50、騒ぎの後は休息を 2(八郎は国潰し)
「はぁ?! 二十四?!!!」
がたりと椅子を揺らし、アルベラは声をあげる。
「しかも向かいの大陸の国潰しで乙女ゲーム既プレイ?!」
ここは八朗のために一時的にもうけられた一室だ。アルベラがこのオタクを自分の屋敷に呼ぶことは出来そうにないと案じていたところ、ツー自ら彼を預かろうと言ってくれたのだ。
馬で公爵の屋敷から街の境付近を右手に行く事30分ばかりの場所。
この世界で「アネスハウス」と呼ばれる集合住宅、ようはアパートなのだが、物置のように使っている一室があるということで、そこを貸してくれたのだ。
地下含めで3階建てのアネス。八朗が今暮らしているのはその3階だ。トイレと風呂あり。窓の外には幾つもの屋根の向こうに時計塔が見える。
回りには決して裕福とは言えないような者達が暮らしているようだが、治安は悪そうではない。流石我が父の街というべきか、ツーの考慮のお陰というべきか。
「二十四って、四十二の間違いじゃなくて?」
「いやいや。拙者こう見えてピチピチの二十代でござる」
アルベラと八朗は、人払いをして二人で積もる話をしていた。
エリーには正直に八朗と二人で話したい旨をつたえ、あの香水を調達しに行ってもらっている。
「へえ。で、その二十四年で一足先にクエストクリアをしていたと。しかもその内容が―――この世界を滅亡させろ………て」
クエスト内容のスケールが大きすぎて訳が分からない。
八郎が生まれたのはこの国から中心の海を挟んで向かいにある大陸の国だそうだ。彼はそこで老人の指示のもと、約十五年で六つの国を滅ぼしたという。
「あなた、その転生よく受けたね………」
「そうでござるな。魔がさした、好奇心と言ってしまえばそれで終りでござるが。自分の所業にウンザリし始めて『もういいかな』と思った頃、十五年近くやってきた仕事が大きく路線変更されたんでござる」
「路線変更?」
「うむ。解毒でござる」
この世界にはいくつか、個性の強い地というのがある。そのような場所は、人から聖域、パワーズポット、等と呼ばれる。神の恩恵を受けられる場所が聖域。精霊や魔力の集まる場所がパワースポットと呼ばれる。
そのような場所は、この世界の自然界のバランスに強く関わっている。だから、八郎の当初の役目には、そのパワースポットらの破壊も含まれていた。
八郎へ下された解毒の指示は、そういった場所中心に下された。
「そこさえ立て直せれば、土地の自然治癒力も元に戻る故、何よりも早く済ましておくべきと考えたんでござろうな。人への救済は特に指示されてなかったでござるが、水に薬を含ませたり、そこの草木やら畑やらを利用して、勝手に手を出してみたでござる」
「罪悪感で自主的にって事ね。直接治療してあげたりはしなかったの?」
「苦しむ人たちなら散々見たでござるからな。もううんざりしてた故、わざわざそれを見に行くのも、と思ったでござる。………それに、拙者がそこで『不治の病』に苦しんでいる人を直接介抱して命を救うようなことがあれば、きっと神だ仏だともてはやされるでござろう。それは、もう………流石に耐えられないと思ったでござる」
「確かに」
若干沈んでいた八郎の声だが、アルベラに話題を振る時には誤魔化すようにそれが取り除かれていた。
「で、アルベラ氏は乙女ゲームの世界で『ライバル令嬢』でござるか。悪役とは、また物好きなのを選んだでござるな!」
はっはっは、と八郎は笑う。
「拙者の時も世界観が良くできてると思っていたでござるが、この国周辺もなかなかの再現率でござったよ。流石に世界の秩序というか、理というかはゲーム同じとはいかないみたいでござるが。―――円地なんて、あの乙女ゲーにはなかったでござるしな」
「円地」とはアルベラの前世で言う「地球」だ。この世界の大地はコイン型をしており、どちらが表でも裏でもないその両面に海があり陸地がある。
「ねえ、それってやっぱ、あの老人だか少年だかが世界をいじって、人形遊びみたいに既存の何かの世界を模してセッティングしてるってこと、だよね」
「そうで御座ろうな。拙者の時もファンタジーゲームの世界だったんでござるが、こてこてのファンタジーであるのは同じでも、魔法の仕組みや細かい生態系とかは違ってたでござる。ゲームに無い設定の部分も存在していて、しっかり作り込まれていると思った時もあったんでござるが。その逆でござった」
「この世界がもともと存在していて、八郎の知ってるゲームの世界観は後付けのものだと」
「そういう事でござる。アルベラ氏も興味があれば他の国にでも何でも、少年のお仕事完遂後に見に行くといいでござる。拙者の潰した国も、土地が順調に回復に向かっているよう故、あちらに行ってみるのいいかもしれないでござる。こっちにはいない生き物や鉱物があったりして、冒険心をくすぐられるでござるよ」
「冒険心かぁ。正直高等学園でのことで頭がいっぱいで、あんまり国の外には興味ないんだよな………」
「そうでござるか。ならこの話はこっちでござるな」
八郎は箱を持ち上げて横に退けるようなジェスチャーをする。
「じゃあ、アルベラ氏」
「ん?」
「ネタバレは、ご希望でござるか?」
八郎はどっちでも良さそうな頓着の無いトーンで聞いた。
そもそもなぜ妻子持ちの良い年の男が乙女ゲームをやるに至ったのか。聞いてみれば答えは簡単だった。
「舐めないで欲しいでござる。娘との話題作りのためなら、お父さんは娘のハマってるゲームの下調べから攻略から、娘の押しの攻略対象の詳細なプロフィールまで何でもござれでござる。娘の推しの胸キュンセリフを言ったらかなり冷たい目で見られ、3日口も利かず目も見てくれなかったでござるが、………いい思い出でござるな。―――――――で、アルベラ氏ゲームは未プレイとか。何か欲しい情報はあるでござるか?」
アルベラは悩む。聞いていいモノか。変に情報を聞いてしまえば、思い込みが先行して自分の行動にストッパーをかけてしまうかもしれない。
「んんー。どうしよう。知りたい。けど、けどなぁーーーー………」
「じゃあ、ゲームの細かいストーリは省くでござる。そっちは知りたくなったら追々。とりあえず先に、大雑把な設定とかを補強する感じで、攻略対象のプロフィールと特徴でどうでござる? そんなに悩まなくても、きっと知っても知らずも大した差はないでござるよ!」
「そうかな? そっか。 ………そうかぁ? ………………うーーーーーん。ここまで来たら何も知らずに、とか思ってたけど―――――――――わかった。じゃあお願い。あとゲーム内のアルベラについて、どんな立ち居振る舞いのキャラなのか教えて」
それと全く同じにふるまう気はないが、一応参考だ。八郎の話に引っ張られないよう気を付けようと心に誓う。
アルベラは空のカップに紅茶を注ぎ直し、八郎の話に耳を傾ける。
普通の学園生活。そして後半に訪れる世界の滅亡。それをヒロインと攻略対象者たちが救う。
あの乙女ゲームの大まかなストーリーはそんな具合である。
もともと聖女の資質を持っていたヒロインは学園生活の中でその頭角を現し始める。聖女としての資質を見込まれる前から、悪しき力を感じ違和感を覚えるヒロイン。彼女は祈りによってその悪しき力を払う。
こそこそと世界の救済活動をする彼女に気づいたり、気になったりしたヒーローたちが彼女の助けになる。
好感度やパラメーターをバランスよく保つことで、全員で世界を救うトゥルーエンドを迎えたり、一部のヒーローたちと、犠牲ありきのハッピーエンドを迎えたり、ヒロインが犠牲になるバッドエンドなどがある。
ハッピーエンドを迎えたヒロインは晴れて平穏な生活を取り戻し、高等学園の卒業パーティーを迎えるのだ。もちろん、最後に待つのは告白イベント。
「―――で、攻略対象者はラツィラス・ワーウォルド、ジーン・ジェイシ、ミネルヴィヴァ・フォルゴート、ウォーフ・ベルルッティ、セーエン・スノウセツ、キリエ・パスチャラン。―――ふう。拙者よく噛まずに言えたでござる」
額の汗をぬぐう八郎。
アルベラは口をぽかんと開ける。そして悔し気にテーブルへ突っ伏す。
「………くそう! キリエ!!」
不覚だった。子供時代の顔なんて知らない。だが、確かに緑っぽい黄緑っぽいキャラが居た記憶はあったのだ。それがまさか幼馴染のキリエだったとは。
「ん? ああ、そうでござるな。たしかに、キリエ殿は幼馴染のアルベラ氏を好きな設定でござった。それが少しずつヒロインに引かれ、二人の女性の間で苦悩するんでござる。………甘酸っぱい青春、でごあるなぁ。――――――――じゃあ、アルベラ氏はもう3人のメインキャラと遭遇しているという事でござるか?」
「いいえ」とアルベラは顔を上げる。前髪がくシャリと乱れ、机に押し付けていた額が赤くなっていた。
「あとミネルヴィヴァ・フォルゴートにもあってる」
「ああ。あの入学初日からヒロインにぞっこんの」
「え、あいつそんなに惚れっぽいの?」
「そういう訳ではござらんが………。他の女性には決まって冷ややかで、ヒロインは特別って感じでござったな」
「へー」
「ま、王子も騎士殿も、基本あの時あったあんな感じでござった。王子は柔和。皆から愛されて、お茶目な一面あり。けど切れ者という面もあり。騎士殿は不愛想キャラでござるな。けど学校の女生徒からの憧れの的で、男子生徒からも信頼されてて、って感じでござる。―――キリエ殿は動物研究にのめり込み、ミネルヴィヴァ殿、改め愛称ミーヴァ殿と仲良くなるでござるな。温厚で誠実で素直なキリエ殿は、親しみやすいクラスメイトキャラでござった。ミーヴァ殿も騎士殿と同じく不愛想キャラで、どちらかというと学校になじめず敬遠されてる様なキャラでござった。まあ、一部ファンあり、みたいな設定もあったでござるな。ミーヴァ殿は確か魔術研究の傍ら植物の研究にものめり込むはずそれもあってキリエ殿と意気投合するのでござる」
残りのチャラ男と天才肌キャラの説明も大まかにうけ、アルベラは自身の話も聞く。
「アルベラ氏は公爵のご令嬢故、王子の婚約者候補に含まれてたでござる」
「そこらへんはぼんやりと知ってるけど、候補って何?」
「王子には婚約者候補がいくつもいるんでござるよ。ヒロインもそれでござったな。他国のお姫様だったり、他の公爵令嬢であったり、伯爵令嬢であったり。ふさわしい女性を選別するために設けられた段階でござるな」
「なるほど」とアルベラは頷く。
まだ自分にそんな話は来ていないから、もう少し大きくなった時に来るのだろうか。だが、「倒せ」と言われた相手の婚約者候補とは、どう立ち回ったものか。もしかしたら懐に入りやすということであえての『アルベラ』だったのかもしれない。ではなぜ、転生先をヒロインにせず、そのライバルにしたのか。
「アルベラ氏は皆の憧れの的。高貴なお方ともてはやされ、始めはヒロインも『彼女』に憧れを抱くでござる」
「う、うん。なんだろう。自分の未来かもって思うとぞわぞわする」
「慕われていて、ヒロインとも恋愛でぶつかっても大人の対応で身を引く空気の読める女性でござるな。少し高慢で意地悪で計算高い一面があるでござるが、うまく隠して慕われる振る舞いをしていたでござる。『彼女』には、ヒロインやヒーローから化けの皮を剥がされ周りからの信頼を失うエンドと、勘違いからヒロインの活躍に疑惑を抱いてその行動を邪魔して倒される『敵対エンド』と、ヒロインの仲間になって一緒に世界を救う『共闘エンド』があるでござるな。『共闘エンド』の場合は、ヒロインと結ばれるヒーロー以外の相手と仲良くなる描写もあるでござる。ライバルの令嬢がどんな立ち回りになるかは、ヒロインの立ち回りと、それに影響された周囲のキャラの性格やら設定によって細かく枝分かれするでござる」
「へぇー。普通の人間関係と変わらないんだ。やり方によっては結構平和にまとまるのね。良かった」
「上手くやれば、でござる。アルベラ氏、気を抜かないよう気を付けるでござるよ」
「先人からのアドバイスね。ありがとう。私もできるだけ終わった後は平和に暮らしたいもの」
平和に暮らす、というアバウトな言葉に不安もある。その不安を取り除くためにも、後悔がないよう行動を起こしていかなければ。その中で見つけていかなければ、と思う。
自由になったらどういう生き方があるだろうか、と考えるアルベラを眺め、八郎は考える。
―――きっと、この少女が上手くやらなければこの世界は滅亡するのだろう、と。
ゲームの設定。ヒロインたちが防ぐ世界の滅亡。
これは無関係ではないはず。
自分の役割は「破壊」だった。その後にとって付けた様な尻拭い。さらにその後に転生された目の前の魂は、目的も告げられず行動だけを指示されている。
なんとなくだが、あの老人が素直に言いたくない何かが目的なのだろうと思った。何しろ世界の破壊を楽し気に口にした老人なのだ。アルベラに対してもその役割を託すなら、同じようにはっきりそれを口にしても良いはずだ。
(破壊しようと息まいたけど、渋々それを修復している。そんなところでござろうか?)
何にしても、目の前の少女に上手くやってもらわないと、自由になったというのに、自分の滅ぼした国も毒抜きが済んだというのに、それらが立て直す前にこの世界が終わってしまう可能性がるのだ。
八郎は窓の外の日差しの暖かな長閑な風景を見渡す。
子供のふざける声。家畜の鳴き声。船が水路を渡る音。井戸端会議の笑い声。
人の生活を感じ、自分の生まれた国のそんな平和な頃を思い出す。それは絶望する嗚咽や悲鳴で色を溶かされ、暗く沈んだモノトーンな平地へとなってしまった。自分の手で。
今見る風景が、そんな何もないあの土地と重なる。
自分は、始めは楽しんでいた。薬の開発は楽しい。目的に沿ったものを組み立て、何度も実験しソレに近づける。何と何が合わさるとどんな反応を起こすか。そこに別の条件を加えるとどうなるか。前世とは異なる未知の素材。この世界には興味をそそる素材であふれていた。
研究者というのは貪欲だ。
少なくとも自分は、その貪欲さから前世では薬の研究をしていく道を探り、悔いが無いよう目いっぱいに生きてきた。
そんな人間だったから、条件が何であれ、また研究がしていけるという道が渡されれば「受け取る」という選択しか考えられなかった。
新たな生と目的を受け取った結果。自分が研究者である前に「人」であることをようやく理解した。
自分は思っていたより非道にはなれなかったのだ。それを痛感してしまってからは、研究の手が遅くなった。薬を使う事に躊躇いが生まれるようになってしまった。
5つと6つ目の国が瞬く間に滅ぶのを見た時、もう自分はダメだと思った。
もうだめだ。この役割を続けることはできない。やめよう。十分に生きた。前世でだって悔いは無かった。
もうやめるのなら、せめて幾つかの解毒剤を開発するのもいいかもしれない。その開発が老人の癪に障り死を迎えた時は仕方ない。開発が成功し、薬が出来たなら派手に散布してやろう。もうやめだ。こんな一方的な殺戮とはおさらばだ。人の苦しむ声も、血肉が腐る匂いも、もう聞きたくも嗅ぎたくもない―――。
「―――ねえ、ねえ、八郎」
目の前の少女が、気を引くように両手でタンタンと机の上を叩いていた。
「んあ、何でござるかアルベラ氏」
「あなた、もう自由なんでしょ? 私の事、手伝ってくれるのよね? もし嫌ならそれでもいいわ。――その代わり生爪か歯をくれる?」
「あ、アルベラ氏………呪いで縛る気でござるか………」
八郎がまだ傷の言えない左手をかばう様にすると、「冗談よ」とアルベラは返す。
「けど、この先魔族倒したり良く分からないキメラ倒したりしなきゃなんないらしいし。ただのご令嬢の私には人材が必要なの。お願い。お金とかそういうのは出世払いとかそう言うので何とかがんばるから」
両手を合わせて懇願する少女。
決して「破壊」は指示されていない少女。
八郎は心の奥が軽くなるのを感じた。彼女の存在が、自分の当初の役目の終わりを実感させた。
自然と笑みがこぼれる。
「仕方ないでござるなぁ! 拙者、少女の頼みとあらば断り切れない質故! 報酬は『お兄ちゃん』で手を打とうではござらんか」
フンスと鼻を鳴らし胸を張る彼へ、アルベラは「わーい!」ともろ手をあげ喜んだ。喜びつつ「は? お兄ちゃん?」と苦い顔で眉を潜める。





