53、少年は嫌われ者 2(彼はホーク)
ラツィラスとジーンは学内に戻ると、まずは馬小屋へ馬を戻しに行った。
小屋の周辺に生徒の姿は無く、夕食時もあってここの管理の者も丁度場を離れていた。
二人はどこの誰とも知らない少年を、馬小屋の裏へ連れていき、木陰に身を潜ませる。
木陰に潜み改めてジーンの顔を見た少年は、その瞳の色を見て「お前」と言いかけた。だがジーンは今は話し込む気はないらしく、ラツィラスへと視線をやる。
「なあ、ラツィラス」とジーンが言いかけると「良いよ」とラツィラスは一つ返事をした。
「お前、本当に分かったのか?」
ジーンは訝しがる。
「うん。先に僕が部屋に行って、替えの制服を持ってくるよ。流石に外の服じゃ目立つもんね。だからジーンは彼と隠れて待っててよ。彼を一人でおいてったら、見つかった時の事を考えると不安でしょ?」
その言葉にジーンは気持ち悪そうに顔をしかめた。言いたかったことは大体あっていたからだ。
大きく異なるのは、ジーン自身が制服を取りに行くから、ラツィラスに少年を任せようとしたことだ。だが、これはどちらがどちらの役をやっても同じだろう。ジーンは頭を掻く。
「わかった。頼んだ」
「よし。じゃあいってくる」
駆けていく金髪を見送り、少年は口を開いた。
「なあ、お前、その眼」
「ああ」
「そっか、…………偽眼なんだな。俺、自分以外の奴と初めて会ったわ」
夕刻となり薄暗い木陰の中、しゃがみ込んだ二人はお互いの赤い目を見やる。
この国では赤い目は王族の特権だ。彼らはそう言った血筋であり、そうでない者達よりも恵まれた身体能力や魔力を持っている。神の加護の一種とも言われていた。
そして、王族が皆赤い目なわけではない。それと同様に、王族でなくても赤い目の者達はいる。それはごく稀に生まれるので珍しいのだが、赤目の恩恵である魔力や身体能力も王族の者より劣るが確かなものだ。
王族でない癖に赤い目である彼らは、「ニセモノ」と呼ばれ差別されることがある。
これは「赤い目=王族」という一般認識が生み出した差別だと、この国では言われている。「由緒ある血筋のお方」とおもって恭しく振る舞ってみれば、実はただの一般市民だった、という具合だ。
勿論本人たちに騙すつもりはないのだが、そうやって生まれた差別が、地域によっては彼らへの不当な扱いを許してしまう。そして赤い目の者達の生まれが悪ければ悪いほどに、その扱いは悪化するようだ。
「赤い目、俺もお前が初めてかも。ジーン・ジェイシ。ジーンで良い。あんたは?」
「ホーク・ストーバ。俺もホークでいい。………なあジーン、お前、さっきの奴って」
ホークは、金髪の少年も赤い瞳であったのを確かに見た。そしてあの金髪の少年の赤い目と、目の前のジーンの赤い目の具合が若干異なるのも感じた。
ホーク自身が感じたのは、自分の赤い目は、どちらかと言えば目の前のこの目と似ている。というものだった。
不透明な、固い質感の赤。レンガのような色味に、幾つか混ざりものの色がある。ジーンの場合はそれが金だが、ホークの場合はそれが白味の強い桃色だ。虹彩に沿て疎らに走るその色の筋は、光の当たり方により地の赤より目立つ。
ジーンは瞳の中に金の光を走らせ真っ直ぐにホークを見る。
「ホーク。お前王族を恨んでるか? もし恨んでいるようなら、連れてきといて悪いが中には入れられない。すぐに街に送る」
「………そうか、やっぱり」
ホークは「まいったな」と息をつく。そしてやや考え、どちらとも取れないと首を振った。その目には葛藤がある。
「俺、王族は嫌いだ。故郷で殴られるたび、あいつらを恨んださ………………けど、けどなー」
どうしたらいいんだろう、と彼は頭上に茂る木々を仰ぐ。そして「うーん」と呻いた。
「だけど俺、お前らとは話してみたい。俺と同じ目のお前が一緒にいる王族だ。嫌な奴ではないんだろ?」
尋ねて向けられた視線に、ジーンは肯定の言葉を飲み込む。
「ただいま」
その間ちょうど戻ってきたラツィラスが笑顔で二人の間に制服を差し出した。
ジーンは、ニコニコとさも楽しそうに笑顔を輝かせている彼を見て、目を座らせた。口元が苦そうに動く。
「いや………どうだか………」
ホークはジーンの反応に首を傾ぎながらもラツィラスから制服を受け取った。
「サン、キュー………」
ぺらりと持ち上げたそれを見て、ホークのお礼の言葉は尻すぼみに消え行く。
少年の目の前に広げられたそれは、何故か女子用の制服だった。
「おい」といジーンの呆れた声音に、ラツィラスの「ん?」というご機嫌な返事が返る。
「なんでお前が女子用の制服持ってんだよ」
「なんでだろうね? 僕は部屋にあったの持ってきただけなんだけど」
人差し指を立てて答える王子様に、ホークはカタカタと震える手でスカートを持ち上げたまま固まっていた。
十二歳。まだまだ成長途中で華奢ではあるが、ホークの顔つきとそのスカートはお世辞にも似合うとは言えない。あからさまに反発しあうであろう組み合わせに、ラツィラスから抑え切れなかった笑いがくつくつと漏れた。
「これが、地位の暴力か………」
「真に受けるな! こっち着ろ!」
ジーンはラツィラスが背後に隠し持っていたスラックスを奪い取り、ホークの持っていたスカートの上に被せる。
その後、少年たちは無事身支度を整え、自分たちの寮室へと戻った。
同室のジーンとラツィラスは、自分たちの部屋のカーテンを閉め、ホークに待機しているように言い残し食事に向かった。
寮の夕食はバイキング形式だ。二人は、そこから幾つか手ごろな食べ物を選び、腹を空かせたホークへと持ち帰るのだった。
***
「―――ナニコレ」
ややつり上がり気味の緑の眼。整った顔つきだが、その目元から少しきつい印象を与えてしまう少女が、困惑したように木の根元に蹲るそれを覗き込む。
今年の春十三歳になった、アルベラ・ディオールだ。このストーレムの街の領主、ラーゼン・ディオールの一人娘。実は前世の記憶持ちの少女、である。
彼女は、お気に入りの池の畔で、普段見かけないものをみつけ考え込んでいた。
視線の先に居るのは少年だ。木に背中を預け意識を失っている。
自分より若干年上だろうか?
真っ黒な髪に血色の悪い肌。そしてぼろぼろの衣服に手足に着いた枷。
「え、なに? 子供ってこんなに落ちてる物なの?」





