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アスタッテの尻拭い ~割と乗り気な悪役転生~  作者: 物太郎
第4章 第一妃の変化(仮)
402/411

402、一仕事後の夕食 3(新人護衛のぷち反攻)



 アルベラとともに食事をとっていたビエーは「まったく、いいご身分だな」と内心こぼした。

 アルベラが選んだのは貴族御用達のお高い外観の店だった。エントランスに出てきたスタッフが予約の有無を確認し申し訳なさそうに「今日は満室で」と言いかけていたが、アルベラが家紋入りの時計を見せ「三倍出すわ」と一言いっただけで丁度一部屋空いたのだ。他の客を追い出したのではない。こういう店は大抵満席にしないものだ。空いてる席に誰を入れるかは個々の支配人の匙加減といったところとなるが。

「やっぱりたまにはこういうのもいいわね」

 と出てくる料理を口に運ぶお嬢様。それをビエーは「あんま食った気になれねー料理だな」と思いながら大きな皿の中央にわずかに盛られた品々を平らげていた。

「”たまには”ねぇ……。この間もこんな感じの食事食べてなかったか? それに、どうせ生まれたときからこういう料理は飽きるくらい食べてきてるんだろう」

「何言ってるの、当たり前でしょ。私が言ったのはこの店に入った時の話。 どう? あの立ち居振る舞い。公爵家のお嬢様っぽかったでしょ」

「……はっ。そうだな。どこからどう見ても高慢で厭味ったらしい貴族様のお姿だったよ」

「ふふふ。でしょう。これでこそ高位貴族って感じ」

「いつも通りだろう。なんで嫌な方に寄せて楽しんでんだか……」

(ディオール家が変人ってのは事実だったな)

「あとビエー、あなた最近たるんでるんじゃないの。口には気をつけなさい」

 「ねぇ?」とアルベラは自分の足元へ笑む。するとテーブルの下に蟠る陰から「グルル……」と犬の低い声が返った。

「……はいよ、ご主人様」

 とアルベラの脅しで黙って食べていたビエーだがそれから十分も経たず、「ちょっと、暇じゃない。何か話しなさいよ」というお嬢様の理不尽な命令で仕方無しに口を開く。

「なぁ、ご主人様」

「なに」

「ジーン・ジェイシだったか。あの騎士様も王子様と同じくあんたと幼馴染だったか」

「まぁ……少し前からの友人ね。知り合ってたったの六年だから、幼馴染と呼ぶには浅い気はするけど」

「あんたらの年なら六年はそれなりだろ」

「……そうかもね」

「ふーん……随分鼻が利くし腕もたつみたいだな」

「そうね。なんたって城の第四騎士団長様の息子だし、幼いころから王子様の護衛を任されて頑張ってたみたいだし……それに結構努力家だし……」

「ちょっとぶっきらぼうだが性格もいいときた」

「そうね。まさに騎士って感じ。真面目だし根が素直だし。あの王子様がひねくれてるからそうならざるをえなかったのよ」

「なるほどな。――気になってたんだが……あの目、”ニセモノ”らしいな」

 すっ、とビエーが受けるアルベラの視線の温度が下がった。次の言葉を待つ間が続く。

「平民の間でも窃盗団の事件から話題だろ。平民出身のニセモノが騎士になったって。随分人気じゃないか」

「そうね」

「あんたはどう思ってるんだ? 生まれながらの公爵令嬢様の感想を聞きたいね。平民で、しかも”ニセモノ”が”騎士”で”王子様の護衛”だ」

 カチャ、カチャ……とアルベラがいつの間にか止めていた手を動かし始めた。彼女は薄い笑みを浮かべたまま平常通りに食事を再開し飲み物を口に運ぶ。

「しかも騎士長の実の子でもないんだろう。気まぐれで連れてこられた赤の他人が突然できた親の伝手で運よく王子様の側近だろ。そういうの、貴族の本音ではどうなんだ?」

「……どういう質問かわからないわね。平民のあなたの立場的に、貴族に混ざる平民について一般的に貴族間でどう思われてるかを知りたいのか、単純に私がジーンやジーンみたいな立場の人間をどう思ってるのか知りたいのか」

「どっちかっていうと後者だな」

「そう。なら『特に何も』よ。実力があれば生き残るし、なかったらそこまでってだけじゃない。どうと聞かれても、貴族も平民も上るときは上るし落ちるときは落ちるでしょう」

「まるで他人事だな」

「そんなことないわよ。ディオール家だってヘマをすれば落ちるのは同じ。喜びなさい、あなたの今のご主人様は貴族平民関わらず公平()()よ」

「……そうか。ならよかったよ。もしあんたがいきなり『あの騎士は貴族に相応しくないから陥れろ』とか命令してきたら少々厄介そうだと思ったからな。まぁ、いまならまだ俺でもやれる範囲だが」

「私がそんな命令を? あるわけないじゃない……今のところはね」

「今のところか」

「今のところね」

「なるほどな」

「なるほど?」

 ビエーはこのやり取りの中でのお嬢様の表情や空気を見ていて確信した。酒を口に運び、正面に座る少女らしからぬ空気をまとう少女を眺める。

「マイナス点ね。次はもっと面白い話ができるよう励みなさい」

 と偉そうなことを言う彼女に、ビエーは「あんた」と軽く鼻で笑いながら切り出した。

「あの赤頭のこと好きだろ」

「……!!」

 ガタン、とテーブルが揺れ「おっと……」とビエーは手元のグラスを抑えた。

 視線を正面へ戻せばお嬢様は立ち上がり表情なく口を拭いている。

「そんなわけないでしょ。今の話でなんでそうなるわけ? 私はあの第五王子様の最有力婚約者候補なのよ」

「あぁ、そうでしたか。だけどさっきまではあの騎士様のこと努力家とか根が素直とかほめてたじゃねーか」

「それは事実だから言っただけ! お腹も膨れたし帰るわよ。馬車を呼びなさい」

「はいよ、仰せのままに」

 グラスに残っていた酒を一気に飲み干し、ビエーは窓を開き鳥を呼んだ。

 後ろであのお嬢様は椅子に座り直し、つんとした顔で足を組んでいる。ビエーから見えればそれは図星をつかノーと言い張る子供の姿だ。

 その様を見てビエーは「なんだ」と少々拍子抜けした。

(こういうところはちゃんと年相応なんだな)

 大人が子供をからかうような人のもてあそび方をしたり、何かが起きても十六とは思えない落ち着きようであったり。ビエーが彼女のそばで感じるのは同年代の者たちと接しているときのような、気づけば相手が十代の子供だというのを忘れさせるような空気だった。

 だが先ほどの――あの時道中で振り向いた時、自分の護衛以外の人間がいると気付いた時に彼女が一瞬見せたのは今と同じ年相応の少女の驚きと緊張の顔だった。

「ご主人様、馬車が到着したようで」

「そう。行くわよ。ビエー、また余計なこと言ったらその舌引っこ抜くから」

「舌だけで済ませていただけるなら寛大なご主人様なことで」

「減らず口。今すぐ取ってやろうかしら」

 文句を言いながらアルベラはさっさと部屋を出ていく。

「はっ……なんて平和な職場だ……」

 頭を搔きそう呟やいた護衛の口元は呆れと脱力で緩んでいた。

 あの日自分だけが運よく生き残された。死んだ彼らと自分と、今までの行いは大差ないというのに。

(人生ってのは本当に理不尽なもんだ)

「わりぃな。俺はせいぜい今を満喫させてもらうよ……」

 ふと誰へともなくそうこぼし、ビエーはお嬢様の後を追った。



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