86、彼らの気晴らし 3(詰問のお茶会)
***
『スカートン、聖女様を目指すんだって?』
これは今から先々週のやり取りだ。
エリーが、メイジュとオーレンを役所に連れて行っている間。安全を確認するためにもと、ラツィラス王子とジーンを連れてスカートンの様子を見に行った。
だが、心配などする必要ないくらい、スカートンの表情は晴れ晴れとしていた。
王子の口から「聖女」という単語を聞き、彼女の前髪の合間から丸丸と見開かれた目が覗く。
『………その、話』
『スカートン、ごめんなさい。私が話して』
申し訳なさそうなアルベラに、スカートンは首を横に振った。
『あ。あの、別に怒ってないの。ただびっくりしただけ。それより、アルベラ、ごめんなさい。心配かけて。王子とジーン様も、すみません』
『謝ることないよ。スカートンは何も悪いことしてないんだし』
ほほ笑む王子に、『ありがとうございます』とスカートンは恥ずかし気に視線を落とす。大好きな王子を前に、スカートンの顔は赤らんでいた。だが前ほどではないので多少は耐性が付いたように思える。
ラツィラスは彼女のその手を取って、両手で包み込んだ。
『僕、応援するよ。それにこれは個人的にだけど、次の恵みの聖女はスカートンになってほしいな』
———ボンッ と、スカートンの頭から破裂音のような音があがった。顔を真っ赤にした彼女は一瞬その場でよろけ、言葉を探すようにあわあわと口を動かす。
『おまえ、そんな軽々しく適当なこと言うなよ』
ジーンが呆れて口を挟む。
アルベラも、病み上がりが無理をしてさらにおかしな沼に嵌って出られなくなったらどうする気だと声を上げた。
『そうですよ。スカートンはまだ考え中だって言ってましたし』と言いかけた。
だが―――
『目指します!!!』
アルベラの言葉を遮って、スカートンが勢いに任せた裏返った声を上げる。
『………は?』とジーン。
『………はぁ?!』とアルベラ。
『ね?』
呆ける二人に対し、ラツィラスのみ自信ありげ笑っていた。
『あああああああ、あの、私、聖女めざします!! 決めました!!! あの、えっと………とにかく、決めたんです!』
真っ赤な顔を、こくこくと縦に振り、スカートンはラツィラスを見て、アルベラを見て、ジーンを見た。
『頑張って、スカートン。けど無理はしないでね。休む時は休んで、いざという時だけシャキッとってね。僕ら、何かあれば力になるから。——————ね?』
最後の「ね?」は勿論アルベラとジーンに向けてだ。
そりゃ力にはなるが、何か釈然としない、とアルベラは頷きながら王子に不満を込めた視線を送る。
それに対し、ラツィラスは悪びれた様子もなく、キラキラと輝くような満面の笑みを向け返してきた。
(め、目がぁ………)
あまりの眩しさにアルベラは上体を仰け反らせ目を瞑る。
だからアルベラは見ていなかった。
『ありがとうございます。私、頑張りますね』
まだ頬は赤く高揚していたが、スカートンのその瞳はいつもよりしっかり前を見ていた。いつかのように、アルベラの影に隠れて、ラツィラスと声だけでやり取りしようとする彼女はもういない。
ラツィラスに握られた手を柔らかく握り返し、彼の赤い瞳と、初めてちゃんと向かい合った。
彼女のその変化に気づいたラツィラスは目を見張り、そして嬉しそうに微笑み返す。
『うん。頑張れ』
***
ラツィラスの顔を直で見ていたら、アルベラの中に先々週の記憶が急に蘇ってきた。
思い出すとともに、胸の中に悔しさが込み上げる。
あっさりいい所をとって行った王子。
自分があんなに奮闘したというのに、殺されかけたというのに、憧れの人の一言でスカートンがいとも簡単に聖女になる夢を受け入れてしまった。
アルベラにはあの場がそう見えた。
(そりゃ憧れの人に背中を押されたら心も揺らぐだろうけど。それが最後の一押しになったっておかしくないだろうけど。悔しく思ったっていいよね? ちょっとぐらい恨んだっていいよね? ………よし………いい。良い! 私がゆるす! 存分に恨め! 心の中でどう思おうが自由! 王子のあほ!!!! 女誑し! 人誑し! 有害すけこまし!!!!!)
「アルベラ、その目はなに、かな?」
「うぅ………!!」
アルベラの恨みの隠しきれていない視線に、ラツィラスは必要以上にキラキラと眩い笑顔を返す。
アルベラはそれから目を守るべく、腕を顔の前にかざし顔を隠す。
「お前ら何やってんだ………」と、ジーンが呆れる。
「そう警戒しないでよ。僕ら、ちょっと遊びに来ただけなんだ。王族とかそいういうのは忘れて、ただの同い年の友人として気楽にして欲しいんだけどな」
「はい。ですから十分に気楽にさせていただいてます」
「いや、といってもね—————————」
ラツィラスは困った笑みを浮かべ、もてなしの類の置かれたテーブルの上に視線を落とす。
そこには色とりどりの花やアイシングクッキーに溶け込むように、アルベラの手の届きやすい位置に紫と黄色と赤の液体が入った香水瓶が三つ置かれていた。
「警戒するにも君のその態度って、………ちょっと特殊なんだよね」
「ほとんど敵意だよな」とジーンは言って、自分は関係ないと何食わぬ顔でお茶菓子に手を伸ばす。
「日頃の行いじゃないのか、王子サマ」
「敵意だなんてそんな。………良い香りなんですよ?」
アルベラも、できるだけ平常心で紅茶を口に含む。平常心は保てている方だが、王子といると緊張するのは変わらずだ。「心に隙があるといい様に扱われかねない」という危機感を常に感じる。
「まったく。流石『ディオール家』なのかな」
ラツィラスは諦めたように肩をすくめ、クスリと笑った。
「あと、ついでに言うなら『王子』とか敬語も、無しでいいよ。って、今までも何度か言ったと思うんだけどな。………僕、こんなことで権力を行使したくないよ?」
「脅しですか?」
「うん。君がずっと頑ななら、実際僕は権力で強制することもできるんだ」
「………あの、結構笑えない冗談なんですが」
「ははは。ごめんごめん。ちゃんと冗談だよ。けど、なんでかなって………やっぱ気になるんだよ。キリエ君やジーンとのやり取りを見てたら、どうしたって疎外感を受けるっていうか、ね?」
「ね、と言われましても」
王族という立場なのだから、そこら辺の気持ちも分かるだろうに。なんて意地悪なことを言うのだろう、とアルベラは息をつく。
それとも、本当に当の本人だからこそ分からないのだろうか。この王子に限って、自分の持つ物の威力や、それに対する周りの畏怖や敬意に疎いはずはないと思うのだが。
(王族と馴れ馴れしく………そんな恐れ多い事して、変な地雷踏みたくないしな。ため口や呼び捨てなんてした日には、色々と感覚麻痺しちゃいそうだし)
「ため口だと、私の高慢さが引き立つじゃないですか」
アルベラはカップを置いて、「それは困る」と表情を作る。
「でなくても私、第一印象が『きつめ』なんですよ。こういう人目のない場ならともかく、よそで王子をため口で窘めたり罵ったりした日には、『あの生意気な娘はどこの家の子だー!』って我が家の評判が更に落ちかねません」
アルベラの事実と冗談の混ざったいい様に、ジーンはくつくつと笑いだす。
「きつめって………お前、ちゃんと自覚症状あったんだな」
「あとね、アルベラ。敬語でも王子を罵ったりするのはそれなりに問題だよ」
苦笑し紅茶を口に運び、王子様はぽつりと零した。
「けどさ……皆優しすぎるから、刺激不足っていうのもあるんだ。だから僕としては、皆そんなに気にしなくていいのにって感じなんだよ」
(……けど、それがどうしようもないのも分かってる)
ラツィラスは胸の内にそう続ける。
赤い瞳は紅茶に向けられれているが、どこか遠くを見ているようだった。
だがそれも一瞬で、彼は「あ、」と言って笑う。
「楽にはしてほしいけど、親しき中にも礼儀ありってのは忘れないでね! 人と人は思いやりって。———ね、ジーン」
「思いやり……それこそお前に必要だろ」
ラツィラスはつっけんどんなジーンの言葉に、変わらずくすくすと笑う。
「何を言っても無駄か」と、ジーンはむすりと窓の外に視線を逸らした。
そのやり取りを見ていたアルベラの口もとはいつの間にか緩んでいた。
ほんのわずかな緩みだったが、それに気づいた彼女は口元に手を当てて気を入れなおす。
(いかんいかん。王子の人たらしの空気にあてられる………)
「だからもっとリラックスしてくれていいのに」
表情を引き締めたアルベラへラツィラスは苦笑した。
「ま、敬語や呼び方の件はいいとして、さ。君がそうやって僕に防御線を張ってるの、たまに伝わってくるんだよね。そんな気を張らなくったって、君は大丈夫だと思うよ?」
「大丈夫?」
「うん。気を抜いたら、僕に骨抜きにされちゃうとでも思ってるんでしょ?」
くすくすという笑いに、アルベラは「はは、ははは」と乾いた笑いを返す。
(まあ、それもあるし、距離感の取り方に迷ってるのもあるし、)
「けどアルベラは大丈夫。君のしっかりしてる所、僕、結構かってるんだよ?」
「それは光栄ですね」
(どんな根拠かしら……)
王子は一息置いて、紅茶を口に運ぶ。
「………それでさ、『しっかりしてる』君に、ぜひ話したいことがあったんだ」
呟くように口にし、ラツィラスは笑みをたたえたまま真面目な空気を醸し出す。
空気の変化についていけなくて、アルベラは何なのかと身を固くする。
「この間の『あれ』について。しっかりしてる君なら、わかるよね。君は、少し危険な事をし過ぎなんじゃない?」
それは「少し」なのか「し過ぎ」なのかどちらか。
アルベラは「なぜ彼から注意を受けなければならないのだろう」と警戒を抱きつつ小さく微笑んだ。
「確かに、『少し』危ないことは多少心当たりがあります。………この間の事は、本当に申し訳ありませんでした。予想外で………話し合いで済ませられるんじゃないかと思ってましたし、エリーがいたことにも過信して、気を抜き過ぎていたなと………。あんな危なっかしい人たちが二人もいた事も予想外でしたし、そのうちの一人が人殺しだったって事にも………本当に、色々と危なかったなと」
アルベラは居づらそうに目をそらし、紅茶の水面へと視線を落とす。
ラツィラスはそれをじっと静かに見つめる。
ジーンは肘をついたまま、その会話に耳を傾け口を閉じていた。
「だから、二人を巻き込んでしまったことや、手を煩わせてしまったことは本当に申し訳なく思ってます」
「うん。………それで?」
正面に座るラツィラスが、赤い眼を細めて首を傾げる。
「それで? ………えと、『すみませんでした』?」
「ちがうよ。君はもう、あの時に僕らを巻き込んだ事、手を煩わせた事を謝罪してくれた。僕らもそれについては、大して何も思ってないよ。むしろ役に立てて何よりさ。けどね、こういう場合、もっと別の事への謝罪やら、反省の言葉やらもあるんじゃない?」
―――それはつまり。
「ほかに、なにか?」
アルベラは何となくわかっていてとぼける。
「分からない? 本当に?」
彼の見透かすような視線に、アルベラは小さく眉をひそめた。
ジーンはというと、どちらに向けてかは分からないが呆れているように目を据わらせていた。
「アルベラ?」
柔らかい声が自分の名を呼ぶ。
(………)
「何を言うべきか」なら、何となく見当はついてる。
だが口にしてしまうのが癪だった。それを言ってしまえば、本当に自分でも認めてしまい、これからの展開が余計に面倒なものへとなってしまう気がしたから。
そう思う自分へ、自分からの指摘が入る。
「何を今更」と。
この一言を拒んだとしても、もう十分手遅れだとその声は指摘する。
三年前の件依頼、自分は彼らと結構関りを持ってしまった。
あれから何度か王子様の誘いで彼等とは顔を合わせている。スカートンやキリエ達を交えての茶会や食事会もあった。そのたびに素直にその場を楽しめず、葛藤してはどっちつかずでいる自分にうんざりしてきた。
仲良くするのか、きっぱりと拒絶を示すのか。
(ここでごねてたらこのままずっと面倒だ……)
アルベラは深く息を吸い、静かにゆっくりと吐き出した。
「———すみませんでした」
アルベラの見つめる先の紅茶が、声か、自分の僅かな身じろぎかに反応して水面に小さな波を立てた。
「その、………『心配をおかけして』すみませんでした」
静かな部屋に、アルベラの不服そうな言葉がぽとりと落とされた。静まり返った部屋に唯一の音。
まるで公開処刑にでもされてるような気分だ。
「うん。良くできました」
ラツィラスはご機嫌な笑顔を浮かべ、ぽんっと胸の前で両掌を合わせた。
むッとした表情を浮かべる彼女に、ラツィラスは穏やかな目を向ける。
「ねえ、アルベラ」
「はい」
「僕らは、君を大事な友人だと思っている」
「………はい。ありがとうございます」
「君がどう思っていようともね」
「はい」
「だから、もうあんな思いはしたくないんだ。目の前で、友人が殺されたかもしれないって………。心臓が止まるかと思った。駆けつけたあの時、もう手遅れだったのかもって、不安で仕方なかった」
「はい。すみません」
その気持ちなら十分理解できる。
自分も、スカートンが殺されていたのかもしれないと考えて、胃の底が冷たくなるのを感じたのだから。
ラツィラスもジーンも、同じ感覚を抱いたのだろう。きっとそれは、自分が想像で胸を痛めたより、はるかに強烈だったに違いない。
(何しろ、目の前で倒れられたわけで………)
伏せったアルベラの頬が、つんつんとつつかれる。
顔を上げると、ラツィラスが身を乗り出し、自分の頬へと手を伸ばしているのが見えた。
「だから、約束してね。あんな危ない事をしないって………て、言うのは流石に無理そうだよね。だから、危なくなりそうな時は、相談してほしい。力になる。僕らそれなりに強いし、何しろ友達なんだし」
「………はい」
頷くアルベラだが、ラツィラスは苦笑する。
また目をそらされてしまった。
(なんでだろうなー)
ラツィラスは下を向いたアルベラへ、笑みを浮かべたまま出来るだけ優しい声音で問いかける。
「アルベラは、僕が友達だと迷惑?」
顔をのぞき込むように首を傾げる王子様の、柔らかい金髪がさらりと揺れた。
その姿に相変わらず天使のような尊さを感じる。
(こんな状況なのにこの気持ち……)
アルベラは息をつき、「振り回されるな」と心の中自身に釘を刺す。
そして、あざとい王子の姿にも、彼の子供に問いかけるような声音にもイラついて、つい考えなしに反発的な気持ちが沸き上がってしまう。
「迷惑です」
睨みつけると共に言い放ったそれは自己防衛だ。
ラツィラスは笑顔のまま固まり、「はい?」と首を傾げた。
ジーンが小さく吹き出した。
「あ、つい、すみません。冗談です」
アルベラのその言葉からは、全く謝罪の気持ちが感じられない。
「ついって、君………」
こんな態度をとっても、ラツィラスの笑顔は崩れなかった。寧ろどこか興味深そうだ。
「あの、本当にすみません。そうじゃなくて……ですね………」
アルベラの頭の中では思考が渦を巻いていて、どうしようどうしよう、とこの場に続ける言葉をさがしていた。
(ここで全否定して距離を取る? けどまだヒロインも現れてないのに。これからも二人とは顔を合わすわけで、今から衝突して警戒されてたら今後が不利になるんじゃ………。だからと言って仲良くし過ぎてもやりずらいだろうし。……いや。情があることで手を抜いてくれたり、むしろ手を貸してくれるなんて事があったり………だめだ。そんな都合のいい展開は期待するな。いざ仲良くなって嫌われて、その時の自分の精神状況とか想像できないし。………こっちは命がかかってる。まだいろいろ、自分の人生に思いをはせたいもの。何か楽しいことを見つけて、悔いのない人生を過ごしたいもの。そう! 悔いのない人生。悔いがない選択!! …………けど、なら………)
アルベラは共にテーブルを囲む二人の顔を交互に見る。
———悔いのない人生にしたいなら、私は今、なんて答える?
(……友達)
浮かんだ答えは自分の弱さを痛感させられるものだった。
情けないと思うのだが、それが一番自分の正直な気持ちに沿ったものだと、自分のことながらアルベラは分かっていた。
アルベラは口を開きかけ躊躇うように閉じなおす。
一瞬考える様にムッとし、また考えるように口を閉じる。
そうやって暫くテーブルを見つめていると、やがて諦めたように息をついた。
(そうだ……何悩んでる。自分に正直に生きるって決めたんだ。自分の気持ちが分かってるのに、その気持ちに嘘をついたら前と同じだ。なら………)
ふとアルベラの表情から力が抜ける。
彼女は唇に笑みを浮かべ、ようやく口を開いた。
「ラツィラス様も、ジーンも、大事な私の友人です」
その言葉にも気持ちにも、もう迷いはなかった。
(―――本当に『大事』な友人……かは分からない。けど、突き放す事もできないんだ。私はそれを惜しんでる。……良くしてくれるから? 地位が高いから? 顔が良いから? 自分より強いから? ……理由がどこにあるのかは分からない、けど……私の本心は、この子達をもっと知ってみたいって思ってる……。うん。それは否定できない)
この数年間で分かった。
中途半端に拒絶するのはとても労力を使う。
彼等が善意を持って関わってくるとき、アルベラは「それらを無下にしなければ」と毎度思った。だが彼女は、彼らを完全には拒否しきれずにいたのだ。
それは幼馴染のキリエへも同じく。
ならもう受け入れて楽になりたい。そう思った。
これは逃げだろうか。
そうかもしれない。
アルベラは自問自答する。
(…………けど『悪役になる』。それからは逃げない。生まれる前に決めたんだ。絶対にそれは逃げない。…………………………けどそれ以外だって後悔したくない。自分の気持ちに嘘をつかない。やる時はやる。欲しいと思ったら手に入れる。もっと図太くなれ私)
―――だから今は、これを選択してもいい……よね。
アルベラは今までのような社交や嘲りのためでは無い、柔らかな笑顔を浮かべる。
「ええ……。そうですね」
王子様とお嬢様のやり取りを傍観していたジーンは、気づかれない範囲でもそりと小さく身を揺らした。
(……)
お嬢様がふと浮かべた自然な笑顔から、視線を逸らし眉を寄せる。
彼女に良く見る「笑顔」がひねくれたような、すれたようなものばかりだったため、慣れない感じがしたのだ。
(あんな悪趣味な魔法使うくせに………)
アルベラの表情は始めこそ素の気持ちから裏の無いものだったが、そこには少しずつ含むものが足されていった。
(うん……うん。そうだ。だって、私はわがままで高慢なお嬢様なんだから。普段は自分に都合よくしてればいいじゃない。『甘え』だとか『逃げ』だとか、そんな言葉で自分を縛って選択を制限するなんて馬鹿らしいじゃない)
「ええ。そうです。そうですよ。お二人は『大事なご友人』。今のところそれでいいですよね。ふふふ、ふふふふふ……なんだかとてもスッキリしました」
ラツィラスは「んー?」と言いながら笑顔で静止していた。
最後に加えられた一言引っかかったのだ。
「………………………今のところ?」
テーブル肘をつき組んだ両手の上、顎をのせ首をかしげる。
「ええ、『今のところ』! ご友人の一人として、程々に仲良くしていただけると幸いです。だって、王子は『王子様』ですし」
アルベラは、はっきりと言い切る。
客人を置いてけぼりにして、大した説明もなく一人で納得した様にうんうんと首を縦に振る。
来る者は拒まず。去る者は追わず。必要な時には追えばいい。だ。
自分の体裁ばかり気にしてきた前世だ。なら今世は情けない姿を晒す事も厭わず行こう。
いつか自分が「ある女の子」をいじめるようになった時、周りはどんな反応をするだろう。そしてどう立ち回るだろう。それに自分はどう対処してやろう。どう引っ掻き回してやろう。
(———それを丸々全部、楽しんでやりなさいよ、私)
人をおちょくって、振り回して、それを笑って。自分は悪役なのだ。
そう。開き直ってやれ。
(今更だったわね、こんな事。やらなきゃ死ぬんだから、やるしかないんだもの! 度を過ぎて犯罪者にならないようにだけ気をつけて、面白おかしくヒロインとヒーローを翻弄してやりましょう)
アルベラは心のなかで満足げに拳を握る。
自分の思想に耽りニヤついているアルベラへ、「なんか求めてた反応と違うんだよなぁ」とラツィラスは困った笑みを浮かべた。
「……なあ、あいつすっごい悪い顔してるぞ」
ジーンが引いてるようにラツィラスに耳打ちした。
「うん、そうだねぇ……。楽しそうで何よりなんだけど、僕の言葉ちゃんと届いたのかなぁ」
「危ない事はしないで」と伝えたかったのだが分かってくれたのだろうか。
(……まあ、けど)
ラツィラスはクスリとほほ笑む。
(『大事なご友人』か)
彼もまたその内心はこの一言で満足していた。





