盛雄と昌志
家の周りをグルグルと走り回る子供が2人。追いかけているのは6歳の昌志、手に鉈を持っている。追いかけられているのは9歳の盛雄、短い足を早いストロークで回転させ逃げている。
「お兄ちゃん、僕のグルトラマン触るなって言っただろ!」グルトラマンとはセルロイドの人形で、その頃流行りの変身ヒーローのオモチャだった。
「その方が格好いいだろ。格好良くしてやったんだから、褒めてもらいたいくらいだ。」
昌志が大事にしているオモチャに落書きして、盛雄曰く派手で格好良くしてやったと言っているが、目が4つになり、口からはベロが出ていて、下半身にはそのヒーローが男性である事を象徴するかのように男性のシンボルが描かれている。
「あれのどこが格好良い?ぶっ殺してやるー!」
男兄弟とは恐ろしいもので、喧嘩を始めると、決闘や、刃物沙汰になる事もある。そしてこの追いかけっこは、父親のカミナリが落ちて終息を迎えた。
ある日この2人、母親の自転車を2人乗りして家の近くの公園に向かっていた。小学校のクラスメイトと野球をするためだ。途中で盛雄の友達の春馬と合流した。
「盛雄、どっちが先に行くか競争だ!」
「いいぞ!勝負だ!」
春馬は変速機付きのスポーツタイプの自転車。対する盛雄の自転車は、20インチのママチャリの荷台に弟の昌志を乗せている。勝てるわけがないのだが、そうとは見えないが負けず嫌いの盛雄は勝負だと言われて無視出来ない。力一杯に自転車をこぐが、春馬との差は開く一方である。この先に見える角を右に曲がったら、後は一直線で100メートルくらい。角を曲がって公園が見え思いっきりペダルを踏んだら徐々に春馬との差が縮まった。気を良くした盛雄は勢いついてペダルを踏み込む。先に見える公園では、クラスメイトが大声で何か言っている。デッドヒートの2人に歓声を上げてるかのよう。後20メートル、10メートル、5メートル、ゴール!砂煙を上げて急ブレーキで格好良く止まった盛雄。僅差で勝ったと喜んでる盛雄にクラスメイトは何か言っている。
「盛雄!カーブで曲がった瞬間に昌志が横に吹っ飛んだぞ」
「・・・」
カーブを曲がった瞬間に昌志は横に吹っ飛んでいたのだ。どおりでペダルが軽くなるはずだ。
青くなった盛雄は昌志のもとに自転車で戻った。
「大丈夫か?昌志?」
「お兄ちゃん、呼んでるのに全然戻ってくれないんだから。」
角を曲がる瞬間スピードダウンした事と、小学生の運転でスピード自体が大した事なかったため、奇跡的に擦り傷1つなく無事だった。
ただ、昌志が自転車から振り落とされ、運転している車の前に現れたため、思いっきりブレーキを踏んで間一髪で止まった車のドライバーは生きた心地がしなかったのは言うまでもない。