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「久シぶりね、ルー。元気そウじゃなイ」




  炎帝の声は以前聞いたものよりも掠れていて、ところどころ聞き取りにくい。




「エム! エムレース! どうして命帝に攻撃を? なぜアンデッドとともにいる⁉︎ 」



「ルー、どうシたノ? そんな大きイ声を出したりしテ」



「答えろ! エムレー、ス……その手、どういうことだ……? 」



  ルミナが目を向けたのは炎帝が鉾を握る右手。

  僅かに焼け、黒い煙をあげている。


  あり得ない光景だった。




 試練を超えた使い手に神器は危害を加えることは出来ない。

 無理矢理にでもそんな事をすれば女神からペナルティが下るらしい。


 そして、神器は使い手以外に振るわれてもその力を発揮しない。




 この2つの条件から神器を使う者が神器に焼かれるなど、起こり得ないのだ。

 



「あァ、これ? 変なノよネ。何か持ってルと火傷スるようになっチャって」



  鉾を持った手を軽く振ってみせる炎帝。


その手は赤く腫れあがるどころか酷い水ぶくれになっており、破けたそこから僅かに粘性を持つ液体が溢れ出ている。




「でも強いのネ、ルーは。まさかコープスレギオンを一撃で仕留メられちゃうなんテ思わなかったワ」



「? コープス……? 」



「コープスレギオン。屍の群体。ゾンビが寄り集まっテできた巨人のヨうなアンデッド。

大きい分狙いヤすいけド倒れにクい。私でも2、3回は焼かナいといけないのよ? 」



「……よく、知っているな」




  ルミナの声に剣呑なものが混じり始める。



 

  「……そりゃソウよ。私は毎日毎日、毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日アンデッドを焼いテたんダもの。見飽きる程見てルわよ」




  気がつけば、どろりとしたエムレースの目が真っ赤に充血している。


  言葉を紡げば紡ぐほどに表情が抜け落ちていく様はホラー映画を想起させるものだ。




  「腐臭の中を駆け、腐りかケた肉を焼き、斬り、名も知らナい頭骨を踏み砕キ、頭からどろどろにナッた血を浴びテも立ち止まる事も出来ず、肉を、骨ヲ、壊して壊シテ壊して‼︎


  どうシて私が⁉︎ 私ダけガ⁉︎ もううンざりナのよ! モうこんナのごめん‼︎ 腐肉に塗れた私を見てせせら嗤う連中をドうシテ守ってやラなきゃイケないノ⁉︎ 好きでアンデッドと戦っテるワケじゃないのニ‼︎ 全身に染み付いタ腐臭のセいで私は道も好きに歩けナイ! ドウシテ‼︎ ドウシテ⁉︎ 」



  金属製の仮面のように、ピクリとも動かぬ頬を赤い液体が伝う。


  血涙は止まる事なく顎から垂れ、地面を汚していく。

 



  「エムレース……」




  掛ける言葉を見つけられないルミナを、エムレースは睨みつける。




  「ルミナ! ルミナ・アペナ・ライトニング!

 お前がっ‼︎ オマエのコとが嫌いダった! ずっと! ズットぉ! 」



  「⁉︎ な、なにを……? 」



  「ふらりト現れテは土産だなんダト! 任務でドコヘ行ったと‼︎ 当てつけか⁉︎ 亡者の大平原から離れられない私に自慢か⁉︎ ちょっと優しくしてやればつけあがって⁉︎ ヘラヘラ笑って私を哀れんでいたんだろう⁉︎ 見下していたんだろう⁉︎


  ……お前は良いよな⁉︎ 演劇にまでなり、会ったことのない相手さえもお前を讃え‼︎ 認め‼︎ 味方する‼︎ ルミナなんて‼︎ おまエなんて! オマエナンて焼きコロしてヤル‼︎ 」



  立ち尽くすルミナに向けて極太の火柱が放たれる。


  それは最初に俺たちの頭上を走ったものよりも太く、熱く、そして速い。



  エムレースの憎悪が乗った、完全に此方を殺す気の一撃だった。

 



  「っ⁉︎ 」



  「雷帝っ‼︎ 大気の壁!」




  直進してきた火柱がルミナの前方で空気の壁に当たって僅かに軌道を変え、さらに俺が足元に電撃を放ってルミナを吹き飛ばしたことにより、ルミナは火柱を避けることが出来た。



  ルミナの横を駆け抜けた深紅の焔は地面や周囲のアンデッドや兵士を燃やしつつ壁帝の作った石壁の下部に命中し、爆発した。




  「うっわ⁉︎ 」



  「ちっ! 」



  「命帝様っ、こちらへ‼︎ 」



 

  爆風と爆熱が辺り一帯を襲い、至る所から悲鳴が上がる。


  爆風の一部は石壁に沿って垂直に駆け上がり、咄嗟に壁帝と命帝を抱えた光帝は壁の向こう側へ飛び降りた。


  融解し、赤黒く光る石壁は柔らかくなったことで自重を支えきれなくなり、全面にヒビを走らせて崩壊を始める。




  そして。




  油を浸した縄のように燃え上がる兵士達。


  熱で喉を焼かれたのか、声も上げられずに地面をのたうちまわるもの。


  赤熱した鎧を外そうとあがき両手にひどい火傷を負ってしまうもの。


  爆風に吹き飛ばされ着地に失敗したのか、直角に首を曲げたまま横たわるもの。


  咄嗟に伏せたのだろう。背中を骨が見えるまでに焼きつくされ、呻くもの。




  まさしく、地獄絵図。



  嗅覚があるならば人間の肉や毛髪の焼け焦げる臭いが立ち込め呼吸も満足にできないだろう。



 

  「アッハハハハハハハハッ‼︎ 素敵じゃなイ⁉︎ みーんなみーんな死んジャっタ! 燃えて焼ケて焦げテ熱さレて溶けて死ンじゃッタ!! キャァハハハハハハハハハ‼︎ ザマァミロ‼︎ 」



  高笑いするエムレース。


  強力すぎる一撃の代償か、鉾を持つ右手の肘付近までが焼けただれ、小指などは炭化しているようにさえ見える。


  しかし狂気に染まった笑顔は戦場を恐怖に陥れた。




  「う、嘘だ……炎帝様が、俺たちを攻撃するなんて……」



  「に、偽物だ! そうに決まってる! 」



  「あんなもん食らったら骨も残らないぞ⁉︎ 」




  エムレースに、そしてアンデッドに背を向ける兵士が現れ始める。


 


  まずい!



  アンデッドを引き寄せていた生命エネルギー満載の石壁はもう無い。



  崩れた破片は今でも生命エネルギーを溜め込んでいるのかもしれないが、残骸ではアンデッドを阻む壁たりえない。


  このままではアンデッドが生命エネルギーを求めてバラバラに散ってしまう。


 都市ならばともかく村や町といった規模の集落ではアンデッドは強敵だ。下手をしなくとも全滅する。




  「キャァハハハハハハハッ! ッ⁉︎ 」




  狂ったように笑うエムレースに光線が殺到する。


  その全てを流水のように滑らかな鉾捌きで相殺するエムレース。




「貴様‼︎ 貴族という身分でありながら! 国王陛下に神器を賜っておきながら牙を剥くか⁉︎ 恥を知れ‼︎ 」




  全身に憤怒を滲ませながら光線を放ち続ける光帝。


  光の砲撃それ自体に音は無いが、空気が焼けて膨張する音が響いている。





 

  光帝の神器、光帝砲の持ち味はその威力もさることながら文字通り光の速さで放たれる回避不可能の弾速だ。発射と着弾にタイムラグは存在せず、中途半端な防御など紙のように貫いて命中する。





  遠距離攻撃においては上位に位置する神器の攻撃を、エムレースは全て鉾で迎撃し、防ぎ続けている。




 「どうなっている⁉︎ なぜ我が光帝砲が通じない⁉︎ 」



 

次第に焦りを感じ始める光帝。光の弾丸を雨霰と浴びせかけるが、エムレースにかすり傷1つ与えることが出来ていない。




「認めん! 認めんぞ⁉︎ こんな裏切り者風情を討ち取れぬなど‼︎ 栄誉あるヴィカ家の人間として‼︎ セブレニアに仇なす逆賊に敗北するなどあってたまるかっ‼︎ 」




 間断なく放つ連射からチャージして放つ威力重視の砲撃に切り替え、周囲に眩ゆい光を放つ光帝砲。


それを見たエムレースは鉾に炎を滾らせて光帝に向け走り出す。




 「光帝‼︎ 貴族がどうのといつも口煩いんだよ‼︎ 生まれでしか物を、者を見れない馬鹿の分際で‼︎ 他人を馬鹿にしヤがって! 人ヲ馬鹿にシやガッて‼︎ そもソも笑顔が気色悪いンだよ‼︎ 」




大きく鉾を振り被り、豪炎とともに光帝にたたきつけようとする。




  「させないねぇ」




  しかし振りかぶる腕は途中で見えない壁にぶつかったかのように止まり、鉾を振り抜くことが出来ない。








  壁帝の神器、壁帝印は印が持つエネルギーと周囲の物を混ぜて壁を作り出す能力がある。


  空気だろうが土だろうが水だろうが盾に変える壁帝印は、状況を問わず高い防御力を発揮する有用な神器だ。



  加えて今の壁帝は神器の使い手となって30年程。経験を積み重ねた事で最適な強度で最適な場所に壁を作り出し、戦場においてこれ以上ない的確なサポートを行うことができる。







  今のエムレースの一撃も鉾を止める事は難しいと判断し、咄嗟に鉾を持つエムレースの腕の軌道上に壁を作り攻撃動作そのものを止めたのだ。




「鬱陶シイ‼︎ 」




  しかしエムレースは腕を空気の壁に止められた状態から無理矢理鉾に溜めていた火炎を爆発させる。


  轟音とともに壁を破壊し光帝に迫るが、今度は足元にあった見えない壁に躓いて転倒する。




  「ま、二段構えくらいは基本だよねぇ。

  光帝!」



  「分かっている! 食らえ、堕ちた炎帝!

  収束極光砲!」




  光帝砲からオーロラのような色鮮やかな光が解き放たれる。




  見るものに圧倒的な力と死を感じさせる美しくも悍ましい光は、バランスを崩しているエムレースに直撃したように見えた。


  溢れるエネルギーが地面を吹き飛ばし、辺りを土煙が包み込んでいる。

 



  「はっ、はっ、はっ……。光帝砲の一撃だ。穢れた身でありながら尊き光をもって死せる事を誇るがい……⁉︎ 」




  息を切らす光帝の前で、立ち込める土埃の中に黒い煙が混じりだす。

  蛇のようにくねる不気味な黒色は茶色を押し退け広がっていく。




  「■■■■■■■■■■■」




  人間が出しているとは到底思えない、掠れたような、ひび割れたような音。


  魂の奥底まで憎悪が染み付いた、怨嗟の声を千人単位の人間が出しているような、そんな声。



 

 煙が晴れたとき、エムレースは酷い有様だった。


  もともと面積の小さかった鎧はすでに跡形もなく、衣服は引き裂かれ、無数の傷跡の走る肌が晒されている。


  そして、その身体にまとわりつくどす黒いオーラ。緑色だった瞳は濁り、白目の部分まで黒く染まっている。


 口や鼻からはとめどなく赤い液体が流れ出ているが、エムレースにそれを気にする様子は無い。


  鉾を持つ手の火傷はさらに酷くなり、今では肩や脇腹まで焦げはじめているのが見て取れた。




  「あの黒い靄、ファントムレギオン⁉︎ 」



 「命帝様、なにかご存知で? 」




  壁帝は軽い口調ではあるがエムレースをまばたき1つせずに見据えている。

 



「王室図書館の資料で見た……ゴーストやレイスの集合体。単体でも強力だけど人や物に取り憑いて操ることもあるって‼︎ 」



  「憑依、ねぇ。炎帝の反逆はそう言うことか……」




  それで炎帝鉾がエムレースを焼く理由も分かった。

  おそらくそのファントムレギオンと混じり合ったことでエムレースの身体に変化が起きたんだろう。


 結果としてエムレース以外のものが含まれていた部分が鉾に異物と判断され焼かれたのだ。




  「ふん‼︎ 怨霊ごときに良いようにされるとは情けない! 怨霊もろとも消し去ってくれる‼︎


  陽よ、月よ、星よ、天地を遍く全て照らす大いなる光よ。神器、光帝砲と我が光帝の名に於いて請い願う。今こそここに集い我が敵を討ち滅ぼし給え。万象を穿つ矛となれ。

  収束極閃光砲穿撃‼︎」

 

  詠唱することで使い手は自身の実力以上の力を神器から引き出すことが出来る。


  光帝の放った極技とも呼ばれる、神器が持つ必殺技とも呼べる一撃は、目を焼かんばかりの輝きを伴い空間そのものを穿ちながらエムレースに直進する。




「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■! 獄炎極劫火斬撃‼︎」




  対してエムレースが放ったのも神器の力を最大まで引き出した極技。


  神器同士、必殺技同士の衝突は、余波だけで大地を引き剥がしていく。




  「くっ‼︎ 攻勢特化の神器ってのはここまでやるのかよ……」




  壁帝が咄嗟に防壁を作り出すが、間に合わず逃げ遅れた兵士が吹き飛ばされ、離れた地面に叩きつけられている。


  金属鎧の立てる耳障りな金属音と、肉の立てる鳥肌が立つような湿った音がそこかしこから聞こえた。




  直視すれば失明するような光の暴力が収まった時、そこには変わらぬ2つの立ち姿。




  「馬鹿な……なぜだ? なぜ立っている?

 光帝砲の至高の一撃を、なぜ……? 」




  理解できない、というよりも理解を拒絶したような、呆然とした表情を浮かべて立ち尽くす光帝。



 

  「……■■■、死ネ」




  エムレースは背中や脚から炎を噴射し、高速で光帝に接近。鉾を振りかぶる。




「しまっ⁉︎ 」



  「っ⁉︎ 」




  ギィン、と硬質な物同士をぶつけた様な鈍く響く音がした。






  直進していたはずのエムレースは何故か光帝ではなく命帝に向けて鉾を振るい、しかし炎を撒き散らす鉾は鎧を複雑に組み上げた壁が押し留めていた。




  「ファントムレギオンは結局アンデッド。膨大な生命エネルギーがあればそちらに目移りするでしょう? 」




  鎧の壁の向こうから挑発する様な命帝の声がする。

  気のせいか、鎧の壁の向こうからはとてつもないプレッシャーを感じる。




  「っ‼︎ ■■■■■■■■■■■■■‼︎」



  「何言ってるかわかんないよっ‼ ジルっ‼︎ 」



  「承知! 盾散弾‼︎」




  鎧の壁がばらけてエムレースに向かって炸裂する。

  ところどころ焼け焦げ、肉片の付着した金属の弾丸。

  それを五体に受けてもエムレースはビクともしない。しかし動きが僅かな間止まる。




  「うおりゃぁぁあ‼︎ 」




  その隙を狙って幼女らしからぬ声を上げながら命帝が右足を叩き込む。




  「っ⁉︎ 」




  成人女性が、10に満たない幼女の蹴りを受け、踏ん張りきれずに吹き飛ばされ、地面を転がる。




  「ファインっ‼︎ 」



  「っ‼︎ はっ! お任せを! 」



  我に帰った光帝が光帝砲から光を連射する。


  しかし吹き飛ばされた勢いのまま地面を転がるエムレースには当たらない。




  「■■■■■■■■‼︎ 」



  「ちっ! 」




  エムレースの叫び声に応じるかの様に生き延びていたアンデッド達が命帝に迫る。


  それを見て端正な顔に苛立ちを露わにする命帝。

 



  「壁帝印! 」




  壁帝が神器を掲げ、周囲の土を壁にする。


  ゾンビやスケルトンの力では土壁を破ることは出来ないようだが、壁に群がるアンデッドでエムレースの姿を見失う。




  「我が願うは亡者を討ち払う生者の波動。生命の衝撃! 」




  命帝の詠唱に応じて命帝杯が生命エネルギーを放つ。

  神器によって攻撃力を得た生命エネルギーはアンデッドの死霊属性エネルギーとぶつかり合う事で、アンデッドを内部から崩壊させる。




  「ちっ、炎帝はどこに……っ! 壁帝印! 」




  エムレースを探す壁帝は崩壊するアンデッドの向こうに這いずる巨大な人体骨格を見て、咄嗟に防壁を作り出す。


  壁帝自身の魔力を源とした半透明の白い防壁は人体骨格の一撃を受け止める。




  「くそっ、骨だけのくせに重いんだよ……つかお前デカすぎるだろ! なんの骨だ‼︎ 」




 2回、3回と防ぐうちに防壁にヒビが入り始める。


 

  「海よ、山よ、我らを生み育む偉大なる父母よ。我が身は貴方の血より出でしもの。我が守りしも貴方の肉に育まれしもの。深き慈しみと高き愛を持って我らを護りたまえ。

  絶界極堅牢障壁!」




  壁帝がくり出したのは、絶技とも呼ばれる使い手が血の滲むような鍛錬の果てにようやく扱うことができる奥義。


 音や光すら阻む盾はまるで黒く押し固められた闇のようにも見えた。


  がしゃどくろの攻撃は闇色の壁を揺らすことさえ出来ない。




  「■■■■■■■■■■■」




  そこへ聞こえたのは、エムレースの声。


  ぴくりと震えたがしゃどくろは壁帝の壁に背を向けるとエムレースの元へ這いずっていく。




  「あん? いきなりなん……‼︎ 」




  絶界極堅牢障壁を解除した壁帝は理解不能な光景に眉をひそめ、直後叫ぶ。




  「命帝様! 光帝、雷帝! あれを止めろ‼︎ 」



  「っ! 命帝杯よ、我が願いに応じ汝が収めし生命の力を今一度解き放ちたまえ。一切の不浄を押し流す激流となれ。生命の奔流‼︎ 」



  「地に降る光よ我が光帝砲の力となれ。邪悪を滅ぼす矢となり降り注げ。千光万矢! 」




  ルミナは壁帝の声に反応しない。


  命帝杯から迸る白い波と光帝砲から吹き出す無数の光。


  それらがエムレースの真上でどろどろと溶け出したがしゃどくろに命中する。




 砕けるような音。


 硬いものが地面に落ちるような音。


 そして水を焼けた石にこぼしたような、あるいは鉄板に氷を落としたような、急速に液体が気体に変化し、高速で気泡が破裂し続ける時のような音。




  「あれは……? 」



  「ちっ、レギオンってくらいだからな。嫌な予感はしてたんだ」



  「……」



  エムレースは失った鎧の代わりに白い装甲の様なものを纏っていた。


  爪先から頭頂部まで全身を覆う装甲はぴったりと継ぎ目なく身体に纏わりついていて、最初からそうだったのだと言われれば信じてしまいそうだ。


  目の辺りには細いスリットがあり、その奥から凍りつくような視線を感じる。




  「アンデッドの融合体……アンデスレギオンとでも呼べばいいのかねぇ」




  軽口めいてはいるものの壁帝の言葉には途方にくれるような響きがあった。




  「ちょっとわたし達の手には余るね……。光帝。王都まで戻ってくれる? 」



  「⁉︎ な、何を仰いますか⁉︎ この私に、光帝砲の使い手であるこの私がアンデッドに背を向けよと⁉︎ 」



  「そうだよ。あれはもう災害とかそういうもの。ううん、それ以上かも。幸いアンデッドならわたしが囮になれる。なるべく王都から離れるように逃げてみるから、1秒でもはやく王都に戻ってくれる? 」



  「な、問題ありません‼︎ 我が光帝砲を持ってすれば……」



  「速射性に特化してる光帝砲は対多数とか飽和攻撃には向いてるけど、ああいう硬くて強い個には相性が悪い。それならわたしや壁帝の方が上手く立ち回れる。それに……」







  「その必要は無い」







  命帝の言葉を遮ったのはルミナだった。




  「ルミナ……? 」



  「雷帝、だ。すまない。情けないところを見せた。だが、大丈夫だ。もう吹っ切った」




  ルミナは立ち上がって俺を振るい、眼前の空気を切り裂く。



 

  「アンデッド……アンデスレギオンか? を引きつけたい。命帝、私に生命エネルギーを付与してくれ」



  「……分かった」



  命帝は素早く詠唱をして、ルミナに生命エネルギーを付与する。


  ルミナの全身を包む白いオーラはアンデスレギオンの注意を引く。



 

  「■■■■■■■‼︎」




  怨嗟という音があるのならば、きっとこういう音なのだろう。


  エムレース、いや、アンデスレギオンは絶叫したのち足や肩から炎を噴射しながら爆発的な加速をもってこちらに迫る。




  「エムレース……」




  ルミナはそれを静かに眺め、自身が相手の、鉾の間合いに入るのを待つ。




  「■■……っ⁉︎ 」



  「私は、お前のことを何も分かっていなかったのだな」




  一閃。





  目にも留まらぬ速さで振るわれた鉾を紙一重で躱し、逆に斬りつけるルミナ。


  アンデスレギオンの右腕に浅くはあるが傷が付く。




  「私は、な。エムレース。お前のことを友人だと思っていたんだ。

 平民の私を蔑むものが多い中で、お前はふつうに、雷帝となった日に離れていったかつての友人達と同じように私に接してくれた。世界で私の味方はお前だけなのではないかとさえ思えた」




 鉾から火炎を放つアンデスレギオン。

 その炎は自身の腕をも焦がし、膨張した大気が悲鳴をあげるが、同等以上の出力を持った雷撃によって力業で相殺された。




  「お前が故郷である港町のことを話すたび、寂しそうにしていることに気がついた。せめてもの慰めになればと魚の干物を買ってきたのが始まりだったな。喜んでくれたのが嬉しくて、方々に出向くたびに土産を買っていくようになった」




  炎を纏った鉾は眩く揺れ、振るわれるたびに視界を惑わせる。


  しかしルミナは的確に剣を合わせ、確実に防ぐ。




  「戦い方を教えてくれたのもお前だったな。教師役とは名ばかりで私をいたぶるばかりのリベンヌス将軍に一撃をくれてやったときの気持ちは今でも覚えている。私が多くの功績を残せたのは、お前と雷帝剣のおかげだ」




  ルミナは何を思っているのだろう。


  平坦に、強いて感情を混えないようにした声音からでも複雑に入り混じり荒れ狂う感情が感じ取れる。




  軽々と攻撃を弾かれ続けたアンデスレギオンは、この戦いが始まってから初めて一歩後退した。



 

「■■っ、■■■■■■■■■■! 」



「あちこちで活躍すれば、私でも亡者の大平原に対する守りの役目を務められると証明できる。


 ……いや、実際にそう進言したこともあるのだが、あちこちから邪魔が入ってな。平民というのは貴族からすれば本当に目障りらしい。決して私の意見が通ることはなかった」




 ルミナが短期間でいくつもの功績を挙げた、挙げるために奮戦した理由がそこにある。



  ルミナにとって恩人であるエムレースに少しでも休暇をあげられないかと、故郷に帰る時間を作ってやる事は出来ないかと思ったのだ。


  自分なら炎帝の代わりを務められると証明しようとした。




  そうして打ち立てた功績のせいでより一層貴族の反感を買うことに繋がってしまったのだが。




  ルミナの剣閃が鉾の銀閃を弾き、受け流し、アンデスレギオンの骨色の装甲を削っていく。

 



  「■■■■■■■■■■‼︎ 」



  「結局私は非力だったということだな。お前の苦しみを分かってやれず、お前の苦悩に気付いてやれず。馬鹿だ馬鹿だと言われてきたが、今ほどその言葉が身にしみたことはない」




  次第に鉾の振りが大きく雑なものになる。


  そうなればルミナの髪の毛すら揺らすことは出来ない。



  雷光を纏った剣戟は側からみればあまりにもあっさりとアンデスレギオンの鎧を削りきった。




  「はぁっ、ハァッ……ル、ミナァッ‼︎」



  「エムレース。私はお前に対して許されないことをした。しかし、そうかと言ってお前に殺されてやることはできない。お前が罪の無い人々に力を向けようというならば、それを許すこともできない。止めさせて貰うぞ」



  「ルミナ、ルミナルミナルミナルミナルミナァァァァァァッ!

  迸れ! 炎は世界を創りし4なる力が1つなり! 原初の焔は消えず、揺れず、失せず、地を、気を、水を焼き払うものなり! 森羅万象全てを飲み込む破壊こそが火の本質である!

  炎帝鉾最終奥義‼︎ 紅蓮焔撃、炎帝斬‼︎ 」




  神器の最終奥義。


  どの神器も1つずつ持っている最強の技だ。最終奥義の名に相応しい圧倒的な力を発揮する。


  一朝一夕で使いこなせる技では決して無い、神器の使い手でも使えないものの方が多い技だ。





  「くっ、轟け雷鳴、駆けよ稲妻。汝こそ天と地を穿つ無双の一撃なり。謳え、汝こそ至高の力。叫べ、汝こそ無敵の力。我が敵を討ち亡ぼす一撃となれ‼︎ 霹靂極雷電斬撃‼︎ 」



  それに対してルミナが選択したのは極技。最終奥義に比べれば扱いやすい技であり、しかしその分出力も低い。


 

  それでも、雷は炎よりも速く戦場を駆け抜けてエムレースの胴体を横薙ぎにする。

 



  「っごふっ!」




  横薙ぎにされたエムレースの上半身、そのうち鉾を手放した左腕が炎を纏い、すれ違い様にルミナの左脇腹を大きく抉り取った。













 




 





  「ルミナっ‼︎ 」



  「命帝様っ‼︎ まだ危ねぇ‼︎ 」




  即座にルミナに駆け寄ろうとした命帝を壁帝が止める。


  エムレースは上半身だけになっても炎を纏う炎帝鉾を……いや。炎帝鉾からは炎は上がらない。



  上げられない。



 最終奥義は使い手の魔力と神器が内蔵するエネルギーを膨大に消費する。


  最終と言うだけあり、一度使えば1年は使えない。大技ではなく炎を纏わせる程度の、普通に使う分には一週間もあれば使えるだろうが。



  使えないだけならば良いかもしれないが、内蔵エネルギーを消費した神器は自己修復や自己強化もままならない。



  万が一その状態で破壊されて仕舞えば神器は死ぬ。


  そんなでかい代償を求められるからこそ最終奥義であり、



  だからルミナは使わなかった。



  剣でしか無い俺を守って。




 


  大量の血液と肉片を撒き散らしながらルミナが地面に倒れる。


 俺を握る手にもほとんど力が入っていない。


  「う……ル、ミナ……」


  エムレースは炎帝鉾を手放し、両腕で這うように移動する。

  切断面から赤黒い血液と、おどろおどろしい黒い煙が吹き出している。




  「……」




  最期にエムレースがなんと言ったか、俺には分からなかった。


  掠れるような、そよ風よりも弱い言葉を吐き出して、動かなくなった。





  そんな事よりもルミナだ。



  俺に、雷の神器に人の傷を癒す力などあろうはずもない。

 



  「ルミナっ‼︎ 」




  命帝が駆け寄ってくる。



  声を出せない俺は命帝や、女神様に必死で祈る。




  どうかルミナを助けてくれ。人に遠ざけられ、人に傷つけられ、ルミナの人生はそんな事ばかりだったじゃ無いか。


  まだまだ、これからだったじゃないか。


  初代も、2代目も、そうなんだよ。

  まだまだなのに死んでしまうんだ。



  俺の試練を超えたせいで、あっという間に死んでしまうんだ。


  独りきりで、死んでしまうんだ。




  もう嫌だよ。あんな思いはしたくないんだよ。





  「かっはっ‼︎ 」



  「ルミナ‼︎ 気をしっかり持って! 私が、私が治してみせるから‼︎ 」




  命帝の言葉通り、怖いくらいの勢いで傷が塞がっていく。



  命帝杯のもつ生命エネルギーを治療に使っているのだ。


  命帝が王都から離れないのは、大抵の傷や病であればこうして治療できるからでもある。




  「雷帝。見事だった。あとのアンデッドは俺たちに……⁉︎ 」



  「な、なんだあれは⁉︎ 」




  戦場に落ちていた動かなくなったはずのアンデッドに、黒いモヤが纏わり付いている。


  黒いモヤはアンデッドに溶け込み、ゆっくりとアンデッドを動かす。




  「ちっ! なんだか知らんがやばそうだ‼︎ 光帝‼︎ 」


 

  「分かっている! 」




  光帝が光帝砲を撃つ。

  が、数十を粉砕したところで止まる。




  「はぁっ、はあっ、はぁっ、魔力が足りない……! 」




  光帝は膝をついて荒い呼吸を繰り返す。




  「ちっ、命帝様、治療は終わりそうですか? 」



  「まだ! しばらくかかる! 」




  滝のような汗を流しながら命帝が答える。



  動き出したアンデッドは1箇所に集まると、ルミナが完成前に滅ぼしたコープスレギオンとやらと同じ光景だった。





  否。



  違う。折り重なったアンデッドたちは山となるのではなく、圧縮され、1人の人間くらいの大きさになる。

 

 まるで、鉾を持った女性のような、しかし腐乱死体が凝縮したその姿は色合いからして直視に耐えない。




  「ファントムレギオンが炎帝から抜け出てああなった、と。白い鉾は骨製か? 炎は……出すのかよ⁉︎ 石壁、鎧の壁! 」




  エムレースを模した姿になったコープスレギオンは骨色の鉾から火の玉を飛ばす。



  おそらく、ファントムレギオンの中にいたウィスプの力だ。




  がしかしその出力は、炎帝鉾の一撃にも匹敵した。


  壁帝が咄嗟に作った石壁は抵抗なく粉砕し、周囲の鎧をかき集めて組み上げた壁は大きく歪んだ。




  「ちっ、光帝! やっぱお前は撤退だ! こいつは今の俺らじゃ手に負えねぇ! 」




  壁帝はコープスレギオンの周囲に土壁を展開して封じ込めようとするが、コープスレギオンはあっさりと突き破ってくる。



 

  「ぐ、くそ! 魔力がないんだよ‼︎ どうやって逃げろってんだ‼︎ 」




  貴公子然とした振る舞いを投げ捨てて光帝は叫ぶ。




  「だぁあ! 畜生が! なんで歳食ってからこんな事件に巻き込まれるかねぇったく! じゃあ俺がこいつを足止めするからそれ以外全員ばらけて逃げろ! 1人でもエウデフィトまで着けば良い! 」




  周囲のものを次々と壁に作り変える壁帝。


  彼の魔力もそう長くは持たないだろう。




  コープスレギオンは真っ直ぐに壁帝、いや、その後ろで生命エネルギーを駆使してルミナの治療をする命帝を目指している。





  壁帝が死ぬ前にルミナの治療は終わるのか?



  終わったとして、コープスレギオンから逃げられるのか?



  ルミナは、助かるのか……?









  無理だろう。





  また、俺の使い手は死ぬ。


  巨大な魔物と相打ちになった初代のように。


  無数の軍勢相手に戦い抜き、戦場で立ったまま死んだ2代目のように。







 させねぇよ。




  「? なに? 」























  随分、そう。98年前。



  初代と呼ばれた雷帝と交わした言葉を思い出す。




  『君に1つ、頼みがあるのさ。まあ、死にゆく友の最期の頼みと思って聞いてくれたまえ。……君は、きっと多くの傷を負うだろう。それは刀身に負うものでもあり、心に負うものでもある。


 それでも生きてくれないだろうか? 君の優しさは、きっと大勢の人を救うものだ。君に救われた僕が言うのだから、間違いない。生きて、1人でも多く救って欲しいと言うのが、僕の願いだ』




  俺は、使い手無くして力を振るえない。


  使い手を失くしては力を振るえない。




  しかし俺が砕ければ雷帝そのものがいなくなる。

 



  俺自身と、使い手。


  初代、トーレンスィアとの約束と、ルミナ。





  どちらを守るか、俺は選択した。





  神器には、自我と、自身が持つ力に関する知識と、自己強化や自己修復を行うための魔力と、その魔力を回復させる機能が搭載されている。



  ちなみにこの魔力の回復機能には2種類の方法がある。



  神器にセットされた魔力製造器官を使うか、使い手から吸収するか、だ。


  例えば自己修復くらいなら魔力製造器官で作る魔力だけでも足りるが、自前で電撃一発でも放とうと思ったら年単位のチャージが必要になる。



  故に戦闘には使い手の魔力を使うのだ。


  試練というのも、使い手候補の魔力貯蔵量や回復力を見る目的が大きい。




 

  俺は、ルミナに謝りながらルミナの異様な速度で回復する魔力を吸い上げる。


  吸い上げて、オリジナルの技を使う。



  2代目が死んでから考えていた。




  俺も戦えたらどうなっただろうかと。




 

  初代には、前世の知識を含めあれこれ教えて、多種多様な技を編み出した。


  今度こそ、と2代目の時にも色々な話をした。



  それでも戦場で死んだ。



  強くなったからこそ、より危険な戦いへと赴くことになり、死んだ。


  ……いや、当然のことなのだ。剣を使う者が戦場に死ぬことなど。


  それを当然だと諦めたくなくて、だから俺も戦えたらどうなっただろうかと、考えていた。





  考えて、1つの答えを出した。















 









 命帝、イノ・メーセ・スウィブ・セブレニア・ライフは信じられないものを見ていた。


  神器が使い手の意思を受けずに動いている。

 

  ありえない。

  王室図書館の記録を全て調べてもそんなことはない。

  ならば、これは何か。


 

  雷帝剣が微弱ではあるが電気を発している。

  ルミナの意識は戻っていない。



  命帝として多くの者の傷を癒したイノの観察眼は確かだ。


  こんな状況でも自分ならルミナを助けられると判断したからこそ、命帝杯の力を使っているのだ。



  ならばやはり雷帝剣はひとりでに動いているのか。


  なぜ?


  疑問に思う命帝の前で雷帝剣はルミナの手から離れ、浮かび上がる。




  「⁉︎ ⁉︎」




  混乱する命帝の視線の先で、地面から砂が集まりだす。


  集まった黒い砂は雷帝剣の柄の部分に纏わりつき、それでも止まらずに集まり続ける砂はやがて頭部と左腕のない人間の形になる。




  「ひっ⁉︎ 」




  人間の形になった砂の塊の表面を雷光が撫ぜ、融解させる。

  命帝の悲鳴に思わず振り返った壁帝も理解ができず硬直した。




  「は? 」




  あれななんだ。新手か。新手の魔物か。首がないあたりデュラハンの亜種か?




  困惑の冷めやらぬうちに雷帝剣と黒い砂の人形はまるで人間のような動きでコープスレギオンに襲いかかる。



  雷撃を放ち牽制しながら距離を詰め、雷光を纏い火花を散らす雷帝剣を目にも留まらぬ速さで振り下ろし、切り上げ、薙ぎ、突き、切り払う。



  それはまるで。




  「ルミナと同じ動きだ……」




  イノは思わずそう呟く。



















  砂鉄をかき集め、人型に成型、精錬し自分の体にする。

 操作は雷帝剣のエネルギーを人形に流し込み、無理やり動かせばいい。


  雷にはそんなこと到底できるはずもないが、俺が行使するのは雷属性エネルギー。

  練習すれば、それこそ50年も時間があればそれくらい習得できた。





  ルミナの動きを真似てコープスレギオンに攻撃を仕掛ける。素人判断だが、純粋な剣技はルミナがトップだからだ。


  無理をしている以上この技、雷人剣現は長持ちしない。ルミナからもらった魔力が尽きれば終わる。

 もう一度、はない。


 ならばここは短期決戦。

 幸い呼吸も痛みもない砂鉄の体は人間には不可能な駆動ができる。


  加えて相手が振るうのはどれだけ集まろうとも骨の塊。武器の差は圧倒的だ。



  数回合わせただけであっけなく折れた骨の鉾。瞬時に距離を詰め、コープスレギオンの中心に刃先を突き刺した。




  「■■■■■■■■■■‼︎ 」




  どこか勝ち誇ったような叫び。

  コープスレギオンの身体はみっちりと圧を掛けた為、ずぶりと埋まった俺の刀身は抜くことが出来ない。



  抜く必要もないがな。



  残っていた全魔力を雷属性エネルギーに変換し、爆発させる。


  壮絶な音と光の中に無数の死の寄せ集めは消え去っていた。




  「倒し、ちゃった……」



  「神器にこんな力があったのかよ……」




 呆然とする命帝と壁帝。

 光帝に至っては馬鹿みたいに口をパクパクさせるばかりで何も言葉になっていない。




  っと、こんなことを思っている場合じゃなかった。



 

  俺は砂鉄の体を動かしてルミナの元へ向かう。


 一瞬命帝が警戒するように身を硬くするが構っている余裕はない。



  気にしている猶予はない。


  既に胴体は崩れ始めているし、歩くというよりなだれ込んでいると言ったほうが正確だ。




  初代雷帝と会話した時のように、俺は転生当初必死で覚えた文字を、自分の刀身で地面に刻み込んだ。




  『ありがとう』





  ルミナを救ってくれた命帝や壁帝への感謝であり、


  俺と戦ってくれたルミナへの感謝であり、


  俺を大事にしてくれたルミナへの感謝であり、

 

  数えきれないほどの思い出への一言であり……。




  人形が地面に倒れこむ。


  全魔力。


 自我を保つのに必要な分すらも開放してしまった俺はもはや何もできない。


  外部から魔力を吸収する為の魔力すらない今、雀の涙ほどの性能しかない魔力製造器官に頼るしか無くなる。



  となれば、俺の意識が戻るのは、何年かかるだろうな。下手すりゃ100年以上かかるかもしれない。


  だいぶ意識がぼんやりしてきた。もはや周りの様子も分からない。



  そうだ。謝るのを忘れてた。



  俺が力を失えばルミナは雷帝で居られない。


  そうなれば困る、よな。




  一緒にいられなくて、ごめん。


  謝れなくて、ごめん。


  ちょっとくらい話しかけてやれば良かったな。寂しかったろ?


  ごめんな、ルミナ。変なやつだと思ってたけど、お前のことは割と好きだったよ……。







 

 伝えられない俺のこの想いは、結局独り言にしかならない。

 

 


 





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