」と懇願していた。

 だが、冬陽にその頼みを聞くことはできなかった。単刀直入に用件を口にした。

「呪いのことで話がある」

「冬陽……」

 視界の端で満之が二人の人物を呼び止めていた。元々呼ぶと決めていた二人だ。

 叶恵にはひとみのことを頼み、先に帰宅してもらっている。事情も話してあるので、いくら遅くなっても構わない。叶恵との約束さえ守れれば。

 春平が、すがるように歩みを進めてきた。

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