387、新たな手駒 3(届かなかった手紙)
「オローラ嬢からの手紙? 来てねーが」
「来てない?」
「あぁ。そういやそのあたり、オローラ嬢そわそわしてたな」
と言いながら顎を撫で、ウォーフは悟ったように「フーン」と零した。
「貴族どうしのごたごたか……」と彼は呟く。アルベラはその通りだと頷いた。
「俺に来てない手紙の返事を貰ってたってなら、手紙で口止めされててもおかしくねー。『このやり取りは口に出すな』とかなんとか。俺と話したらすぐにばれる」
「そうね」
「で? 嬢はこの件で何か俺にやれってか? オローラ嬢に関わった以上責任もって最後まで面倒を見ろって? それとも女遊びも大概にしろって説教か?」
ウォーフの口ぶりはいつも通りの軽さだが、その裏には相手を警戒するような面倒くさがっているような空気があった。
アルベラは軽く首を傾げ「いえ、なにも」と答えた。
「何も?」とどこか拍子抜けのウォーフ。
「説教してほしいのかしら?」
「いいや、できればごめんだ」
「よね。私もよ。それにそういうのは私の仕事じゃないわ」
(ヒーローの性格強制はユリの仕事、と)
「カカッ。そうだな、そーゆーのは乳母や世話焼きにまかせりゃいい。んで俺はどっちかってぇと」
と、ウォーフは冗談ぽく唇で弧を描き、一つ結びにしたアルベラの髪をひと房手に取った。
「嬢とはもっと色っぽい関係でいたいんだが」
自分の毛先に口付けるウォーフをアルベラは目を据わらせて見やった。ぱしりと相手の手を払い「説教しましょうか?」と棘のある笑みを向ける。
流れるように交わされた一瞬のやり取り。
それを見ていた人物がくすくすと笑いながら二人の元へやって来た。
「やぁ、お疲れ」
ラツィラスだ。
アルベラは軽く頭を下げて「お疲れ様です」と返し、ウォーフは頭も下げもせず「よう、王子さん」とフランクに返した。ベルルッティだからこそ許されるふるまいだとアルベラは思う。
「よう」
とラツィラスと共に現れたジーンも短い挨拶をするが、そちらへはウォーフは攻撃的な目を向けた。
「よう、偽騎士」
「その呼び方やめろ」
ジーンとウォーフの目が合いバチバチと火花が散る。といってもやる気満々なのはウォーフの方だ。ジーンはただ目が合っただけの様子である。
「おう……てめぇよくもあんときは容赦なくやってくれたな」
「手を抜くなって言われたからな」
「そりゃなぁ。てめぇごときが俺に手を抜くなんておかしいだろ。手を抜くってのは強者の特権だ」
「じゃあベルルッティ様は何で怒ってらっしゃるんですか」
「嬢から聞いたぜ。こっちの状況分かってたくせによくもああ薄情に殴る蹴るできたもんだなぁ」
「ちゃんと剣使ってただろ。そんな殴っても蹴ってもない」
「そう言う事いいてぇんじゃねぇんだよ……」
挑まれた決闘に本気で当たって怒られ、だからと言って手を抜くのも許されない。ならどうしろというのか。ジーンは周りに聞こえない声音で迷惑そうにぼそりと言う。
「おぼっちゃんは我儘ですね……」
「ぼ……――」
ウォーフの魔力がぬるい風となって辺りに散る。傍で待機させて居たハイパーホースたちが嘶いた。
ウォーフはジーンの首元を掴む。ジーンの足元は軽く浮き、かかとが地面から離れた。
「てんめぇえ……誰がぼっちゃんだあぁ?」
怒りは抑えているが今にも殴りかかりそうなウォーフと、ただされるがままのジーン。
アルベラとラツィラスはそんな二人を子供の戯れを見守るように和やかに眺めていた。
「普段貴族相手に下手を徹底するジーンが、貴族相手に嫌味を……少し感慨深いです……」とアルベラ。
「だねぇ。最近ウォーフ君には軽口叩くようになってるんだよ」とハイパーホースをなだめながらラツィラス。
「あら、あの二人いつの間にそんなに仲よくなられたんですか?」
「ウォーフ君、体がなまると騎士団をちゃかしに行ってるらしいから、それでかなぁ。騎士と軍人、何かあったら手を取り合う者同士、仲いいに越したことは無いよねえ」
「そうですね。城の騎士も国の軍も国の危機には手を取り合って頑張ってほしいですもの」
「――くそ、時間が勿体ねぇ! 男相手に休憩時間潰してられっか!」
というウォーフの言葉でその場は割と早く解散した。
そしてすぐに上空からホイッスルの音が鳴り響き、教員が乗った騎獣が降り立ち上級騎馬の授業が始まった。
好奇心丸出しでジーンとウォーフのやり取りを見ていた生徒たちも、友人と雑談したり騎獣と戯れたりしていた生徒たちも、教員の登場でぞろぞろとグラウンドの中央に集まっていく。
(オローラ・カメオーレンの件も他の首謀者の事も気になるけど今は切り替えないと。……といっても、体動かしてれば勝手に忘れるか)
アルベラはこの授業が結構好きだった。好きな事は全力で楽しまなければ損だ。
「騎馬」と言っても馬以外の騎獣も扱うこの授業、中期は騎獣の入れ替えのタイミングである。そろそろその切り替わりのタイミングがやってくる頃なのだ。生徒たちはあと数回の授業でハイパーホースの扱いが十分か、教員に見定められ、その審査を通った者は飛行型の騎獣の訓練へ切り替わる。
今はまだ人とハイパーホースのみのこのグラウンドも翌々の週にはバライティに富んだ顔ぶれになっていることだろう。
建国祭中の朝練とその後の一週間の謹慎(という名の拷問)の日々のおかげで飛行型の騎獣にはそこそこ慣れて自信もついていた。
(楽しい上に単位が貰えるなんてなんて良い授業)
学生の本分は学業。ずっと学生でいられるわけではないのだ。今しかできない事には全力で挑まなければ損である。
今世では「もっとちゃんと勉強しておけば良かった」などという後悔はしないことを願い、アルベラはハイパーホースの手綱を握った。





