零話『覚醒』
『―――此処は何処だ』
目覚めた"私"を迎えたのは永劫の闇。
無限に広がる黒い世界だった。
『―――あの子たちは無事だろうか』
遠い故郷へ思いを馳せる。
だが当然、帰れるはずもない。
どうやら"私"は常闇の世界に囚われの身となってしまったようだ。
此処が何処なのかもわからない。帰る手段もない。
ならばいっそこのまま――
「おや。こんなところにおられましたか」
生きて故郷へ帰ることを諦めかけた丁度その時だった
救いの手を差しのべる者が現れたのは―――
***
「さあ――主こちらへどうぞ」
私の事を主と呼男に付き従い私は常闇の中を歩く。
闇は深く濃く何故かぼんやりと発光する自分の身体と案内をする男の姿がぼんやりと見えるだけ。
物腰柔らかそうな男。おそらく二十代後半か歳を取っていたとしても三十代前半くらいだろう。声からは私とは違う若者特有の新鮮差とでもいうのか若さが感じられる。
あの男と私はどうゆう関係だ。何故男は私に親切にする。こんな場所で一人迷い子となった私を哀れに思ってのことか。いやそれならば困っているのは男も同じはずだろう。こんな訳の分からない場所で目覚めれば誰だって困惑するもの、だが男にそのような節はない至って平凡だ。
最初は私を助け出してくれる救世主のように思えた男の優しい声や態度が一気に恐ろしい物へと変わる。何か裏があって優しい物言いをしているのではないか。私を此処へ閉じ込めたのはこの男の仕業なのではないだろうか。この男は助けるふりをしてなにか莫大な対価を要求してくるのではないのか。
一度疑い始めればそれは止まる事を知らない。
私の心は早く男から離れたい、それだけでいっぱいになっていった。
どうすれば離れられる。どうすればこの男から私は解放される。
円滑にそして迅速に男から離れる手段を思考しているその時だった。
「主」
黙々と歩いていた男が振り返ったのは。
驚き、身体が震える。「どうなさいましたか」とうっすらと見える口元が笑っている。
「……なんでもない」
「そうでございますか。それは良かった」
男はまた前を向く。
なにが良いものか私はちっとも良くないとも思いはした。が、それを口に出す事はしない。
男の目の前に見慣れぬ扉があったから。
「開けていただいても」
「何故私が……」
「この扉は貴方様にしか開けられないように出来ているのですよ」
お忘れですか? と、男は言う。暗いため今男がどんな表情をしているのかはわからないが声から察するに恐らく苦笑しているのだろう。まるで小さな幼子が些細な失敗を犯し周りの大人たちが静かに笑っている、そんな印象を受ける声だ。
「何故私にしか開けられない。生体認証でもあるのか」
暗くて詳しい事はよくわからないが。ぱっと見た印象ではそのような化学的な物は付いていないように思える。ただの古い木製の両開き扉にしか見えない。
男の方をちらりとみてみる。男は不敵の笑みを崩さないままだ。私が扉を開けるまでそのまま立ち続けるつもりのようだ。
私に彼と共にここで呆然と立ち続ける理由はない。出来ることなら一刻でも早くこの不気味な男から遠ざかり、出来る事ならあの子たちの元へ帰ってやりたい。
「そうだ――私には帰る場所がある」
故郷に残した大切な者たちの顔を思い浮かべば自然と勇気が湧いてくる。
蛇の道は蛇。豹が出るか虎が出るか。どちらにせよ扉を開けなければ先へは進めない、一生を常闇の世界で終わらせることとなるだけだというならば――
意を決して私は扉に手をかざす。
扉は大きく外側へゆっくりと開かれてゆく。常闇の世界に白く輝く閃光が侵入してくる。
眩しさに私は瞼を閉じた。
「おかえりなさいませ――我らの主よ――」
再び瞼を開けた先に広がっていたものは――