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71、ドラゴンの巣の大滝 5(彼女は不登校)

 「あんた………」と、アルベラは呆れた声を漏らす。

(来るのが遅い)

「また魔族か?」

 相手が魔族だと分かったというのに、ジーンは剣へ添えた手を離す。警戒を解いて無防備に腕を組み、観察するようにガルカを眺めた。

 少年のその様に、ガルカは目を細める。

「ええと。お父様の奴隷の、ガルカ」

「魔族を奴隷に、か。ディオール公爵らしいな」

「おい、貴様」

 ガルカは太々しくジーンのもとにより、腰に手を当てて自分より背の低いその少年を見下ろした。

「なぜ剣を持たない? 俺は警戒するに足らんか?」

「は?」

 ジーンは目を丸める。

「俺は魔族だぞ。人である貴様らに、いつ襲い掛かるとも知れんだろ?」

 言葉の意味を理解し、ジーンは「ああ」と納得の声を漏らした。

「『俺はお前らを襲うかもしれないから剣を持て』って? 本当に襲い掛かろうとしてるやつのセリフじゃないな」と、嫌味を微塵も感じさせない口調でくつりと笑った。

「ほう、俺を前に笑うか。生意気な子供だ」

「一人でその気になって剣を構えてても空しいだけだ。別にあんたの実力とかを馬鹿にしたわけじゃない」

 ジーンは腕を組み、少し困ったようにガルカを見上げる。

 アルベラはそれを蚊帳の外から眺め、「それはつまり、敵意を全く感じなかった、ということだろうか」と考える。

(何それ。騎士っぽい)

 同じ年の少年へ、アルベラは若干尊敬とも胸熱とも取れる視線を向ける。

 ガルカは「ふん」と鼻を鳴らし「今は多めに見ておいてやる」と言い残しジーンから離れた。

(できたガキだ。その上神臭い。今のうちに始末しておけたらよかったのだがな)

 自分の身を守るため、ディオール家の者を守るため以外の人の殺生は縛りの魔術で禁止されている。

ガルカは忌々しいと言わんばかりの一瞥をジーンに送り、「ほら、行くぞ」とアルベラが二重に着ているローブの首元を引っ張った。アルベラ「うっ」と首が締まり苦し気な声を上げる。

 金色の瞳が滝川を眺め、その真反対の方向へと移す。滝川にはいきたくなかった。何しろ、あちらにはこの赤髪の少年よりもさらに神の匂いを色濃く漂わせた金髪の少年がいる。

(あんなものの近くに行ったら鼻が曲がる)

「なあ、少しいいか?」

 「ああ?」と嫌悪感丸出しのガルカの声。

 さっさとこの場を去ろうとする二人を、ジーンは呼び止める。

「ええ。なに?」

 アルベラは自分の首元を引っ張るガルカの手を迷惑そうに払いのけた。

「あんた、ホークって覚えてるか?」

「ホーク?」

 それは鷹の事だろうか。それともナイフと共に使うあの食器だろうか、とアルベラは記憶の中似た言葉の物を片っ端から探す。

 まったく希望の者へ思い当たらなそうな彼女の様子に、ジーンは具体的な特徴を付け足した。

「少し前に、商人から逃げた奴隷の名前だ。俺らより少し背が高くて、ピンクとこげ茶の髪の」

「ああ、あの赤い目の」

「やっぱりか………」

 アルベラは何故ジーンがその子の事を知ってるのかと先を促す。

「あんたから助けてもらった後、あいつ、王都に入ったあたりでまた商人から脱走したんだよ」

「あら、やるじゃない」

 「そうだな」とジーンはくすりと笑った。

「あいつ、いま俺らと一緒にいるんだ。偶然街で知り会って。受取先の孤児院も決まって、来週にはそこに入る。………あんたに感謝してた。そのうち挨拶しに行きたいってさ」

「へえー。凄いわね。まさかこんな短期間で、そんなとこまで漕ぎつけてたなんて」

 アルベラの声音は素直に感心していた。

 そうか、あの子は本当にやってのけたのか、とごくわずかに漏れた嬉しそうな雰囲気を、ジーンは感じ取る。

「なに?」

 アルベラに不審な目を向けられ、ジーンは自分が笑いを堪えて表情が緩みかけていたことに気付く。

 外見的に、このお嬢様は冷たそうで利己的な印象が強い。だけに、アルベラのそういった反応は、失礼な話、不似合いで面白かった。決して悪い意味ではない。

 「完璧な王子様」に見えるラツィラスが、自分の小賢しさを自覚し胸を張って「だって王子だし」と生意気に言い放ってしまうのと同様、いい意味で人間らしさを感じてしまう。双方、残念なことに迷惑極まりない人物であるのも確かだが。

「あんたは、俺がお行儀よくしてると変な目で見るだろ」

「ええ。最近は慣れてきたけど、私のなかではジーン、イコール、ふくれっ面だから。ぞわぞわしちゃうっていうか、ちょっと変な感じ………………………面白いんだけど」

 悪気はないといった様子で、アルベラは肩を軽く持ち上げ、下す。

「そういうことだ」

「え?」

「俺も、目付きの悪いあんたが、人に優しくするのを見たり聞いたりすると、反射的に『似合わねー』って思って吹き出しそうになる」

「は?! なにそれ!」

 憤慨するアルベラの様子に、ジーンはぷっと吹き出した。

 ひどい言われようだ。だが、ジーンの外行きの対応を見た際、散々笑ってきた事を思い出し、アルベラは苦い顔をする。

 それに、普段の態度からしても、将来に備え自分なりに意地悪めな、きつめな態度をとってきたつもりだった。優しくしなさそう、と思われるということは、つまりそれらが成功しているということだろう。

「だから、ラツィラスもホークの話聞いて笑ってたよ。あんたが人を助けたって聞いて、どんな気まぐれだろうね、とか、何か裏でもあるのかなって」

「気まぐれではあるかもしれないけど、裏って………………ま、まあ、そうね。私は打算的に利口に生きるって決めてるの」

 胸を張って見せると、「何言ってんだか」とでも言うようにジーンは更にくつくつと笑う。これと共に王子が爆笑している姿が容易に想像できた。

「それで、話ってそのホークの事?」

 「ああ」とジーンは目元に滲んだ涙をぬぐった。

「あんたのおかげで、あいつは元気だ。俺からもありがとう」

 あんなに人を笑っておいて、なんて真っすぐな目なんだ。

 正面からはっきりと礼の言葉を向けられてしまうと、どうしてこんなにむず痒いのだろう。

 アルベラは居心地が悪そうに視線をそらし「どうせ気まぐれだけどね。どういたしまして」と答えた。

 その姿にまた、ジーンは呆れたような笑みをこぼす。

「用は済んだか?」

「ああ。………あ、待ってくれ」

 ガルカの問いに、ジーンは一度は頷くものの、大事なことを思い出したとアルベラの方へ視線を移す。「なんだ? しつこい男は嫌いだぞ」と、ガルカはうんざりとした声音でそんなことをいうので、アルベラは内心で「お前は高嶺の花か何かか」とつっこむ。

「スカートンには最近あったか?」

「スカートン? 手紙のやり取りならたまに………。そういえば、もう三ヶ月はあってない」

 約二か月前にはアルベラの誕生日があり、スカートンにも招待状は出していたが、体調を崩したとかで欠席していたのだ。

 どうしたのかと不安気に見られ、ジーンは答えた。

「四ヶ月くらい学校に来ていない」

「はあ? え、それって………初めの二か月しか登校してないって事?」

「ああ」

 一瞬アルベラはいじめを疑ったが、ジーンは首を振った。

「多分だけど、学校で何かあったわけじゃないんだ。詳しいことは分からない。先生も体調不良としか聞いてないって言ってたしな………顔を出してやってくれ。俺たちが行くよりその方が良いだろ」

「………」

 アルベラはここ数カ月のスカートンの手紙を思い出し、神妙な顔を返すしかできなかった。

 縦に頷かないアルベラへ、ジーンは不思議そうにしつつ「待たせて悪かったな」と、ガルカへ話が済んだ旨を伝える。

 魔族に対する嫌悪や差別的な態度はどこにも感じられない姿に、「本当に。神の好みそうなガキだ」とガルカは忌々しそうに小さくごちる。

「ほら、行くぞ」

「分かってるってば。 ちょっと、待って」

 散々待たされたガルカは、身支度半ばのアルベラを米俵のように脇に抱えた。有無を言わせぬ荷物扱いに、アルベラから「はあ?!」と声があがる。

 大丈夫なのかと見守るジーンの視線の先、ガルカはコウモリの翼を広げ、地面を蹴り浮き上がる。

「じゃあな、お嬢様」

 ジーンが呆れた笑いを浮かべながら、地上から軽く手を振った。

 アルベラはガルカに抱えられた体制で腕を組み、不服な表情で「ごきげんよう、騎士見習い様」と返す。体を乱雑に持ち直され、不安定な揺れに「もう!」と声が上がった。

 「もっと丁寧にできないわけ?!」と不満を申し立てているお嬢様の姿が遠退いていく。

 ジーンは「まさかあの体制で帰る気か?」とあきれ顔で頭を掻いた。



「『王子達を倒す』………か」

「なんだ?」

「なんでもない」

(にしても、まずはスカートン………)

 来るとき同様、鳥の脚に掴みなおされたアルベラは通り過ぎていく景色を眺めながら息をつく。

「で? あんたはいつからあそこにいたの?」

「貴様が首を掴まれ、奴の目を潰したあたりだ。しぶといものだと感心していた。なかなかいい動きだったぞ」

「さっさと助けなさい! 最低!」

「あの男どもが来てるのも見えていた。俺が出る幕でもないと思ったんだよ」

 等とやり取りをしながら、夕食の時間に間に合うよう、二人の影は北を目指しチヌマズシの地を後にするのだった。

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