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いつもの時間

作者: 貴嶋 司

突然 湧き出して溢れてきたものを繋ぎとめてみたのですが

まともに小説を書いた事がなかったため、初心者の作品と言い難い文章です。

拙い文章で不快にさせてしまいましたら申し訳ありません。


書きたい事を詰め込んでしまったため

削ったりや、他のエピソードを入れたりなどが

うまくいかず、ダラダラしてしまいました。


 誤字脱字などあります。

 読んでみて合わなかったら無理されませんように。

いつもと同じ時間、いつも通りの場所で電車を待つ。

そのために今までより30分早く起きる癖がついた。

うっかり寝過ごしたりしないために。


 今まで朝練があっても よく寝坊をしていたのに

 試合前に早く乗ったこの電車での出逢いから

 毎日なんとか乗り遅れずに二か月、俺にしては続いている。


慣れたとはいえ、伊藤貴彦いとうたかひこは ふわぁっと大きな口を開けてあくびをする。

朝は弱いんだ、でも代えられないものがある。


目的が乗っているいつも乗る電車が見えてきた。


あの子は 今日どこに座っているかな…、と

車両がゆっくり止まるまでの時間、

貴彦は空いている座席を探しているフリをしながら

平静を装いつつキョロキョロと探してしまう。



プシューーーッと ドアが開いた時に

ドアのそばの人が立って降りた。


貴彦が乗る時間帯は 通勤ラッシュより早い。

それでも座れることは珍しい。

今日はついているかもしれない。

けどお目当ての子は…

 

珍しく見当たらない、乗る時間が違ったのか…

がっくりと肩を落として 先ほど席が空いたであろう場所に向かう。



 「!!!!!!」



向かった座席の隣は探していたあの子が寝ていた。

座るべきか悩んだのは一瞬で、女の子に席を譲るならともかく

他の男に座らせたくないという気持ちが勝り、

せめて起こさないようにと緊張しながら静かに座った。



見つからないわけだ。

この場所は貴彦からの目線では後ろ姿で、隣の座席の背面に頭をもたれてる。

いつもより小さく見えるし髪型も違ってすぐあの子とは思わなかった。


 いつも顔の輪郭がわかるようにまとめているのに今日は髪をおろしたままだ。

 こんなに髪が長かったんだ… 普段見れない髪型に戸惑いを隠せない。 


電車が揺れる度にあの子の髪はサラサラと揺れ動き

下を向いているとはいえ、毛先は鎖骨より下にあり制服とこすれている。



おかげで無意識のまま座席にきて、運よく隣に座れたわけだ。

朝からついている、むしろこの後

何か悪いことでも起きるんじゃないかという程

貴彦は恵まれていると思った。



季節は7月、高校の期末試験の時期で

あの子の学校は今 試験の真っ最中である。



貴彦の学校は来週から試験が始まる。

だから本当は朝練なんてないのだけど

毎朝会う あの子を見ないと落ち着かないから、と

いつもの時間、いつもの場所から電車に乗る。



 試験勉強で遅くまで勉強したのかな…



この電車で見るあの子は普段は寝ている事が少なく、

座席横のポールに腕組みをするような形で音楽を聴いてる姿ばかり見てきた。


貴彦も来週から始まる試験のためにアプリを起動したが集中できない。

出逢ってから ここまでの至近距離にいたことなど初めてなのだ。


あの子はイヤホンをして何かを聴きながら眠っていた。

どんな曲を聴くのか気になったが

じっと見ている事もできず自分もイヤホンを耳にあて、音楽を再生する。


どうせこうして座っていられるのは15分もないんだ…

勉強しても変わらない。隣に座れた時間をゆっくり過ごそう。

貴彦は座ってから緊張して背もたれに背中をつけていられなかったが

深く座って背もたれによりかかる事にした。

電車のほどよい振動が刺激となって貴彦の瞼が垂れてくる。



ガタンゴトン、と揺れる電車は貴彦たちを乗せて目的地へと進む。




「…あの…っ すいません 」

…誰かが声をかけている

腕を軽く、そのあと肩を叩かれる感触がある


ぼうっとした頭で貴彦は自分が眠ってしまっていた事に気づく。

せっかく隣に座れたのに勿体ないことをしたな、と思いつつ目を開けると


「あ! あの… 浜松駅ですよ?」

隣で寝ていたあの子が声をかけてきていた。


「えっ!?」

目を見開いて 駅名標を見ると確かに浜松だ。

降りる駅のまで眠ってしまっていたのか!?

降りなくては、と焦った瞬間 無情にも発車のベルが鳴り扉が閉まる。


「あ……」あの子がかすかに漏らした声にショックを受けた。

なんてことだ… うっかり寝てしまった挙句 彼女まで降り損ねてしまった。


「ごめん、俺が起きなかったせいで降りれなかったよね

 そのまま置いて行ってくれて良かったのに…」

試験中なのに貴重な時間を無駄にさせてしまったショックに

貴彦は初めての会話ということに喜びを見いだす元気すらなかった。

隣に座れたのに寝過ごした俺のせいで降り損ねさせてしまった…



まだ隣に座ったままのあの子が キョトンとした顔で見ている。

そのあと 不意に歯をみせて笑って言った。


「あははは。気にしないでいいよ。

 次の駅 行ったことないから楽しみだし授業サボってるみたいだね♪」


気を遣ってくれてのことなのか、あどけない笑顔に貴彦は呆気にとられた。

こんな感じで喋るのか、普段一人で登校している姿しか知らない貴彦には

全てが新鮮で、初めて知る事ばかりだ。


 試験中なのに朗らかに話す、眺めていただけより惹かれてしまうじゃないか。


とはいえ、急に自分の抱いていた恋心を再認識してしまって緊張する貴彦に

あの子はいつもいる友達かのように話しかけてきた。


「毎朝おんなじ車両でバスも同じだよね?だからつい声かけちゃったの。

どうせ早く行っても試験中で練習できないしさ、

このところいつもと同じ行動に飽きちゃっててw

今日は登校時間に余裕があるから私の事は気にしないでね?」


やや一方通行気味の会話でも、こうして話している事が信じられない。

だが貴彦は自分の存在を知ってくれていたかと思うと、胸が躍る。

いま勇気をだして会話をしなかったら もう話せない、そう感じて重い口を開く。


「起こしてくれて…ありがとう。

本当いうと、俺寝たら終点まで起きないから本当に助かりました。」


恥ずかしくて目をそらしながら、ポリポリと頭をかこうとしたら

耳につけっぱなしだったイヤホンのケーブルがひっかかってシャカシャカと音が漏れだした。


「あ、、、やべっ」慌ててスマホから音楽の再生を止める。


「ねぇ、それって何の曲聴いてたの?」

ふいに漏れた曲が気になったのか あの子から聞いてきた。


「あ、あの古い曲だから知ってるか分からないけど川本真琴の"桜"って曲で…」


きょとんとしてる。やっぱり知らないか、昔の曲だからな…と

自分のセンスのなさに凹む貴彦。

最近数年ぶりにアルバムがでたとテレビで流れていて

昔の売れたという曲が流れていたのを聴いたところ、独特な歌い方に聴きほれてしまい

昔のアルバムやシングルCDを探し出して聴いていたのだ。


「私と同じ真琴さんだ」にっこりと笑いながら あの子がいう。


「え?」一瞬 どういった意味か分からず聞き返す貴彦。


「私の名前ね、真琴まことっていうの。川本真琴と同じ漢字で書くんだよ」

なぜか自慢げに笑いながら喋る真琴。


ま、真琴さんっていうんだ… やっと名前を知ることができた。

「そ、そうなんだ 偶然だねっ!お、俺は 貴彦、、伊藤貴彦って言うんだ」

真琴から聞かれてもいないけど貴彦は勝手に自己紹介する。


「いとう、伊藤貴彦…くんね、貴彦くんって呼んでいいかなぁ

 友達で伊藤くんって呼んでる子がいるからこんがらがっちゃう」

眉を下げて舌を出しながらエヘヘっと笑いながら真琴は言う。


友達の伊藤くん ありがとう!君のおかげでまさかの名前呼びだ!

いつも眺めているだけであった貴彦が心の中でグッと拳を握りしめた瞬間

電車は減速しはじめ、次の駅に停車しようとする。


「さすがに次は降りなきゃだねw」

後ろの窓の景色に目を輝かせながら喋る真琴。

普段ここまで乗らないのだろうから風景も目新しいのだろう。


「う、うん 戻らないとね…」

奇跡のような時間も終わりかーとがっかりしながら貴彦は答える。


プシューーーッと ドアが開いてから二人は高塚駅に降り立った。

浜松駅に比べて高塚駅で降りる人は少ない。

反対側のホームに向かい階段を登る。

初めて並んで歩いて分かった事、真琴さんは俺より背が高い事だ。

座っていた時は分からなかったけど若干 俺の方が低いと知って凹む。


浜松方面行きのホームで電車を待つ人もまばらだった。

それも通勤ラッシュ前だからではあるが

新幹線の駅でもある浜松駅行きの電車は混んでるのだろうな…

そうしたら 真琴と話す事ができないかもしれない。


「あ、あのさ 聞きたい事があるんだけど…」

貴彦は咄嗟に声をかけてから 何を聞きたいのか考えてなかった事に気づく。

ど、どうしよう。何を聞いたらいいんだ、変に誤解されない質問をひたすら考える。


「ん?いいよ。なにかな?」微笑んだ口元のまま 首をかしげる真琴。


貴彦は その時ふと耳から外されていたイヤホンに目がいく。

これだ、これしかない!と言わんばかりに

「ま、真琴さんは い、いつも何の曲聴いてるの?

 前に、聴きながら指を動かしてたのを見たことがあってさ」


言い終わった後 真琴は目を見開いてビックリした顔をする。

貴彦は自分が前から見ていたとバラしてしまった事に気づいた。

ヤバイ、ストーカー認定されたかもしれない!と内心焦る。


「あ…の…… 言いにくかったら別にいいから!」

恥ずかしさのあまり質問した癖に自分から断って顔を赤らめながらバリバリと頭をかく。


ヤバイ、曲名だけ聞けたらよかったんだ…あわよくば俺も同じ曲聴きたいって思っただけで…


そんな貴彦を見て ふふっと笑う真琴。

「恥ずかしいなぁ。課題曲の練習してた時のを見られちゃってたのかー」

おもむろに鞄から大きな本を出す真琴。

青系の色の本には何やらアルファベットで"CHOPIN"と書かれている。


「あのねー 学校でピアノ習ってて、課題曲が ショパンの曲なの。

 難しくて つい膝の上で指を動かしちゃうのよ」

学校でピアノを習っているという真琴が見せてくれた本には

楽譜がかかれていて、そこにはたくさん鉛筆などで書き込まれていた。


普段見る事がないピアノの楽譜というものに驚き

しかし真琴が練習しているという事を少しでも知りたくなって

楽譜を覗き込む貴彦に 中を見やすく見せようと体を少し斜めにする真琴。


よくよく見てみたが知らない単語が多いし、おたまじゃくしが沢山あって

クラッシックになんて興味のない貴彦にはどんな曲なのかすらわからなかった。

「ありがとう。でもよく分かんないや」と言いながらふと目を上げると

思っていた以上に真琴の顔が近くにあってドキドキした。


そんな貴彦の様子に気づかないのか、口元に手をあてて考えながら真琴が呟く。

「ピアノの楽譜だけ見ても分かんないよね。弾ける場所があればいいんだけど」


 確かにそうだ。真琴さんがピアノを弾く姿は見てみたいと思った。

 どんな風に弾くんだろうか、想像もできない。


「んー、ほかの曲だとお母さんが昔買ってたL'Arc〜en〜Cielの曲聴いてるよ。

私も古い曲なんだけど "夏の憂鬱ゆううつ"って曲が好きになっちゃって」

楽譜に目をむけたまま楽譜を閉じ、鞄にしまいこんでから貴彦をみて喋る真琴。


「ラルクは分かるんだけど その曲は分かんないな…」

知ってる曲とかなら会話が盛り上がったのに、と

貴彦の声のトーンもテンションも下がる。

普段から好きになった歌手のアルバムを買っては聞くが

狭く深く聴くタイプの貴彦には すぐわからない曲だった事が残念だった。


「古い曲だもん、ファンじゃなきゃ知らないよw」と真琴が笑う。


真琴はおもむろにスマホを操作して

首からぶら下がっていたイヤホンの片方を渡してくる。

突然の事で驚いて どうしていいのか分からない貴彦に

"耳につけて"とジェスチャーをしながら

「今 流れている曲が夏の憂鬱なの」と右耳にイヤホンで聴きながら告げる真琴。


 距離が近すぎて体が硬くなる貴彦、緊張しすぎて まともに曲が聴けない。

 左耳にイヤホンを当てながら聴こうとするがケーブルが短すぎて

 肩がぶつかる、体温が伝わる距離に心臓がバクバクする。


お互いに聴こうとするとケーブルが引っ張られるので

真琴は貴彦側に頭を傾けるとサラサラとしている髪が貴彦の肩に触れる。


 なんて日だ、見ているだけでよかったのに話して

 こんなに近くにいるだなんて夢のようだ。


真琴さんにのぼせてしまっていたのかもしれない。

貴彦は無意識のうちに言葉にしてしまっていた。



「…………好きだ」


一瞬 自分が発言したことが何事かとビックリする貴彦。

急に顔が赤くなって、身体が熱くなった。


 な、なんで 告白してんだ?


「貴彦くんもこの曲気にってくれたんだ、嬉しいな。」

イヤホンを片手に笑う真琴。


…よかった、聴いた曲を好きだと思われたらしい。


貴彦はドッと冷や汗が出たそんな時ようやく浜松方面行きの電車がきた。


「あ、電車きたねー」とイヤホンを外す真琴に「ありがとう」とイヤホンを返す。

真琴が電車を見ている隙に 見えないように ハァッとため息をもらす。


 今日は刺激が強すぎる事ばかりで心臓が持たなさそうだ。


次に乗る電車は思っていた通り混んでいる。

普段より2本近く遅れてしまっているし目的地まで喋る余裕はなさそうだ。

吊り革をつかめるかな…人だらけでもみくちゃにされそうである。


電車が止まり、目の前に開いたドア、自分達の後ろに並んでいた人達が続いて乗車する。


せめて真琴さんだけでも安全な場所を、と思い

先に乗り込んで反対側ドアのポールの場所をなんとか陣取って掴んでもらった。

が、貴彦が掴む吊り革は空いていなかった。

1駅だけなら耐える、そこは男としての意地だ…。

頑張って踏ん張って浜松駅まで乗り、今度こそ浜松駅で降りた。

吊り革を掴まず、かといって

真琴さんにもたれないように足で踏ん張っていた緊張から解放される。



ハァッと またため息が漏れる貴彦。

通勤ラッシュの時間に近くなり、駅が混んでいる。

喋りながら進むにもバスのターミナルまでは階段が多く、

人も多いのでなかなか喋られる状態ではなかった。

同じバスに乗るので真琴は貴彦の後をついてくる。


さっきまでは喋る事ができていたのになぁ…とぼやく貴彦。

「ん?なに? ごめん ちょっと聞き取れなくて…」

後ろを歩いていた真琴が小走りで貴彦の横に行こうとするが

エスカレーターに乗り込んでしまったので横に並ぶことはできなかった。


2列にビッシリ並んでいるのだ。

変に後ろを向くこともできないので

会話をあきらめて仕方なく前を向くしかない…。


エスカレーターから降り、バス停まで行くが混雑していて皆並んでいる。

この時間 見えるバスに乗らないとどんどん人が増えて乗れなくなるのだ。



真琴は このバスに乗って10分ほどで降りるが、貴彦は更に15分乗る。

前側に乗らないと降りられなくなるので真琴に合わせて前側に乗り込む貴彦。

後ろについてバスに乗ろうとした真琴に同じ制服の女の子が声をかけてきた。


「おはよ!真琴ちゃんがこの時間にいるのって珍しいね」

「あ、絢ちゃん!おはよーー」

艶々とした黒髪をなびかせ、目がくりっとした人形のように小さくて可愛い

絢ちゃんという子と喋りながら貴彦の近くに乗る真琴。


ドアが閉まり、発車するバスの雑音に紛れて真琴と絢の会話が続いた。

「今日、髪型違うじゃん、さては寝坊したな?」と指摘する絢。

「だって朝まで勉強してたら髪の毛触る時間なくなっちゃったし

 それに練習しないなら たまにはおろしててもいいかなって」

真琴は髪の毛に手をいれサラサラと毛先を下に落とす。


「ということは、化学勉強した?

 先生はノートきちんととってたら100点取れるっていうけど

 黒板消すのも早いからノートがスカスカで赤点になりそう」

と、げんなりとした表情で絢が言う。


「んーーー 前回100点とれなくて悔しかったから勉強したよ!化学だけw」


舌を出しながら笑う真琴をこっそりと貴彦は眺めていた。

眺めているだけでも十分満足だ、と思いながら。


 ほら、もう真琴さんが降りるバス停が来る。

 今日は 奇跡な日だった、としみじみと喜びを噛み締めていた。



そんな幸せに浸っていると

ふいにトントンと肩を叩かれて「ん?」と後ろを向く貴彦。


「あのね、時間がなくて川本真琴の曲聴かせてもらえなかったから

 今度聴かせてもらえないかな?」と真琴が耳元で囁く。


貴彦は耳も首も顔も真っ赤になるのがわかり 咄嗟に前を向く。

「こ、今度 持ってくるよ、CD!」とだけ言う。


バスが真琴の高校前バス停に停車した。

降りながらすれ違った時

「ありがとう。また明日楽しみにしてるね」と真琴の声が聞こえた。



吊り革に掴まっていた手と体がガクンと揺れ、バスが発車する。

貴彦の目線は 真琴に注がれていた。

真琴は降りた後、貴彦に視線をやり、笑って手を振る。


 明日、明日も?これがいつもになったら身が持たない…


そう思いながら手を振りかえしながら貴彦はニヤけていた。





 いつもの時間、いつもの車両で待ち合わせるのが日課になり

 あれから1年以上時が流れ、2月になった。

 1年先輩であった真琴が3年の冬になるまで

 学校がある時は毎日のように一緒に過ごしてきた。

 



いつもの時間に終止符が打たれたのは真琴からだった。


「あのね春から大学に決まったから もう会えなくなっちゃうね」


「え?どこの大学に行くの?」驚いた貴彦は真琴に聞く。

真琴が音楽の勉強をして音大に行きたがっていたのは知っていたが

どこの大学に進学したいのかは聞いていなかった。


「東京の、大学だよ。こないだ合格発表があってね。

 引っ越しとかあるから卒業式まではいつも通りこの時間、電車にのるよ」

合格したというのに残念そうに少し悲しそうな表情で喋る真琴。


「おめでとう!真琴なら合格するって信じてたよ!」と返す貴彦の声にも

「ありがとう」とか細く答える真琴。


 やっぱり進学先は決まってたんだ…。


受験生に合格した?だなんて気軽に言えずに貴彦は言われるまで待っていたのだ。


それに受験生な真琴の学校では、

3年生は既に自由登校になっているはずなのに

受験日前後以外は毎日いつものように真琴と登校し、

特段変わった様子もなく今まで来た。


受験は終わっていたのだけど学校で練習するからと定期を買い、

いつもの時間に登校しては練習していたのだと聞いた。


毎朝練習したおかげで志望していた大学も

推薦で受験できるようになり、合格することができたのだと。


あの日から会話をできるようになったというのに、

俺は真琴に告白することはできなかった。

このままでも満足だと思っていたからだ。


でも、終わりは急にやってきた。

今まで色鮮やかに見えていたものが色褪せていく。



「…あのさ、私の卒業式の日、帰り一緒に帰れないかな」

改札をでて、いつも通るバスのターミナルに向かう地下道を歩きながら真琴が言った。

二人が帰る約束をするのは初めてだ。


お互い学校が終わってからも練習していて時間が合わない、

特に貴彦は部活をしているので帰りが遅い。

真琴が家に着くころ、貴彦が電車に乗るのだ。

だから試験期間中で部活がない時に

たまたま一緒になったのは数えるほどで

最初から帰る電車は待ち合わせたことはなかったからだ。


珍しく真琴からの誘われた事に嬉しいと思った貴彦は

「その日は部活休むから!真琴が学校から帰れるのが何時か分からなくても

俺が真琴の高校前のバス停で待っててもいいし!」

少しでも真琴と会いたい、せめて最後の日には言葉にして伝えたいと思った。


貴彦が即座に返答した事で真琴が微笑む。そして「ありがとう」と。



それからの時が過ぎるのは あっという間だった。

真琴も合格した後、引っ越しの準備をしているというが

毎朝の習慣のために同じ電車にのり、夕方より前に帰宅しているという。

学校では授業中でも使える防音の練習部屋を使い、

土日以外は練習して、夜は引っ越しの準備で荷造り。


学校に置いていた荷物も早々片付けていて

明日の卒業式は 卒業証書をもらって帰るだけだよ、だなんて笑う。


 貴彦は いつもの時間が明日で終わりなんだ、と思い知らされる。

 明日がずっと来なければいいのにと願って、目を閉じた。



それでもいつものように朝は来た。

真琴と出逢ってから早起きをする癖がついた貴彦は、いつものように駅に向かう。

ホームに向かうと、見慣れた制服の子が見えて貴彦に手を振る。


 あれ?真琴みたいだけど髪型が…


「おはよ!貴彦くん」

真琴は長く伸ばしていた髪の毛をばっさりと切り、

初めて出逢った頃より短いショートになっていた。


「え?髪… 」見慣れない真琴を見て戸惑う貴彦。

手ぐしを通そうとしてもすぐパラパラと落ちる髪を触りながら

「思いっきって切ってみたんだけど変かな?」と照れ笑いをする真琴。


「そ、、そんなことない。

似合うよ、むしろ"桜"のCDジャケットみたいでビックリした。」


 最後の日に俺が乗る駅のホームにいたり、

 髪を切ったり、ビックリさせられてばかりだ。

 真琴も少しでも長く一緒にいたいと思ってくれていたのかな、と淡い期待をしてしまう。


無情にも長く会話をする前に いつもの電車がきて

プシューーーッと ドアが開き、初めて隣で座った座席が空いていた。


「さ、乗ろっか」と軽やかに駆け込む真琴の後を追いかけて貴彦は電車に乗り込んだ。

いつものように乗って他愛もない話をするが、真琴の歯切れが悪くなってきた気がした。

卒業式目前で気持ちが高まっているのかな、と思いつつも

いつものように浜松駅で降りようとする。



人が一気に動き出し、空いたスペースができてから席を立とうとしたら

左手の袖がクンッと引っ張られた。


何かひっかけてしまったかと振り返ると

真琴が座ったまま右手で貴彦の制服の袖を引っ張っていたのだ。

「…このまま乗っていたい。降りたくない」と

先に立っていた貴彦に上目づかいで訴える。


「え……。」

先に立ってしまって空いた席は、

降りた人と入れ替わって乗り込んできたサラリーマンに奪われた。

発車のベルがなっても真琴は立とうとしない。

しまったなぁ、先に席を立たなければよかった、と思いながら

「高塚駅までいこ。それで戻れば卒業式に間にあうよね。

最後の晴れ舞台なんだし、ちゃんと出ようよ。帰りも待ってるからさ」

真琴に袖を掴まれたまま、貴彦は自分に言い聞かせるように伝える。


「ん……。」しょぼんと気落ちした真琴を見るのは初めてだった。


それから浜松駅に戻るまで真琴は袖を掴んだまま無言で風景を眺めていた。

貴彦はそんな真琴をただ見つめていた。


浜松駅の改札を出る時に真琴の手が離れ、バスターミナルまでいつものように歩く。

今日は卒業式だからかいつもより着飾った人達が多かった。

卒業式は午前中に終わって、そのあとクラスの子たちと別れを惜しむだろうから

午後3時くらいにはバス亭にいけると思う、と真琴がぽつりと呟いた。 


「ん、分かった。3時頃にはバス停で待ってるよ」

清掃の時間をさぼって、抜け出せば3時前にはバスに乗り込める。それで十分間に合う。

貴彦が少しでも長く居たいと思う心と裏腹にバスは定刻通り真琴の高校のバス停に到着した。


「じゃぁ また後で。」こんな会話も最後なのかな、と思いながら真琴に笑いかける。

「うん。またここで待ってる」

卒業式でセンチメンタルになっている真琴が軽く笑ってバスを降りる。

貴彦が真琴の背中を見つめている間にバスは次のバス停へと進めていった。


 

 その日は時間が過ぎるのがやけに遅く感じた。

 授業をしていても集中できない。

 まだ5分しかたっていない。まだ、まだ卒業式をしている頃だ。

 真琴になんて言おうか、なんて事は頭の中から消え去っていた。

 電車で真琴が「このまま乗っていたい…」だなんていうから。


そのまま電車にのって名古屋まで行っちゃおうかとか思った。

まぁ卒業式の日に逃亡なんてできないけどね、フフっと貴彦が笑う。


なんとか授業を済ませ、清掃時間になる頃 友達に「野暮用だから」と告げて学校を抜け出す。

バスがくる時間まで物陰に隠れて高校の目の前のバス停から真琴の高校前まで乗る。

目的のバス停で降りると真琴の卒業式はとっくに終わっていた。


看板は既に片付けられ、桜の花がパラパラと散っている中

まだ卒業生らしき人が校門の中で別れを惜しんでいるようだ。


真琴の姿は見えない。

「ちょっと早かったかな」と時間を見ると まだ3時になっていなかった。

校門の前で真琴が出てくるのを待つ。

いつもと違う髪型だから見逃さないように注意して。



10分ほど待った頃だろうか、真琴と同じ制服の子達が

卒業証書と花束を持ちワラワラと校門に押し寄せてきた。


貴彦は慌てて真琴を探すと、後ろの方で絢に抱き着かれている真琴を見つけた。


「東京に行っても頑張ってね…忘れないでね、私の事。」と真琴にすがりつく絢。

「絢の事は一生忘れないよ!帰って来る時は絶対連絡するからっ」と小さい絢を抱きしめる真琴。


正直 うらやましいな、と思いながら 真琴達の別れを邪魔しないように

二人がこちらに気づくまで声をかけるのをやめた。

じきに周りからまた声をかけられた絢が真琴に小さく手を振る。

真琴も手を振って、荷物を持ち 校門へと足をむけ、顔を上げた。

その先にいる 貴彦が校門で待っていて真琴と目が合う。


「ごめん、待たせちゃったよね」と目元が赤くした真琴が貴彦のもとへ駆け寄る。

「そんなに待ってないよ。」と貴彦が答えると


「真琴ーーっ 頑張ってねー!!!」と後ろにいた絢達から声がかかり

「頑張るー!またねーっ!」と大きく手を振って貴彦に顔を向け

「じゃ 帰ろっか」と言いながら貴彦とバス亭に向かう。


 朝見せていた顔とは打って変わり、晴れ晴れしているようにも見える。

 元気な真琴の方がいい、泣いてる顔は見たくないな、と思った。


いつもとは違う帰り道だけど 真琴は明日からいない。

いつもの時間も もう終わりなのか、と貴彦はため息を漏らす。

ため息に気づいたのか真琴が貴彦に「ねね、新幹線の構内いかない?」と誘う。

「新幹線?」と普段使わないところに驚く。


まさか、新幹線で遠くにって言い出さないよな…、と貴彦が訝しげに聞き返す。


「うん、入場券を140円で買えば入れるんだって」と呑気に返す真琴。

朝に比べれば いつも通りの元気で大丈夫か、と思った貴彦は

「いいよ、普段入らないし 覗いてみよっか」と答える。


「じゃ、決まりね!」と満面の笑みでかえす真琴が輝いて見えた。

新幹線の構内に入ったところで、乗るわけでもないし、

なにか変ったものでもあったかな、と

考える貴彦を乗せてバスはターミナルに到着した。


いつもと逆方向の向きで真琴と浜松駅に向かう。

違うのは入場券を買って 新幹線の改札をくぐる事だ。


 改札をくぐった真琴がソワソワしている。


貴彦は不思議に思った。

真琴は受験した時も新幹線に乗っているはずだし

電車に興奮した所を見た覚えもないし、それが新幹線でも特段興味もなさそうだった。

真琴に手招きされて 貴彦も改札をくぐり正面の階段を上がる。

そして その先に待っていたのは ヤマハのグランドピアノ。



「えへへー 前にピアノ弾いてるのを聴きたいって言ってたよね。」と

笑いながら鞄から楽譜を取り出す。

ショパンのノクターン 第4番と書かれていた。


 おもむろに椅子を調整して、ピアノの前に座る真琴。

「膝の上で練習してた曲弾くから良かったら聴いてね」と言い、

貴彦が答える前に目を閉じて 集中し始めたようだ。



ポーンっと 高いピアノの音が鳴ったかと思えば 真琴が演奏し始めた。


時折目をつぶっては 音を聴きながら弾いている姿は綺麗だった。

軽やかな音から 突然激しく弾き鳴らす様子は今まで見たことがない姿で

最後の一音がなって静寂が貴彦を包み込む。


後ろからパチパチと拍手が鳴る。

呆然としていた貴彦は 真琴の演奏に立ち止った人たちがいた事に気づいた。 

慌てて真琴に拍手をすると、真琴は拍手をしてくれた方にこたえて

椅子から立ちあがり会釈をし、手を振ると

観客はもう演奏は終わりと思い、新幹線のホームに向かって行った。


「初めて聴くからなんて言っていいのか分からないけど…

 CDを聴いてるように心地よくて、弾いてる姿も綺麗だった」と

初めて演奏をみせてくれた真琴に貴彦は思ったまま告げる。


後ろでは新幹線の出発が近いのか 駆け込むように走る人がいた。

そんな事に気をとられず、真琴は貴彦を見ながら言った。


「やだなぁ、褒めても何にも出ないよw」と照れながら真琴は楽譜をしまう。


もう終わりなんて嫌だと思った貴彦は

「ほかにも弾いてくれない?まだ真琴が弾く姿見たいかも」と告げた。

決して時間稼ぎなんかじゃない、と思いながら。


「じゃ、アンコールにお応えして」と真琴が何か楽譜を出してピアノに置く



「これが最後だよー」と言いながら 新幹線が出発して騒音がやむのもまつ。

周りが静かになったころ、真琴はさっき弾いたように目を閉じ、集中をしていた。


しなやかに腕が動きだし、ポロポロと音を奏でだす。

「どこかで聴いたような…」と貴彦が思った瞬間

目が合った真琴が、にこっと微笑んだのを見て気づいた。


 "川本真琴の桜だ"


 俺が寝過ごして、真琴と話すきっかけにもなった曲。

 歌の部分もピアノがメロディーを奏でるのは初めて聴いた。

 電車に乗ったら真琴と話すから、あれから聴くことは減ったが今でも好きな曲だ。

 そういえばこれも卒業の曲か…


サビが終わり、二番に続く間奏が流れる

 

 真琴は 俺のためにわざわざ練習してくれたのかな、この思い出の曲を。

 演奏している曲を聴きながら 貴彦は胸が締め付けられる想いにかられる。


 川本真琴の歌詞と貴彦の想いがリンクする。

 今日で真琴と離れていつもの日常が終わるのだ。

 あんなに好きな曲だったのに終わらないでくれと願う。 


 真琴は目を閉じて弾く。

 一つ一つの音を聴きながら、俺のために演奏してくれている。

 歌詞が頭の中に浮かんで悲しくなる。



 ----最後の音が鳴り、演奏が終わる

 すっと鍵盤から指が離れて無音の時が流れる。


 演奏し終わって深呼吸した真琴が貴彦に体を向けていう。


「この曲、貴彦くんから教えてもらってから 私、頑張ってこれたよ。」


 そう言うと、次にピアノを演奏したいであろう人を見つけた真琴は

 慌てて楽譜を閉じて、鞄にしまい、椅子から立ちあがり貴彦の横にきて話を続ける。


「知り合った時、音楽に行き詰ってて逃げ出したかった。

 一人で黙々と練習しては帰っての繰り返しをしても

 どんなに頑張っても上手く弾けなくて苦しかった時

 貴彦くんと高塚駅まで行って あぁこういうのも楽しいなって思った。

 歌詞に出てくるような机をならべたりとかは学校が違うからできなかったけど

 私の中では 胸がいっぱいで すごく楽しい高校生活だった。」



「貴彦くん、毎朝 素敵な時間と元気をありがとう。」


 すっと差し出す右手が見えて、切なくなる。

 

「こっちこそいつも真琴からパワーもらってたよ。

 明日から寂しくなるけど東京に行っても頑張って!」


貴彦は差し出された手に自分の右手を出し、

さっきまで音楽を奏でていた手をぎゅっと握る。

真琴の手がかすかに震えていた気がした。


離したくない気持ちを抑えて貴彦は

「じゃぁ、そろそろ電車に向かおうか」と言いながら手を離し

普段のる東海道線の改札に戻り、静岡方面行きのホームに行く。


まだ時間はあるから、とホームのベンチに座り、他愛もない会話をするが

徐々に日も暮れ始め、電車も混み始めてきた。


それでも話し続けると真琴が時計を気にしだした。

この時間に電車に乗らないと真琴が乗り換える電車の本数が急になくなるのだ。

そうすると乗り換える駅まで迎えに来てもらわないといけない。


 最後まで自分の気持ちを押し付けたらダメだ、と

 刻が永遠でない事を恨めしく思いながら 次の電車を待つ。


そこからの時間が経つのは早かった。一瞬かと思った。

混雑する電車内で真琴と喋る事がろくにできず、

貴彦の降りる駅に到着し、プシューーーッとドアが開く。


 降りたら、いつもが終わる… ここで伝えなくては。


一人、ホームに降り立ち振り向いて

「真琴、今日までありがとう。大学に行っても負けずに頑張れよ!

 頑張ってる真琴が好きだったよ」と告げた。


貴彦の告白を聞いた真琴が目を見開き、口を開けた瞬間

無情にも発車のベルが鳴り響き 言葉は雑音に吸い込まれて貴彦の耳に届かなかった。

ドアが閉まり、真琴を目で追いかけると涙がこぼれ泣き崩れていた…



 最後に真琴を

 泣かせたかったわけじゃないんだ…



貴彦は唇を噛み締めながらホームから夕暮れの中に消えてゆく電車を送る。


 悔やんでも もう戻らないいつもの日常。

 もっと早くいうべきだったのか、

と自問自答しながら朝を迎えた


 いつもの時間、いつもの場所に君はいない。

 君が居なくなった場所に慣れるのは胸が苦しい。


そんな時は決まって"桜"を聴くようにした。


 あの時 真琴はなんていったんだろう

 発車のベルにかき消されて聞き取れなかった言葉。



白黒つかない あの日の思い出を思い返しながら


貴彦は、ぽかんとあいた時間が日常になるまで

一人いつも歩いた道を歩いていく。

当初ハッピーエンドにしようと思いました。

ただ恋愛初心者同士が付き合いしてすぐ遠距離恋愛は難しいと思い

はっきりしない状態で終わらせております。


 高校生の淡い恋愛模様として読んでいただけましたら幸いです。

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