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59、魔族の里 1(ガルカは鳥脚 スーはお利口 エリーは変態)

(魔族の集落的なものに連れてってくれるって事でいいの?)

 アルベラが暴れる気がないと判断すると、ガルカは自身の翼をアルベラの口から離した。

「私をちゃんと生きたまま、ここに帰してくれる?」

「さあ、どうだろうな?」

 ガルカは嘲り、肩をすくめた。

「まあ、行った先で俺に従順に付き従うなら他の魔族も手は出さないだろう」

「わかった」

「は?」

 アルベラは即答し、多少の反発や拒否を予想していたガルカは拍子抜けしたように目を丸くした。

 クローゼットを開け外出用の服に着替えだすアルベラ。それを何の気無しに眺めていたガルカへ、「変態!」と顔面目掛け、硬めのハンドバッグが飛んでくる。

 ガルカはそれを容易くかわし、息をついて視線を横に向けてやる。

 五分も経たずアルベラは準備を終えた。

 着替えを済まし、テーブルの上に置きっぱなしにしていた、小さな石のブローチを手に取る。つるりとした表面が、ゼリーにも見える無色透明な石だ。

 とても凄い魔術研究科であるご老人の、無邪気な少年のような瞳を思い出す。



『そうそう、アルベラ様。ちょっとした手土産なのですが、』

『手土産?』

『ええ。この石は真実を見せてくれるという魔石でして。タイミングは選べないのですが、人の強い思いや感情に触れた時、その人の知ることのない事実が知れる、という代物なんです。最近の実験で使用した残り物ではあるんですが、ちょっとした玩具にでもなればと思いまして』

『まあ! ありがとうございます! とても面白そうなものですね。それにとても奇麗です』

『あまり質のいい物でもないので、そこまでの効果は期待しないで下さいね。上質なものだと、手に握って、魔力を注ぎ込むと欲しい事実が見えると言われてるんです。ただ消耗品なうえ、そんな上質な物は、なかなか手に入らないのですが』



(面白そうだし持っていこう)

 ブローチをローブに着ける。

「帰りはいつになるの?」

「明日の夕刻だ」

「そう。思ってたより遠出ね———スー」

 突然慌ただしく動き始めた人間たちを、不思議そうにガラス鉢の水中から眺めていたスーが「ちゃぽん」と縁に手を掛け顔を出す。アルベラが指を差し出すと、どう降りるか伺うように指の周りを飛んで、納得した様にぶら下がる。

「エリーに伝言をお願い」

 アルベラは引き出しから、スーの大好物の赤いブルーベリーのような実を出して見せつける。

 スーの視線はアルベラの手元にくぎ付けになった。それを認めると、アルベラははきはきとした口調で、出来るっだけ手短に、スーへ言葉を投げかける。

「明日、夕方帰る。ニーニャ影武者。早朝外出———いい?」

 スーは木の実が欲しいと、つぶらな目を熱心に輝かせ、ねだる様に逆さまの身を左右に揺らした。

「明日、夕方帰る。ニーニャ影武者。早朝外出———いい?」

 アルベラは繰り返す。

 スーは赤い実とアルベラの顔を交互に見始めた。何を要求されているのか、どうしたら餌をもらえるのか思い出したように翼を広げ、胸を膨らました。

「アス、ユウコクカエル、ニーニャカゲムシャソウチョウ、ガイシュツ—―—イイ?」

 スーは口を開け、音を発する。オウムのように人の言葉をオウム返しにしているが、口は動いていない。大きく開けたまま、体内に貯めた音を出したのだ。

 ほら、ちゃんとやったよ、早く頂戴。とでも言いたげに、スーはアルベラを見る。そして翼を広げ、もう一度腹を膨らます。

「アスユウコクカエルニーニャカゲムシャソウチョウガイシュツ—―—」

「よし、いい子」

 アルベラが赤い実をスーの口元へ寄せると、スーは待ちきれないように上体を持ち上げ、赤い実を迎えに行った。

 嬉しそうに頬張る姿を見て、アルベラはだらしなく表情を崩す。

(ああ………とうとい………)

 ペットの可愛さに内心身もだえしてるアルベラへ、ガルカは呆れたように息をついた。

「もういいか?」

 呼びかけに、自分が何をしていたのか忘れかけていたアルベラは、思い出したようにベッドの上のガルカを振り返る。

「ええ、お待たせ。ありがとう、待ってくれて」

 魔族とは意外に律儀なものなんだなと、驚きも込めて礼を言う。

 スーは窓の外に放たれ、迷いなく街へと飛び立っていった。

「さ、準備万端! よろしくね」



 ガルカはアルベラを脇へ抱え窓から飛び立つと、飛行の安定感を確認するように街の上空をほんの少し飛び、大丈夫なことを確信したのか高度を一気に上げた。

 街に見える何人かが空を飛ぶ魔族の姿に気が付き、指を差していた。

(変な噂立たなきゃいいけど………)

 若干の不安を感じつつ、空から小さくなっていく街の明かりを楽しむ。かなりの高度に怖さもあるのは確かだ。

 一定の高さに達すると、ガルカは何度か翼を羽ばたかせた。

(まさかこのまま、長時間脇に抱えて行く気?)

 体制的に疲れない? 落とされない?

 アルベラが自分のぶら下がり方に不安を覚えていると、ガルカはスピードを緩め、アルベラの抱え方を直し始めた。

 雲で地上が見えないほどの高所。アルベラの体はこわばる。そんな中、小さな落下等を利用しながら、ガルカはうまいことアルベラを希望の形へ抱えなおした。

(お姫様………だっこ………)

 これはこれで、パーソナルスペース的に気まずいのですが。としょっぱい表情を向けるアルベラに、ガルカが意地悪く唇をゆがめた。

 まだ何かあるらしい。

 アルベラの体がガルカの胴から離され、前へと突き出される。

(え? 何この体制?)

 アルベラの脳裏に聖母が赤ん坊を天に向けて差し出す絵画や、ライオンが主役のアニメ―ション映画で、サルが主役の子ライオンを掲げ下々に見せるシーンがフラッシュバックする。

「時間が惜しい。ペースを上げる。———貴様には特等席をくれてやろう」

「え、あの、ガルカさん?………ガルカさん?!」

 アルベラは表情を引きつらせた。

 ガルカは呼びかけに耳も貸さず、抱えていたお嬢様を「ひょいっ」と宙に放る。

「いいいいいいいいやあああああぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 突然の事態に、アルベラは腹の中にため込んでいた空気を全て全力で吐き切った。風が大きな音を上げて耳元を通り過ぎていく。髪も服も、尾を引いて視界の中バサバサとはためいていた。

 最近授業や家での生活の中でもさらに厳しく注意されるようになった「淑女の振る舞い」とやらも今はもう関係ない。とにかく叫ぶ。お母さまや家庭教師のスレイニー先生からの、淑女の振る舞いに関する躾の記憶が、走馬灯のように脳裏をよぎる。

 ———バサリ

 翼が風を掴むとも叩くともいう音が聞こえ、落下がゆっくりと止まった。アルベラの体が大きな何かに包み込まれ、また安定した高さとスピードを保って進みだす。仰向けの状態から、何やらくるくると器用に回され、下向きにされた。

 絶望から意識を取り戻すと、真っ黒で大きな猛禽類のような足が、アルベラの体を横向きに掴んでいた。

「しぬ、かと、おもった………」

 まだ半分体から魂が抜けているような思いだ。

 視界の下には一瞬また地上の明かりが見えたものの、すぐに見えなくなり、月明かりに照らされた真っ白で冷たそうな雲が広がる。

(怪鳥の餌にでもなった気分………)

 体を掴む鳥の足を観察し、体と一緒に抑え込まれて動きの取れない両腕を引っ張り出そうともがく。

 もがきながら、この脚の付け根はどうなってるのかとなんとか背後を見上げると、太ももから膝にかけての辺りでガルカの肌が黒く硬そうな鱗に変質し、膝の辺りから脹脛にかけて不自然にその太さを増し大きな鳥の脚へと変わっていた。

 脚への興味はそこそこに、本格的に腕が抜けないのを察しアルベラは声を上げる。

「ちょっと! 腕抜かせてくれる?」

「ほう。分かった」

「え、や、め」

 アルベラの体が、また支えを無くし下へと落ちた。

「————————————————————あああ悪魔ぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 両手を広げ、雲の中へダイブする。白くなった視界の中、アルベラの脳裏にまた走馬灯が駆け抜けた。

 それは何故か、全てうろ覚えで、確信がない上に、やけに偏ったシーンだった。



 ***



『エリー、ごめん。ハンカチ貸してもらえる?忘れたみたい』

『あらあら、どうぞ』

『ありがと』

 手を洗いに行き、戻ってきたアルベラがエリーへハンカチを返す。

『いいえ~』

 そのハンカチを、アルベラの視界から退けてエリーは鼻へ近づけた。

 ———すんすん


『お嬢様、洗濯もの回収しまーす』

 お風呂上り、頭を乾かす際に使っていたタオルを自室に持っていくアルベラの癖を知っていて、洗濯籠を持ったエリーがやってくる。

『はーい。よろしくー』

 エリーはタオルを籠に入れる前に、それを鼻に近づけた。

 ———すんすんすん


 この日は午前に来客があり、軽いご挨拶のためにといつもより小ぎれいなドレスを着ていた。

 その用も済み、アルベラは昼食後、街へ行こうと着替えていた。

『お嬢様、そちらの服、洗濯所へ持っていってよろしいかしら?』

『ええ、ありがとうエリー』

『いいえ~』

 エリーはアルベラに背を向け、ドレスを顔に近づけた。

 ———すんすんすんすん


 アルベラが部屋を留守にしている中、エリーはてきぱきと掃除を済ましていく。

 高いところの埃を落とし、窓を拭き、テーブルを拭き、床を拭き………

 そして、ベッドの前に立つと、「ごくり」と固唾をのんだ。

 暫し悩むように静止したかと思うと、邪魔な考えを全て放り出したのか、全く迷いのない様子で目の前のベッドへとダイブした。

『むふ………むふふ、むふふふふ………………』

 布団に顔をうずめ、気持ちの悪い笑い声を漏らす。

『キャー! 私ったらついにやっちゃった! 禁断の花園! 抑えられない衝動! イヤーン! むふふ、むふふふふふふふふ』

 意味の分からないことをこぼしながら、脚をばたつかせたり悶えたりして楽し気だ。



 ***



 走馬灯のような何かはそこで終わった。

(人の布団で何をやって………!)

 全てアルベラからは見えるはずのない視点だが、これは全て事実なのだろうか。事実な気がする。いや、きっと事実に違いない。事実だ。間違いない。と、アルベラの思考はあっという間に先ほどの光景を受け入れていた。

「ああああああああああああああんの、へええええええんたいいいいいいいいいいい!!!」

 アルベラは『一応』いつも頼りにしている使用人の別称を叫ぶ。



 最近、いや去年位前から、道理でたまに枕から加齢臭がすると思った。服を持ってたまに動きが止まると思った。町に出かける用のラフな服の覚えのない場所に、口紅の跡がついていると思ったが……。

 あの変態、気が抜けない。

(……許さん。 許さん許さん許さん!! 絶対に生きて帰ってあの綺麗な顔にビンタの一発でもお見舞いしてやるんだから! いや、そんなぬるいことせず、無味無臭のしびれ薬を入手して枕にたっぷりしみこませて、匂いを嗅いだ体制で現行犯逮捕してやる! 八郎に頼んで『胸の脂肪だけ急激に燃焼する薬』とか、『ひげの成長が早まる薬』とか『とにかく小さな不幸が相次ぐ薬』とか……何でもいいから何かしら開発させて片っ端から全部飲ませてやる!!!)



 バサリ、と聞き覚えのある翼の音がし、アルベラの体が揺れて上昇した。雲の中を通り、再度その上へと引き上げられた。

「………ガルカ!!!!」

 アルベラは怒りに任せ、自分を二度も空から落とした生意気な魔族を睨みつける。が、急に熱が冷めたように冷静になり、ガルカへ向けられた視線からは鋭さが無くなった。

「―――あんたのせいで一つ謎が解決した………不本意ながら感謝してあげる」

「は?」

 ガルカは意味が分からず眉を顰める。

 アルベラが気づいてみれば、万歳のポーズでおちたことで、胴だけを掴みなおされ両腕が自由になっていた。

 こんな手荒な真似をしなくても、脚の力を少し緩めてくれば良かっただけだろうに、と思いつつ、余計な言い合いを避けるべく口をつぐむ。文句はもちろん後で言わせてもらうが、先ほど叫んだせいでのどの調子がよろしくないので今はお休みだ。

 ―――ぴしり

 胸元から、亀裂の入る音がした。

 ガルカの足の間から、さらさらと、何かが光を反射しながら散っている。

「あ………」

(………フォルゴート様から頂いたブローチ………強い思い、感情)

 消耗品だと聞いていたが、まさかここで意図せず使い果たしてしまうとは。しかもあんな内容。

「ああ………」

(ごめんなさい、フォルゴート様)

 やってしまったと両手で顔を覆う。



(いま、なんじだろ。ねむい)

 念のためにできるだけ厚着をしてきたアルベラだったが、思ったより寒くない。これはガルカが飛行時に自分のために行ってる風の守護や冷気の遮断魔法が、体が接しているアルベラも効果対象内となっているためだ。胴が包み込まれるように掴まれている事もあり、ガルカの鳥の脚が意外に暖かいこともあり、思いの外心地がいい。

 できればちゃんと横になって寝たいものだ、とウトウトしていたが、気づけばアルベラは空の上で熟睡していた。

 瞼の向こうに光を感じ、目を覚ました時には、丁度地平線の向こうから朝日が半分覗き出ているところだった。

 高度が下がり、地上が目下に迫る。

 近くに町や村が点在し、大きな川と枝分かれした細い川や幾つかの滝が見えた。

 その中でもひときわ大きな滝の近くの木々の中、丁度いい空間を見つけ、ガルカはその場所へ一直線に降りる。

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