389、新たな手駒 5(癒しの聖女のお呼び出し②)
「お嬢様、連絡が来ましたよ、あのバカから」
教会へ向かう馬車の中、エリーが手元を見て言った。
彼女が持つのは連絡用のスクロールだ。アルベラと八郎とのやり取りで使われるのと同様、使用者同士で書いた内容が共有される巻物型の魔術具である。
「無事目的の人物は押さえられたそうです。あとオマケも数人……どうやら騎士だそうで」
「ほほう。ガルカ氏、早速例の技術者を捉えたでござるか。しかも騎士もとは……これはなかなか胸熱な展開なのではござらんか!? ござるよな、アルベラ氏!」
「あの魔族もヌーダの下でよくやるナ。てかお前らやっと例のボタン職人捕まえたんだナ。まったく仕事がおせーナァ~。俺なんかあいつが依頼を受けたとこからボタンを作ってるところまで大体ほとんど見てたってのニ」
「一つの木に十数体いるっていう木霊と一緒にしないでほしいんだけど……」
アルベラはため息を吐いた。
左隣にはエリー、左斜め前に八郎、正面にマンセンに乗っ取られた黒い木霊。
(不法侵入の客人共が他人事ではしゃぎやがって)
今日は前の休息日。アルベラは教会(癒しの聖女)のお呼び出しにより癒しの教会へと向かっていた。呼ばれた理由は、気づけばもう数週間前に遡るあの建国祭の騒動についてである。
翼を失ったエイヴィー族の友人ピリの治療。その条件として、アルベラはユリへ今まで行った意地悪について謝罪をした。そしてその謝罪からひと月かそこらであの事件である。舌の根も乾かぬうちからとはまさにこの事かと、聖女様は酷くお怒りのご様子だ。丁寧な手紙はきっと誰かの代筆だろう。書いてあった怒りの内容と字の綺麗さが伴っておらずその反比例さは不気味でしかなかった。
(いったいどんな目にあわされるか……)
実年齢より「かなり」「酷く」「異常に」幼い聖女様のシルエットを思い浮かべ、アルベラは「殺されることは無いはずだが……」と頭を抱えた。
ちなみにピリの治療の際、あるベラは癒しの聖女を実物で、しかも子供姿より珍しい大人バージョンの聖女を見ているが、顔はまだ一度も見たことが無かった。
(一体どんな顔してるんだか!)
「ていうかマンセン、こうしてる間にも別の体でガルカの方も見てるんじゃないの?」
「オン?」とマンセンは首をかしげると、身にまとった葉をさわさわと揺らし目を細めた。
「さぁなァ~、どうだろなァ~」
「この覗き魔め……」
どうせ何を見ていようとも教えてはくれないのだ。
「自分勝手に介入してくるくせに手を差し伸べてはくれないんだから」
「俺に何かしてほしけりゃ価値のあるお宝でも献上するんだナ。公爵のお嬢様なら難しくねんじゃねーノ?」
「私はほぼ無一文よ」
「無一文て言っても聖獣の体ばらして売ったはした金はあるくせニ」
「あんたそんなことまで知ってんの……?」
「その気になりゃこの国の全部を知るくらい俺には楽勝ダ。オメーが他人名義で金を預けてる筒屋を襲撃してすっからかんにするのだって楽勝だゾ」
「絶対やめて」
なんて恐ろしい……、とアルベラはまた頭を抱える。
「ンデ、おめーは何でそんな聖女から目の仇にされてんダ? 本当にこのまま行くのカ? 聖女のやつかんかんだゾ?」
「……聞きたくなかった……余計に行きたくなくなる……」
「今日が命日かもナ」
コロコロと笑い、マンセンは他の場所で声がかけられたかのか「ン? なんだダタ?」と耳をそちらへ傾けた。
木霊の言葉を拾い上げアルベラは「やっぱダタさんといるのね」と呟く。
「おう、わかった! オイ、お嬢様」
「……?」
「ダタがおめーに」
「私に?」
「聖女にやられたら頭もらってやるってヨ」
「――は?」
「アスタッテの墓に捧げんだト。おめーの頭、貢ぎもんとしてどれだけの価値だかナ」
「人の死体から勝手に頭をもぎとってく気? やめてほしいんだけど」
そんなことをされたら家族はどれほど驚く事か。
「だめだってよダタ――『あぁそうか』だト」
「『あぁそうか』って……」
突拍子の無いことを言っておきながらなんと無関心な返答か。
(まだ一度……いや、子供の姿の時を合わせれば二~三度か。それしか顔を合わせていない相手だけに反応に困る……)
「う~ん、首。供物でござるか……」
話を聞いていた八郎が何か考え、思い至ったように口を開いた。
「アスタッテ殿は確か知識人の頭を喜ぶんでござったな。それに老人」
「あァ。だから一応、てめーの頭も供物としては結構いいかもナ、薬屋!」
「思わぬ高評価感謝でござる! けどこの国で知識人と言えばやはりアート殿でござるよな」
マンセンは昔から知ってるかのように「あの爺カ!」と答える。
人よりも長く生き、沢山の目を持つマンセンは、あの魔術研究家が名をはせ始めたころから彼の事は知り、彼に関する過去も他の木霊経路で知っていた。
「あれはきっと喜ばれるゾ!」
「アート様……?」
アート卿の名前が出てアルベラははっとする。学園生活一年生の終わりごろ、本家のストーリーで彼は命を落とすのだ。どんな経緯かは知れないが、知人として良くしてくれる隣人として、アルベラはこのストーリーだけは介入して変えてやろうと思っていた。
「そのアート殿は魔族から頭を狙われたりはしないんでござるか? 質のいい供物として狙われそうでござるが」
(その話気になる! ナイス八郎!)
「あァ……あの変人爺、たまに自分から魔族にちょっかい出してるからナ。実際ドンパチやってるところは見た事あるゾ。けど無いだロ。考えなしに人を襲う魔族は大体が能無しの『ドガァ・マ・ンラ』ダ。それにあの爺は魔徒と交流があったしナ。魔徒にもらった体の一部を持ってっからそこらのまともな魔族なら手はださねぇ――」
「お嬢様、そろそろつきますよ」
マンセンの話に夢中になっているアルベラの目の前にずいっとエリーの顔が覗く。
「え、もう? ちょっと待ってよ、結構気になるとこなのに」
もう着くと聞きマンセンはケラケラ笑った。
「ハハハ、聖女のやつおめーに合うの楽しみにしてるようだゾ! まずは入ってすぐに水をかぶせるって呟いてやがル」
「あの人また!? ――ていうかいいから話を戻して! アート様は魔族から狙われないのね! じゃあ他には? 変な奴らが周りに居たりとかしてない? ていうかそのアート様と交流のあった魔徒って何? 誰?」
「――……さァ、どうだろうなァ」
「何で急にすんとするのよ!」
「オメーが食い気味だからなんか教えてやる気なくなっタ」
「はぁ!?」
「お嬢様、着きました」
エリーがカーテンの隙間から外を覗く。
そこには既に、いつから到着を察知していたのか、金光のシスター『パンジー』を筆頭に数人のシスターたちが公爵の令嬢を待ち構えていた。
「ちょっとマンセン、今の話後で続きをきかせなさい」
「やーだネ。何で俺がオメーのいう事聞かなきゃいけねーんダ」
「けち!」
「ほれほれ、さっさと行けヨ。聖女様がお待ちだゾー」
「くっ」と悔し気にエリーの先導に続き馬車を降りようとするアルベラ。馬車の中に残った八郎が「ファイトでござる!」と声援を送る。「ケケケ! 見守っててやるからナ~」という楽しそうな木霊の声も。
戸が閉まる瞬間、アルベラは葉に覆われた木霊の視線が自分の胸元に突き刺さるのを感じた。ほんの一瞬前までふざけた口調だったというのに、表情が分かりずらいその視線にアルベラは身の危険を感じた気がした。
「ちっ、やっぱ本物はちげーナ。惜しい事しタ」
残念がるような呟きが扉の向こうへ消える。
(本物……)
自分の胸元に手を当て、あの木霊が興味を持ちそうなものがあっただろうかと思い思い出す。
(竜血石?)
彼が見ていたのは多分旅で抉られた部分だ。
(もしかしてこれを見に来たの?)
「おい、馬車の中何人いたんだ?」
教会の中、アルベラの後に追いついたビエーがエリーに尋ねた。彼は馬に乗り馬車と共に教会へ来た。来る途中、馬車の中の妙な気配に気づいたが、カーテンが開いていたためにその中を見て確認することはできなかった。
アルベラとエリーが降り、彼女らの帰りを待つべく馬車が教会の敷地内に移動した時にはもぬけの殻となっていた。
そこらの騎士にできる芸当ではない。そして中に居たのが人かどうかも不明だ。
振り向いたエリーは微笑んだまま「ハチローちゃんよ」と答えた。
「は? ハチローていったらあの……」
あの……今までに数回お嬢様の部屋で見た巨漢の変人か? とまでは言わずビエーは言葉を切る。
――『なんだあれ』
――『ハチローちゃんよ。お嬢様のお友達なの』
――『友達? 貴族か?』
――『いいえ。……気を付けてね、ハチローちゃん、とっっっっっても強いから。変な事したらビエーちゃんじゃ一溜りもないわよ』
初めてあの男を見た時、ビエーはそうエリーから忠告されたのだ。
「ええ、そのハチローちゃん」
「そうか……」
(魔獣と魔族を連れているわ、こんな謎に強い美女を連れているわ、どう見ても不審者な巨漢と友人だわ……)
ビエーはシスターたちの後に続く今の自分の飼い主の背を見る。
(その上聖女に呼び出されるご身分ときた……)
一体あのお嬢様は何なのか。
(命を狙われた時のあの対応もなかなかだった)
その結果共に動いた仕事仲間たちは全滅。どういう縁か自分はこのありさま(貴族の小間使いとなり給料が爆上がり)である。
護衛としてついて来て分かったが、あのお嬢様は一見気が強く我儘だが、案外話せばわかるのだ。感情のまま当たり散らすことは滅多に……まあまああるのだろうがそんなには無い。
(第五王子から気に入られてるみたいだし、もしかして聖女とも仲がいいのか?)
お嬢様がシスターに連れられ部屋へと入っていった。
この先他の者は立ち入り禁止だと、エリーとビエーは隣の部屋へと案内される。
部屋に入りシスターがお茶を持ってく中、促されるまま椅子に腰かけビエーは尋ねた。
「姐さん」
「なぁに?」
「あのお嬢様、まさか聖女と仲がいい――」
――ふざけるんじゃないわよ、この大馬鹿ぁぁぁぁぁ!!!!
突如隣の部屋から聞こえてきた怒号にビエーの鼓膜が震える。
びりびりと皮膚を振動させているのは空気だけではなく魔力や神力の類か。そして自分に向けられていないとわかっているというのに、恐怖心が沸き上がるとてつもない怒りも伝わってきた。
「――わけねぇな。これは……」
「ええ」
(お嬢様大丈夫かしら)
ほほ笑みの下、エリーはほんの少しだがお嬢様への心配がよぎるのだった。
三十分かそこらで話を終え、エリーたちの控える部屋に通されたアルベラは頭から足の先までずぶぬれとなっていた。
体の芯から凍えてるかのように顔を青くし、アルベラは体を震わせながら「あの……あの腐れ聖女……」と呟いた。共に来ていたシスターたちの顔が恐ろしい言葉を聞いてしまったと顔を引きつらせる。
「あらあら、お可哀そうに!」
とエリーは嬉し気にアルベラへ駆け寄り、シスターから渡されたタオルでお嬢様の体をぬぐう。魔術も展開し、完璧にとは言わないが服や髪を乾かした。
その最中――
「はぁ……? まだ準備できてないの?」
アルベラ達のいる部屋にやってきたのはメイの格好をした癒しの聖女、メイク・ヤグアクリーチェだ。
「そんな水さっさと自分で乾かしなさいよ! 天下の公爵ご令嬢様なんでしょ?」
「……っ! ……はい……もう少々お待ちを、メイ様」
笑顔を張り付けたアルベラと敵意満々のメイがにらみ合う。
側近のパンジーが慌てたように二人の間に割り込んだ。メイの目の前に立ち、その視界を遮って何とか感情を落ち着かせようという算段だ。
「メ、メイ様……もう少々待ちましょう。それに公爵ご令嬢にその態度は……その、メイ様とはいえ高位貴族の方へその対応は色々とまずいです……」
「ふん! 何が公爵家よ! 神力にあてられたくらいでそんな震えちゃって。いい!? あんたたち絶対にその子に手を貸すんじゃないわよ!」
メイの言葉にシスターたちは困惑交じりの返事を返す。
アルベラが濡れたままにこの部屋に通されたのはそのせいか、とこの光景を眺めていたビエーは納得した。そしてあの少女――シスターたちへのあの対応。あの少女がこの教会のトップである癒しの聖女、あるいはその代理人か何かなのだろうと察した。
(聖女様と仲いいどころか目ぇ付けられてるじゃねーか……)
民に寛大と知られる聖女が民の一人であるアルベラになぜこうも当たりが強いのか。あのお嬢様は一体何したんだか……。呆れもあるがその経緯が気になるものだ。
一方パンジーは聖女の言葉を聞き背筋を凍らせていた。
(メイ様!? 公爵ご令嬢に神力をお向けに!?)
「大丈夫だから二人きりで話させろ」なんて、この聖女様の言葉を聞くのではなかったと後悔する。
「ほら! もう十分待ったわよ! 私も暇じゃないんだから早くなさい!!」
「っ……! ――大変お待たせいたしました、メイ様」
一瞬垣間見える敵意。そしてそれをすぐに覆う笑顔。
アルベラが聖女へ怒りを抑えてるのは確かだった。
***
「お嬢様、あのメイという子はどちらへ向かわれてるんでしょう?」
来た時と馬車に乗り込み、むすりと膨れるアルベラへエリーが尋ねた。
その中には腹を抱えて転げ笑うマンセンが居た。八郎は去っており、来た時より車内は広くなっていた。
「……孤児院ですって」
「孤児院?」
「ケケケケケ! お嬢様が全然反省しねーから、聖女様が罰として孤児院の手伝いをさせるんだとヨ! ドガァ・マ・ンラに猛毒の神力当てといて容赦ねーナ! ケケケケケ!」
「やっと犯人が突き止められそうなのに……私だって忙しいのに…………毎週通えですって……? あの聖女、なんて迷惑なの……」
アルベラはぶつぶつと文句を垂れる。





