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アスタッテの尻拭い ~割と乗り気な悪役転生~  作者: 物太郎
第4章 第一妃の変化(仮)
405/411

405、地下水路にて 2(地下水路の奥)



 ――ごぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……



 「彼ら」の目の前を大量の水が駆け抜けていき、それは程なくして数人を飲み込んで戻ってきた。戻ってきた大量の水は水路の奥へ奥へと流れていき、水面を大きく揺らしながらことが起きる前と同じ水嵩へと戻っていく。

 薄暗い地下水路の中、ブレントは壁に手をつきそこから伝わる気配を感知し「はぁ」と息をついた。

(結局力業になったな。大抵の人間は子供を使えば扱いやすいもんだが、なんだあのガキ(アルベラ)は。随分薄情だな)

 壁から伝わる振動でブレントは地下水路の中、自分たちの周辺十数メートル内の様子を理解する。たった先ほど起こした水路の不自然な洪水も、これからこの奥で起きる残虐な事件も、すべてはブレント――の皮を被った ”この男” の謀り――

「ズーネ、オイ! 結局あの魔族も入っちまったナ!」

 明かりの灯されていない灯籠の上、コロコロと黒い木霊が笑う。

「誤算だったな。ここ一か月、施設に顔を出さないから来ることがないと思ったのに……まさかついてきてたとは。マンセン、あれがついてきてたならなんで教えなかった」

「ウルセー! テメーに貸してんのは悪魔でもこの一体ダ。他の体と共有している記憶はサービスなんだからそれを忘れんナ! 他の奴らの同期した記憶から必要な情報を探る作業にも多少は神経使うんだからナ!」

「あーあー、悪かったよ。つまりは気を抜いて目を離してたってことか。……そうだったな。ったくお前らは、自分が楽しいことにはフットワークもネットワークもすぐ軽くなるってのに」

「オウ? これでも十分手は貸してるのに文句カ? あの魔族だって午前中は本当にあのガキから離れた場所にいたんだからナ? 翼を使われたり木の少ない場所にいたら木霊の目撃情報だって少なくなんだヨ、わかってんのカ? アン?」

 ズーネの肩に飛び降りてきたマンセンは、ぐりぐりとズーネの頬に手を押し付けた。「わかったわかった。皮が剝げちまう」とズーネは両手でマンセンを掴み持ち上げた。黒い木霊を床に置くと、空気の匂いを嗅ぎながらあたりを確認する。

「頼むからもっと静かにしてくれ。あの ”妙なの” にみつかったら面倒だろ。せっかく撒いたってのに」

 ズーネが言う「妙なの」とはエリーの事だ。あのいくつの血が混ざっているのかもわからないヌーダの形をした人間であり女のようである男はズーネにとってまさしく「妙な存在」だった。

「ンな隠れてなんていねーデ、邪魔なら片付けちまえばいいだロ。お前はいつも必要もないのにこそこそしてるナ」

「必要があるからこそこそしてるんだよ。まだ()()を狩るかどうかは見極めてる最中なんだ。お前らの話が本当なら魔族やコントン相手でも狩る価値があるところだが……正直まだそんなに信じられてない。瘴気をいくらため込んでも狂わないドガァマンラねぇ……。容量のでかいやつらは今まで見てきたが、そいつらにだって限界はあった。まぁ、容量はデカけりゃでかいほどいいが、そういうやつらはそれなりに腕もたつだろ。あれはそうには見えない」

「まあナ! あいつの容器としての器は俺の見てきた中で最高品質だが、魔力や体力は並のヌーダダ! よわっよわっだナ!」

「とはいうが……もし見当違いだった時のリスクがでかい。本人がってよりその周りだ。貴族だろうがなんだろうがただのヌーダなら手違いで殺してもおさらばだが、くっ付いてるのが魔族とコントンだ? そこらの雑魚相手ならまだしも、あれとあれに目をつけられて追いかけまわされるなんてごめんだぞ。特にあの魔族、あの双子をやったんだろ。そんなのに追いかけまわされたらおちおち消化もしてられない。――皮が使える奴らならまだしも、魔族の皮なんざ使い物にもなりゃしないってのに。あんなのを被った日には聖気神気のいい的だ」

「ケケケ、難儀なヤツー。けどあんなちっさかった子ヘビがこんな体で今や百歳越えの化け物ダ。長生きも伊達じゃねーってことカ。オメーとあの魔族がぶつかったらどっちが勝つか見ものだナ」

「たく……ナーガ(半人半蛇の種族)を子ヘビ扱いとは随分な愚弄だな。――ほら、そろそろ始まるぞ、静かにしてくれ」

「魔術具一個の借りで偉そうニ。何万年と生きてきた俺達からしたらナーガは子ヘビだっつーノ」

「はいはい、長寿マウントな」

 マンセンはコロコロと笑い、やがて何かを察知して葉の音一つ立てなくなった。真っ黒な体を闇になじませ辺りは随分静かになる。ズーネはもとより気配が薄かった。それがさらに薄まり、その身も背景と同化していく。

(始まるな……)

 しゅるり、と ”ブレント” の口から彼のものではない長細い舌が出ては引っ込む。それはあたりの匂いを、空気と魔力の動きを察知する。

 彼らのいる地下水路と繋がる奥の奥、そこで数人の人物が動揺をあらわに身を強張らせていた。

 


「ヘビ……」

 隣からうめくような幼い声が聞こえアルベラは目を覚ました。

 ぱちりと開いた紫の目が真っ先に見たのは自分を見下ろす金色の瞳――自身の片膝に頬杖をついているガルカの顔だった。ガルカは起き上がろうとしたアルベラの額に人差し指を当てて押し返し生意気な笑みを浮かべた。

「クク、無様な奴」

 起き上がるのを邪魔して楽しんでいる。そう察したアルベラは額に当てられた相手の人差し指を叩き退く。

 身を起こしてあたりを見るアルベラはレンガで覆われた細く暗く続く道を見る。そして湿り気のある冷たい空気。

「ここ……地下水路?」とこぼし、「あ、髪色流されちゃったか」と結も解けて視界に入った髪を摘んだ。

 周辺からもっと自分の身の回り――ほんのすぐそばの光景を見て苦々しい表情をし顔に手を当てた。

「まさか、あんたに膝枕をしてもらう日が来るとはね……」

 「どうもありがと」と吐き捨て立ち退こうとしたアルベラだが、ガルカはニヤリと笑みアルベラの顔を覆うように片手で掴み押し返す。その行く先は先ほどまでアルベラの頭を乗せていた、前方に投げ出していた己の片脚だ。

「まだ疲れているようだな。寝足らないか? 本当に貴族というのは怠慢なものだ。そんなに寝たいのなら特別に寝させてやる。その代わり借りの担保として一秒ごとに爪一枚だ。爪の次は歯、歯の次は目玉、目玉の次は内臓だ。全身が担保となるまで何分かかるだろうな」

「膝枕の価値馬鹿じゃないの!? 訳分からないこと言ってないで離しなさいこの変態!」



(何やってんだ?)

 辺りを見に行っていたビエーが戻ってみれば、気を失っていたアルベラが目を覚ましガルカの脚に頭を押さえつけられていた。

「じゅうー、じゅういちー、じゅうにー、じゅうさーん、じゅうよーん……ハハハ、上顎はなくなったぞ」

「離せって言ってんでしょうが! この馬鹿!」

 片手は自身の頭を抑えるガルカの手を掴み、もう片手には妹を探している少年が掴まっていた。子供は目を覚ますことなく、「ヘビが……ヘビが……」とうわごとを繰り返している。

「――あれはさっきの」

 ビエーの後ろにいた二人の兵士が声を上げた。

「あぁ。お仲間は無事だ。まだ目を覚ましてないみたいだがな」とビエー。

 アルベラたちが地下水路の奥へと流され、たどり着いたのは格子がはめられた突き当りだった。そこより先に行くには管理者のカギが必要で、今通るのを許されているのは水のみ。

 ビエーは自分たちが流されてきたであろう道をたどって戻り、その道中先に地下へと入ったはずの二人の警備兵たちと合流したのだった。そのうちの一人――片腕を失った警備兵が苦しそうにうめく。

「は、早くここを出よう。あいつが来るかもしれない……」

 ビエーは兵士を振り返る。若い警備兵達は震えていた。彼らはしきりにあたりを見回している。

「おい、あんたら出口は見当たらなかったがこの二人と合流したぞ」

 戻ってきたビエーをガルカは胡乱気に見上げ、アルベラは頭を押さえつけられたまま「ビエー! こいつを剥がして!」と助けを求める声を上げた。だがビエーがこの得体のしれない魔族に手を出すことはなかった。

「ビエー、どうなってるの? さっきから魔法を使おうとしてるのに使えないし、この子は手を離さないし」

 仕方がないのでアルベラはガルカへの抵抗をつづけながら問う。

「王都の地下水路は管理が厳重なんだ。管理者が入るときだけ魔力封じの魔術が解かれる。こういう、人が頻繁に立ち入らない場所はたまり場にされやすいからな。他の町や村なら魔獣の数匹見当たるところが一匹もいやしねーし。……あと、その子供はずっとその感じだな。魔力は……今は分からねーな。何かの催眠がかけられてるんだと思うが」

「魔力封じに催眠って……じゃあここに居る皆、今は魔法が使えないって事?」

「そうだ」

「じゃあこの子の催眠も解けないって事よね」

「まぁ、そうだろうな。魔力のいらない催眠もあるが効果は薄い。この効果なら間違いなく魔法か魔術だろう」

「そう。……ねえ、ここでは魔法も魔術も禁じられてるんでしょ。なのにさっきの洪水って」

「あぁ。不自然だ。人為的な物だろうが俺にもどうやったかはさっぱり」

「ふん。そんなもの……」

 ガルカが手のひらの上に炎を灯す。ビエーが「はぁ?」と驚きの声を上げた。

「押さえつけてくる力をそれ以上の力で押し退けてやればいい。容易い事だ」

 ガルカの片手から解放されアルベラは急いで身を起こす。子供を半ば引きずるように抱えてビエーの陰に隠れた。ビエーはというとガルカのお披露目に「化け物かよ……」と額を抑え呆れていた。

 アルベラはビエーの陰からガルカへ問いかける。

「あなた(魔族は)……体質的に精霊の助けを受けられないから魔法が苦手……なんじゃなかった?」

「あぁ。だからここは俺にとって外と何ら変わらない」

「……? それって、ここに精霊がいないから私たちが魔法を使えないってこと?」

「いや。精霊はいる。だがそれが人に干渉しないような魔術が施されている。あと人の魔力が必要以上体内から出ないよう押さえつける魔術もな。貴様には印や陣を描けてもそこに魔力を流して展開することもできないだろう。……勿論俺には可能だが」

 「感じ悪」とアルベラは目を座らせる。自分の片手を見て集中するが、やはり魔力が魔法として発動する気配はない。これが力の差という奴か、と実感して肩を落とす。

 「つまり」とビエー。

「さっきの洪水の奴は、この魔術の力を押しのけて魔法か魔術を使ったってわけか。目的はなんだ? そんなのと出くわしたらたまったもんじゃないんだが」

「確かに……」

 アルベラはビエーの意見に同意し、自分たちが水に流されてきただろう道を見る。

 明かりが灯されていない中でも薄暗くあたりが見えるのは、所々地上からの明かりが漏れ入る作りになっているかららしい。

「どうしようもないし、まずはこの一本道を」

「――も、もういいだろ!? さっさとここを出よう! パーシヴァル起きてくれ、起きろ! ミックの奴が俺らを殺そうとしたんだ!」

 仲間に乱暴に揺すられて、アルベラたちと共に流されてきた警備兵の青年が「うぅ……」とうめきながら目を覚ます。

「ビエー、この人たち」

「あぁ。俺らの前にここへ入った兵士達だ」

「……え、と……? まって……、よくわからないんだけど、この人たちが入っていったのは私たちが流されてきた水路より上流側で……私たちは下流の方の地下水路にたどり着いたんじゃ? つまりこの人たちもあの水に巻き込まれて下流へ流されてきたっていう事?」

「いいや。三人は水に流されてないらしい。こいつらの話を聞くに大量の水ってのにも出くわしてないそうだ。一度水路の水がものすごい量で引いたらしいがな。つまり俺らは水に飲まれた後こいつらの入っていった水路に吸い込まれたって事だ」

 アルベラは寒気に自身を抱き、ビエーも深々と息を吐く。

「え……なにそれ気持ち悪い」

「あぁ。気味の悪い話だよ。意図的過ぎてな。――だから早く出たいんだが、なあ、オジョウサマ……コントンは戻ってきてるか?」

 警備兵達に聞こえないよう尋ねるビエー。アルベラは足元を見た。

 とんとん、とつま先で地面をたたくが返事がない。

「あれ、いない?」

 「そうか。まだか」とビエーは残念そうにつぶやく。

あいつ(コントン)はあんたが寝てる間に、そいつ(ガルカ)に言われて外を見に行ったんだ。出口を見つけたら戻ってくるらしい」

「あぁ、なるほど……」

(気が利くことをやってくれてるんだけど、さっきの件のせいで素直に感心できないんだよな……)

 じとりとしたアルベラの視線を受けガルカが馬鹿にするように鼻で笑う。

「じゃ、とりあえず真っすぐ歩きましょうか。彼なら私たちが移動しても合流できるだろうから」

「そうか」

 片腕を失った兵士は、はやる気持ちのままに道を引き返し始めていた。

 アルベラたちと共に流されてきた兵士――パーシヴァルというらしいが――も意識がはっきりし、アルベラたちに促されるまま歩き出した。彼には仲間の兵士がつき、合流するまでの経緯を話している。

 アルベラも片手にくっついた子供をビエーに抱えさせ歩き出す。道中、「ここに入った警備兵のうちの一人が錯乱し仲間を切り付けたらしい」という話を聞きながら――




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