8、人攫いと美女 2(ヤブガラシ)
派手な色味の金髪を高めの位置で緩めに纏めた美女は、憤慨した様子で牢の中を眺めていた。
(なに? 悪人同士で喧嘩?)
アルベラ同様、捕まった子供たちも新たに現れた女性に困惑しているようだ。
「あの人はどこ!? 今すぐ話をさせて頂戴!」
美人はフン! っと鼻を鳴らし、青髭やホネカワ達へ視線を向ける。
「ね、姉さん……、頭はいつ帰るかわからねぇぜ。商談があるとか、頭自身もどれくらいかかるか分かんねぇって言ってたから」
「そう、じゃあしばらくここで待たせてもらうわ。構わないわね!」
美女は壁際に置かれた椅子を引き、スカートの裾を「バサリ」と靡かせて大げさな動きで脚を組んだ。男達の視線がその美脚に吸い寄せられる。
「ほら! ボケっとしてないで上でカード遊びの続きでもやってらっしゃい。私はここで静かにしててあげるから」
その言葉に、悪党たちはお互いの顔を見合う。
代表したようにホネカワが「分かったよ、ねーさん」と頭を掻いた。
彼の言葉で他の三人がぞろぞろと上へあがっていく。
「頼むからその牢屋には手を触れないでくれよ。ガキら逃がしたりしたら俺らの命もねぇんだ。きっと姉さんだってただじゃおかれねぇ。最近の頭は見境ねぇし、んなことになった日にゃ、俺たちで止められる自信はねぇよ」
「ハイハイ。この子たちを勝手に出したりはしないから安心なさい」
組んだ脚の上に肘をつき顎を乗せ、美女はホネカワの方へ見だけ向けて手を払った。
男たちが去ると美女はそちらへベーと舌を出す。
(何しても絵になるな。羨ましい)
『頭』とやらの恋人か何からしい彼女の姿に、アルベラはそんな感想を抱く。
美女は暫く自分を見つめる子供たちの姿を眺め、少し置いてため息をついた。子供たちの視線に期待が混じっている事を感じたのだろう。彼女は仕方なく口を開く。
「聞いてたとおりよ。あなた達を逃がすわけにいかないんですって」
「ごめんなさいね」と語尾にハートのついた言葉を聞いて、数人の子供たちがしゅんと視線を落とした。
(けど、あの男はぼっこぼこにしてやるから楽しみにしてなさいな。全員お縄に繋いで安全になってから出してあげるから)
美女は片手を広げて真っ赤に塗った爪を眺める。
(今逃がしたって階段使わなきゃ外に出れないしね……。上にいるあの子達は話せばわかるし、『ドグズ』だけ黙らせれば十分ね……。ハァ……――顔と体がちょっとタイプだったから近づいたけど……妙にきな臭いと思ったらこんな……――私が惹かれる男って何でいつもこうなのかしら……)
彼女はオレンジの淡い明かりの下、今までの男性経験を思い出し悩まし気なため息をついた。
アルベラは引き続き逃走について思考していた。
美女と男たちの乱入の際、壁際でずっと立っていたので思い出したように腰を下ろす。
ユリが無邪気に「びっくりしたね」とアルベラへ笑いかけた。
「あの人凄いキレイだね。悪い人じゃなさそうだし、みんなでお願いしたら出してくれないかな」
「ユリ、あの人も期待しないでって言ってたし。頼りにしない方がいいよ」
そう言ったのはミーヴァだ。
彼は厳しい視線を牢屋の外に向けていた。どうやらあの美人を相当警戒しているようだった。
鉱石の淡い明かり、身じろぐ音、子供のひそひそ声。
何も新しい動きが起きないまま数十分が経った。
「お前、それなんだ?」
いい案が思いつかず、ずっと手に持った小袋を眺めていたアルベラへミーヴァが尋ねた。
「露店で貰ったの。花の種」
「種……ちょっとみせてくれ」
どうぞ、とアルベラが手渡すと、ミーヴァは明かりに近づき中身を掌に出した。
「へー。エリグランジェの種か。珍しいな」
「みたいね」とアルベラは頷き、「ミーヴァは物知りね」とユリは感嘆の言葉を漏らした。
ユリの言葉に、ミーヴァは照れ混じりに「じい様が趣味で薬もいじるんだ。調合とかでたまに使うから……」と返す。
「はいはい……」とアルベラは目を据わらせる。
ミーヴァは気を取り直して、種を指先で転がし観察を続けた。
「……これ使えるかも」
ぽつりと零れたその言葉に、アルベラとユリは無言でミーヴァへと視線を送った。
考えに没頭しているようで、ミーヴァは二人に顔を向ける事は無かった。種を見て、壁高くにある講師付きの窓を見て、ぶつぶつと考えを口にした。
「……登れたとして、けど格子は……そうか。格子自体は周りの土くれごと剥がせばいいんだ……。あれくらいならぼくの力だけでもなんとかできそう……けど……――」
ミーヴァはアルベラへ顔を向ける。
「なあ、お前魔法使えるか? 魔術でもいい。水が出せれば何でもいいんだけど」
「水? 残念だけど、私まだ魔法は使ったことないの。ていうか魔法と魔術って同じでしょ?」
「はぁ……温室育ちの上勉強不足か……」
「はぁ!?」
「ごめんねミーヴァ。私も魔法使えないの」
「ユリはいいよ。気にしないで」
(このクソガキめ……)
余りの対応の違いにアルベラは恨みがましい視線を向ける。ミーヴァはそれを無視し、他の子達へも誰か水が出せる者は居ないかと聞いて回った。しかしこの中で魔法を使える子供は一人もいないようだった。
「後で覚えてろ」と思いつつ、アルベラは今は逃げる事を優先する。
「で、フォルゴート。どんな手を思いついたの?」
「えっと……」
ミーヴァは答える気はあるようだが、「あいつが聞いてる」と言うように美女のへ視線を向けた。
だが彼女は会話に特に反応する様子はない。腕を組んだまま目を閉じてトントンと指を動かしていた。
「大丈夫じゃない? あの人、私達には何にもしてくるつもりなさそうだし」
アルベラの言葉に、ミーヴァも納得したようで口を開いた。
「これ、ヤブガラシの種だ」
「ヤブガラシ? 藪を枯らすっていう蔦のあれ?」とアルベラ。
「うん」
その植物なら日本にも存在していたが、果たして同じ植物だろうか。
いや、そこも気になるがなぜヤブガラシの種? とアルベラは首を捻る。
「フォルゴート、これはエリグランジェとかいう花の種よね?」
「ああ、この粒が大きいほうは。けどほら、砂に混ざったこれ。この粒はヤブガラシの種だ」
「へぇ~」とアルベラとユリの関心した声が重なる。
「これ、使っていいか?」
「ええ。出られるんなら全部お好きに」
「……」
「……?」
ありがとう、と言おうとしたがその言葉が素直に出ず、ミーヴァはアルベラを一瞥しただけだった。アルベラは謎の間に首を傾げる。
ミーヴァはその間から逃げるように小窓のついた壁の元へ行った。しゃがみ込み、種の入った袋をひっくり返し、中に残りがないよう弾いて出し切る。
「これをここにこうやって埋める」
そして何やら文様のようなものを土に描く。手をかざし、小さく呪文でも唱えるかのようにぶつぶつと何かを言っていた。ミーヴァの言葉に反応するように、土の中にある種から光が漏れていた。魔力に反応し、ミーヴァの髪も淡く青く輝く。
「これは……?」
何をしたのだろう。とアルベラは興味深く光を見つめた。
「じい様が開発した魔術の一つだ。見てればわかる。――お姉さん。水くれない?」
ずかずかと格子越しに声をかける少年に、赤いドレスの美女は「いいわよ」と快くテーブルに置いてあった水差しを渡す。
「ふふ、何か素敵なことでも思いついた?」
ミーヴァは素早く目を逸らしアルベラやユリ達の方へ戻る。
「あらあら、可愛い」
美女は特に気にした様子もなく椅子へと戻る。
アルベラとユリは興味津々でミーヴァの行動を見守る。
何やら行動を起こし始めたミーヴァへ、他の子供たちも期待の籠った視線を送り始めていた。





