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アスタッテの尻拭い ~割と乗り気な悪役転生~  作者: 物太郎
第4章 第一妃の変化(仮)
398/411

398、ピクニックとおふざけ 3(大物の予感)


 シャロウはいつの間にか隣にいたフードの青年に驚く。

「なんだよお前!」

 八つ当たりなのだろう。マディソンは初対面のその男に噛みつくように尋ねた。

「僕? 僕は……」

 と、まさか自分の名前を忘れたのか考えている様子の青年。アルベラはそんな彼を眺める。

 フードの縁からはみ出た目元の酷い火傷の痕も、肩に垂れるあの一本の銀色の三つ編みも、アルベラの瞳には既に偽元として映っていた。

 多分……いや、間違いなくあるであろうフードの下の赤い瞳は、今日の技術では色を変える術がないのだ。魔術でも薬でも色を変えることは叶わず、瞳に色ガラス(カラコン)をはめようともあの特別な赤はガラスの色を退けて表に透けて出てしまう。だから彼はああして人目を避けたいときにはよく目ごとフードで覆って隠していた。

 相手を観察するアルベラ同様、相手も金髪紫目となったアルベラを楽しそうに眺めていた。

 普段と違う見た目になろうとも、顔のパーツや声までは変わっていない。どこの誰だか認識しているのは「お互い様」だった。

 フードの下、「彼」の口が弧を描いたまま開かれる。

「ケブ。ベーラの友人のケブだよ。よろしくね」

「は? 友人だぁ? じゃあお前も貴族ってわけか」

「ふふ、そうだね。そんな感じ」

 マディソンはもう取り繕うのを辞めていた。貴族だろう相手に初めからため口だ。彼の後ろのに身をひそめるようにくっついたケイリーは、身元も知れない部外者を相手に当たる友の姿に少々ハラハラしている様子だ。チェルシーもマディソンの後ろに隠れるようにくっついているが、その表情はケイリーとは違った。目を見開き、じっと火傷を隠す青年の顔を見つめていた。

「まぁまぁ、マディソン君落ち着いて。あんまり騒ぐとまた園長さんが来ちゃうよ」

「……!? お、お前何で俺の名前を」

(一体どこから見てたのやら)

アルベラは呆れた。まだ紹介もしてない相手の名を既に把握済みとは、と。

「いいから良いから。釣りをしてたんでしょ? 構わず続けて。僕も休憩がてらで偶然ここを通りかかっただけなんだ。君たちの邪魔をするつもりはないし、気が済んだらちゃんと行くから。ね?」

 膝に手をつき腰をかがめ、ラツィラス――改めケブはマディソンとチェルシーとケイリーにほほ笑む。

 マディソンは相手のその余裕が気に食わず威嚇の態度を露わにし、ケイリーもそんな彼に倣って反抗的な目を向ける。ただ一人チェルシーはなぜか頬を赤らめていた。

「あ、あの……ベーラさま、あの方は本当にご友人で?」

 アルベラの隣に駆け寄り、シャロウが小声で尋ねる。

「……えぇ……まぁ……一応そうね」

「一応なんて酷いな。僕ら8つの頃からの仲じゃない」

(ほぼ10からの付き合でしょうが。あんなあってなかったような出会いからカウントするなんて)

 これはいわば相手の懐に入り込むための手口だ、とアルベラは考えていた。要所要所で「好意」や「親近感」をちらつかせ相手の懐に入り込む、麗しい見た目をお持ちの王子様だからこそ許される小賢しい手口なのだ、と。

 ねちっこい王子様だ、と内心呆れつつアルベラは答えた。

「でん……ケ、ケブ。わかったからそこへ座って……少し話しましょう」

 東屋の中、壁に沿って作られた椅子を指さしたアルベラだったが、先ほど自分が放った水でそこがびしょぬれになっていることに気づいた。

(シャロウにあっちに行ってもらってて正解だったな。これくらいなら魔術じゃなくても――)

 魔法で水を操作して払い椅子の表面を強めの風で撫ぜる。木製の椅子には少々の湿り気が残っていたが座るには問題ない程度だ。

 ラツィラスは「おみごと」といって椅子に腰かける。

「ふふ。流石ベーラ、話しが分かるなぁ」

「どうも。それで? 貴方まさか一人で外出してるんじゃないでしょうね?」

 相手の立場の大きさが大きさだ。アルベラはつい責めるような言い方になる。そしてそれは傍から見れば大人が子供を窘めるような言い方だった。

 ラツィラスはクスリと笑んで「大丈夫」と答えた。

「ちょっと離れてるけど何人かいるよ」

「はぁ……それを聞いて安心()()()()

 アルベラも椅子に座る。東屋の中を見れば行き場を失った子ウサギの様にシャロウが本を胸に抱き立ち尽くしていたので、アルベラは自分の隣をとんとんと叩いて彼女を誘った。そんな中「ん?」と隣のケブ氏が首を傾げるのでアルベラも何かと視線で尋ねる。

「何で急に敬語になったんだい、ベーラ? 僕ら()()()()()()()()()()、いつもみたいに気楽に話してよ」

「……」

 アルベラは目を据わらせる。

 ――『アルベラってさ、僕の事名前で呼んでくれないよね』

 この王子様は前にも何度かそんな話をしていたのだ。

 「そろそろため口でもいいのでは」とも、「名前を呼んだとしてもいつも『王子』や『殿下』がついている」だとか。単刀直入に「敬語は他人行儀だから試しにため口で話してみて」と言われたこともあった。そんな王子様の要望を「これも親しさの証だ」と、アルベラは遠慮なく迷いなく全て断る事で表現していたのだが、その気持ちはどうやら今も彼には届いていないらしい。

 「ね、ベーラ?」とフードが無ければ周囲を悩殺していただろう期待の笑顔を咲かせる彼に、アルベラは笑顔で返した。

「――お戯れを」

 丁寧な態度を露わに、アルベラは四人の子供達へ言葉を向け胸の前でタンと軽く手を叩いた。

「皆さん、実はこちらのケブ様は男爵家である私よりも位の高い『伯爵家』のご令息です」

 王族とはいえず、そして数が少ない故に嘘がばれかねない公爵家ともいえず……。ともなれば大中準を伏せて「伯爵」といってしまえばいい。平民にしてみれば「貴族」であるだけで隔たりがあるのだから、この国にピンからキリまでいくつもある「伯爵家」となれば適当な家名を上げたとてばれる確率はかなり低い。

 男爵家と名乗っている今のアルベラより伯爵である「ケブ」の方が偉いのだと周りに教えてしまえばこっちの物、とアルベラは微笑む。

「言葉遣いや態度には重々注意したほうが身のためよ。姿を隠した護衛を何人かつれられてるようですし、口を滑らせて斬られてしまわないよう気を付けましょう」

「そ、そうなんですね。分かりました」

 とシャロウが素直に頷く。

「……ケブ様……伯爵家のご令息……」

 マディソンの後ろからケブを眺めていたチェルシーは口の中小さく呟く。その瞳はなぜか期待に輝いており、頬はほんのりと赤く色づいていた。

「アる……――ベーラ、それはずるくない?」

「あら。上の者へ礼儀を尽くす何が悪いんでしょう」

 苦笑するケブに笑顔で躱すベーラ。その二人の元……というよりもケブの元へ、チェルシーが足を踏み出した。

「ケ、ケブ様!」

 「ん?」とケブは少女を見て口元に弧を浮かべる。

「お、お隣に座ってもいいですか!?」

「うん、どうぞ」

 柔らかな笑顔で受け入れられチェルシーの表情は明るく華やいだ。赤く染まった頬もキラキラと輝く瞳も、それはどう見ても恋する乙女だ。

(顔半分隠してるのにどういうこと?)

 まさか自分が気づかないだけで寵愛が漏れていたのだろうか、とアルベラは他の3人を見たが何ともないようだ。

 シャロウと目が合うと彼女はアルベラの困惑を感じたのか口に手を当てこそりと耳うった。

「……す、すみません。その……チェルシーは年上の男の人が好きらしくて……」

 あぁ、そうか。寵愛は関係なかったか。と安心しアルベラは尋ねる。

「まさか年上の男皆にああなの?」

「いえ、皆が皆というわけじゃないと思うんですけど……」

 いつだったかシャロウは、チェルシーが他の女子たちと話していたのを思い出す。

 ――『私、絶対にいつかカッコよくて爵位もそこそこの貴族を捕まえて玉の輿に乗ってやるんだから! 大きな屋敷の女主人になって召使を沢山こき使って貴族より貴族らしくなってやるの!』

「……えーと、一応好みとかはあるとか何とか…………他の子と話しているのを聞いて事があり……ます……」

 はっきりと聞こえたあの話をそのまま話して良いものかと、少々迷った挙句シャロウはそう答えた。

 「ふーん、そう」とアルベラは頷く。

 ケブの反対隣りの少女と目が合えば、彼女はちいさく顎をふって「見てんじゃないわよ」という意思表示をしてくる。

(まぁ……あれで大人しくしてくれるならいいか)

 アルベラは「はいはい、」と少女から目を逸らす。

「おい、お前ら何勝手に寛いで……!」

「あら、あなた達は気にせず釣りをしてていいのよ? わ た く し に、平民の釣りを見せてくださるってお話でしょう? ほら、釣りを見せないとケブ様の護衛があなた達を斬りに来るかも~?」

 アルベラが高圧的にそう言えば、マディソンとケイリーは悔しそうに奥歯をかみしめた。

 「僕の護衛はそんな事しに出てこないよ」とラツィラスは苦笑する。

「お、おい、チェルシー!」

 とマディソンが仲間の名を呼ぶと、チェルシーは二人へ悪びれもなく満面の笑みを向けた。

「あたし釣り飽きちゃった!」

「はぁ!? 飽きたってお前」

「あたしの分の竿も使っていいわよ! 活きのいい餌付けたからすぐに何か釣れるんじゃない?」

「あの野郎……」とマディソンは悔し気に肩をいからす。

「チェルシーのやつ、ちょっと顔のいい男が居るとすぐあれだ。ブレントが来た時もああだったよな」とケイリー。

「あいつブレントに振られた時『もう恋なんてしない』だのどうの言ってなかったか!? てかあんなフードの下がどうなってるかも分からない奴の何がいいんだよ」

 マディソンとケイリーは池と向き合い、ぶつくさと鬱憤を吐く。

 チェルシーの耳には彼らの言葉は一切届いていないのか、嬉しそうに足を揺らし猫を被った顔で「ケブ」へ話しかけていた。

(この子……ラヴィと似たものを感じる……)

 アルベラはどこかの大伯家の令嬢様の顔を思い出す。



(週一の社会勉強ね……)

 チェルシーやシャロウといったセキレイ園の子供達とも言葉を交わし、ラツィラスはアルベラがここで何をしているのかを概ね理解した。と言ってもそうなるに至った経緯は聞けていない。癒しの教会から紹介された、という一言が会話の最中に出てきたので、きっと聖女様とまた何かあったのだろうなとラツィラスは想像した。

(学園で本人に聞いてもいいんだけど、後で聖女様に会えたら聞いてみようか)

 気づけば彼らと話して一時間ほどが経つだろうか、とラツィラスは時刻を確認するように空を見上げる。彼その素振りにアルベラは腰にかけていた懐中時計を確認した。

「十四時半です。そろそろ私たちも切り上げる時間かもしれません」

 ピクニックは十五時頃に切り上げると聞いていた。もう少しすれば園長の集合の呼びかけがあることだろう。

 「よね?」とアルベラが隣へと尋ねればシャロウがこくこくと頷いた。

「そっか。じゃあ丁度いいのかな」と今はケブである彼は立ち上がる。

「もう行くね。楽しかったよ」

 チェルシーが「ええ!? 行っちゃうんですか!?」と彼のローブの裾を握る。

「うん。ありがとうチェルシー。楽しかったよ」

「えっと、えっと……でもあともう少しお話を……」

「シャロウもありがとう。お邪魔したね」

「は……い、いえ! こちらこそありがとうございました!」

 彼に言葉を向けられるとどうも緊張してしまうようで、シャロウは出会いから今もまだケブとの会話に慣れないようだった。

「噂の教会巡りですか」とアルベラ。

 「うん」と頷く彼に、アルベラはひりつく首元を撫でながらやっぱりと思った。

「まだ恵みの教会しか行ってないからね。これから清め、その後癒し」

「そうですか。頑張ってください」

 最近のその篤信ぶりは何なのか、と疑問に思うが今はもうこの場を立ち去ろうとしているのだから質問のタイミングではないのだろうとアルベラは大人しく相手を見送る。

 「それにきっと……」と思った。

 ――それにきっと、その行為は単なる神への信仰ではないのだろう、と。なんとなくそう思った。

 きっと第一妃と第三王子に関わる事なのだろう、と――。

「最近都内での魔獣の話をよく聞くから皆気を付けてね」

「はい。ケブ様もお気を付けて」

「マディソンとケイリーもまた――」

 また合うかどうかも分からない相手へ「またね」と言おうとしていたラツィラスが彼らを見て言葉を止める。

 そういえば何やら慌ただしいな、とアルベラは彼らを振り返った。

 見れば、マディソンが持っている竿が大きくしなり糸がぴんと張っていた。

 マディソンの横では自分の竿もほっといてケイリーが「頑張れ! あと少しだマディソン!」と応援している。

「うおおおおおお! 負けるかぁぁぁ!!」と声をあげるマディソン。

「大物がいるのね」

 とアルベラが零せば「どうかしら」とチェルシーが返した。

「ここ、ホラがいるんです」とシャロウ。

 そういう生き物がいるのだろうか。「ホラ……?」と零すアルベラにシャロウが「ほら吹きのホラです」と説明した。「小さいのに引く力ばっかり強い魚をそう呼ぶそうですよ」と。

「へぇ……ホラね……」

「頑張れ! あと少しだ! いけ、マディソン!」

「うおぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 浮きは沈み魚の影は一切近づいてきている様子はない。張り詰めた糸はもう限界を前にしているように見えた。

 マディソンは大物の予感に声を上げ応戦した。足を踏ん張り力いっぱいに腕を引く。「ケイリぃー! 手伝えぇぇぇ!」と言われ、ケイリーも慌ててマディソンの持つ竿へ手をかけた。子供一人分の体重が追加されて数秒――

 事を察したチェルシーが「あーあ」と零し、「切れます」とシャロウが告げる。

 ――プツン

「――あだぁ!」

「――うわあ!」

 二人の想像通り、糸は双方からの力に耐えきれず限界を迎えた。マディソンとケイリーは後ろへごろりと倒れ込む。

「くっそー、あと少しだったのに」

 マディソンとケイリーは身を起こし背中をさする。

「なーにがあと少しよ。魚の影も見えてなかったわよ。ですよねー、ケブ様!」

 少しの間でも足止めできた、とチェルシーは嬉しそうに彼を見上げた。

 だが、当のケブは池を見たまま反応がない。

 アルベラは背をさする二人の元へ行き、魚の影もなかった池を覗き込んだ。

(ホラか……あれかな。あの引きにしては流石に小さすぎる気も……)

 と糸が伸びてた先を眺め目に付いた魚の影を追う。


 ――都内での魔獣の話をよく聞くから皆気を付けてね


(魔獣……もうそんな時期か。ユリが聖女見習いとして魔獣退治の仕事を任されるのもそろそろなのかな。『古の魔法陣とやらの効力が弱まり始めてるせいで魔力のバランスが崩れる』だっけ……――ん?)

 追っていた魚の影とは別の場所で水面が揺れた。アルベラの視線が反射的にそちらへ向けられる。 

 水面に小さくなだらかな丘ができた。それは下から押し出されては流れ落ちる水の様だとわかった。

 視界の中にそれらがいくつも現れる。

 魚の影はない。

 影は見えないが何かがいた。

(――……!!)

 アルベラは咄嗟に池へ向け片手を掲げる。それと同時に――



 アルベラが水のせり上がりを視界にとらえたのと同じく、ラツィラスも池の変化に気が付いた。

 何も知らない人間がその場だけ見れば水底で湧水が湧いてるだけなのでは、と思う光景。だがラツィラスはアルベラと違い、視覚だけでなく魔法を使用する前後などに起きる大気中の魔力の揺れも感じ取っていた。

 魔獣だと確信したうえでラツィラスはシャロウとチェルシーを東屋の外へ出させた。

(あの三人も早く、――!?)

 早くここから離れさせよう、と視線を戻せばアルベラは既に魔法を展開していた。何かは気配を潜めるのを放棄する。

 池から放たれたのは泥水のような色をした半透明な鞭だ。それがいくつも途絶えることなくアルベラの展開した壁にたたきつけられる。

 数は多いが威力はそこまで強くない。

 防御に問題はなさそうだ、とラツィラスは安心した。しかしそれもつかの間――


「な……何?」

 とアルベラの足元で尻をついたままケイリーが呆然としている。

「魔獣よ! 二人は早くここを離れて!」

 「う、うん」と頷いてすぐ、ケイリーは状況を飲み込み切れないまま立ち上がろうとした。だが、隣にいたはずの友の不在に気づくと彼の頭は真っ白になってしまった。

「マディソン……!? あれ!? ど、どうて、どうしよう!?」

「なにが?」

「マディソンがいない!!」

「……!?」



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