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セブレニア王国が保有する神器は全部で13。
国によっては18とか20とか持っているので多いとは言わないが、13はけして少ない数ではない。
しかし、炎帝と同じく要所の守りであるために動かせない神器の使い手も多い。
アンデッド大量発生の報せから一週間。この最終防衛ラインと定められた城塞都市エウデフィトに集まった神器の使い手が僅か4名というのは、それが理由だ。
神器、雷帝剣の使い手である『雷帝』、
ルミナ・アペナ・ライトニング。
神器、光帝砲の使い手である『光帝』、
ファイン・ルシアン・ヴィカ・ルクス。
神器、命帝杯の使い手である『命帝』、
イノ・メーセ・スウィブ・セブレニア・ライフ。
神器、壁帝印の使い手である『壁帝』、
ジル・ヴォーグ・フセ・ウォール。
この中で命帝だけは、普段は王都の守護に就いているのだが、国家存亡の危機であるとしてこの場に駆り出された。
城塞都市の名前にふさわしい、石と鋼鉄で作られた二重の壁はかつての戦争の名残りであるが、都市長が毎年少なくない維持費をかけていたおかげで今でも充分役に立つ。
その堅牢な壁の上に作られた見張り台に2人。
雷帝のルミナと命帝のイノがいる。
「風に乗って腐った臭いが届いてる気がするよー。王都の薔薇のお風呂が恋しいなぁ」
どこか舌足らずな青く甘い声。
命帝はまだ9歳である。命帝どころか神器の保有者として歴代最年少だが、その身が振るう力は並々ならぬものがある。
そんな並々ならぬ幼女は成人の胸ほどの高さにある見張り窓にぶら下がり、足をパタパタさせながら言った。
「ば、薔薇のお風呂⁉︎ そんなものに入ったら棘で傷だらけになってしまうのでは⁉︎ 」
一方ルミナは命帝が誤って窓から落ちてしまわないか不安に思い、身構えながらも驚愕する。
彼女の認識では風呂とは人1人入れるほどの桶に湯を溜めて入るもの。
ならば薔薇の風呂とは薔薇を詰め込んだ桶に入るものであるとでも想像したのだろう。
いや仮にそうでも棘くらいとるだろうよ。
「えー? そんな事ないよー? あったかくて、いい匂いなの。王都に帰れたらルミナも一緒にはいろーよ」
「あ、暖かい? ……い、いえ、お気遣いなく」
ルミナの返事、というか態度がいつになく固い。
それはそうだろう。
イノ・メーセ・スウィブ・セブレニア・ライフ。
目の前にいる幼女は神器の使い手であると同時に王の実の娘でもあるのだから。
「ぶー。でもお父さんも容赦ないよねー。実の娘を最前線に送りつけるなんて。あ、容赦と幼女ってなんか似てるね? あは」
「は、はいっ。そうですね? 」
不満を口にした直後にツインテールを揺らしてきゃらきゃらと笑ってみせる幼女のテンションにルミナはついていけず、目を白黒させる。
楽しそうなイノだったが、不意に表情を曇らせる。
「ルミナって固いよねー」
「へっ⁉︎ そ、そうですかっ⁉︎ 」
ルミナよ。何故今胸を撫でた?
「みんなそう。つまんなーい」
「は、はあ。そう言われましても……」
「ふつーに喋ってよ。ふつーに」
「え? い、いえそんなことは」
「うえええええええん! ルミナがいじめるよぉおおおおおおおおおっ! 」
「いじっ⁉︎ いじめてませんよっ⁉︎ 」
「ふつーに喋ってくれる? 」
「えっと、あ、喋ります喋ります! 喋るから泣かないでください⁉︎ 」
涙を自在に操る幼女相手にルミナは抗う術を持たなかった。
というかルミナちょろい。
この子の将来が心配だ。
「えっと、イノ……ちゃん」
「うん! なあになあに⁉︎ 」
「い、イノちゃんはとっても可愛いね! 」
「えー? そんなことないよー」
「そんなことあるよ! 抱きしめてスリスリしたいくらいだよっ! 」
「ほんとー? 」
「ほんと! 」
「しちゃうー? 」
「しちゃわないでください。貴女は仮にも一国の王女なのですから」
暴走し始めたルミナと命帝を止めたのは、廊下から高い足音を立てて近づいてきた男。
手足には戦う者の筋肉がみっちりと付いているが、背の高さが力強さを相殺している。
サラサラとした金の髪を風に遊ばせつつ歩く白い肌の男。
光帝だ。
「そもそも雷帝、あなたもあなただ。神器に選ばれたとはいえその身に流れているのは下賎な平民の血。身の程を弁えるべきだろう」
命帝のいる手前露骨に顔には出さないが口調と目は隠しきれていない。
隠すつもりもない侮蔑の視線を受けたルミナは一歩下がり、軽く頭を下げた。
「光帝。お見苦しいものをお見せしてしまったこと、お詫び申し上げます。誠に申し訳ありませんでした」
そう。この世界には身分制度がある。
頂点が国王であり、次いで貴族、平民、奴隷だ。
ルミナは神器の使い手の中で唯一の平民だ。
というのも、神器を扱うためには神器の試練をクリアしなければならないのだが、その試練は王族や信用出来る貴族が優先的に受けるのが主なのだ。
なにせ神器は人智を超越した力を発揮する兵器である。
素性の知れない平民に持たせるなど正気の沙汰ではない。
にも関わらずルミナが雷帝剣を手にしたのは、雷帝の試練をクリアできる人間が50年もの間現れなかったから。
1振りで1軍にも匹敵し得るという雷帝剣をこのまま倉庫の肥やしにするよりはと平民相手にまで試練を受けさせた結果、ルミナが見事試練をクリアしてしまったのだ。
となれば貴族連中はいい顔をしない。
ほかの神器の使い手を含む貴族の多くはルミナを疎み、しかしその価値ゆえ排斥することもできず、顔を合わせれば当然のように悪罵を浴びせてくる。
例外はこの命帝とベッカーチェ将軍に、今は行方知れずとなった炎帝くらいだろうか。
「えー? どーしてルミナが謝るの? 私がふつーに喋ってって命令したのに。責めるなら私じゃない? 」
「いえ。例え命令されたとしても間違っているのならば、例えそれで罰を受けることになったとしても異を唱え、主君の過ちを正すが臣下の務めであり、従うものの矜持というものでございます。王女殿下」
「ファインの言うことは難しくて分かんないよぅ」
額に皺を寄せて言う命帝。
「いずれ分かりますよ。命帝様、明日は激戦となるでありましょう。
この光帝、ファイン・ルシアン・ヴィカ・ルクスが居る以上アンデッドなど塵のように消しとばしてご覧にいれますが、お疲れになっていてはお身体に良くありません。今日はもうお休み下さい」
「えー? 別に眠くないけど」
「アンデッドどもを殲滅したら王都への長旅が待っております。平民など相手にしていないでゆっくり休まれた方がよろしいかと」
「……はぁ。わかったよーだ。ルミナまたね。
ファインはついてきてよ。流石に王女が1人で歩いてると問題でしょ? 」
「はっ! 有難き幸せ! 」
勝ち誇ったような目でルミナを見る光帝。
命帝が平民でなく自分を選んだと思ってるのかも知れないが違うぞ?
お前をルミナから引き離すために連れてくんだ。
光帝の立ち位置から影になる位置で幼女特有のぷにぷにとした肉付きの良い手を振り、命帝は見張り台を後にした。
「……ライディーン、私は大丈夫さ。私が雷帝である限り家族の暮らしは保障される。
この程度、飢えや流行り病に比べればどうってことない」
そう言いながら、ルミナは震える手を俺に当てる。
力になれない事を詫びたかったが、俺には言葉が出せない。
翌日。アンデッド軍を釣り出していた部隊の斥候が城塞都市に到着した。
アンデッドは生者を憎み、近くの生者に襲いかかる性質を持っている。
その為、例えば付かず離れず前を行く大量の人間などがいれば、周囲には目もくれずにそれを追いかけ走り続けるのだ。
過去の戦で使われた事のある最悪と呼ばれた戦法、オンラインゲームでいうならモンスタートレインとかいうやつでアンデッドたちを城塞都市まで連れてくる。それが今回のアンデッド掃討作戦の第1段階である。
疲れを知らないために昼夜を問わず迫り来るアンデッド。いったいどれだけの兵士が犠牲になったのだろう。
彼らの命懸けの仕事のおかげで、死の大平原から出てきたアンデッドの軍勢はそのほとんどが城塞都市にまっすぐ向かってきていた。
「おし。そんじゃ、そろそろ始めんぞ」
遠くから立ち上る土煙は、アンデッドとそれを引きつける馬に乗った友軍の立てるもの。
それが少しずつ濃いものになるのを見て、1人の男がストレッチをしながら前へ出る。
エウデフィトの外壁から少し離れたところに来たその男は、胸や頭部などを最低限覆い隠す程度の装身具を身につけているだけで、戦場に出るにはあまりに頼りなく見える。
黒褐色の髭や髪には白いものがちらほらと見え始めているが、その足運びは滑らかだ。
緊張の色が伺えない声を出した後、懐から掌に収まるようなサイズの直方体を取り出す。
今では誰も読み解く事のできない言語が所狭しと書きつけられ、さながら1つの模様を描いているようにも見える。
神器、壁帝印とその使い手である壁帝、
ジル・ヴォーグ・フセ・ウォールだ。
壁帝印の能力は使い手の周囲にあるものを材料にして壁を作り出す能力。
壁帝が右手を高く掲げると、壁帝印は輝きを放つ。
「土石の壁! 」
壁帝の声に応じて地面から石がせり上がってくる。
高さはおよそ15メートルはあるだろうか。
現代日本ならばともかくこの世界では驚くべき高さだ。
壁帝印の力で作られた壁だから壁帝が遠くに行けばすぐに崩れてしまうだろうが、今この場においては何の問題もない。
「おし、こんなもんか」
出来上がった壁を見て頷いた壁帝は足元から柱のような石を伸ばし、石壁に飛び移った。
「完成だ! 命帝様も光帝も来ていいぞ! 」
石壁の上から地面に向かってそう叫ぶ壁帝。
「分かった! 行きますよ王女殿下」
「はーい」
不自然なくらい優しげな表情を浮かべる光帝とぶすっとした表情の命帝。
命帝は今、光帝に抱えられている。
「少し反動が来ますよ」
「さっき聞いたってば。早くして」
「はっ! では……」
光帝は白い砲身に精緻な銀色の装飾がされた神器、光帝砲を地面に向かって発射し、その反作用で石壁の上まで跳躍した。
「ほう。出来るとは聞いてたが本当にすっと上がってくるんだな。丁寧な力の使い方をする」
「それは貴方もだ壁帝。この大きさで全て厚さが均一な壁をこうも簡単に築き上げるなど、自分の目で見なければ到底信じられなかっただろう。耐久性も問題ない」
「ぐーってなった! お腹とかぐーってなったよファイン! わたしジルみたいに石でびゅーんってしたかった! 」
「それは申し訳ございません。緊急時ゆえご容赦ください」
「あー、そうだな。石でびゅーんはアンデッド片付けてからやりましょうか、命帝様」
「わーい。それじゃーオシゴトだ! 」
命帝は抱えていた杯を両手で胸の前に持ち、目を閉じる。
「命帝杯よ。汝が収めし尽きせぬ恵。その迸る生命の息吹を今こそ彼のものに授けたまえ。生命の雫」
耳か目を疑いたくなるような、普段の幼さを感じさせない落ち着いた詠唱が紡がれ、命帝のもつ金色の杯から白い光がこぼれ出て、石の壁に落ちる。
瞬間、石壁がぼんやりと白い光を放ち始める。
神器、命帝杯には生命エネルギーとでも言うべきものを溜め込むことが出来る。
溜め込んだエネルギーは怪我や病を癒したり、攻撃に使ったり、今のようにものに宿したりして使うことが出来る。
そしてその生命エネルギーはアンデッドが他の何をおいても優先する攻撃対象でもある。
アンデッド掃討作戦の第2段階。
壁帝の壁に命帝の生命エネルギーを宿し、アンデッドを引きつける。
引きつけられたアンデッドをルミナと光帝、そして兵士の総力を持って駆逐するという作戦だ。
シンプルな力技もいいところだが、圧倒的な物量相手に通用する小細工などそうそう用意できるものではない。
相手が心理戦も何もないアンデッドならば尚更だ。
「ふうっ。よし。やるぞ、ライディーン」
壁の前。王国各地から集められた兵士の先頭にルミナは立っていた。
「ここで負ければ故郷もどうなるか分からん。何が何でも勝つ! 」
「「「「おー!」」」」
「っ⁉︎ 」
聞こえていないと思っていた独り言が後ろに思いっきり聞こえていたことを知り、顔を赤くするルミナ。
いや、あれだけ気合入った声出してたらそりゃ聞こえるよ。多分命帝達にも聞こえてたよ。
顔を赤くしたルミナは誤魔化すように俺を上にかざして見せる。
兵士達の声はさらに大きくなった。
次第に土煙が大きくなり、ついに先頭を走る軍馬と兵士の表情まで見えるようになった。
アンデッドを引き寄せている兵士は石壁の近くまで来てから石壁を避けるように左右に分かれていく。
背後の、兵士を追いかけ死の大平原から走ってきたアンデッドの軍勢が見えた。
先頭は人骨の魔物スケルトン。
濁った黄色い光を放つのはワイトだろうか?
腐った死体の魔物ゾンビに、黒く膨れ上がった死体の魔物ドラウグル。
向こう側がうっすら透けて見えるのはゴーストやレイスの類だろう。
ふよふよ浮かぶ火の玉のようなウィスプに……遅れて来ている巨体は、あれはなんだ?
がしゃどくろってアンデッドの括りなのか?
「誘引部隊が完全に左右に分かれた! 攻撃開始だ! 」
ルミナは俺を抜き放ち、突撃を開始する。
ルミナは走って、後ろの兵士は馬に乗って、だ。
これは差別とかイジメではない。
平民のルミナには馬の乗り方は分からないというのもあるし、俺、雷帝剣は本気を出すと音も光も派手すぎて馬が怯えて使い物にならなくなるのだ。
故にルミナは走る。
雷で身体能力を跳ね上げて後ろの馬を引き離す速さで疾走する。
……いつ見ても人間業じゃねぇ。俺も片棒担いでるけど。
「はぁぁああっ! 飛雷刃!」
俺に雷光を纏わせやや体勢を崩しつつも全力で振り抜く。
振り抜かれた軌道から轟音と共に無数の稲妻が放たれ、アンデッドの先頭集団を直撃。
あるものは弾け飛びあるものは砕け散り、炭化したものさえいる。
そりゃそうだ。自慢じゃないが自然界に存在するエネルギーの中でも雷の持つ力はずば抜けている。
しかしアンデッドは恐れを知らない。
砕けた同類の一部が突き刺さろうと構わず突撃してくる。
「恐れるものか‼︎ 私は三代目雷帝! ルミナ・アペナ・ライトニング! 彷徨える死者どもに敗れはしない! 」
ルミナは刀身に雷を宿したまま素早く切り、払い、薙ぎ、切り上げ、アンデッドの接近を許さない。
そこへ上空からゴーストや空を飛べるもの達が迫る。
「■■■■■■■■■」
不明瞭な、しかし悪意だけは強烈に伝わる叫び声を上げながら迫るゴーストにルミナは目もくれない。
そのままゴーストの指先がルミナの肩に触れそうになった時、
一条の閃光が走り、ゴーストを貫いた。
「ちっ。少しは慌てるかと思えば……可愛げのない」
光帝は小声で呟きつつ空を飛ぶアンデッドを次々と撃ち抜いていく。
神器、光帝砲は使い手の魔力を光属性のエネルギーに変換し射出する武器だ。
光帝は成人の腕ほどの長さの砲身を構えてアンデッドを狙撃する。
「ファイン」
「はっ、命帝様。何か御用命でしょうか? 」
「今のわざとギリギリにしたよね? 」
背中に氷の塊を入れられた。
そう錯覚しそうになる命帝の冷たい声。
光帝はとぼけようとして、直感がそれは悪手だと告げる。
「申し訳ありません。ほかの、一般の兵士を狙うウィスプに気を取られておりました。以後気をつけます」
とはいえ一々正直に言う必要もないと判断し言い訳を述べた。
「……次はないよ」
「はっ。肝に命じます」
光帝は表情を動かさずに狙撃を続ける。
あんの野郎! 今のわざとギリギリまで助けなかったな⁉︎ うちのルミナになんかあったらどうすんじゃボケ‼︎
てめえ次あったら超静電気帯電させてやるからな? ものに触るたびにバチバチさせるぞ⁉︎ 覚えとけよ⁉︎
表には出さない悪罵はさておきルミナはあっという間にアンデッドの数を減らしていく。
アンデッドの注意が生命エネルギーを込めた石壁に向いているとはいえ恐ろしいまでの剣技だ。
ひょっとすると先代よりも強いかもしれない。
こんな才能の持ち主が数年前まで畑を耕していたなど一体誰が信じられるだろう。
だが。
俺は知っている。
ルミナの本来の剣筋はこんな乱暴なものじゃない。
普段はもっと冷静に、的確な判断で敵を斬るルミナなのだが、今はどこか、焦ったような、或いは八つ当たりのようなものに見える。
余計な力が入った剣は格下相手でも敗北を招きかねない。
長期戦になるならば尚のことだ。
なんとか警告してやりたいが現状では俺には手段がない。
あったとしても、今急に話しかければルミナの注意が逸れ、アンデッドから攻撃を受けかねない。
「せいっ! やぁっ! はっ! 」
畜生‼︎ 誰か気がつかないか⁉︎
俺の危機感を他所に兵士は後ろの方でアンデッド相手に善戦している。
ってこれはまずい。突出し過ぎている。
遠距離から攻撃する手段を持っているのは光帝だけだ。
というのも弓矢はアンデッド相手に効果が薄い上、乱戦になれば使えない。
遠方からの支援が事実上不可能な今、味方と離れ過ぎれば亡者の群れに囲まれて孤立することになる。
誰かが止めてくれなければ、ルミナは……!
「雷帝様っ! 」
戦場に響く甲高い声。
後ろの兵士の集団から1人の男が飛び出してくる。
他の兵士と違い革製の、誤って電撃を喰らわないよう金属を使わないルミナと同じ意匠の鎧を身につけた男は、目にも止まらぬ速さで剣を振るい、アンデッドを切り裂いてこちらに駆けてくる。
「ブリッツ……? 」
「突出し過ぎです! 少し戻ってください! 」
走ってきたのはブリッツだった。
雷帝の身の回りの世話や剣の稽古などを務めるこの男は実は結構強いのだ。
「しかし……‼︎ 」
「お気持ちは分かります! しかし無謀な突撃で貴女にもしものことがあればどうします⁉︎ エムレース様がいらっしゃったら何と言われることか⁉︎ 」
「っ‼︎ 」
ルミナの手が僅かに鈍る。
歯を食いしばり、憎々しげにアンデッドの軍勢を見据える。
「……炎帝は、エムレースは、あの中にいるだろうか? 」
「あれほどの方がアンデッドになるとは思えません。死する前に己が身を焼き払うくらいはするでしょう。そして炎帝鉾はアンデッドに扱えるものではありません」
スケルトンの肋骨を蹴り飛ばした足で這い寄るゾンビの頭部を踏み砕くルミナ。
「すまない。手間をかけさせた! 」
「いえ。それが私の仕事ですので」
軽く頭を下げにっこり笑うブリッツ。
うわ、こいつの笑顔とか初めて見た。
「……ブリッツ。お前笑えたのか? 」
「……怒ることも出来ますが? 」
ブリッツが笑みを消して顔を強張らせる。
「冗談だ。さて、あと何万倒せば終わるか……あれは⁉︎ 」
ルミナの視線の先。ゾンビやドラウグルなど、腐肉を持つアンデットが山となって積み重なっている。
吹き付ける腐臭がより酷いものになり、ブリッツとルミナが一瞬鼻に手をやりそうになった。
「何だあれは? 融合、している、のか? 」
ブリッツが理解の及ばないものを見た人間特有の表情を浮かべる中で、腐肉の山に向けて連続して光が突き刺さる。
光帝の砲撃だ。
収束された光属性のエネルギーは周囲に無駄な熱や光を散らすことなく腐肉の山に命中し、穿つ。
「ちっ」
そんな光帝の舌打ちが聞こえるようだった。
光に貫かれた腐肉は炭化し、崩れ落ちるが、崩壊した部分を埋め合わせるように腐肉が盛り上がり、元に戻ってしまう。
「再生? アンデッドがか⁉︎ 」
「いや、恐らく戻ったのは見せかけだけ。炭化させた分総体積は減ったはずだ」
生なき者であるアンデッドに再生能力はあり得ない。
ならばどこかにあった肉を寄せ集めて欠損を埋め合わせただけだとルミナは判断した。
バチバチと俺に雷属性のエネルギーを溜め込むルミナ。
立てる音はバチバチからゴロゴロへ、放つ光も直視するのが難しいほどのものになる。
「往生際の悪い亡者どもめ、初代雷帝が編み出したという奥義の1つを受けよ!
龍雷剣撃‼︎」
ルミナが腐肉の山に向けて俺を振るう。
俺もこっそり補助した極大の雷光は、ルミナの周囲や軌道上にいたアンデッドと腐肉の山を8割型焼失させた。
腐肉の山はしばらくぶるぶると震えていたが、やがて解れるように崩壊し、ただの死体の集まりになった。
「おお……! これが初代雷帝の使った技……雷帝様⁉︎ 」
剣を振り抜いたあと、崩れ落ちるように膝をつくルミナ。
滝のような汗が頬を伝って地面に落ち続け、身体はガクガクと震えている。
「ぜぇ、ぜぇ、一度に、力を、使い過ぎた、だけだ……時をおけば、戻る……」
比べるのも酷な話なのだが、初代の雷帝は無茶苦茶強かった。
チャージした膨大な雷属性エネルギーを放つ龍雷剣撃の他にも電磁波を放ち相手を足止めする技や、俺を電磁石にして周囲の砂鉄なんかを集め巨人もかくやというサイズの棍棒にし、その重量で敵を粉砕する技なんかも使えた。
だがそれは10年レベルでの鍛錬の末に行き着いたものであり、俺の補助ありでもほぼ同等の威力を雷帝4年目のルミナが扱えることがそもそもおかしいのだ。
身体には恐らく寿命が削れるほどの負担が掛かったことだろう。
「おい! 雷帝様をお守りしろ! 先の一撃を見ただろう⁉︎ この方はこの国に必要だ‼︎ 」
「「「はっ‼︎ 」」」
頼もしい返事とともにエウデフィトの兵士たちがルミナの周囲を固める。
「すまない。助かる」
「なぁに、当然のことですよ雷帝様!」
「君達は確か……ヘム隊長の部隊か。全て片付いたら何か奢ろう。会いに来てくれ」
ルミナさんそれ死亡フラグ‼︎
「っ⁉︎ 」
ルミナを囲む兵士に驚愕が走った。
「えっと、雷帝様……? 」
「む、間違っていただろうか? すまない」
「い、いえ、合ってます。ノータム・ヘムが私の名前なんですが……なんで知ってるんですか?」
「? 知っているぞ? ベックもナクサもデューも、共に戦う相手なんだ。一応顔と名前くらいは覚えている」
不思議そうな顔をするルミナだがこれは周囲の兵士のリアクションが正しい。
普通覚えたりしない。
隊長の名前くらいは把握しているだろうが自分の部隊でもない末端の兵士の名前などわざわざ覚えようとする上官はそういない。
多分ヘム隊長の1つ上の立場の人間でもベックと……なんだっけ? 他3人の名前は分からないだろう。
「は、ははっ! かなわねぇな。……雷帝様こいつら馬鹿みたいに飲み食いしますから、覚悟しといて下さいね‼︎ 」
「あー! 隊長が一番飲む癖に⁉︎ 」
「言質とりましたからね? 」
「引っ込めても遅いですよ? 」
「ふっ。私はこう見えて雷帝だぞ? 10人いようが20人いようが同じことだ」
楽しそうに笑うルミナ。
「おし! パトロン様、もとい雷帝様に傷1つつけるなよ⁉︎ 全員生きて帰るんだ! 」
「「「了解‼︎ 」」」
「パ、パトロンとはなんだ! 流石にその扱いには物申す……っ⁉︎ 」
ニヤリと笑う兵士達の揃った声に安堵したのも束の間。遥か頭上から熱波が吹き付けた。
見上げた先にあったのは、紅蓮の柱ともいうべきもの。
視界全てを真紅に染め上げる炎は、真っ直ぐに石壁の上にいた命帝達のところまで伸びていた。
「イノっ⁉︎ 」
「お待ちを‼︎ まだ呼吸が戻られていません‼︎ それに彼処には壁帝もおります! 」
鮮烈な赤色は真っ直ぐ石壁の上部に伸び、そこで止まっている。
空気が膨張する音を響かせ、周囲に熱をばらまく火柱を掲げた掌サイズの印籠のようなものから放つ光で受け止める男がいた。
「おやまぁ、こりゃ随分なご挨拶だねぇ」
困ったなぁ、という程度の声音で、口角を引き上げる余裕すらある壁帝。
そしてその壁帝の後から砲身を火柱の根元に向け無数の光弾を放つ光帝。
現れた時と同じ様に火柱はふつりと消え、熱せられた空気のみが残った。
否。
火柱の根元だった所に、小さな炎の塊が見えた。
目を凝らせば炎に包まれた長細い棒の様な物を持った人間だと分かるだろう。
不思議なことに、身に纏う炎に一切の苦痛を感じる様子がないその人物は、石壁の上の命帝達に真っ直ぐに向けた棒状のもの、炎が渦巻く鉾を突きつけていたが、鉾をゆっくり降ろす。
「アンデッドが、あんな炎を使うのか……? 」
「飛んでるぞ⁉︎ 」
放心した様な声があちこちから上がる中、呆然とした様な表情を浮かべるルミナ。
「エムレース……? 」
炎の様な紅い長髪を揺らし、赤銅色の鎧で最低限の急所を守っている女性。
年齢は10代後半から20代といったところ。
緑色の瞳はどろりと濁っているように見える。
ルミナほどではないが日に焼けた肌には白い傷跡がいくつか刻まれている。
「エムレース⁉︎ あれは炎帝……雷帝様⁉︎」
ルミナの一言を驚愕を持って受け止めたブリッツが聞き返す前にルミナは全身に雷を纏って駆け出す。
そんなルミナに炎帝は鉾を向けると、感情の見えない、ただ表情筋を動かしただけの笑顔を浮かべる。
「エムレー……っ‼︎ 」
駆け寄ろうとするルミナに向けて火球が放たれる。
人1人飲み込んであまりある大きさの紅蓮の球体は、ルミナが咄嗟に振るった剣の軌跡をなぞるように地上から立ち昇った雷が飲み込んだ。
「エムレース! 何があった⁉︎ いったい何をしている⁉︎ 」
叫ぶルミナを見て、ゆっくりと炎帝は地面に降りてくる。
「久シぶりね、ルー。元気そウじゃなイ」
狂気に満ちた笑みを浮かべて、炎帝、エムレース・フラム・カー・フレイム……あるいはだった者はそう言った。




