74、彼女は素直になれない 3 1/2(スカートンの様子)
「さて、」
改めて、今日は一週間の3日目、水の日の「サドン」だ。スカートンの母に会いに行くと約束した日である。
アルベラは午前の授業を終えて身支度をする。
この国の一週間は「月の日『ファスン』、火の日『セカン』、 水の日『サドン』、 木の日『フォスン』、 金の日『フィンス』、後の休息日、前の休息日」の七日間で成り立っている。
聖女様との話がまとまったのは週始めの「月の日『ファスン』」の事。
ガルカとともにストーレムの街に帰ってきた日、つまり「前の休息日」だが、その夜にしたためた手紙を次の日の月の日の朝に出した。
するとその午後に、聖女様から返事が来てた。きっとアルベラからの手紙を受け取り、すぐに筆を取ったのだろう。
予想していたよりも大分早い流れだ。
(ありがたい事だけど………)
微妙に緊張しながら開いた便せんには、「是非お会いしてお話がしたいです」と書かれていた。
その内容にアルベラは胸をなでおろす。
聖女様とは、その日のやり取りで、とんとん拍子で会う日程が決まってしまった。やはりスカートンの現状に、親として悩まずにはいられないのだろう。本当ならママ友同士で話したいと思うところであろうが、聖女様には相談できる母親友達というのがいるのだろうか?
(こんな子供相手に相談………本当に藁にも縋る思いなんだろうな。………ごめんなさい。ありがたく便乗させていただきます)
一方、スカートン本人からの返事はというと、予想はしていた通り、拒否の内容だった。
一日の最後の便で手紙が届き、書いてあるのはいつものごとくな内容。
『——————アルベラが会いに来てくれるのは嬉しいけど、しばらく教会の手伝いで忙しくなると思うから、はっきりした都合のいい日程が読みずらくて当分会えなそうです。ごめんさい。お勉強や魔法も、苦戦することもありますが私はなんとかやってます。私の方は大丈夫なので、心配しないで。アルベラのその気持ちだけで十分嬉しいです。アルベラもお勉強や魔法大変よね。頑張って。そのうち会える時が来たら、私ちゃんと連絡するって約束するから、しばらく待っていてもらえると嬉しいです。わがままを言ってるみたいでごめんなさい——————』
「大丈夫」であることを説得する文に、会えないことへの謝罪。
手紙が夕暮れ時に届いたのも、きっと悩みに悩んで返事を書いていたのだろう。
(スカートン、そんなに私に会いたくないのね………)
聖女様とのスムーズなやり取りと、スカートンからようやく来た一通の手紙との差が与える印象は大きい。
アルベラは、手紙を読みながら胸の辺りに手を当てる。心当たりがない罪悪感に、胸が締め付けられるような感じがした。
こうも避けられているような内容を見ると、もしかしたらスカートンが学校に行かなくなった原因は自分にあるのではないかと想像してしまう。
(このまま、スカートンが望む通り、会わない方がいいのかな)
(あの手紙を見てのあの夢………だよね)
アルベラは今朝の夢の事を思い出し息をついた。
「お嬢様。馬の準備は出来ましたよ」
「うん。ありがとう」
今日は平日なわけだが、なぜこの日に決まったかと言うと聖女様の都合だ。聖女様の仕事は休息日に集まりがちらしい。
母に軽く事情を話し、午前の授業は王都に向かいがてらの「乗馬の練習」ということにしてもらった。
ただ、そこはちゃんと学びに生かそうということで、乗るのは普段の馬ではない。体格が良く足の速い品種に乗っての外出となった。
アルベラは外へ出て準備された馬を見上げる。
グレーの体に赤い鬣。威圧感のある色素の薄い瞳。見るからに早そうな雰囲気を漂わせている。
(ハイパーホース。早く乗ってみたかったんだよね)
アルベラが手を差し出すと、馬は筋肉の張った頬を摺り寄せてきた。
「………意外と穏やか」
「今いるのは、特に穏やかな性格の、人馴れした個体なんですよ。
御者のヴォンルペがもう一頭の馬を引きながらやってくる。そちらはエリーが乗る方だろう。アルベラが今前にしているものより荒々しい動作をしている。
「ですが、気を抜かないでくださいね。決して弱い姿を見せないことです。こいつらは基本的にプライドが高いですからね。今のお嬢様の体格的に、上に乗ったら力を加減する必要はありません。むしろ多少多めに力をかけてやるくらいの方がいいでしょう」
「了解。振り落とされてもいい様に、魔術薬を五つくらい準備してあるし。準備の方も万全でしょ」
「そりゃあいい備えですが、………どうか振り落とされないよう踏ん張ってくださいね。奥様も荒療治な方だ。ハイパーホースの乗馬を、王都に行く道すがらで練習させようとは」
心配そうに、呆れた言葉を漏らすヴォンルペへ、エリーがさも自信ありといった様子で言葉をかける。
「大丈夫ですよ、ヴォンルペさん。お嬢様、この半年と少しで大分馬にも慣れましたし。体力的にも全く問題ないでしょう。魔法薬はきっと帰りしか使いませんよ」
(え? 帰りに使うの?)
エリーの言葉にアルベラは疑問符を浮かべる。
「そうですかねぇ。私は気が気じゃありませんよ。………どうかエリーさん。この子たちにお嬢様を蹴り殺させないで上げてください」
「ずいぶん物騒ね」
アルベラは引きつった笑みを浮かべる。
不安気なヴォンルペに送り出され、アルベラとエリーはガタイのいい馬に跨り王都へと発った。
***
「あー! すっごい気持ちいい!!」
ハイパーホースと呼ばれていた馬の脚は想像以上に早かった。そもそも普通の馬の時でさえ、アルベラは全力で走ったことがない。
それがその段階をとばしての「ハイパーホース」だ。不安もあったが、乗ってみれば視界がいつもより高く、馬の毛並みの触り心地が若干異なる程度で、あとは大体同じだった。
以前エリーと共に乗って、全力の馬力というとの教えてもらったことがあるが、その時の倍の速さで走っているように感じた。だがそれを伝えると、エリー曰、今は全力の馬の1.5倍くらいの速さだろうということだ。
(1.5倍か。それでも十分早い)
去年と一昨年前と、王子の誕生日に出向く際に、家族で馬車で通っている平原の景色があっという間に通り過ぎていく。
アルベラの横を、距離を取って並走しているエリーは、問題なさそうなアルベラの姿に安心する。
「お嬢様! 私は後を追うので、もう少しスピードを出してみてください!」
こういった感じで、「歩き」から始めて徐々にスピードを上げていた。
「了解!」
アルベラは馬の体に身を寄せる様に体制を屈めた。
アルベラに促された馬が、スピードを上げエリーの馬より前に出る。
乗せているのが軽い子供ということと、その子供が丁度良く自分の動きに身を任せてくれているということで、馬は大したストレスもなく駆けているように見えた。
(ハイパーホースに騎乗する『ご令嬢』ね。………ふふふ。勇ましいこと)
約1時間半の馬旅に、アルベラの脚の筋肉と尻はなんとか耐えきっていた。皮が剥けているだろう、ひりひりする部分にこっそりと手を当てていたが、聖女様の前ではそれを悟られないよう姿勢を正す。
エリーの説明では、ハイパーホースはもっと飛ばせば、あの距離を1時間ほどで走れるらしい。そのためには乗り手が、馬と魔力の共有を出来ないといけないらしい。あの馬は「乗り手の魔力を活用し走る」という能力があるそうだ。帰りはそれを練習しつつ行こうと話していた。
「お久しぶりですわね。アルベラ様」
教会の敷地内にある別邸。聖女やその親族の住居となる屋敷にて、恵みの聖女が二人を歓迎する。
「お久しぶりです。恵みの聖女様」
「あら、ふふふ。どうぞ、その………『スカートンのお母さん』とでもお呼びください」
聖女様は恥ずかし気に躊躇ってはいたが、しかし心からそう呼んでほしそうな様子だ。
(これは、『初めて娘の友人が家に来た』ってやつか?)
「あ、の。では、スカートンのお母さま」とアルベラは呼びなおし、「毎年恵みのお祭りではお世話になっております」と続けた。
お久しぶりと言っても、アルベラがこうして恵みの聖女と直接言葉を交わすのは初めてだ。
毎年キリエの父の領地で、収穫を願うお祭りを開催しており、そこで顔を合わせはするが、挨拶は大人同士が主だ。アルベラはそれに従って、たまにお辞儀をする程度。
丁度聖女様も同じことを思っていたのか、「こうしてお話しするのは初めてですね」とほほ笑んだ。
「娘から、アルベラ様のお話は伺っておりました。お手紙、とても嬉しかったです。ありがとうございます。………ところで、お尻、どうかなされましたか?」
(あ!)
気づけばまた手を添えていた。
アルベラは苦笑いを浮かべる。
「お気にせず………乗馬の練習の後遺症です………」
(うう………絶対皮むけてる………魔法薬、帰りに使うってこれか………)
乗馬を始めたての頃も、よくお尻が痛くなったものだ。今回も勿論クッション性の対策をとってきたのだが。それを上回る摩擦だったらしい。
(ハイパーホース………恐るべし)
帰りはもう少し飛ばして走るというし、覚悟しなくては。
「ふふふ。お嬢様が乗馬とは。流石ディオール公爵のご令嬢ですわね。どうぞ、中に上がって休まれてください。柔らかいクッションを準備しましょう。お話はお茶を飲みながらでも」





