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55、魔族の少年 2(彼はガルカ)

 二人と一人が静かにみつめあう。

 ギラリと光る二人の鋭い目に、魔族の少年は音もなくゆっくりと両手を上げた。

「ったく、これだから魔族は油断ならないわぁ」

「いやぁ、拙者殺生は久々だった故、緊張したでござるよ」

 二人の軽い笑い声。

 アルベラは鉄板に押し付けられ冷えた頬をさすり息をついた。



 念のため少年を椅子にきつく縛りあげると、三人はテーブルを囲んで顔を合わす。

「さて、どうするでござる?」

「といっても、私はお嬢様に言われて持ってきただけですからねぇ」

 エリーと八郎の視線を受け、アルベラは腕を組んで真面目な顔で答える。

「魔族って手名付けられない?」

「無理ですって」

「無理でござるな」

 間髪入れず二人は否定する。

 エリーに関しては来る際にもアルベラに伝えていたので何度目かとほとほとあきれた様子だ。

 「例えば」や「こういうのはどう?」という無謀ともいえるアルベラの提案に、一つ一つ答えたのだが、お嬢様はまだあきらめきれないらしい。

「魔族を従えることは、基本人にはできないでござる。聖女と呼ばれる人たちみたいに、神から特殊な寵愛を受けていれば話は別でござるが。アルベラ氏そこら辺心当たりは?」

「ない」

「………でござろうな」

 八郎は意味深に頷き、魔族の少年へ眼をやる。

「彼らは人と似たようなところもあるでござる。けど、決定的に人と違うのは、理性と本能のバランスでござろうな。ほぼ獣。獣に知識がついた分、自身の欲求を満たすために理性や知性を屈指するため、人の中で暮らさせようとすると厄介でござるよ」

「へえ。じゃあ、物見商とかの連れてる魔族や魔物ってなんなの? 言うこと聞いてるわけじゃないの?」

「あれはそれなりに特殊で、強い魔術をかけられているんです。そんなにほいほいかけられるものじゃないんですよ」

 出来たらすぐにでも施してやりたいのだがと、エリーは参った参ったと首を振る。

「そうなんだ。じゃあどうしようこの子。国属なんだったら役所に届けるのが筋なのかな? ん? てか国属奴隷ならその難しい魔術、もうかけられてるんじゃないの?」

「それが、かけられて無いんでござる」

「分かるの?」

「ええ。かけられてれば赤茶色のアザが浮き出ますから。顔にも出るので一目で分かりますよ」

「へー。そうなんだ。けどなんで…………。魔族ってそれなりに危険視されてると思ってたけど、案外扱いユルいのかな。それともこいつが弱々とか?」

 少年が不服そうに身を揺らす。

「貴様、バカにするな! 俺はそれなりに強い!」

 気絶していた上に縛り上げられた姿で、なんて説得力のない言葉だ。三人はそれぞれあきれた表情を浮かべ、少年は更に抗議の声をあげる。

 アルベラはハエでも払う仕草をし、不満の声を無視して話を続けた。

「仕方がない、か。役所に連れてく。………はい、決定」

 両手をぱん、と合わせるアルベラ。八郎は困惑する。

「随分あっさりとしてるでござるな。いいんでござるか?」

「物わかりのいいお嬢様、素敵よ」

 エリーは危なげなものを手放せると嬉しそうだ。

「馴らせないんじゃどうしようもなぁ。しかも何て言ったら良いかわからないけど、得体が知れないし。ただの奴隷じゃ無さそうって言うか、…………………国が魔族を、ねえ。そもそもお役人みたいな人たちが扱ってるなら、匿ってるのもリスク高い? もしかして泥棒? 軽犯罪?」

「国の捕らえた奴隷なので、逃したり匿ったりは罪に問われますね」

「そうか………。なら少し話ができればいいかな。実物見れただけでも大分嬉しいし。………八郎はツーのおじさまのとこへはまだ大丈夫? もし急ぎなら出ててもいいけど」

「お気遣い感謝でござる。けど今日中に行ければ問題ない故。魔族相手なら拙者もいたほうがいいでござるよ。力量ならエリー殿だけでも十分でござるが、そいつらは単純に目に映る力の割合で物事を判断する輩も多い故。二対一より三対一のほうが無駄な争いも避けられるでござろう」

「ハチローちゃん、感謝するわ」

 エリーが頬に片手をあて微笑む。

 八郎とエリーが出会って約1年半は経つわけだが、この二人はなかなか相性がいいようだ。戦闘力や頭の回転の面で上手く嵌るものがあるのだろう。物の好みや趣味といった、地の性格はもちろん異なるのだが、お互い自由人というところで変なルールで縛り合わずに気楽なようだ。

 行動の面でも、うまい具合に空気を読んで分担し合うものだなとアルベラはたまに感心していた。

(こちらとしては十分すぎる装備ね)

 自分はまだまだただの子供だ。ここは頼れる大人に甘えさせていただこう。

 アルベラはご機嫌な笑顔を浮かべて椅子に縛り付けられた少年の元へ行き向かい合う。

「………う、」

 少年はアルベラの後ろに視線をやり、苦い顔をする。アルベラがつられて振り返ると、随分と人相を悪くした使用人とオタクがそれぞれ銃を構えて椅子に腰かけていた。

「まあ、頼もしい!」

 お嬢様は晴れ晴れとした笑顔を浮かべ少年へ向き直る。そしてその笑顔は黒くどろどろとした私欲にまみれた汚い笑顔へと変わる。

「ね? 命が惜しかったら大人しくなさいね?」

 第三者が見れば少女が悪者に見えても仕方ない絵面だ。いつ手にしたのか、先ほどエリーが持っていた果物ナイフを片手に携え、その刃でぺしぺしと少年の頬を叩く。

(………と、おふざけはここまで、と。)



 アルベラはまじまじと少年を観察する。

 前述通り、見た目は全くの子供だ。自分よりやや年上、十五~六。もし童顔で背が低めであれば十七~十八にも見えなくはない。黒い髪、黒い爪。瞳は金で、瞳孔の周りが赤く縁どられている—―—いや、紫だろうか。その瞳孔の周りの色味は光の当たり具合で赤と紫に変化していた。

「あなた、名前は?」

 アルベラの問いに「ガルカ」と答えた。魔族には名はあるが姓はない。そう聞いたことがある。

「そう、ガルカ。年はいくつ?」

「六十八」

「そ。ろくじゅうは—―—六十八?! どういうこと? 魔族の寿命っていくつよ?」

「俺たちに決まった寿命はない。争い好きなら短命だし、隠れて静かに生きたい奴なら三百は越えられる。知識や力があれば五百を超える者もいる」

(五百………途方もない数字だな)

「へ、へー。じゃあ貴方は? 六十八はまだ若いほうなの? それともそれなりに結構大人なの?」

「さあな。言った通り争い好きはいる。そのうえ馬鹿だと三~四十もいかないうちに死ぬのも多い。年に十の魔族が生まれたとしたら、内九はそいつらだ。残った一人は五十を超す。その中で言えば俺は生きた方かもしれないが、この五十を超すタイプの奴らが十いたとしたら、二十年以内に七は死ぬ」

「五十の二十。つまり七十で、あなたは六十八。………つまり、奴隷になった今が運の尽きかもしれないってことね」

「………癪だがそうかもしれないな」

「七十を超すと?」

「後も大体同じだ。だが五百を超えるような奴は滅多にいない。そういうやつらに比べれば俺は赤子も同然かもな」

「確か、三百を超えたあたりでその魔族は、魔族の中で魔徒マトと呼ばれるようになるでござる」

 八郎が椅子に座ったまま口をはさむ。

「拙者、以前マトにあったことがあるでござるが、なかなかに侮れないものでござった。人を扱う知識に長けて居る故、まじめに向き合おうとすればいいように扱われた挙句命を差し出すことになってもおかしくないでござる」

「へぇ。貴様、ただの人ながら魔徒に会って生きてるとは運がいいではないか」

 ガルカは口の端を吊り上げる。

「ところで、なんだ? お前ら二人、似たような変わった匂いがするな」

 アルベラと八郎を、面白そうに交互に見る。続いて胡散臭そうに表情を歪め、エリーを見た。

「それにお前、女に擬態してるがどういう習わしだ? 見た目は凝ってるが男くささはそのデブ以上だぞ」

 エリーはガルカの言葉に「イヤン!」と声を上げて自分の体を抱きしめる。

 その仕草と声音はまさにオネエ。そう、エリーは見た目こそ美女だがもって生まれた体は男だ。しかもアルベラが知るエリーのすっぴんは、今の姿からは予想できないくらいに男らしい。

「うそ?! くさい? 私男くさいかしら、お嬢様、ハチローちゃん?! 」

「いや、男くささは分からないけど加齢臭みたいのが、って出会った時から何度も………」

「エリー殿、………拙者の力が及ばないようで済まないでござる。新しい技術や素材を見つけた日には、きっとまた………」

 薬の研究者である八郎はエリーのために加齢臭用の消臭薬の開発へ取り組んではいた。飲み薬、塗り薬、スプレーと、この三種をすでに完成させていたが、どうにもその効果はエリーには得られなかった。他の人たちにはすごい効果を発揮しているようでその薬で一儲けしているようだ。

「もう、エリーの体臭はともかく」

「お嬢様ヒドイ!」

「で、私と八郎がなに? 変わった匂いって、どんなのなの?」

「お前ら二人、アスタッテの墓の匂いだ」

「は?」

「あとそのおっさん」

「私のことを言ってるなら今すぐ殺すわよ」

 エリーのこめかみに青筋が浮かんでいる。立ち上がるエリーを、八郎が何とかなだめて足止めをしていた。

「ガルカ、いいから一度謝って。言葉だけで十分だから。あと、おっさんはやめてせめてオカマくらいにしておきなさい」

「まったく面倒なものだ。すまなかったなオカマ男」

「………殺すわ」

 ガタリと椅子を鳴らして立ち上がるエリー。「え、エリーどの」と声を上げて八郎が止めに入る。

「今はどうか! 国の所有物でもある故! せめてアルベラ氏との話が終わってから!」

「まったく。呼び方ひとつで随分情けない。貴様もよくこんな女オヤジを飼おうと思ったな。しかもこの匂い………」

 ガルカはわざとらしく息をついた。

「殺す! 今すぐ殺す! その鼻もぎ取って大衆便所の糞の中にうめたるあゴラァ!!!」

 エリーの声はすでに男のものだった。美女の発する野太い男の声というのはネタとしては面白いものだが、今ガルカを殺されてはたまらないとアルベラも止めに入る。

「エリー、どうどう! 分かりやすい挑発に乗らないで! —―—綺麗! エリーは美人よ! 本物の女なんかより全然きれい! 美の女神!」

「すごいでござるよ! エリー殿の化粧、その技術と努力! 並大抵の努力では魔術に頼らずそこまで美を突き詰めることはできないでござる! 尊敬するでござる!」

(え、これやっぱ魔術じゃないの?)

 アルベラは動きを止めて問いただし気に八郎を見上げるが、八郎はそれどころでないので気づかない。



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