393、新たな手駒 9(最終確認)
「いいわねこれ」
アルベラは実践にて初使用の香水を見つめ満足げにほほ笑む。
アルべラの霧の魔法により眠気と痺れの効果が発揮される香水。柑橘系とリラックス効果のある花の香を調合したそれは少し前に偶然街で見つけたものだった。季節限定という言葉よりも香水の下に小さく書かれた調合内容に惹かれて買ったものだった。
(酸っぱい香りとリラックス効果のある香りを自分で混ぜても痺れと眠りの効果は出せたけど、これは香りもいいし効果も絶妙ね。程よく眠気で意識を少しぼんやりさせるだけだから、混乱系のものより会話が成立するし、薬物じゃないからもしつかまって押収されても問題なし。自白剤を少しとはいえ混ぜてるから、成分解析をされたら薬物所持で事によっては問題になるけど、それは人を傷つけた場合。成分解析自体も大きな犯罪とか起こさなきゃそうほいほいされるものでもないし)
霧の効果で重要なのは香ではく成分だ。本来なら人体に害のない成分が摂取しすぎれば毒になるのと同様、アルベラが魔法で液体を気化させる際に精霊のどんな悪戯か液体内のどれかの成分が濃く去れた状態で現象化される。今回使用した香水は、しびれの効果を発揮する成分と眠りの効果を発揮する成分が上手い具合に入っていたようだ。
(この香水、こんど追加で買っておこう)
あのあと騎士は眠らせて鎧をはいだ。ついでにエリーに体をまさぐられうめき声をあげながら、彼らは自分たちの身元の証拠品をぽろぽろと押収されていった。
自白剤を吸った彼らの発言に嘘はなく、皆どこかしらの貴族の令息だった。皆家を継ぐことのない三男や四男で、皆同じ地域――エイプリル領の出身者だった。
彼らが身に着けていた剣や防具からはエイプリル家の騎士団の紋章が見つかり、ボタン(婚約者候補への嫌がらせ)とマリンアーネを使ってのアルベラ奇襲の件はエイプリル家が裏にいる事は確定したわけだ。
『誰の命令で何をしていたの?』
アルベラの質問に騎士達は「なんでそんなことを……」「話すわけがない……」などけだるさにごにょごにょ零しながら素直に答えて言った。
『エルゴさんの指示で……セデューを追ってた……なんて誰が言うか』
『セデューを追っていたら……あいつ、あの工房に入っていってあの職人を連れ出そうと……あいつを見つけたら生け捕りにしてエルゴさんの元へ連れて行くはずだったのに……こいつらが弱いせいで俺まで捕まる羽目に……』
もうこの世に存在しないはずの「セデュー」の名にアルベラは眉をしかめる。
『セデューて人をどうして探してるの? その人は何をしたの?』
『はっ……知ってるくせに。お前らがマリリンだかマリンだかというバカなガキとセデューを捕らえたんだろうが』
『“マリンアーネ”ね。で、私たちが彼女と捕まえたのはは“アレン”よ』
『あいつはエルゴさんの指示で平民の馬鹿女を誑かしてたのに、その平民がディオールに捕まってから一切姿を見せなくなった。これだから平民は信用できないんだ。背負ってる物がないから忠誠心が低い。いやになれば逃げればいいなんて簡単に考えてやがる。もちろん逃げた奴を生かして置いてやる程こちらも甘くはないがな』
ぶつくさ垂れる騎士の文句を聞き、「今の話だとセデューでありアレンは平民らしい」とアルベラは新たな情報を得た。
『ふーん。それで? あなた達はそのセデューて人を王都で見つけて追ってたってわけ?』
(もう死んでる人間をね……)
『見た……だからなんだってんだ、張りぼての公爵家が』
(うるさく喚かれないのは良いけど悪口も正直に出るのは相変わらず……)
とアルベラは自白剤の効果に呆れる。
『ガルカ』
『なんだ』
『セデューの偽物を使ったの?』
『偽物なんてものでもない。あいつの鬘を被って黒子を描いただけの代物だ』
ガルカの証言にアルベラはまじまじと彼を見て、背格好は同じようなものだしできなくはないかと思案する。
『あんたがそこまで?』
『俺は馬鹿を惨めに釣り上げてやるのが好きだ。何かしらの馬鹿は簡単に釣れると思ったからな。ふんっ……思った以上に時間はかかったが』
『……そう。本当よくやってくれたわよ。――もしかして、あんた特定の人間に化けられたりする……なぁんてことができるとかは……』
『そういう事ができる奴なら人も魔族も関係なくいる』
『そうね。で、あんたは?』
『できるのならとっくにこの国の王に扮してこの地を戦地にしてやっている――む? 結構いいかもな。人に化けられなくとも俺がその気になれば王を傀儡にできるかもしれん』
『絶対やめて』
あの後の話を思い出しながらアルベラは今後の事を考えた。
騎士達はあの後、アルベラ達とは別の馬車でストーレムへ送った。そのまま返してもいいのだろうが、念のため捕えておくことにしたのだ。
ちなみに騎士達を連れて行ったのは以前遺体を回収しに来た時の使いの者だった。エリーが鳥を飛ばすとすぐに彼とその他仲間数人が騎士を引き取りに来た。彼らはディオール邸周りを警備して居る傭兵団の一部であり、レミリアスがアルベラとのやり取りのために王都にも拠点を準備していたのだ。だが、拠点についてはまだレミリアスが伝えていないためにアルベラは知らなかった。
「そういえば、あの遺体回収の方ディオール邸を警備している傭兵の一人だそうですよ」
エリーの言葉にアルベラは「そうなの?」と返す。
「ええ。先ほど騎士を渡したときに聞いたんです。どちらの業者ですかって? もしかしたら奥様が直接運営されてるのかと思ったんですが違いました」
「お母様なら裏でそんな事してそうね」
アルベラは同意して笑い、そういえばと思い出す。
「ならその人たちがディオール家の騎士になるかもしれないのか。あの件また忘れてた……」
「この件が片付けば、そちらにも気を向ける余裕ができるんじゃないですか?」
「そうね。エルゴって人を抑えられれば多少は……。エイプリル家との関係は悪化しそうだけど……」
「ふふふ、貴族様は本当大変ですこと」
***
ボタンを作った職人を捕らえた日から次の休息日を待たず、「アレン」の取り調べの結果報告書がアルベラの元に届いた。
放課後、それを読み終わったアルベラは思い立ったように立ちあがる。
(王都からストーレムまでは約百キロ……)
「エリー」
「はい」
「学園から王都の東門までは馬で二~三時間だっけ」
「はい」
「ストーレムの西門から我が家までは四〇分前後……じゃあここから家までは頑張って飛ばして……早くて三時間、遅くて五時間……」
ちらりと時計を見れば短針は六近くの五と六の間を示していた。
「つまり早くて九時着、遅くて十一時着……話をして往復だと……」
と考えてアルベラはストンと椅子に腰を下ろした。
「お嬢様、三時間の方はフライを入れましたね」
エリーがくすくす笑う。
「ええ。けどやめよ。今すぐお母様の元へ飛んで話をしようかと思ったけど明日にするわ。それでフライは無しよ。うちの子で行く」
「明日?」
「ええ。明日は授業をさぼ……休むの。用が済んで間に合うようなら出る」
「あらあら、不良ですわね」
「普段品行方正にしてればそういう日くらいあっていいでしょう」
「ふふふ。そうね、私のお嬢様はいつもよく頑張ってますわ。久しぶりに抱きしめて差し上げましょうか?」
「誰があんたのお嬢様よ! ちょっと! こっち来ないで、そこから動くな!」
「あらあら、はずかしがっちゃって♡」
「ビエー! エリーを見張って。怪しい動きがあればやりなさい!」
扉横に控えていたビエーは「何をだ」と呆れ気味に返す。
翌日、平日であり通常通り授業が行われるその日。ディオール家のお嬢様は私用で休むとだけ休みの届を出し午前の授業を全て放棄したのだった。





