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7、人攫いと美女 1(彼は研究者見習い) ◆

挿絵(By みてみん)




 広場を一周し、アルベラとルミアはそのまま入ってきた道とは正反対の道へと出る。

 時計台の広場を突っ切ると、この先に更には一回り小さめな広場があるらしい。

 そこには噴水があり、いつも食べ物や雑貨の露店が並んでいるのだとルミアが言う。

「そこに着いたら、お店で少し休みましょう」

「はーい」

(……?)

 広場から出て少し、アルベラが人を避けて壁に寄った時だった。

 壁の隙間、細い路地に人がいた。

 その人物と目があい、アルベラは暫し呆然としてしまう。その人物は無造作に腕を伸ばすと、アルベラの手を掴んで遠慮のない力で引っ張った。

「は?」

 男に気を取られアルベラの手がルミアのエプロンから離れてしまう。

 しかも騎士たちは皆、タイミング悪くこの瞬間アルベラから目を離していた。

 彼らは確かにアルベラとルミアを囲うように歩きぴったと傍についていた。だが、どんな偶然か一人は隣を通り過ぎた人が財布を落とし、それを拾い持ち主に渡している所だった。もう二人はドラゴンが引く大きな車からお嬢様かばおうとしたのか、壁やこの路地のある方へ背を向け車に注意を向けていた。

 アルベラは突然の出来事に頭が追い付いていなった。

 「誰?」と呆然と呟き自分の腕をつかむ人物を見上げる。彼女を細く薄暗い路地へと引っ張ったのは深い帽子をかぶった男だった。

 もしかして例の協力者か? と思ったが「こんな不審な引き留め方があるか」とすぐに我に返った。

 そうだ、叫ばなきゃ――と口を大きく開くが、それより先にアルベラの視界が暗くなった。

「――!!!」

 突然の暗闇と喉の奥を刺激するようなきつい匂い。

 アルベラは平衡感覚を失う。

 体がふらつきへたり込むような感覚。

 頭に布を被せられたのか、と理解した時、アルベラの意識はもうほとんど残っていなかった。意識を手放すほんのわずかな瞬間、自分の体が筒状の箱のような物の中へ落とされたような気がした。

 


***



 暗く狭い空間。アルベラの瞼が揺れ、やがて薄く持ち上げられた。

(……人の声……)

 周囲からは人のガヤつきが聞こえていた。街中であることは間違いないだろう。

 体は痺れていて動けなかった。声も出そうとしたが、出たのは情けない呻き声のようなものだ。

 外から入り込む細い光を眺めながら、アルベラはこうなる前の事を手短に思い出してみた。


 花祭りを見ていた。

 知らない男に引っ張られた。

 頭に布を被され意識が途絶えた。

 以上。


(やられた……)

 アルベラの頭に、「身代金」「人身売買」の二文字が色濃く浮かび上がる。

(けどまだ、私が公爵家の人間だとはばれてはない……よな……。だといいなぁ……)

 アルベラは今日自分が付けていたブローチの裏に、公爵家の家紋が書かれている事を思い出す。

 母から「何かあったらこれを見せれば保護してもらえるでしょう」と渡されたものだ。

(これがまだここにあるってことはばれてないのか? とりあえず、これは悪党どもには見られないようにしておこう)

 ぼんやりと自分の辺りに視線をさまよわせる。 

 改めて見て、自分を閉じ込めるこれは「樽」だったのかとアルベラは納得した。

 花祭りの露店でも木箱や樽は幾らでも置いてあった。

 きっと花を持ってきた商人に成りすまし、子供で金儲けをするようなしょうもない輩も入り込んでいたのだ。

(お父様。あなたの町の検問は脇が甘かったようです)

 今すぐにでも父の元へ行きこの件について訴えたい所だった。

 だが町の安全性について問うより、父にはこの件がばれて欲しくないという思いの方が強かった。

(もう……よりによってなんで今日……)

 自分の記念すべき初のお出かけ日。

 そんな日に攫われたとなっては、あの過保護な父の事だ。今後気軽に外出などできなくなるだろう。

(できれば自力で抜け出してルミアたちと合流して何事もなかった体で帰りたい……。そして私を樽に居れたやつには然るべき罰を受けさせてやりたい―――どうすりゃいいんだ)

 アルベラはは溜め息を漏らす。

 先ほどからずっと呼吸をする度にはなの奥がスースーするのを感じていた。

(あの頭に被された袋、意識を失わせるような強い薬が染み込んでたのかな)

 色々勉強になるなぁ……、と棒読みで心の中呟きアルベラは遠い目をした。



 アルベラが目を覚ましてから、十~二十分くらい移動しただろうか。

 樽の外から入り込む光をぼーっと眺めていると、心なしか移動の揺れが心地よく感じ始めてきた。周囲の雑音もだいぶ少なくなっており先ほどよりも静かだ。

 若干うとうとしながら、アルベラはもし売られたらどうなるだろう、と考えていた。

(乙女ゲーの世界のくせに人身売買とか物騒なもの存在するのか……。もし国の外へ売り飛ばされでもしたら、高等学園に入学できずで役目果たせないよな。……このままだと『あの子』に処分される? 折角生まれ変わったのに早速死んだりしないよね……)

「――ほおぅらよ、っと!」

(……う、へ……? うわあ!)

 ドサッ!

 アルベラは身動きも取れず、されるがまま樽の外へと放り出された。

「なんだぁ。起きてたか。」

 ぼやける視界に自分をのぞき込む大きな影がった。

 アルベラはそれをじっと見つめる。浮かび上がってきたのは青髭の目立つ厳つい男だった。

 アルベラはこの男の事を心の中で「青髭タンクトップ」と命名した。

「こら馬鹿野郎! 商品に怪我させてねぇだろうな! 値が下がったらお前の取り分から引かれんだぞ?!」

 青髭タンクトップの後ろで、牢越しに何やら作業している細身の男が怒鳴る。

(青髭と、あいつは『ホネカワ』でいいか……)

 牢屋から出た青髭を目で追い、その先に階段を見つけて「出口あそこだけだろうか」とアルベラは視線を動かした。

(さっきの振動、あそこを降りて来たのか。上階にも誰か居そうね)

「こいつは中々いい値になるんじゃねぇか? ボスの機嫌もこれで少しはましになるかねぇ」

「だんなぁ。俺らにもいい思いさせてくれりゃぁいいのによ。次の街に行ったらちったぁ労ってもらおうぜ」

 男たちは牢屋の鍵を閉めると奥にある階段から上の階へと上って行った。

 やり慣れているどころかこの作業にも飽きているかのように、二人は牢の中へは無関心だった。



(はぁ……ぜんっぜん動けないんですが……)

 アルベラはこのまま体を起こせなかったらどうしようと地面に転がったまま途方に暮れる。

「だいじょうぶ?」

 壁に設置された、常夜灯のようなオレンジの明かりを灯す鉱石を眺めていると、同じ色の二つの円らな瞳が視界に入り込んできた。

 答えることが出来ず、アルベラはその少女を見つめ返す。

「こんにちは、私はユリ。あ、無理に話そうとしないでいいよ。もう少ししたら体がピリピリしてきて動けるようになるはずだから、がんばって!」

 少女が応援するように胸の前で両拳を握る。

 アルベラが地面に転がしたままの頭を「ざりり……」と動かして頷いて見せると、彼女はにこりと笑った。

 少女は「ごめんね、くすぐったいかもだけど」と言ってアルベラの体に触れると、自力で動けない彼女を起こし壁にもたれ掛けさせる。

 アルベラは視界だけ動かし中を観察した。

 自分の前に立ち砂埃を払ってくれる少女は、オレンジの瞳ので明るい茶髪を高い位置でちょこんとポニテにしていた。その後ろに四人の子供がいた。

 彼らの一番手前にいる紺色の髪の少年は警戒するようにアルベラを見ていた。その後ろには困ったように立ち尽くす幼い少年がおり、更にその後ろには壁に嵌められた光る鉱石の下、二人の少女が手を繋いで座り込んでいた。

 「ここは?」とアルベラは声をひねり出す。

 乾いて掠れていたが出ただけましだ。喉が振動し、チリチリして変な感じだった。 

「町の東側の端だ」

 と、少年の声が答える。

(東……。北側じゃなかっただけマシか)

 公爵家の屋敷があるのが町の南側だ。

 先ほど使用人と向かおうとしていた、時計塔を抜けた先を更にずっと進むと北側に出る。

 アルベラは思ってたより自分が屋敷から離れていないかもしれないことに安堵した。

「おまえ……貴族か?」

 おや? とアルベラは視線を上げる。そういえばさっき自分の問いに答えたのは、少女の声ではなかったなと思い出す。

 気が付けば、いつの間にかポニテの少女の後ろから一人の少年が寄ってきていた。

 彼は訝し気にアルベラをじろじろと観察していた。

 青味がかったグレーの瞳に、紺色の髪の少年だ。

(あら賢そう……)

 少年の問いにアルベラはこくりと頷く。

 彼は「はぁー……」と深いため息をついた。

「なあユリ。こいつもう大丈夫だよ。ほっとこう」

 「はあ?!」とアルベラは心の中で声を上げる。

(何なのこの子! 前言撤回! 賢そうじゃなく頭が肩層の間違いね!)

 アルベラはギラギラと少年をにらみつける。 

「まだ動けないみたいだし……来たばかりできっと怖いだろうし」

 ユリと呼ばれたポニテ少女はあたふたとアルベラと少年を交互に見る。

「ミーヴァ、急にどうしたの? なんか怒ってるみたい」

「別に怒ってないよ。けど、僕は『そいつら』が嫌いなんだ。きっと喋れるようになったらうるさいぜ。わめいたり偉そうに命令したりしだすぞ」

「そんな、まだ話せてもないのに……」

(良いわよ、好きに嫌いなさい。あんたに構われた所で牢から出られるわけじゃないんでしょ)

 アルベラの視線に気づき、少年もアルベラを睨み返した。二人の間にバチバチと火花が散る。

「こいつ……やっぱ気に入らない」

 ぶすりと顔を背ける少年にユリは困った様子だった。

「……そんな子に見えないよ?」

(ユリはいい子ね……)

 少女の言葉にアルベラは動ける範囲でこくこくと頷く。そして、声を出せないことに苛立つように小さく咳を繰り返した。

 ミーヴァと呼ばれた少年は、ユリという少女の後ろからアルベラを見下ろし「どーだかな」と返す。

「今は皆で助け合わなきゃ。ミーヴァは頭が良いんだから、そんないじわるしないで」

 ユリはお願いするように、少年の手を取り両手で握りしめた。

 彼女の円らな瞳に見つめられ、ミーヴァはたじろぎながら「そ、そうだけど……」と零す。「頭の良さには自信があるんかい」とアルベラは心の中で突っ込む。

 彼は目の前のユリの顔から視線を外したり、戻したりを数回繰り返すと諦めたように息をついた。

「――……分かった。けど僕はそいつを特別扱いしない。ここにいる限りは皆平等だ。わがままを言ったら一番に見捨ててやるからな。分かったか『オジョウサマ』」

 腕を組みフンっと鼻を鳴らす少年。アルベラはそれを見上げ、誰へともなく頭の中「こちらが、絵にかいたように貴族を嫌う平民の子供の姿でございます」と案内してみた。

 「はいはい」と言おうとしたが、喉がヒリヒリすので辞める。

 「私もお前が気に入らない」という思いを込めて睨みつけ、首を一回縦に振った。



 そろそろ大丈夫かもしれない。

 そう思ってアルベラは試しに壁に手をつきながら立ち上がってみた。足が痺れたときの様な感覚が全身に回っていて気持ち悪い。

(身に着けている物は……特に何か取られたって感じじゃない。家門入りのブローチも……よし。身代金の心配はなさそうか――)

「うぅ……」

 全身の何とも言えない淡い痺れに、ついうめき声が漏れる。

 横に座っていたユリが笑った。

「ねー、変な感じだよね」

「そ、ね……。けど大分楽になってきた。ありがとうユリ。……ええと、私はアルベラよ」

「どういたしまして、アルベラ」とユリは微笑む。

 可愛らしい子だ、と彼女の笑顔をアルベラが見ていると、その反対隣に座っているミーヴァという少年の顔が目に入った。

(……ユリの笑顔にくぎ付けか)

 アルベラの視線に気づき、彼は「はっ」として顔を背けた。

(ミーヴァ、……『ミーヴァ』ね……――)

 どこかで聞いた……、いや、見た名だとmアルベラは記憶を手繰って目を細めた。

「あなた、アート様の孫だったりする?」

「なんでお前にそんな事教えないといけないんだよ」

 そっけない返事にアルベラも「そう」とそっけなく返した。

(なんだっけ。あの長ったらしい……長ったらしいせいでむしろ記憶に残った……)

「フォルゴート……」

 思い出すように、アルベラはこの国で有名な魔術研究家の姓を口にし、ぶつぶつと続ける。

「ミネルヴァ・フォルゴート……? いや……ミネルヴィー・……ミネルビバ……ミーヴァ……ミーヴァ……――――ミネルヴァヴィ・フォルゴート!」

 最後の一言はぶつぶつとしたものではなくはっきりとした声音で、少年へと向けられた。

「『ミネルヴィヴァ』だ!」

 と間髪容れずに少年が不機嫌な訂正を入れる。

「ミネルヴィヴァ……? そう、それでミーヴァね」

(あー、すっきりした)

 ミーヴァぴたりと停止し、「待てよ」と言うように目を丸くした。

「なんでお前、僕の名前を知ってるんだ?」

「知ってるわよ。有名な魔術研究家、アート・フォルゴート様のご子息だもの」

(――そして攻略対象、ヒーローの一人。ヒロインと同じ平民の特待生だったはず。魔法とか魔術とかの天才だっけ。……けどこんな感じだった? もっとスマートなインテリ系なイメージだったと思うけど……子供だからかしら。こんな頭が固そうでひねくれた顔してたかな。……あ、そういえば眼鏡つけてなかったっけ?)

 と裸眼の彼を眺めていると、胸ポケットにひしゃげた銀縁メガネがひっかけられているのを見つける。

 きっと捕まった時に壊れてしまったのだ。

(ああ。視力はこの頃から悪いのか)

 自分をじろじろと見まわすアルベラの視線にミーヴァは眉を寄せていた。

「すごい。ミーヴァ有名人だね」とユリが笑う。

「違うよユリ。貴族はああやって人の家族まで詮索して弱みを握るんだ。じい様の名前はともかく僕の名前まで知ってるなんて変だよ」

「そうなの? 私は違うと思うけど……ほら、ミーヴァもお爺様の研究を手伝って頑張ってるって言ってたじゃない。だから、それで知ってるんじゃない?」

「そうだけど……それで知ったとしてもなんか変だ」

 ミーヴァがなぜこんなにもアルベラを警戒するのか理解できず、ユリは困っているようだった。

「――ところでミーヴァ」

 ユリの呼び方に倣いアルベラがそう呼ぶ。

「馴れ馴れしいぞ」

 ぴしゃりとミーヴァの拒否の言葉が飛んできた。

「はいはい、ごめんあそばせ。それじゃあ……」

 「ミネルヴィ」と言いかけたが、舌がもつれて言いずらかったのでアルベラは姓の方で呼びなおした。

「フォルゴート様。あなたここの地理は詳しくて?」

「多少はな。じい様の研究所がこの町にもあって、研究仲間がここら辺に住んでるんだ。前にも何度か来たことある。知ってるのは町のこっち側(東側)だけだけど」

「そう。ユリ様はこの街に暮らしてまして?」

「ふふふ、様はいいよ。話し方も普通にして。――この町にはお父さんの用があって来ただけでね、実はあんまり知らないの」

「そう。あら、フォルゴート様とは幼馴染じゃないのね」

「僕も様はいい。貴族なら平民に敬語なんて使わずさっきみたいに偉そうにでもしてろよ」

(偉そうにされたいのかされたくないのかどっちよ)

「ユリとは……前に何回かあったことがあるだけだ」

「ね。前の前の花祭りで迷子になってたのをミーヴァが助けてくれたんだよね」

(なるほど。花祭りで出会った可愛らしい少女、か)

「へぇ、青春ねぇ……」

 揶揄って呟くアルベラに、ミーヴァは顔を赤らめながら苦し紛れの声をあげる。

「う、うるさいな! おばさん臭いぞ」

(……ばっ! おば?!)

「ど、どう見たって子供でしょ! 馬鹿じゃないの!」

 アルベラは内心ドギマギしながら返した。

「どうだかな。本当に子供か? 魔術具でも買っておばさんが化けてるんじゃないのか?」

 そんな道具あるの!? と一瞬アルベラの興味がもってかれる。

「ア、アート様の孫なら本物の子供と大人が化けた子供の区別位つくんじゃないのかしら? それてもフォルゴート様の目は、そんな見分けもつけられない節穴なのかしら?」

「ぬくぬく育ってきたお前の目よりは節穴じゃない。そういうお前はどうなんだよ。そうやって必死になるってことはやっぱりいい年した大人がちやほやされたくて――」

「はぁ? そういうあなたは――」

 薬の効果もだいぶ和らいできたようで、アルベラは噛むことなくミーヴァと言葉を交わしていた。

 早速和んだように見える二人の姿にユリは安心したように微笑み、言い合いが落ち着くのを見守る。



「ねえ、何か逃げられそうな手はないの?」

 終わりの見えないミーヴァとの言い合いを切り上げ、アルベラは牢の中を見回していた。

「あったらとっくに逃げてるよ」

 とミーヴァがツンと返す。ユリは困ったように笑み、アルベラの問いに首を横に振って答える。

 他の子供たちも途方に暮れた顔を返すのみだ。

 壁の三メートル以上上に格子のついた蒲鉾型の穴が見えた。

(あそこまでは登れないか……)

 固い土の壁に指をかけてみて考え、そこを上ることはすぐにあきらめる。

 牢屋の外に広がる内装を見つつ、あの穴を見上げつつ、自分の持ち物を確認しつつ……。

 アルベラは子供でも実行できそうな手はないか考える。

「大きい声は沢山出してみたんだ。けど、誰にも気づいてもらえなかった」

 壁際に腰を下ろしていたこげ茶髪の少年が言った。

 その右手側。先ほどから変わらぬ位置で膝を抱えて座る少女たちの片方が続けて言う。

「私たち一緒に連れてこられたの。沢山声出したんだけど、だれも来てくれないし、あの怖い人たちは怒って戻ってくるし。すっごい怖かった」

 少女の片方は頬が赤くなって腫れていた。二人は涙を目に浮かべて縮こまり、その声は小さかった。

「そう……」

(私たちが暴れたって敵わないか。……大人しく移動の時を待った方が良い? 隙をついて誰か一人でも出られれば助けを呼びに……――)

 アルベラはポケットの中の小袋を取り出す。

(私の持ち物、これとハンカチくらいだもんな)

 開いてみるも、黒く大粒の種と幾らかの砂粒が入っているくらいで何の使い道も思い浮かばなかった。



 アルベラは黙々と格子に触れてみたり、その根元を掘ってみたり、足元に落ちていた適当な木の枝を牢屋のカギに突っ込んでみたりとしていたが、どれも脱走できそうな手へは繋がらなかった。

 アルベラと同じ行動を既に試した子供たちは、彼女の様子を黙って見たり、諦めたように項垂れたりとしていた。

 と、そうしている間に突然、上の階が慌ただしくなる。

 階段から女性の声が反響して聞こえてきた。

 青髭とホネカワと、他に二人の知らない男の声。

 女性の声はご立腹で、彼女以外は慌てている様子だ。

 それらがぞろぞろと階段を下りて来た。

 格子の傍にいたアルベラは、とっさにユリ達の居る壁際へと身を寄せる。

「もう! 何よコレ!!」

 ボディーラインくっきりの赤いスリットドレスをまとった、金髪碧眼のセクシー美女。

「嘘つき! あの人――何もやましいことはないって言ってたのにやっぱりじゃない!」

 彼女は薄暗い地下牢を前に怒りを露わにしていた。



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