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93、お嬢様は滝へ行きたい 4(コントンの知らせ)

「不思議なものだね。成分は全く同じの粗悪品とは」

「関係者は全員、投獄したんじゃなかったのか? あの時の薬剤師も、資料も、全て城が回収したはずだろ」

「簡単だ。逃げ延びたやつがいたんだろう。レシピをしっかり押さえて」

「まったく………。初期の効果が効果なだけに、騙されたものが哀れでならないよ。幸いなことに、没収できたのはこれがすべてなようですが」

「死亡者二名、か。以前私も欠片を飲んだことがあるのだが、あちらは確かに、安全面に問題がなかったよ。レシピは持ち出したはいいが、多分持ち出せたのは材料までか。調合についての情報がないから、色々試してやっとできた、ってところなのかな」

「………飲まれたんですか? ご自身で?」

「ああ。問題なしと文書にも書かれて送られてきたのでね。流石に警戒して全ては飲まなかったさ」

「いえ、警戒するのであれば飲まないですよ、普通は」

 机の上の丸薬を囲み、あれやこれやと言葉を交わす男たちを前に、ガルカはつまらなそうに庭に目をやる。

(ふん。今日は『あちら』はお茶会だったか。こちらもこの後食事があるようだが。不敬な輩が出てこない限りつまらんな。ただの腰巾着だ)

『………ルカ』

(ん?)

 ガルカは声の聞こえた方を見る。

 タイル張りの部屋、開け放たれた窓。自分の影の横に、窓に揺れるカーテンの影が日の光に透けていた。

『ガル カ ………ス、ケテ』

(コントンか?)

「どうした」

 小声で影へと話しかける。

『ジコメ………ラ レタ』

「誰にだ?」

『シラ ナイ。ニンゲン………………………トラレ タ。アスタッテ 様ノ カオリ、………ボ クノ … ノニ。…………ル サナイ』

(取られた………)

「そうか。分かった。丁度今週末、そちらに行く予定だったんだ。出してやろう」

『オネ ガイ』

「ああ。それまで耐えろ」

『………デキ ル』

「ああ。またな」

『マタ』

 カーテンの影が大きく翻る。

(仕方がない。お嬢様、知らせてやるか)

 ガルカの隣に控える使用人の一人が、主人に呼ばれ、指示を受け部屋を立ち去っていった。

(せっかく滝に行けるというのに、つくづく運のない奴だな)

「ガルカ」

「なんでしょう」

 ラーゼンの元に行き、ガルカは微笑む。

「移動するぞ。今馬車を出してるはずだ。先に行っててくれ」

 この町役場を出て、食事の会場へ移動するのだ。今日はこの会合のメンバーの、伯爵の家で食事を振る舞うらしい。

 ならば初めからその屋敷で会合をすればいいものを、と思うのだが、それはそれでいろいろと都合があるのだろう。

「承知いたしました」

 それぞれの家からの馬車が表に並んでいる中、ガルカはディオール家の馬車の前に行く。馬車の手綱を引くのはガルカだ。ガルカが近くによると、馬が怯える様にたじろいだ。

「そろそろ慣れろ。貴様らを食ったりはしないというのに」

 その首をぽんぽんと叩き、ガルカは主人が出てくるのを待つ。



 ***



 少女は生きる気力のない瞳を窓の外へと向けていた。

 空腹のあまり、腹の音も鳴らなくなっていた。

 昼間は日当たりが悪く、夜は一切の光が差し込まない部屋の中、子供たちは隅に寄り、膝を抱えたり横になったりとしている。

 今は夜。外は暗く、木々に覆われていて月の光も届かない。最近、夜が少し涼しくなっていた。これから、またあの時期がやってくるのか、と思うのだが。栄養のいきわたってない頭では、辛かったはずの去年の冬の細かな記憶が思い出せなかった。寒かっただろうが、どう辛かったか。どう乗り越えたか。それらが一切思い出せない。

 思い出せなくとも、殺さない程度に生かされる仕組みになっていたのは覚えているので、今年もそうなのだろうな、とぼんやりと思っていた。

 突然、乱暴に部屋の扉が開かれる。

 眩しさに目がくらんだ。

「おらぁ!」

 乱暴に、部屋の中へ少年が投げ込まれた。

 どさり、と彼は部屋の中央に倒れ、もぞもぞとうずくまる。

「これに懲りたら二度とあんな真似はするな」

 小ぎれいな身なりをした男の姿が逆光に浮かび上がる。大きな音を立てて閉められた扉の向こうから、鼻で笑い、「またやってもいいが、どうせ失敗するけどな」という言葉が投げかけられた。

 足音は遠のき、リビングの方へと向かっていった。

 ああ、まただ。なぜ懲りないのだろう。

 少女は思った。

 たてつかなければ痛い思いはしないで済むのに。大人たちの目につかなければ、まだマシな日々を送れるというのに。

 彼が来てひと月くらいたっただろうか。少女は思い出す。

 そうか、ひと月。だからなのだ。彼はまだ体力的な蓄えがある。だがきっと、もうひと月もした頃には、押し付けられた飢えと疲労に、ああも大人たちにたてつける気力は残ってないだろう。

 きっと希望を持っているから、あんな痛い思いをしてまで立ち向かおうとするのだ。

 可愛そうに。

 そう思いながら、考えるのも疲れて膝に額を預ける。

「………ホーク、大丈夫?」

 名前も忘れてしまった。

 彼と共に来た自分と同じ位の少女が、部屋の中央で蹲る少年に恐る恐るちか寄っている。

「大丈夫だ。それより、ヴィオンは?」

「お兄ちゃんなら」

 少女は壁際に視線を向ける。

 そこには彼女らと共に来た、彼女の兄だという少年が横になっていた。

 少年は横になり、眠っていた。



 ホークはレーンに支えられながら、ヴィオンの元へと体を引きずる。

「ごめんな…………」

 噛み締めた口から、泣き出しそうな小さな声が漏れ出た。それに返る声はない。

 顔を腫らしたヴィオンは、ホークの隣で小さな寝息を立てていた。それは、気道に何か遮るものがあるのか、ヒューヒューとすきま風のような音がして痛ましい。

「………ごめん」

 ホークは歯を食いしばり、掠れる声で小さく繰り返した。



 ***



 ガタガタと揺れる馬車、アルベラは呆然とした顔で凍り付いていた。

「いま、なんて?」

 御者を務めていたガルカが、話があるからと護衛でよこされた兵と手綱を変わった。

 ガルカは馬に乗り、馬車の窓へと寄ってそこからアルベラに話しかけていた。

「もう耳が遠くなったか? だから、宝玉が盗まれたといったんだ。貴様ではない他の人間にな」 

 ピシャン、と窓につけられたカーテンが閉められた。突然部屋から閉め出されたような仕打ち。

「おい、どういうつもりだ」

 ガルカがそのカーテンを、外から摘まみ上げて中を覗く。

 そこに突然、覗き込んだ眼球目掛け赤いマニキュアが塗られた、二本の指が突き出される。

 ガルカは上体を仰け反らせそれを躱し、エリーが舌を打つ。

「貴様どういうつもりだ」

「あんたこそ、女の花園を覗き込むなんてはしたない。もう少し距離を取ってくださるかしら」

「二人とも、ちょっと静かに考えさせて」

 アルベラは項垂れ、両手で顔を覆っていた。

「………何でもっと早くいってくれなかったの」

「タイミングの問題だ。残念だったな」

「くっ………そう。タイミング。はいはいタイミングね。………………………………………急に目的が無くなるなんて………私はどうしたらいいの………」

「なんだ。魔徒に顔を出してやればよかろう」

 「絶対いや!」という言葉と共に、顔から手を離しガルカを睨みつ行ける。

 今日は父が手配してくれた方法で、滝へ行く日だ。

 護衛の兵士二名とガルカ付き。さらにはエリーもいるので4人体制での護衛。以前とは異なり安心感がある旅路だ。

 父の意向で、ガルカは例の青年の姿をしている。肌の色や耳の形は普段のものだ。なんでもいいから、はたから見て軽く見られない形であればいいようだった。子供が二人では、悪党どもに狙ってくださいと言っているようなものだろうから、と。

 ハイパーホース四頭が引く馬車で今朝出発し、馬車も通れる安全な道を使い十二時間後に目的の街に着くという。

 長旅に十分な覚悟をして出てきたアルベラだったが、今しがたのガルカの言葉にその覚悟も崩れてなくなりそうだった。

 頭を抱えて考えていたが、「分かった」と息をつき、顔を上げる。

「何でもいい。とにかく滝に行く。玉の在り処、コントンなら分かるでしょ?」

 カーテンを開きガルカに尋ねる。

「玉の匂いか。どうかな。あいつが敏感なのはアスタッテの匂いだ。長く玉と会ったことを思えば、玉自体の匂いを追うこともできるだろうが、あまり期待はするな。普通の犬より少しいい程度と思ってやれ」

「けどあの玉、アスタッテの匂いが残ってるんでしょ?」

「まあ、多少はな」

「ならそれでいい。先ずはそれが第一。後は周辺を探って、あの玉の正体が分かりそうな情報を探す。確か、人も管理してたんでしょ。なら、その管理してた人間とやらに会いに行く」

「ほう」

「ガルカ、先に言って魔徒に聞いてきて。ついでに、コントンも出してあげなさい」

「良いのか、先に行って。魔徒と協力すれば、この縛りの魔術を解いて逃げおおせることもできるかもしれん」

「そしたら屋敷からあんたが消えてエリーが喜ぶわよ。それで終わり」

「お嬢様、出来れば始末したいのであって、そいつを野に放ちたいわけではないのですが」

「ふん。その男女が喜ぶかどうかは興味ないのだがな。まあ、道中気が変わらなければ予定の宿で待っててやろう………おい、貴様、そのまま馬車を任せてもいいか?」

 ガルカは御者席の兵へと話しかけた。

「任せな、楽勝だ」

 樽のような体格をした強面の男の声が、アルベラが待機する馬車の中にも届いた。ゴウリウスと言ったか。信用できる者を護衛につけると言っていた父の言葉を思い出す。

 それなりに偉い立場の人らしく、「シカン」で「タイイ」なのだと父は説明していた。

 ゴウリウスのいる隊は、いろいろ偵察をする際などにこき使われるらしい。丁度今は、ゴウリウス達が出向くほどの難儀な偵察の用がないため、お偉く頼りがいのある二人がラーゼンの希望により配属されたそうだ。ゴウリウスの部下で、共に護衛として連れ添われてきたアベルは「ジュンイ」と言う階級らしかった。

(ジュンイにタイイ。何となく音や字は見聞きした覚えあるけど、どういう順番のどういう地位なのかいまいちだなぁ)

 軍人の階級に前世からも疎いアルベラは、ゴウリウスは多分隊長的な、チームを引っ張る立場の人間なんだろうなと話の文脈から察してはいた。が、偉かろうが偉くなかろうが、軍事に関わる者たちは総称して皆「兵士」なのだと思い込んでいる。

 だから馬車に乗る時、「よろしくね、兵士さん」とアルベラが言った際に、「兵士さん、か」とゴウリウスが若かりし頃を思い出し小さく笑ったのだが、その笑みの意味が良く分からず首を傾げた。

「おい、貴様。女男」

 ゴウリウスへの呼びかけが済んだガルカが、エリーへと声をかける。

 エリーがほほ笑みのまま、こめかみに青筋を立てた。

「馬が邪魔だ。貴様、これに乗れ。俺は自分の羽でいく。良いな? お嬢サマ」

「ええ。その方が楽ならそうしてちょうだい」

「ということだ」

 エリーは大きく息をつくと「はいはい」と首を振った。

「よし」

 ガルカはそういうと、馬車に馬を並走させたまま使用人服の上着の下、背中に腕を回しシャツの背中側を破った。そして、力むように猫背になると、ブレザーをめくり上がらせて、黒いコウモリのような翼が四つ、背中から現れ風に靡く。

 その風に乗り、ガルカの体がふわりと馬から離れる。その丁寧な飛び立ち方から、馬が驚かないように考慮したのがエリーにも分かった。

「生意気ね」

 エリーは愚痴るように零し、馬車の扉を開く。

「おい、あんたら何してる!」

 馬車の後ろを駆けていた、もう一人の護衛のアベルが声を上げた。

「お気になさらず~」

 エリーが手を振る。そして馬の手綱を掴み取ると、馬をさらに自分の元へと引き寄せ、その背に飛び乗った。

「なんてご婦人だ」

 アベルは魔力の類を一切感じないエリーの身軽さに、呆れて声を漏らす。

「おい、どうした兄ちゃん?!」

 突然視界の端に現れた黒い翼に、ゴウリウスが声を上げた。

「お嬢様の御命令だ。俺は先に行く」

「は?! 俺の馬はどうする?!」

 その言葉にこたえる事無く、ガルカはばさりと翼を一打ちして高度をあげ遠ざかってしまった。

「それなら、私が手綱を取らせていただきましたので、ご心配なさらず」

 馬の背に乗り、御者席の横に並んでエリーがほほ笑んだ。

「あんた、走りながら馬に乗ったのか?!」

「ええ。ゴウリウス様が安定したスピードで走ってくださったおかげです」

「おかげっつったってな………」

 そんな簡単な事でもないだろうに、とゴウリウスは呆れた顔で頭を掻いた。

「それにしても良いのかい、お嬢さん。あの魔族を一人で行かせて」

 ゴウリウスの反対から、後ろから馬を寄せてきたアベルが尋ねる。

「ええ。お嬢様のご指示なので。ちゃんと縛りの魔術も施されているようですし、問題ないとは思います。個人的に気に食わないですが」

 「そうかい?」とアベルが心配そうにガルカの去った空を見上げる。

「魔族が人のいう事を聞くかっていうのが、なかなか不安ではあるがな」

 ゴウリウスもいまいち信用しきれないのが本音のようだ。

「まあ、宿に着けば分かるだろう。人に害意があれば始末して良いと公爵様からも仰せつかってる」

「そういっていただけると助かります」

 エリーは微笑んで会釈すると、御者席から少し下がり、車の横に並走する。

「良いのかい、隊長」

 アベルが訝し気に尋ねる。気を付けないと風の音で掻き消されてしまうぐらいの声音だ。

 ゴウリウスは顎に蓄えた髭に触れて己の勘に耳を傾けた。

「ただの観光とは聞いていたが………あのお嬢様、何企んでるんだろうな」

 最も、自分は護衛として言われた事だけをしに来たわけだが。

「縛りの魔術があるとはいえ、魔族を一人にするのは正直不安だ」

 アベルが眉を寄せた。

「けど、いまさら追ったところで追いつけんだろ?」

「そうだな。困ったことに」

「魔術が反応してからじゃ事が遅いってのは分かるが、公爵様のあの構えようだ。神経すり減らしてまで心配する必要はないだろう」

「上司がそういうなら、俺からは何もないさ。何かあった時の責任はしっかりとってくれ。配置に戻る」

「おう。任せろ。責任も報酬もしっかり二分割だ。頼んだぞ」

 アベルは馬のスピードを落とし、先ほどのように馬車の後ろへと回り込んでいった。

 視界から部下が消え、ゴウリウスは誰に言うでもなくつぶやく。

「本当、悪だくみしてるような空気は親そっくりだなぁ」

 これは感心だ。

 公爵もその奥方も、実際悪事に手を染めた過去はない。寧ろ、どれも国のためになっていた。だが時に、名目さえ変わってしまえばその手段はいとも容易く悪へと転じてしまうものも多い。

(毒を制して毒を制すのいい例だな。末恐ろしいご家族だ)

 自分はせいぜい、あのお嬢様が悪に転じるような態度を見せないかだけに目を見張っていよう。

(さて、そろそろ休憩地点が。腹減ったなぁー)

 この旅は食事つきだと聞いている。

 使用人が持っていたバスケットを思い出し、サンド系だろうか。肉あるかなぁ。などと、ゴウリウスは昼食のメニューに思いを馳せる。



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