401、一仕事後の夕食 2(ラブレターの行方)
「エリーすわぁーーーーん! お久しぶりです! 俺です! あなたのカザリットです!」
酒を煽って気を抜いているのか、ずいぶんなあほ顔で駆け寄ってきた青年にビエーが「知り合いか?」と隣のアルベラへ尋ねた。
「一応ね」とあきれ顔でアルベラは返し、エリーはビエーを振り返り「お友達」と語尾にハートをつけ伝える。
エリーのもとへやってきたカザリットは上機嫌だ。エリーの背後のアルベラには気付いた様子もなくエリーだけへとんでもなくご機嫌な笑顔を向ける。
「エリーすわぁん、お久しぶりです! あぁ、相変わらずお美しい! この美貌を新鮮な目でまた拝めるなら長期の遠出にも行ってきたかいがあるってもんだ! 余りの美しさに俺の目が潰れそうだけどそれも本望……」
くうぅぅ、と目頭を押さえるカザリット。
「カザリットちゃんたら、本当におひさしぶりねぇ。今回はどこに行ってたの? また国から重要なお仕事を振られてきたのかしら?」
「エリーさんにそんな目で見つめられたら全部話したくなっちまうが……! ……ごめんよエリーさん、こんな酒場で……しかも部外者に軽々と話すわけには俺もいかな――」
「ずいぶんと元気な兄ちゃんだな」
エリーとカザリットのやり取りを眺め、ちょっと疲れた空気を漏らしながらビエーが言った。
「あれはああいう奴よ。この調子じゃこっちが声をかけるまで私たちには気付かなそうね」
(まったく……よくこんなんで軍の諜報員が務まるな……あ、)
カザリットがやってきた方、人並みの向こう店の一角にアルベラはある光景を見つけた。
長方形のテーブルを中央に構える四人席。その奥側の席に座るのは真っ赤な髪の青年――ジーンだ。その隣の壁際、見慣れたローブをまといフードを被った青年。ジーンとともにおり、ケブの時と同じローブの彼はラツィラスで間違いないだろう。そしてラツィラスの正面、彼らとともに座るオレンジ髪の少女――
(ユリ……)
アルベラはとっさに被っていたフードをさらに深くかぶる。
彼らはカザリットがエリーと話すさまを、呆れ交じりで笑っていた。
彼らのテーブルの上には料理や飲み物がすでに並んでおり、それとともにユリの前には真っ白いふわふわの生き物が乗っていた。それは隙をみてユリの髪をひと房つかみ、口にいれて食み始める。
引っ張られる感覚にふと視線を動かしたユリが、「ぎゃっ」と小さな悲鳴を上げた。そして「もう、またぁ……」と嘆きながら白い生き物からその白い生き物から自分の髪を取り返そうと奮闘をはじめる。
ラツィラスはそれを見て笑い、ジーンは「手伝うか?」とでも言っているのだろう。片手を持ち上げたがユリが断ったのかすぐにその手をひっこめた。
(……気づかれて、ない……かな)
こちらから見ても人や柱の合間の姿。ならばあちらからの見晴らしも同じはず。アルベラはそっと後ろへ下がる。
(とりあえずこれでビエーの陰に完全に入ったか?)
「ビエー、行くわよ」とアルベラは声を潜めて言った。
(なんだ? 隠れるみたいに)
「帰んのか?」
「気が変ったわ。エリーは好きにして。ビエー、ほかの店に行きましょう」
「……おい、馬車はいいのか?」
「次の店が決まったらそこに迎えに来させるわ」
「あぁそうかい」
「じゃあな、姉さん」といいビエーはアルベラの後を追った。店内に会いたくない人間でもいるのかと振り返り、ビエーもアルベラと同じ卓を見つける。
(喧嘩でもしたか? けど昨日の今日で喧嘩する暇もなかったよな?)
昨日の魔獣問題で喧嘩したならともかく、今日は彼らとアルベラはあっていない。なら他の理由か、と考えるも本人に聞きはせず、ビエーは黙ってアルベラの後についた。
「エ、エリーさん……さっきのおっさんまさか連れか? ……え? どういう関係……無理やり絡まれてたなら俺が」
「ふふ、仕事仲間♡」
「なーんだ、仕事仲間かぁ~。……くそっ、エリーさんの仕事仲間……羨ましい!」
「ふふふ、カザリットちゃんもお嬢様の護衛になる?」
「うーん……報酬次第じゃ悩む……いや、エリーさんと同じ職場ってだけでも十分な気も……」
(――あらあら)
残されたエリーもカザリットが座っていたのだろう席の面々に気付く。
ともに食事を囲んでいるのはあの金と赤とオレンジの頭――
(そうよねぇ。さんざんユリちゃんをいじってきたお嬢様的には、あそこに入るのはきついわよねぇ。……あぁ、もう、いじらしい。可愛いんだから!)
カザリットに絡まれたエリーを置いて店を出るビエー。その陰に見知った背丈の人物を見つけジーンはカタリと席を立った。
(エリーさんにビエーさん……てことは間違いないよな)
自分とは似ても似つかない赤色とオレンジの瞳がこちらへと向けられる。
「どうかした?」と尋ねたのはラツィラスだ。
「あ……」
「エリーさんに御用ですか? なら私も……あの、実はエリーさんには小さいころにお世話になって。ある意味古い知り合いみたいな感じで」
アルベラの存在には気づいていなかったであろうユリが、カザリットとエリーのやり取りに笑みを浮かべながら言った。その手元ではまためげもせず聖獣のキューイが口ではくはくとユリの無防備になった髪を捕まえようとじゃれついた。
「そう、か……」
(アルベラのやつ、ユリ嬢がいたから逃げたな)
「けど別件で。知り合いを見つけたんだ、ちょっと行ってくる」
「うん。いってらっしゃい」とラツィラスは片手を振った。
「ジーン様、お気をつけて」とユリもジーンを見送る。
「僕らがいかなくても、どうせカザリットがエリーさんをここに連れてくるよ」
「そうですかね?」
「ふふふ。ユリ嬢」
「はい」
「また食べられてるよ」
「え!? あ! キューイってば……もう……! ……あ、こら!」
「ユリ嬢の髪ってそんなにおいしいのかな?」
「そ、そんなことないです!」
「ははは、そうかな。ね、キューイ」
二人のやり取りが人の賑わいの中消えていく。
「お? ジーン、お前もエリーさんにご挨拶か? 晩御飯一緒にしてってくれるってよ! 良かったな!」
「良かったな」もなにも、一番喜んで燥いでるのは自分だろうがとジーンは冷ややかな目をカザリットに向ける。
「エリーさんこんばんは、ちょっと用があって。すぐ戻ります」
「はぁーい、いってらっしゃ~い」
店から出たアルベラは歩きながら無意識に顎に手を当てていた。
(カザリットが私に気付かなかったのは幸いだったな。あのまま誘われて食事だなんて気まずいったらありゃしない。まあ、隣の席が空いてる様子はなかったけど。エリーくらいは入れるわよね。その気になれば王子様が店に言って二階の個室を空けさせかねないし。……後でどんな話をしたかエリーに聞こうかな……――ていうかあの白いの、聖獣……だよな……。普段は教会に預けてるんじゃなかったの? なんでこんな場所に連れてきてるの……――ていうか流石ヒロイン……あの二人とももう随分打ち解けて、休日に一緒に食事まで……)
――一体どんな経緯で一緒に食事をすることになったのだろう。
「……」
アルベラの胸にチクリと小さな痛みが走る。
ジーンとラツィラス、それにカザリットとともに食事を囲み笑いあうユリ。
今まではあの輪の中に自分がいたのだ。そして先ほどは、自分のいた場所に自分が虐めている人物が……。あの光景のなんと気まずいことか。
(そろそろなのかな)
あの二人と距離を取る日が近づいてきている……のかもしれない。
あの席に自分が混ざることはできないのだ。
わかっていたことだとアルベラは自分に言い聞かせる。
(ユリはきっと私との食事は拒否しない。むしろ機会があるならあの時みたいに仲良くしたいって思てるみたいだし……はぁ、本当呆れちゃう……。――……私だって……クエストがない限りはユリに余計なちょっかいなんて出す気はないし……。だからって今までのこときれいさっぱり忘れて『この場だけ仲良く』なんてできるほど私は器用でも自分に都合のいい馬鹿でもないっての!)
「おい、ご主人様」
(仕方がないじゃない。あの子たちとつるむだけつるんで『その時にどうにかする』て後回しにしていたのは自分なんだから。こうなるのが嫌だったら元から仲良くしなきゃよかったの。けど、わかって馴れ合いに甘んじてきたんだから、いつかこうなるのも覚悟のうえ)
「おい、ご主人さんよ」
(ユリには彼らと仲良くしてもらわないと。ヒーローと仲良くなって彼らの抱える問題を解決してもらって……その方がクリア後の世界が平和になる。誰かさんのストーリーでは好感度が足らないと森が一つ枯れるって聞くし、誰かさんのストーリーでは北部の一部が族に奪われるって……誰かさんには国のためにもできる限り心根がまっすぐな王様になってもらわないとだし、誰かさんは学園卒業後に出世して、それが騎士団にいい影響となって回りまわって国の戦力の底上げにもなるって……――全部、今後自由の身になる私の生活のためなんだから――)
「おーい、お嬢さまー」
「アルベラ」
「――……もう、なに……!?」
自分への呼びかけにようやく反応し振り返ったアルベラは予想外の人物に足を止める。するとぴたりとアルベラの後ろにいた二人も足を止めた。
「え? ジーン? いつからいたの」
「今さっき」
「お嬢サマが考え事しながら歩いている間に追いついたんだよ」とビエーが付け足す。
「追いつくって……なんで……何か用?」
「これ、カザリットから。お前へのお土産だって。あいつ昨日仕事から王都に帰ってきたから。途中立ち寄った場所でいろいろ買ったんだと」
「え、うん。ありがとう」
「お前、なんでエリーさんだけ置いてったんだ? カザリットとかは喜んでたけど。……もしかしてユリ嬢がいたから出たのか?」
アルベラは胸のなか「うっ」と言い詰まる。
「……違うわよ。ただ気が変わっただけ。人が思ったより多かったの。エリーは……捨て駒よ」
「捨て駒にするなよ」
「仕方ないでしょう、カザリットのテンション暑苦しかったし。……ていうかよく気付いたわね」
「エリーさんとビエーさんがいたからな。ビエーさんの陰に誰かいるように見えたし」
「へ、へー……、じゃあ……あの二人は私には気付いてなさそうだった?」
「多分な。ラツはどうかしらないけど」
「そう」
ユリに気付かれていなかったことにアルベラは内心ほっとしていた。
「居心地悪くなるなら普段からあんな絡み方しなきゃいいだろ」
「だからなんの話よ。酒の実は気が変わったから出たって言ったでしょ」
「あー、だったな。……なぁ」
「ん?」
「また何か奇襲でもあったか? 焦げた匂いがした気がして」
「奇襲? 大丈夫よ。護衛も一人増えたし。今日だってずっとあの恰好だったし」
「そうか」
「――あ、」
「なんだ」
「あー、えーと……焦げた匂いはあれね。いらない手紙を燃やして」
「いらない手紙?」
「ええ、そう。いらない手紙、迷惑メール。気にしないで」
「ならいいけど」
アルベラは馬車の中、悪いと思いつつ見てしまったチェルシーの手紙のことを思い出す。
ラツィラスとジーンへ向けた熱いラブレターには「愛人」「妾」といった単語が多々見受けられた。
(あなたの黒歴史を事前に焼却してあげたんだからね。チェルシー感謝しなさい……)
「……そうだ、奇襲と言えばなんだけど。あの犯人わかったの。ほかになんだったかしら……婚約者候補への嫌がらせに我が家の家紋の偽装に……あ、あと謹慎明けにあった襲撃の件。あれ、全部エイプリル家の侍女が黒幕だったみたい」
「婚約者候補の件は学園でも噂だな」
「みたいね。クラリス・エイプリルの擁護派も厚いみたいだけど。ディオール家嫌いもあちらに乗っかってるみたいだし。……けどこっちには城の紋章入りの調査書があるんだし問題ないわ。自分の侍女が捕らえられたんだもの、クラリス嬢もしばらくはおとなしくしているでしょう」
「そうだな」
いろいろすっきりしたのは事実。だがアルベラは今も頭の片隅をもやつかせるとある件を思い出す。
婚約者候補者たちのへの嫌がらせのほとんどはエルゴの仕業だった。マリンアーネをあおったのも、オローラをあおったのも、ダンストとの茶会で魔術を暴走したように見せかけて参加者の飲み物に毒を盛ったのも。アルベラの指示と見せかけディオール家の令嬢に憧れるホワイトローエたちに平民(主にユリ)を虐げさせたのもエルゴが指示役。もうずいぶん昔に感じるが、入学パーティーでユリが魔獣とトイレに閉じ込められたのも糸を引くのはエルゴ(もしかしたらクラリス)だったが――
(でも……入学パーティーでユリの飲み物に寄生虫の卵を入れた犯人は誰だかわかってない。あれはきっと、私関係なく純粋にユリ個人を狙ったものだったてこと……?)
「……」
「そういえば店は決めてるのか?」
ジーンとの会話もどこか心半分となっていた。
「いえ、まだ……」
アルベラははっとし下がっていた視線をもちあげる。
「あ、ちょうどいいわ。久しぶりにそこにする」
とアルベラが指さしたのはこの通りでも有名な貴族御用達の店だった。





