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83、彼女は素直になれない 11(彼女は素直)

 裏庭に回ると、庭のありさまに王子は声を上げる。

「うっわぁ………随分暴れたね」

 「主にこの人が、」とアルベラはエリーに担がれたオーレンを示す。

 メイジュはというと、王子に言われ大人しくついてきていた。逆らう気も全く起きないのか、びくびくしながら王子とジーンに挟まれ同行してきた。

 アルベラが気を失っている間に、オーレンは縄で縛られていたので安心して地面に転がしておく。

 メイジュはその横に待機だ。荒れた芝生の上、正座をしてオーレンを見下ろす姿が何となく異様に感じた。

(あの人、どうしちゃったの………)

 ラツィラスとジーンに視線を送ると、ジーンは「困ってる」とも「むすっとしてる」ともとれる顔で目を逸らした。

「怒られたのが、随分響いたみたい」

 ラツィラスは「えへへ」と苦笑し頭に手を当てた。

「どんな怒り方したんですか………」

 アルベラはいろんな思いを飲み込んで、取り合えず、庭の入り口から見て一番奥のガゼボの席に腰かけた。その横にエリーが腰かけ、アルベラの正面にラツィラス、その隣にジーンと腰かける。

 オーレンはジーンとエリーの横に、エリー側が頭になる様に寝かされていた。

「………では、ひとまず。スカートンがあった嫌がらせの件からお話しさせていただきます」

 なんでこうなったかアルベラが説明をする中、途中隣の教会から律歌が聞こえ始める。今の細かい時間は分からないが、多分十時を過ぎた辺りだ。流石にオーレンも目が覚めたようで、自分を見下ろすメイジュにぎょっとしていた。やがて、芋虫のように拘束された体を、ぞもぞと動かしていたが諦め、たまにアルベラ達へ視線を向けて、様子を見る様にじっとしていた。

「なるほど」

 一通りの説明を聞き、ラツィラスは頷く。

 アルベラが彼らに話したのは、「スカートンが聖女を目指そうか悩んでいるところ、嫌がらせを受け始めた」という内容だ。精霊が見えるという事実は、話していいのか分からないため伏せた。それでも十分につながる内容なので何も問題は無いだろう。

「スカートンが学校に来なくなった直接の要因は、そこの青い髪の人ってわけだね。あと、この庭を荒らした犯人も彼女だ、と。………メイジュさんは、」

 メイジュの肩がびくりと揺れる。

「今日までの間、スカートンに何かしたのかな?」

 王子を見上げ、メイジュの乾いた唇がわずかに動かされるが、声は出ない。

「ねえ」

 ラツィラスは笑みをうすくして、彼女へ見下ろすような視線を投げる。

「何かしたのかな?」

 その威圧的な視線と声に、アルベラは無意識に緊張し、体を強ばらせていた。

 顔を合わせるのはたまにとはいえ、いつも穏やかなラツィラスの変化に驚いた。

「………わ、わたしは、なにも」

「そう。彼女はさっきのが初犯みたいだね」

 自分から意識が逸れ、三人へとほほ笑みを向けるラツィラスに、メイジュは分かりやすく安堵していた。

「それで、アルベラはどうするの? この二人。普通なら、………そうだね。オーレンさんは厳重注意。メイジュさんは、傷害罪で一旦投獄かな。教会を追放は当然だね。殺人未遂なわけだし、動機は身勝手な怨恨。聖職者にはあるまじき、だ」

 ラツィラスは人差し指を立てて小さく振る。

「はい。メイジュについては、それが妥当ですよね。話し合いは馬鹿らしいって、さっきのあれで思いましたから。この後すぐにでも役所に連れていきたいと思います。けどオーレンのその処罰については、」

 アルベラはオーレンを見据える。

 スカートンへの嫌がらせ。精霊が見えると嘘をついた自分に至っては、手を出してきた。メイジュと同じように手にかけるつもりで。

「足らないです。彼女もメイジュと同じです。私たちをただ襲ったわけじゃない。彼女にもしっかりした殺意がありました。エリーが強かったから運よく未遂に終わりましたけど。投獄、教会追放。それが妥当でしょう」

 オーレンは目を見張る。

 口に布をかまされていて話せないが、抗議の声を上げているに違いない。

 アルベラは椅子から立ち、「言いたいことがあるなら聞いてやろう」と、彼女の方へ行きその布を外した。

 「お嬢様、随分お優しいわね」とエリーが茶化すように笑う。

「ふざけるな!!!」

 布を外された第一声がそれだった。

 オーレンは荒げるた声で続ける。

「王子、今のは全てその子の虚言です! 私は心当たりのない、赤の他人の罪をなすりつけられたんです!! 言い合いになった末、彼女に襲われたんです!!」

 アルベラとの会話と、ラツィラスの瞳の色から、彼が王子という事は理解の上のようだ。

「あのね、これが見えないの? あなたの筆跡だって簡単にばれちゃうんでしょ?」

 ため息をつき、立ち上がったアルベラの手元、ひらひらと嫌がらせの紙が振られていた。

「そんな偽物、何の証拠になる!!」

 オーレンは言葉と共に、アルベラの手元目掛け、電流を放つ。

 ダン! とエリーの足元から大きく地を踏む音が上がり、ジーンからは剣を抜く音と空気を切る音が上がった。

 オーレンの首元に、座ったままのジーンの剣先が当てられている。アルベラとオーレンの間には、地面から六角柱状の岩が生えて電流を防いでいた。

(エリーの魔法久々に見た。地面が荒れるからってあんま使わないんだよなー)

 久しぶりに見る技に、アルベラは興味津々で目の前の、不透明な土色のクリスタルのような物を眺め、指先で撫で付ける。そこから視線をオーレンの顔へと移す。当てられた剣先を辿って見れば、ジーンが迷惑そうに呆れた顔をしていた。

「わざわざ煽るようなことするな」

「ごめんあそばせ」

 アルベラは苦笑いを浮かべ軽いノリで返事をし、オーレンの口に布を巻きなおす。椅子に掛けなおし、正面の二人を見た。

「まあ、こういう感じですし。厳重注意だけでは安心できませんね」

「なるほど」

 王子は苦笑する。

「じゃあ、オーレンさんにも同じ罰をってことで、二人には僕の方から言って、投獄前に約魔術を施しておくことにしよう」

(それって)

 アルベラは肩にかけるバッグの紐を握りしめ、中身の道具を思い浮かべる。

「約束を破ったら命を落とす、みたいなやつですか?」

(それなら私が………。せっかく覚悟も決めてきたんだし………それに、なんか………人にやらせたくない)

 アルベラのこわばる表情を見て、ラツィラスは目を丸くした。

 ジーンは呆れたように「随分物騒だな」と零した。

「………ああ、そうか」

 ラツィラスはポンっと手を叩く。

「アルベラがどこでそれを知ったのかは大体予想着いたかな。けど違うんだ。二人にかけるのは………そうだなぁ。『何となくそれが出来なくなる』ってやつだよ」

「はあ」

「例えば、スカートンの半径五十m以内に近づくな、って条件を飲ませたとする。そうしたら、彼女たちはその辺りになると『何となくそれ以上足が進まなくなる』。スカートンへの魔法や魔術の類を禁じる、って契約すれば、『何となく魔力が練れなくなったり、当てることが出来なくなったりする』」

「それは、無理にでも破ろうとしたらどうなるんですか?」

「まず無理だけど、意識を失う、かな」

 それを聞いて、アルベラは「ああ、そういえば」と心の中で納得した。

 リュージに借りてきた際、加減したのが欲しければそういうのを専用で作れと言われた。これは殺しを目的にしているから、こういう仕様なのだ、と。

 王族のラツィラスの手に掛かれば、単に行動に制限をかけるだけの代物も手に入るのだ。

「殺すだなんて、随分極端だね」

 ラツィラスがニコニコといつもの笑顔を浮かべる。そして、「もしかしてその鞄、それが入ってるの?」と笑顔のまま首を傾げた。

「………ええ、まあ」

(私だって、殺す手前の奴があれば、そっちが欲しかったのに)

 微笑みを真正面から受け止めきれず、アルベラは目をそらしながら頷いた。

「それを、場合によってはこの二人に施そうと?」と、ラツィラスは本心の読み取れない優しく柔らかい声で尋ねる。

「………え、ええ。………まあ」

 アルベラはもぞりと肩を揺らして顔をそむけた。

 その姿に、「鬼か」とジーンが呆れた声で小さく零す。

 ラツィラスはクスクスと笑った。

「確かに、君には物騒な友達がいたもんね。けど、あの人たちはきっと、命に直結するような極端な代物の所有が多いだろうから、あんまりそれ基準で考えない方がいいよ。世の中にはちゃんと、温情のもと、人を正すために加減した代物だってあるんだから。まあ、そういうアイテムの方が製作が難しいから、手に入りづらいってのが大きな問題なんだろうけど」

(ううむ。ごもっとも………) 

「………ご忠告、ありがとうございます。心に刻んでおきます」

 アルベラは苦々しい表情を浮かべ、同い年の少年へと頭を下げる。



 ***



 午前の日差しが窓から入り込んでいた。最近ずっと閉じ切っていたカーテンが、今日は開かれてた。

「あら、そろそろ時間ね」

 カリアが椅子を引いて立ち上がった。

「メイジュったら、時間になったら迎えに来るとか言ってたのにどうしたのかしら。オーレンも姿がないし」

「金光の方々も、『うっかり』ってあるのね」

 スカートンは意外だなと、首を傾ぐ。

「そうね。けどあの二人も人間だし、たまに抜けてるところあるのよ。私が言うのもなんだけど」

 ふふふ、とカリアは微笑んだ。

 なんてことのない、雑談だ。カリアが早朝の律歌を済ませ中庭を歩いていたら、最近ずっと閉まっていたスカートンの部屋のカーテンが開いているのが見えた。

 無色なステンドグラスのようなデザインの窓からは中が見えないが、そこからスカートンの歌声が聞こえた。律歌だ。久々に聞く、スカートンの律歌。他でもない自分が、数年前に彼女に教えていたもの。

 だから、適当な時間を見て訪ねてみたのだ。

 宿舎から続く渡り廊下を歩き、昨日貰ったクッキーを持って。

「じゃあ、私、律歌に行くわね」

「うん。ありがとう。カリアさん………来てくれて」

 スカートンが儚げに笑い、片手を小さく振った。

 扉の前、カリアはその、妹のような少女の姿を見て目を細める。

 ———『え? 精霊が見えるの?』

 これはあの頃の自分の声だ。



『う、うん………』

 今よりもさらにおどおどした、自信のなさそうな、幼い「彼女」は恥ずかしそうに頷いた。

『………なにそれ、ズルいよ』

『………え?』

 カーキ色の目が真ん丸と見開かれ、やがて途方に暮れた様子で、萎れていくように視線を下げた。

 自分のそれが、心無い言葉だったという事を自覚したのは随分後だった。

『ごめんね。この前言ったの嘘だったの』

『え?』

『精霊。わたし、見えない………。凄いねって、カリアちゃんに行って欲しかっただけなの。………だから、嘘ついてごめんなさい』

 彼女が「嘘を付いた」と自分から宣告し、謝ってきたのはそれが最初で最後だった。

 弱気な笑顔を浮かべて、おどけるような姿は、今思い出すと悲痛なものだ。

 なんであの時、もっとちゃんと話を聞いてあげられなかったのだろう。あの謝罪こそが嘘かもしれないと、なんで思えなかったのだろう。



「スカートン、ごめんなさい」

「え?」

 不思議そうな顔。カーキ色の瞳が、光を反射して銀色に輝く。

「ごめんなさい。私のせいで、ずっと嘘を付かせてた」

「カリアさん?」

「ごめん。ごめんね。スカートン」

 カリアは、無垢な瞳を向けてくるスカートンの額に、こつんと自分の額を当てた。

 カリアが謝る理由を見つけられなくて、スカートンは困ったように上目遣いで甘栗色の髪を覗き見る。額を当て合った格好では、どうしても相手の表情を覗くことは叶わず、若干不安になった。

「………私待ってる」

 カリアの小さな声に、スカートンの唇が小さく開かれ、瞳が揺れた。

 額を離したカリアは、手を伸ばし、スカートンの両頬を包み込んで、顔を持ち上げる。瞳を真っすぐに覗き込む。

「いい? 待ってるから。前の話が本当なら、ちゃんと来てね。………わかった?」 

 「何を」とも「どこで」とも言わず、カリアはただ「待っている」という部分を強調する。

 まだ幼い頬をむにむにとこねくり回し、先輩シスターは悪戯気に笑った。

「ふ、ふん」

 スカートンは頷く。

 目に涙をためて、それがこぼれないように、堪える様にカリアを見上げる。沸き上がる暖かい気持ちを一つもこぼれ落とさない様に、胸の前でぎゅっと手を握りしめ、嬉しそうに笑って見せた。



 ***



 やがて、スカートンの部屋に律歌が聞こえてくる。

 もうお昼なんだ、という事を思い出すと、急におなかが減ってきた。

 最近細くなっていた食だったが、今は不思議と食欲がわき出てくる。

 カリアと食べていたクッキーの残りを手にとり、さくりと噛むと、口の中に優しい甘さが広がった。

(………おいしい)

 もぐもぐと咀嚼を繰り返すと、クッキーは口の中で湿り気に解け、喉の奥へと消えていく。

 ここ最近食べたものの中で一番おいしく感じた。

 ふふふ、とスカートンは微笑む。

(今度、アルベラとも食べたいな。一緒にクッキー焼くのも楽しいかも。………それで、カリアさんに、お礼に渡しに行くの)

 ———コンコン

 扉がノックされる。

 誰かしら? とスカートンは立ち上がり、扉の前に行く。扉の横につけられた縦長の窓に、ラベンダー色の頭が見えて頬が綻んだ。

 話したい。今日、ようやく決めた心の内を。ずっと心配してくれ、力になってくれた友人に、早く「あれ」を打ち明けたかった。

 先ほどの「待っている」という言葉が胸の内に柔らかくて暖かい光を灯す。

 もう決めた。大丈夫。ちゃんと言える。

「こんにちは、アルべ―――」

 扉を開き、スカートンの動きが止まる。

「昨日ぶり、スカートン」

 扉の前でひらひらと手を振る友人。

 その後ろに、直視するのも恐れ多いお方と、そのお付きの騎士見習い様がいた。

 ばたん!!!

 扉が勢いよく閉じられる。

『え?! こら! スカートン!! 開けろーーー!!!!』

 どんどんどん! と扉が乱暴に叩かれているが、スカートンはそれを背に、とにかく呼吸を整えようと専念した。そして先ほど自分が泣きそうになっていたことを思い出す。

(目! 涙、顔! 私変じゃないかな? 大丈夫かしら、こんな姿で王子の前に!!)

 鏡の前、服をはたき、髪を整え、真っ赤になった顔を両手で包み込む。

 こんな時は目を閉じて落ち着こう、と目を閉じると、「だん、だん、だん」と扉を叩く音と、アルベラの「こらー!」という声が聞こえた。うん。全然落ち着けない。

 しかし、耳をすませばその声の奥から教会から聞こえる律歌の旋律があった。

 のびのびしていて、それでいて厳かで。澄んでいて美しく、精霊を落ち着かせる音色。

 大きく深呼吸をする。

 慌ただしい扉の前に戻ると、覚悟を決め、ドアノブを引いた。

 下に向けがちだった視線が、いつもよりも正面に向けられ、怒る友の顔を捉える。その顔がなんだか面白くて、スカートンは苦笑交じりにほほ笑んだ。

「こ、こんにちは、アルベラ。王子、ジーン様―――」

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