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91、お嬢様は滝へ行きたい 2(図書館への道中)

 図書館に行きたい、という体の良い理由を掲げ、アルベラは授業後の外出許可を難なく母から得た。

 母レミリアスとしても、娘が家の外の見聞を広げることに関しては喜ばしいと思っているので、それを承知のアルベラは、それ好みの理由を選んで使ってるわけだが…………………どうも最近は、それさえも母には読まれてるような気がしてならない。

(我が子の悪ふざけを多目に見てる、心の広い母親感もあるんだけど………)

 先ほどの母の、扇子越しに見たあの切れ長の目。アルベラは思い出して身震いする。

(………泳がされてる感、すごいんだよなぁ)

 出られたのは良かったけど、と馬の手綱をとって、街中を程よい速さで歩かせる。

 この時期はまだ日が長い。日が沈むまでまだ余裕のある空を見て、八郎のあと、本当に図書館にも行けるかもな、とアルベラは考えていた。

「………にしても、随分急でしたね」

 すぐ後ろに従っていたエリーが横に並ぶ。

「うん。思い立ったら吉日ってね。八郎の家ならそんな遠くないし」

「ですね。けど図書館は少し遠いですね。北側ですし、街中で馬も飛ばせませんし。お屋敷から片道1時間半位はかかると思いますよ?」

「だとはおもうから、図書館は行けたらでいいの。けど、外出理由としては図書館を使うっていってるし、一瞬入って適当な本もって出てきたいな。そしたら返却を理由にまた出れるし」

 八郎の家の前に馬を止め、アルベラとエリーは階段を上がる。すぐについた扉の前に立つと、中に人の気配がないことに気づく。

「ハチローちゃん、外出中ですかね」

 エリーの言葉の後にアルベラがドアノブを掴んでみるも、やはりカギがかけられていた。今日はそう長く出ていられない。室内に上がることもできるのだが、いつ帰るとも知れない相手を気長に待てる気分ではない。

「じゃあ、事務所の方も寄ってみましょうか。そこに居なかったら図書館に行って、帰りにまたここに寄って見ましょ」

 エリーは「そうですね」と少し嬉しそうな笑顔を浮かべ返す。



 ツーファミリーの事務所前、エリーに馬を見てもらい、アルベラは外出時に纏っているいつものローブを整え、フードを被ったままその扉を叩いた。

「あ゛あ゛ん?」

 鼻にかかった安っぽい威嚇の声。扉を開けた男は自分の正面に視線をやっていたが、視界の下にベージュ色の頭があることに気づきそちらを睨みなおす。

「あら、今日はテッソなのね」

「おお、嬢ちゃん。………ってことは、ああ! 姐さん! ご機嫌麗しゅう!」

 チクチクしてそうな質感の、赤味の強い金髪の青年は、二頭の馬の綱を持って立つエリーへ、だらしのない笑顔を向けて手を振った。

 アルベラはあきれ顔で腕を組む。

「ねえ、八郎知らない?」

「ハチロー?」

 青年はエリーの胸元へ意識を向けながら、半分しか聴いていないような調子で返す。

「あー、確か南側行くとか言ってたっけなぁ。薬の材料を調達しに行くとか行かないとか。あ、そういや数日家開けるとか言ってたなぁ。出かけたのが昨日か一昨日だっけか。休息日前には帰るとか誰かから聞いたような………」

「帰りがあやふやね。分かった。………エリー、今日は八郎は諦めて行きましょう」

「はい」

「ええ?! もう帰るのか?! お茶でも飲んでくか? 菓子もあるぞ? そうだ、今ならリューさん出てるし、嬢ちゃんが上がっても誰も文句言わねーぞ?」

 エリーを引き留めるために自分を餌で釣ろうとするテッソに、アルベラは「情けない男ね」といなす言葉を返す。

「今日は用事があるからもう行くの。エリーを誘いたいならもっと正々堂々とやりなさい、臆病者」

「………う、うっす」

 肩を落とすテッソに、室内から笑い声が上がる。

「良い言われようだな、テッソ!」

「ミクレーの嬢ちゃんの言う通りだ! そんなんだから彼女にフラれんだぞ!」

「あら、傷心中だったの? ご愁傷様」

 口元に手を当て憐れむアルベラに、テッソは「その顔やめてくれるか?」と弱々しく返した。

 賑やかな扉を閉じてエリーに顔を向けると、その後ろに三人組の通行人があった。貧民よりの服装の彼らは、ファミリーの所有する物件を後にしようとしていたアルベラと、目が合わないように顔を伏せいそいそとその場を取り過ぎる。

 彼らの小さなやり取りが、通り過ぎ際アルベラの耳に届いた。

「………なあ、ツーがミクレーを飼ってるって噂………………あの子さっき『ミクレー』って………」

(………なにその話)

 とても気になるのだが、声をかけて引き留めるほどの事でも無い。

(いや、聞きたい。聞きたいけどまずは図書館へ) 

 エリーから手綱を受け取り、耳をそばだてるももう彼らの話が聞こえてくることはなかった。

(面白い噂がたってる物ね。ファミリーと関わってるって、お父様の耳に入ったらどうなるか分からないし、実名で呼ぶのは控えてもらってたんだけど。これは本気で身元を隠さないとまずいかな。公爵のご令嬢がファミリーと戯れてるなんて、他の貴族………特にお父様に敵対する人たちに知られたら、お父様の足元をすくうためのネタとして利用されかねない、か)

 あとでファミリーとミクレーの噂について、エリーが何か知っているか確認しておこう。とアルベラはその場を切り上げる。



 図書館のある街の北側。

 もっぱら出歩くのが八郎の家の近くや、時計塔周辺が多いので、アルベラにとって新鮮な風景だ。同じ街なので建築の仕様等に大きな変化があるわけではないが、家の近くにはないような店や食事処が目に付き、自然と胸が躍った。

「あ、あの露店」

 アルベラは気になる露店を見つけ馬を寄せて降りる。前にした露店では地べたに厚めの布をしき、その上に商品を並べていた。品ぞろえも物珍しい物が多く色とりどりだが、下に敷いた布のカラフルな模様がさらににぎやかさを引き立てていた。

 アルベラはそれらの品の中に香水や瓶に入った薬の類に目を引かれる。

「おじさん、これ何?」

 透明の液体が入った瓶を指さす。見た目はどう見ても水だ。

「これは自白剤だよ。飲むと1時間は嘘が付けなくなるんだ。良い質だよ。何より安全性がある。副作用の類は全くない」

「へぇー、安全なうえ一時間も本音しか喋れないなんて。なかなかえぐいわね」

(シンプルに使えそう)

「じゃあこれは?」

「これは魅惑の香水でね」

 「嬢ちゃんにはちょっと早いかな」と店主が笑う。

「これもなかなか上質なもんで、発情期のケギャックのフェロモンを集めたもんなんだ」

「ケギャック?」

「ああ。ど派手な鹿だよ。青と緑と黄色と緋色の鬣と銀の角を持っててね。そいつらのオスは発情期になると、角で木の幹に傷を付けるんだ。メスは深くて、それでいて角の銀色素が多く付着た木の幹を探す。お好みの傷を見つけたら、体をこすり付けてフェロモンをその傷になすりつけていくんだ。モテるオスの傷程、沢山のメスが体をなすりつけていく。オスは優れた嗅覚を持っていてね、その雌の匂いをかぎ分けて、お気に入りの子の所へ行くってわけさ。で、この香水はそのモテ男の付けた木の傷を削ってきて作ったってわけだ。なかなか強烈だぞ」

「クジャンの香水より?」

「ああ。クジャンはこいつに比べたらお上品な類だ。香りも独特な方だが、ケギャックの方はもう少しあれより癖があるな。効果も強いぞ。ほら、少し嗅いでみるかい? 手で扇いで、風に乗った匂いを嗅ぐんだ。勢いよく吸わないように気を付けてね」

 店主が香水の蓋を差し出してくれたので、アルベラは言われた通り一気に吸わないよう気を付ける。

 恐る恐る嗅いでみると、焚火の煙のような匂いと共に、喉の奥を焼き付けるような、芳醇なアルコールの類に似たような香りがした。

「………いい香りなのかどうかよくわからないかも。あと、何か一瞬ふわふわした。酔っぱらってるみたいな感じがあるかしら」

「だろ? ケギャックの角には精霊が住み着くんだ。その影響で魔力が付加される。モテる雄の角の秘密はそれだな。モテ男ほどいい魔力を角に貯め込んでんだよ。その魔力がメスの分泌したフェロモンの効果を増強させてるんだ」

「面白いのね。………エリー」

「はい。幾つでしょう?」

「おじさま、これって幾つあるの? 一つ幾ら?」

「おやおや。嬢ちゃんこれをお求めかい? こいつは一つ五万リングだ。今あるのは五瓶だね」

「二五万か………流石に怒られるかな。五万でおさえておきたかったんだけど………」

(けど、私の魔法、王子のサポートありきではあったけど、クジャンの香水でも大分効果出てたし………取り合えず一瓶買って、少し薄めて使ってみるとか………)

「とりあえず、一つ………いえ、二つ」

 悩みつつそう言う少女に、店主は笑う。

「大丈夫かい? 無理はしなでおくれよ。君の小遣いを巻き上げてるようで俺も後味悪くなっちまう」

「大丈夫。大丈夫だから気にしないで。おじさま、ちなみにこちらの自白剤はおいくら? あと、この瓶のは何?」

 アルベラはいろいろと気になる品を尋ね、その中から目ぼしいものを選ぶ。

 それらの合計金額を計算し、店主は困った顔で「三十五万リングだね」と計算機の数字を見せた。

「まあ、そうよね。こんなに見境なく選べば………。このお店、いつもこちらにあるのかしら? ………あ、ちょっとこの自白材、匂い嗅いでもいいかしら? 臭いようじゃいざというとき使いづらいでしょ?」

 店主はケタケタとわらう。

「しっかりしてる。良いけど、零さないように注意しておくれ」

 という店主の了承を受け、手に持った自白剤の瓶の蓋を取り、匂いを嗅いでみる。うっすらと消毒液のような匂いがした。だが、ほとんど匂いがないと言っていいだろう。

「それがねぇ、今夜でここは店仕舞いなんだ。明日は王都の方に向かう予定でね。来週末には更に東に行って、そこから隣国へと渡っていくんだよ。俺はこの大陸を右から左へ、左から右へと行き来しててね。この国の者でもないからそう頻繁には来ないんだよ。だから買うなら今日がチャンスだ」

「それ本当? この自白剤飲んでも同じこと言える?」

 滅多に来ないなど言われれば必要以上に欲しくなってしまうのが人の心情だ。まさかこんないたいけな子供に嘘を付いて、購買意欲を掻き立てようなどと大人げない事をしてるのではあるまいな、とアルベラは問い詰めるような視線を向ける。

 その視線を受けて、店主は盛大に笑った。

「嬢ちゃん、本当に、なかなかいい性格してるじゃないか。安心してくれ。俺の商人人生にかけて本当だよ。………ライラギって町知ってるかい? 王都の南側にある平和ボケした町なんだが、そこで最近事件があったらしくてね。友人の家がそれに巻き込まれて半壊しちまったらしいんだよ。丁度良く近くを通るし、それの手伝いに早く行ってやりたくてね。だからこの街では今夜が店仕舞いなんだ。………自白剤を飲んでもいいが、その場合さっき言った三十五万は三十七万にあがる事になるよ。それでもいいかい? もちろん、自白剤を飲んだ後はきっちりその値段を支払ってはもらうが」

「あら、流石商人ね。いろいろと口が回る事。勉強になるわ」

 アルベラは、手に持った自白剤入りの便を両手で包み込み、楽し気に顔を綻ばせた。ふわりと風が彼女の髪を柔らかく揺らす。

「自白剤はいいわ。おじさまの言葉を信じたいの。さっきの話、全部本当なのね? 値段や商品の質、私に言った言葉に嘘はないのね?」

「ああ、もちろんだとも」

 商人は自信満々の笑みを浮かべていた。

 そして自身でも気づかないうちに口を滑らせる。

「さっき言った通りさ。嬢ちゃんの気丈さに免じて『三十八』の所を三十五万なんだ。まあ、三十五万でも君の年じゃ十分大金だろう? ………ありあわせはあるのかい?」

(正規価格、三十七じゃなかったんだ)

 アルベラは両手に包んだ自白剤の瓶に蓋をして、品を並べている布の上に置いた。

「なくも、ないの。………わかった。じゃあこれ、さっき言ったの全部買わせて」

 買うか買わないか、半信半疑だった店主は「おお! 本当かい」と声を上げた。アルベラはローブのポケットに手を突っ込み、金と宝石でできた重たそうな髪飾りと、自分の指には大きい、白い宝石の装飾が施された銀の指輪を取り出す。それぞれ、いつだったかの誕生日でどこかのお貴族様から頂いたプレゼントだった。使う機会がなくお蔵入りしていたのだ。

「エリー、これ換金してきて。おじさま、ここらへんの換金所はご存じ?」

「換金所か。確かそこの道を真っすぐ行って、二つ目の十字路を左に行ったとこにあったかな。装飾品なら、そこの宝石店でも見てくれるかもな。何なら俺が見ることもできるがどうだい?」

「あら素敵」

 アルベラの視線に、エリーは受け取った髪飾りを「お願いします」と店主に差し出した。

 店主の見立てによると、腕輪で丁度三十五万分になるらしい。

 アルベラにその言葉を疑う余地はない。こっそりと商品の自白剤を、店主の口もとに撒布していたのだから、疑うどころか彼の言葉が何よりも信用できる状況だった。

 自白剤の効果も、店主の言葉で確認が取れた。ついでに人柄も確認することが出来た。ならば彼の見立ても信用できるだろう。



「まんま、腕輪と品物を物々交換するような形になったわね。良かったー。あの悪趣味な腕輪がこんな面白商品になって。おまけに品物のリストとベースになってる原材料も分かる範囲で書き留めて貰えたし」

 アルベラはご機嫌で馬の背の上、買ったばかりの香水を眺める。

 ハチミツ色の液体の中に、細かな銀の粒がわずかに散って輝いていた。その顔は、何でもいいから試せる相手はいないだろうか、と物欲しげだった。

「私でもいいんですよ?」

 エリーは期待するよな笑顔を向ける。が、アルベラはげっそりとした顔をしてその言葉を無視した。

「図書館ってあの屋根だよねー」

「あらあら、聞かなかったことにするんですか? けど………私でもいいんですよ?」

「ぜったい」

「おい嬢ちゃん」

 アルベラの馬がたじろいで脚を止めた。

 「絶対嫌」とエリーへ言いかけたアルベラは、香水から目を離し、自分の言葉をさえぎった犯人へと目をやる。

 馬の前に、細身でなりの悪い一人の男が立っていた。袖のない服から出た肩口から二の腕にかけて、霊獣を描いた青い刺青が覗いていた。

「随分あの商人に盛られたようだけど大丈夫かい? あの品が三十万をこえるなんてない話さ。なあ、さっきの品、俺が鑑定しなおしてあげるから見せてごらんよ」

 アルベラは目を丸くする。そして。

「ふぅーん」

 さも嬉しそうに、口元に薄い笑みを浮かべた。

「分かった。お兄さん、ちょっと待ってね」

「お利口な嬢ちゃんで助かるぜ」

「エリー」

「はい」

 アルベラとエリーは馬から降りる。ニコリと笑むエリーから、瓶が一つ手渡された。

(相変わらず察しがいい。ま、助かるけど)

 瓶の蓋を開け、アルベラは正面の男へとその瓶の口を向ける。アルベラの髪が小さく揺らいだ。

「どう? この霊験あらたかな『聖水』の質、お分かりいただけるかしら?」

「任せな嬢ちゃん。俺様がちゃんと、全部………全部………………全部奇麗にかっさらって現金に換えてきてやるさ! ポケットに入れた指輪も出しな!」

 男は瓶を覗き込み、顔を上げると口調を一変させた。

 本人は自分の口が何を言っているのか分かっていないらしく、身構える風もなくぺらぺらと真実だけを流しだしている。

「おいばか! てめぇ何勝手なこと言ってんだ!」

 路地から緑髪の男が一人飛び出てきて、アルベラ達の前に立ちはだかっていた男の頭を小突く。

「すまねぇなぁ、嬢ちゃん。今のはちょっとしたジョークなんだ」

「ああ、そうとも! 俺らは嬢ちゃんらを騙してその品を鑑定するふりをして粗悪品と罵り、はした金でその品を買い取ってもとの良い値で換金しようって腹だったのさ! ほら、その品よこしな!」

「おめえどういうつもりだ!!!」

 緑頭の子悪党は刺青の痩せ男に掴みかかる。壁へと投げ飛ばされ、背を打った刺青男は「痛ってえな、何しやがる!!」と声を上げた。

 こうなったら力づくで、とすぐに緑頭の男がアルベラとエリーに目を向けたが、大した動きを見せる前に、その足元がふらりとよろめいた。

「本当、甘く見て貰えてたすかるわ。余計な警戒がないと楽ね」

(さっきの店主然り)

 アルベラは遠慮せず魔力を発揮していた。

 瞳が緑に輝き、髪の先が水色に輝き持ち上がる。

「さて、私の魔法とこの香水で、どこまで効果がでるかしら。ミクレーさんの実力、ぞんぶんに見せてやろうじゃない」 

 エリーが控えてくれていることもあり、アルベラは恐れる事無く大人の男たちへと脚を踏み出す。



 目をハートにした男二人は、両手を地面に付け、犬がお座りをするような体制でアルベラを見上げていた。はっはと息をし、まさに犬になっていた。

「本当、いい品。あのご主人に感謝しなきゃ」

(私の魔力じゃ二人の頭周辺に撒布が限度みたいだけど、香水の質のおかげか十分使えそう。今度、もう一回、嫌いな奴に試してみようか)

「ほら、あんた。ここ最近でどんな悪さしてたか吐きなさい」

 刺青の男は自白剤の靄も吸っている。アルベラに示され、男はべらべらと窃盗の類の罪を白状した。全てを早口で言い終えると、最後に「どうか手を触れさせてはいただけないでしょうかお嬢様あああ!」と声を上げる。

「絶対ダメ!!!」

 アルベラはゴミを見る目で男を睨みつける。

「そんな殺生な!」

 男はアルベラの靴に飛びついて頬ずりをし始めた。

 もう一人の緑頭の男が羨まし気に刺青の男を眺める。

「ぎゃあ! 気持ち悪い離れなさい! エリー、こいつ投げ飛ばして! エリー?!」

 エリーに目を向けると、何やら感慨深げな表情と、笑いをこらえるような表情との中間のような顔をしていた。彼女は口元に手を当て、吹き出さないように気を付けながら口を開く。

「お嬢様、なんていうのかしら………その、素敵な、お姿、ね」

 これは手を貸す気がない奴だ。

 アルベラは理解し、エリーなど元からいないように自分での解決を試みる。

「離れなさい変態!!! 今からあんたらの足で役所行って自首してきなさい!!!!」

「ああ! もっと強く言ってください! もっと強く踏んでください! お嬢様が言うのならどこにでも行きますから! ですから!! 行ってらっしゃいの愛を卑しい俺らにもっとくださぁいひいいい!!」

「来るなけだもの!! くそお! どう? これで満足?! ほら、さっさと行きなさい! 魔法解けちゃうでしょ! ほら、ほらほらほらほら!!」

「ああーん! いいです! いいです行きます! 自首しますうううう!!!!!」

「お、俺も一発! 一発この横っ面を盛大にお願いします!!! 自首しますからああああ!!!」



 煙草に火をつけ一口吸うと、リュージは「ふぅーーーーー」と深く息を吐いた。

 隣の路地から、男の情けない声と、少女の投げやりな雑言が聞こえてくる。

 通りかかったのは偶然だ。あの男たちに彼女らが絡まれたのを見てしまったのも偶然だった。

 エリーという強く美しい使用人がいるので、彼女らの身を案ずる必要はないと分かっていたが、気づけば一部始終をここで見届けてしまっていた。

 ―――見届けた結果、深く後悔した。

 嫌な記憶が頭をかすめる。

 リュージは額に汗を浮かべ、嫌な思い出を吐き出すように煙草の煙を吐き出す。

 額を抑え、情けない下僕となり果てた男の喜びの声に目を瞑る。

(あのガキ………悪趣味な遊びに嵌らなきゃいいけどな)

 聞くのもつらくなり退散する。

 その後ろから、「早く自首しにいけぇー!」と少女の半泣きの声が上がった。

「いやなもん見た。クソっ」



 ***



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