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73、彼女は素直になれない 2(お嬢様の悪夢)

 ***



『ねえ、あのヂノデュって奴何だったの?』

 長い帰りの道すがら、ガルカの脚の中アルベラは問う。

『あいつか。あいつは………村の、後輩のような先輩のようなものだ』

『何それ、どっちなの?』

『記憶量、人生経験で言えばあいつは年上だ。だが、体の年齢的には俺の方が上だ』

『は?』

『魔族は一定の力を蓄えると体の一部からでも復活できる。失った体分、力も失うがな。………俺は一度肉片になり復活したんだ。肉片のサイズによって、それ相応の外見の年齢で復活するんだが、俺の場合は胎児程のサイズしかなかったらしい』

『じゃあ今の六八歳って』

『肉片から復活してからの年齢だ。俺は心臓から復活したからな。頭部がなかった以上、その前の記憶も人格もリセットされている。魔力も体力も、ただの胎児よりは格段にあったそうだがな。俺の心臓を拾い、一定のサイズまで俺を育ててくれたのが炎雷の魔徒だ。以前からの知り合いらしくてな。…………ヂノデュは確か、その時二十前後だったか』

『え?! じゃああいつ、今は八十八歳くらいって事? 貴方たち………相変わらず外見はあてにならないのね』

『何を言う。見た目があてにならないのは貴様らも同じだろう。それに俺から言えば、あの薬漬けの豚といい、貴様といい、肉体の年と中身の年の匂いがあっていないのも妙な話だしな。ただの若作りとは違う違和感がある』

『………なにそれ』

『なんだ? 誤魔化したいのか?』

『違う。あんたがちょっと怖いと思っただけ。魔族様の嗅覚ってすごいのね』

『俺は特に出来がいいんだ。他のと一緒にするな。………にしても、興味深い。アスタッテとの関係………神の子というにはズレた在り様………。どうだ? 何か悩みがあれば相談に乗ってやろう。さあ、俺に全部話してみるがいい』

 いかにも冗談めいた口調でガルカがアルベラへと視線を投げかけた。

 その視線にアルベラは「むっ」とした顔を返し、口を堅く閉じる。

『人の優しさに甘えられないとは。可哀そうな奴だ』

『あんた相手じゃなきゃ話したかもね。………私の事情を話すならお互い様。そっちの事情も、色々話して欲しいとこね』

『ほう。俺は構わんぞ。その代わり、漏らしていい情報と漏らしてほしくない情報はしっかり理解してもらおう。もし約束に違うようであれば貴様の心臓を貰う』

(え、いいんだ………)

 てっきり拒否されて話が終わると思っていたアルベラは肩を落とす。

『心臓は、ちょっと………』

『情けない。胆のない奴だな』

 わかりやすい。人を小馬鹿にして楽しみたいというガルカの口調。アルベラは呆れて息をついた。

 今日一日、大分この魔族のノリが分かってきた気がする。

 まだまだ明るい空。

 眺めている雲の合間から、たまに町や平原が覗き見える。

 アルベラは何でもいいから話題を逸らそうと、またヂノデュの話を持ち出した。

『………ねえ。私、あいつに殺されそうになったけど、マーキングの意味あったの?』

『あ? ああ。あったはずだ。手を出そうと思えば、何となく避けたくなる。貴様らも、何となく毒々しい虫なんかがいたら警戒して距離を取りたくなるだろう? あれと同じだ。………それに、もし手を出せば、ピリピリと肌が拒否をする感覚も出る。だが耐えられないほどではない。………あいつには俺に嫌がらせをしたいという目的があった。だから意志の力で耐えたのだろう』

『マーキングってそういう感じなのね。もっとバリアみたいな、弾いてくれるのを期待してたんだけど。虫よけスプレー程度に思ってた方がいいのか。——————あ、そういえば』

 いったん言葉を切るが、ガルカからの相槌はない。どうせ暇だし聞いているだろうと、アルベラは続ける。

『あいつ、初めは私の頭をアスタッテに捧げるつもりらしかったんだけど、食べる方に気変わりしたんだって。それってどういう意味?』

『ああ………多分貴様の匂いのせいだ。魔族は自分より強い奴や魔力の多い奴を食えばその強さを吸収できるんだ。食ったもの全てが手に入るわけではないがな。うまく吸収出来て25%。かなり良くても50%か。強さを手に入れられるのは確実だ。あいつは俺を殺したいだろうからな。そのためなら自分を強くできそうと思える方法なら何でも試してみたいだろうさ。お前の頭を食おうとしたのは、もしかしたら良い糧になるかもしれないと考えたのだろう。アスタッテの加護を受けられる。またはアスタッテの力の片鱗を手に入れられるかもしれない、………と思い立ったんだろう』

『へー。実際どうなの? あんたから見たら、私を食べたら何か特になりそう?』

『魔力も体力も地頭も、貴様に俺に勝るものはない。食ったところで空腹が満たせる程度だな』

『そう。おいしそうに見えてるわけじゃないのね。良かった』

『ああ。貴様はな。だが、貴様の父の頭には少し興味がある。味は悪そうだがな』

『え?! お父様?! あんた、変な気起こしたらエリーと八郎に始末させるから!』

『貴様、そこは自分でどうにかしようと思わんのか………』

 アルベラはガルカの顔を見上げてみるが、顎のラインが見えるのがいいとこだった。感情を読み取る情報は声だけだが、多分呆れた顔をしているのだろう。

『で、なんでそんなことを?』

『は?』

『だから、あのヂノデュって奴、なんであんたをそんなに嫌ってるの?』

『ああ、それか』

 空が夕暮れ時へと変わっていた。アルベラは随分と速いのだなと地平線を見つめる。

『あいつは俺が怖いんだ。怖くて怖くて仕方がない。だから俺を殺して安心したいのさ』

『へー。………なら私じゃなくて本人を狙いなさいっての』

 強いものを前にすると自分の意見さえも言えなくなり、弱者を前にしたとたん態度を変えてズバズバと物を言うようにという人間あるあるがあるが、今回もそれだろうか。つまり自分が弱者に見えたのが問題だと。

(確かに戦力は大してないけど。はた迷惑な話。………そんなに怖がられるってなにしたわけ?)

 アルベラは「そういえば、」と呟く。

 青年の言っていた「同族食い」という言葉を思い出し、口に出してみる。



『同族食い………』



 ガルカの尖った耳が、その言葉を拾いピクリと動いた。

 辺りの空気が変わりはじめる。

『ほう、あいつに聞いたか?』

『………ええ、まあ』

『ああ。同族食い。………貴様も興味あるか?』

『え?』

 辺りの雰囲気が変わっていた。

 すっかり夕方になったと思っていたが、空は赤く、夕焼けの色ではない。大地は不自然に黒く、木々のシルエットが溶けていく。

『ちょっと、なに………』

 アルベラの中に恐怖心が芽生える。

『友の味、お前は興味あるか?』

『え?』

 両足で掴まれていた体が、いつの間にか片足で掴まれていた。先ほどまで掴まれていた部分がスースーしている。

『お前も食うか? 食いたいだろう? 美味いものだぞ』

 アルベラの正面に、もう片方のガルカの脚に掴まれた少女の姿があった。

 狩られてきた小動物のように力なく項垂れた体。その頭部がだらりと垂れ下がり、長い髪が風にゆれていた。

 見覚えのあるその姿に、アルベラは声を漏らす。

『スカー、トン………』

 いつの間に喉が乾いたのか、自分の声は掠れていた。

『アルベラ?』

 ガルカの脚の中、力なく項垂れてたスカートンの首がぐるりとおかしな方向へ曲がり、こちらに向けられる。関節人形のような不気味な動きで彼女は自分の顔を隠す。

 そして言うのだ。迷惑そうに。悲し気に。

『な、んで………なんで、きたの? わたし、会いたく………なかったのに………………ダイジョウブって イッタ ノニ………………ナンデ………ナンデ………………………』



『なんで、信じてくれないの?』



 最後の言葉は、耳に息が掛かるくらい間近から聞こえた。



 ***



「っは………」

 夜中の二時過ぎ、自室のベッドの上、アルベラは悪夢にうなされて目を覚ました。

 勢いのまま体を起こし、自分の体にかぶさる布団の凹凸を見つめる。

 気持ちが落ち着くと、今しがた見ていたものが夢だったことを確かめる様に部屋の中を見回した。ベッド、扉、テーブル、窓、ぶら下がって眠るスーの姿。

「………ふぅ」

 変わりないいつもの部屋に安堵し、アルベラは後ろに倒れ込む。「ぼふっ」と大きな柔らかい枕に頭が沈む。

(空が赤くなるまでは、帰りの最中実際にガルカと話してた内容だった)

 それが、なんでこんな形でスカートンの件と融合してしまうのか。

(同族食いの話も、あんな形じゃなかったし)



『同族食い?』

『ええ。あいつが言ってたの、あんたの事』

 これはあの時の実際の会話だ。

 ガルカに掴まれたアルベラは、風景に目をやりながら気になったり暇だったりするたびにガルカに話しかけていた。

『別に、魔族が魔族を食うのは珍しくないが………動物であれば共食いはあって不自然じゃないだろう。自分以外は全て資源か糧だ。貴様らだってそうだろう』

『そうだろうって………。人が人を食べるって、そうそうあるもんじゃないけど』

『貴様が知らないだけだ。この大陸にもそういう宗教があるからな。ま、宗教ではないが、そういうわけで俺も都合があれば魔族を食う。他の魔族も同じくな』

『そう。じゃあなんであいつそんなにあんたを嫌うの?』

『さあな』

『さあなって』

『———ああ、そういえば。以前、俺はあいつの生まれ故郷で、育ての親から共に過ごした兄弟分からその周囲の物たちまで、全て食って焼き尽くしてしまったらしい。それを生きて逃げ延びてしまったからじゃないか?』

『どう考えてもそれでしょ!! 家族や友達食べられたら誰だって怖いし怒るし一生祟ってもおかしくないじゃない!』

『そりゃ、貴様ら人間はな。だが、俺たちにそこまでの仲間意識はない。死んだ者への執着は薄い。同族であればある程な。だからあいつが俺を嫌ったり殺したがる理由は、敵討ちや怒りではないんだ。———さっき言っただろう。あいつは俺が怖い。それだけだ』



 ガルカは友人を食った、美味かったという話はしていない。ならその部分はアルベラの記憶や感情が生み出した妄想ということだ。

 目を閉じると、夢の中のスカートンの瞳と声がフラッシュバックする。

 耳元で聞こえた、あのリアルな悲痛な声。

(私、何気にしてるんだろう)

「………ばかみたい」

 無理やりにでもまた眠りにつこうと、アルベラは閉じた瞼の上に腕を乗せる。

 


 今日はスカートンの母の「恵みの聖女様」に会いに行く日だ。

 目を閉じて朝になるのを待ってるうちに浅い眠りについていたアルベラは、朝日の差し込む窓を見て「ようやく朝が来たんだ」と安心する。

 久しぶりに本当に怖いと感じる夢を見てしまい、寝なおすのが辛かった。いい年にもなって隙間や角や死角に溜まった闇が怖いと感じてしまったが、まだまだ自分は子供だったことを思い出し笑ってしまった。

(自分の年、ごくたまに、本当に分からなくなる時あるなぁ………変な感じ)

「お嬢様~、おはようございます」

 ノックが聞こえ、エリーが明るい声とともに部屋へと現れる。

「おはよう、エリー」

 そのいつもの姿にやけに安心感を覚えた。

 だが、何か物足りない………。

 発散しきれない、頭にまとわりついた怖い夢の残像。「怖かった」という気持ちを、思いきり何かにぶつけたかった。

「ねえ、エリー」

「はい?」

「ニーニャ呼んで」

「は?」

「ニーニャが欲しい! 今すぐ。呼んできて」

 意図が読めない、と不思議な顔をしつつ、エリーは返事をし部屋を出ていく。

 そしてすぐに戻ってきたその手には涙目になったニーニャがぶら下がっていた。

「な、何なんですかぁ、また急にぃ」

「ニーニャ、ここ」

 アルベラはとんとんとベッドの上の自分の横のスペースを叩き、そこに座る様に促す。

 エリーから降ろされたニーニャは、エリーを見上げて視線で尋ねるが、エリーも事情が知れないらしく、首を傾げて返すのみだった。

 ニーニャは恐る恐るベッドにあがる。言われた場所に腰かけ、怖がる瞳をアルベラに向けた。

 エリーはその様子を不思議そうに眺める。

 ニーニャが隣にくると、アルベラは両手を大きく広げ襲い掛かる熊のような動作でニーニャに飛びつく。

「ふ、ふえぇぇぇぇぇ?!」

 ニーニャは半泣きの声を上げて後ろに倒れ込んだ。

「な! ななな何なんですか、お嬢様あ?! また何か怖いこと、を………? おじょう、さま?」

 ニーニャに抱き着いて倒れ込んだまま、アルベラは沈黙していた。

 はて? と見つめるニーニャの先、むくりと顔を上げたアルベラはもそもそと口を動かす。

「ニーニャ、怖い夢見た。私を慰めなさい」

「………は」

「頭優しく撫でたり、背中さすったりして。『もう大丈夫大丈夫』って、優しく、して!」

「はぁ、はい!」

 急な要望に戸惑いつつ、ニーニャは遠慮気味にアルベラの背に腕を回し、トントン、と叩いた。

 顔を伏せ、その動作を普通に受け入れるアルベラの様子に、ニーニャは安心したように息をついた。

 もう片方の手をアルベラの頭に回し、小さい子をあやすように後頭部を手で包み込む。

「………大丈夫ですよ。怖くないです。もう朝ですから、夢は終わりました。お嬢様はちゃんと起きてますよ」

 とん、とん、と優しく背を叩くニーニャの言葉に。顔を伏せたアルベラから「うん」とくぐもった返事が返った。

 「お嬢様も怖い夢見るんですね」とニーニャはくすくす笑う。それに対し、アルベラは今は反論する気もないのか、先ほどと同じく顔を伏せたまま「うん」とくぐもった返事だけを返す。



(気にする必要なんて無いのに)

 極端な話、スカートンに嫌われようと、スカートンの学校生活がどうなろうと自分の人生には関係ない。彼女がどうであれ、手紙上やあった時に、仲良く楽しくできればそれはそれでいいはずなのだ。

(なのに、あんな夢………)

 とん、とん、とニーニャの手が背中を優しく叩く。

 第一の課題は転生の条件となった「悪役令嬢」という役割だ。高等学校に入って振られる『少年』の尻ぬぐいとやらの課題………それが消化できなければアルベラは死ぬ。

(それさえ消化できれば、私は………)

 スカートンをもし放っておいたら。それでも自分は、役割さえ果たせば自由な人生を迎える。その時スカートンはどうなっているだろう。私はその時、彼女と会ったらどんな顔をしているのだろう。

 夢で見た恨めしい瞳がフラッシュバックする。

(『見捨てた』って、悲しまれるのかな。そもそも会いたくないって、あの子が言ったようなもんだし………………でも、まてよ)

 勝手にスカートンが不幸になっていく想像をしていたアルベラは、その考えをいったん止める。

 そもそも、自分が関わって救えるという考え自体がおこがましいのではないだろうか?

 そんな疑問が浮かび上がってきた。

(スカートンが今の延長線上で不幸になってるとも限らない。私の介入が、もしかしたら今より悪い方へ事を運ぶ可能性もある。もしかしたら私が何もしなくてもあの子が自分で解決するかもしれない。あの子の身の回りの、私より近しい誰かが、私よりもっといい方法でどうにかするかもしれない………)

 もしかしたら、もしかしたら………もしかしたら………………………。

 ———とん、とん、とん

 ずっと感じていたはずの背中の振動が急に思い出される。

 アルベラはまた今の考えを止め、その振動を味わうように感覚を背中に集中させる。

 暖かい。

(………………私、またか………)

 目をつむる。

 気が付けば自分がこの件に関わらなくてもいい理由を探していた。それに気づいたアルベラは口の中に苦いものを感じ、薄く瞼を持ち上げた。

(ばかだ。………悪い結果を怖がって、また逃げる方に考えてた。何もしなきゃ後悔するって、分かってるのに)

 前世で抱いた悔いは、これらの繰り返しの末に辿り着いたというのに。

(夢の一つや二つで心を揺さぶられるなんて………)

「ばか、」

 口を殆ど動かす必要のないような小さな声で、自分にだけ聞こえる罵倒を述べてみる。

「ばか、ばか。………弱虫………意気地なし………………ひねくれもの」

 アルベラは、奥底の方に変わらずいる、あの頃の自分を思い浮かべた。

(ねえ。やってから、後悔してみてもいいよね………?)

 誰でもない自分に尋ねてみる。

 記憶のなか、今と同じ年齢の、前世の自分が見えた気がした。

 それはあの頃の顔で、自分が正しいと信じ切った口調でハッキリとこう言うのだ。

『やって後悔するなら、やらなくたっていいじゃん』



 何をしようと無駄だ。夢を見るだけ無駄だ。堅実に生きろ。身の丈に合った行動をとれ。私は知ってる。そうしなかった人間がどうなるか分かってる。

 だからできないことはやらない。出来ることだけやればいい。

 時間は有限。無駄なことに時間をかけるな。程ほどに生きれればいい。無理をして時間を消費して、年を食うだけくって後戻りできなくなる人生なんてまっぴらごめんだ。そうなるまえに、「普通の生活」を手に入れなければ。

 人が一生に稼げる平均的な金額なら知ってる。前向きに考えようと後ろ向きに考えようと、捉え方の違いなだけで現実は変わっていないのだということを知ってる。人がいちいち序列を作りたがることも、ちょっとした現象に名前をつけたがることも、比較して勝手な優越感に幸福を見いだすことも。知ってる。ちゃんと知ってる。

 人が人に向ける興味の短さだって、本当の絆や真実の愛が存在しないことだって、物も人も、実体のない見えない何かも、壊れる時が来れば簡単に壊れてしまうということも知ってる。知ってる。知ってる。全部分かってる。だから身の丈にあった人生を送るの。



 ほら、ね。私、賢いでしょ?

 黒い瞳が、一定の誰かを馬鹿にしているように、あざ笑うように返ってくる。

 ―――気がした。

 アルベラは無意識に自分が呼吸を止めていたことに気づく。

 ゆっくりと息を吸い、吐き出す。 

 一瞬、リアルすぎる想像の自分からの返答に呆けてしまった。

(けど、これはあまりに酷すぎない? もう少しマイルドだったと思うけど)

 けど、想像の自分がだらだらと言い連ねた全てに心当たりはあった。

 ふふふ、と笑いが漏れる。

 ―――上等。

 アルベラの口の端が吊り上がった。

(その腐った根、どこまで持つか試してやろうじゃない)



(お嬢様、もしかして二度寝してます………?)

 とん、とん、と背を叩き、ニーニャは視線をアルベラの頭部に向ける。

 すると、何やらもごもごと動き出しているのが見えた。

 ニーニャは困った表情も混ぜながらクスリと笑う。

(妹、いたらこんな感じだったのかな………。普段のお嬢様だと怖すぎるけど)

 普段からこういうお嬢様だったらいいのに、と倒れ込んだ寝具の天井を見つめる。

(もう少ししたら声かけないと。朝食、遅れちゃうよね)



 その様子をエリーは胸の前で強く手を組んで眺める。

(お嬢様………なんで)

 食いしばった歯から「ぎりり」と小さな音が上がった。

(なんで、なんで私じゃないんですか―――?!)

 笑顔を顔に張り付けたまま、エリーは生殺しの気分でそれが終わるのを見届けるのであった。



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