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アスタッテの尻拭い ~割と乗り気な悪役転生~  作者: 物太郎
第4章 第一妃の変化(仮)
379/411

379、薬の正体、彼女の夢 2/2



 アルベラは一瞬抱き着かれるのかと思い身構えたが、八郎は全身で感動を表しただけだった。

 腕を下ろしテーブルに乗せると、八郎は「して、いかに?」とワクワクした様子で身を乗り出す。

「い、いかにもなにも……普通に偉かったなって思っただけ」

 アルベラは気恥しそうに身を逸らす。

「私、特にと言った才能は無かったし凡人だったけど……――あぁ、あの子の言った通りね」

「あの子?」

「あの賢者様。『輝かしい功績はなく、ちょっと捻くれててやさぐれてて、誰にも迷惑を掛けず、自分で自分を戒めて、縛って、逃げ道をふさいで生きていた善良な一般人』」

「何でござる、それ」

「あの賢者様が言ってた前世の私よ」

 アルベラはグラスを仰いで中身を飲み干す。

 彼女には珍しく、コンッと行儀悪くテーブルにグラスを置いた。テーブルの中央に置かれた瓶を掴み、その中をグラスの半分まで次ぐと残りの半分を炭酸水で満たす。

「あの子の言う通りよ。私は善良だった。真面目に生きてた。だって親には頼らず自分の力で生きてたし、ちゃんと職について……たまにさぼったり仮病はあったりしたけど……ちゃんと自分の業務上の役目は果たしてたし」

「さぼったり仮病したりしたんでござるな」

「たまによ。それくらい貴方だってしたでしょう」

「いかいも」と八郎はニッと笑んだ。

 そんな彼に呆れつつ「……まぁほかにも色々遺恨は残りはしたけど」とアルベラは小さく呟き息をつく。

「でもそれだけでも十分じゃない。できる限り人に迷惑かけないよう気を付けてせめて自分の事は自分でって……。なのに前世ではそれを頭の芯から理解できてなかった。気づけなかった。ずっと根の部分では、自分はしょうもない人間なんだって諦めて……。それが悔しい。だから今世では前世みたいに人や自分から逃げたくないって思ったの。色々、正直な自分の価値観で向き合っていこうって」

「アルベラ氏っ……」

 八郎の声は喜びで震えていた。

 何がそんなに嬉しいのかとアルベラは眉を寄せる。だが、こうやって話している八郎からの影響は大きかった。八郎だけではない。この世界に来てから、やたらと芯があり自分の意見や価値観をしっかり持っている人たちと出会う気がした。周りに惑わされず、自分の価値観を揺らがせない彼ら――

「さすが神様のお気に入りよね」

「何がでござる?」

「八郎は前世からそうだったんでしょう。自分の好きな事に向き合って、周りの目なんて気にしないで突き進んで……」

「拙者にだって多少の羞恥心はあったでござるが」

「その恰好じゃ説得力ゼロね」

「そうでござったな」

 こてこてのオタクファッションを見下ろし八郎は頭を掻く。

「拙者、こんなんでござるが勉強は嫌いじゃなかったゆえ、それがわずかもの救いでござった。いじめもあったでござるが、それでも出会いに恵まれたでござる。あの時友人が声をかけてくれなければ、あの時ネットであの友人と出会ってなければ、あの時あの先生と出会ってなければ……きっと拙者だって今と違ってたでござるよ」

「そうかしら……好き勝手楽しんでそうだけど」

「それも有りえるでござるな!」

 自信満々に笑う八郎は、アルベラにとってやはり羨ましい意味で自分とはどこか違う人種に思えた。

「で、自分を認められるようになったアルベラ氏の『やりたいこと』とは」

「あぁ……そういえばそんな話だっけ……」

「でござる!」

 アルベラは口を閉じてむずむずする感覚に堪えた。夢や未来の希望を語るのは苦手だった。そんなものをそれこそ夢見がちに話して、いざ実現できなかった時の事を考えると格好悪いから。

 だがそういうところも脱却しなければいけないと思った。

 失敗したなら、夢をかなえられなかったなら、それを受け止めて次へ動き出す強さも培わなければいけないと思った。

(けど、これに関しては叶う叶わないじゃなくていつか絶対に来る話だし……)

 アルベラは八郎を見て口を開く。

「まだかなり先の話だけど、ストーレムの領地経営。ひとまずこれに集中する。私の生まれや立場から絶対にちゃんとやり切らないといけないし。――お父様の育てたストーレムを、ちゃんと引き継いで、そこで暮らす人たちが平和に暮らせるようにする。それが今の私の夢よ。夢といって言いか分からないけど」

「なるほど、大事な事でござるな! 流石アルベラ氏、現実的でござる!」

「……」

「……?」

 アルベラはじっと八郎を見据えた。彼女の目はどんどん座っていき、腕を組むとむすりと言った。

「――『それだけ?』て思った?」

「思ってないでござるが!?」

 八郎は即答する。

「もう……。どうせこれだけよ。()()()()ね」

「いや、だから思ってないでござるよ」

「けどこれから何か見つければ、その思いから逃げないようにしようと思う。別に一番になれなくても有名になれなくても、回りから称賛されなくても……私がただ『やりたい』って思う範囲で続ければいいって。だからとりあえず今は、学園を出たらお父様とお母様の元でいつか自分が頭首になる日に備えて勉強したいと思ってる。必要なら他の領主の元へ行って学ぶのもいいわね。で、他のやりたいことはその間に自分のペースで見つけていく」

 「もう後悔なんてしてやんないんだから」とグラスを傾けたアルベラは何に向かってか挑戦的な目をしていた。

 それは神へか、あの賢者へか、自分自身へか。

 そんな彼女に八郎は頬を緩める。

 目の前の少女の姿をした同胞が未来を思い奮い立っている。そんな姿が微笑ましく、自分の事の様に嬉しかった。

「応援しているでござるよ、アルベラ氏!」

「応援……」

 ふむ……と黙ると、アルべラは毒を含んだような笑みを浮かべた。

「何言ってるの?」

「……?」

「役目を終えるまでは擦り切れるまで働いてもらうわよ、お に い さ ま」

 ぞわり――

 八郎は背筋に寒気を感じる。

 前世の悔いがどうのと言ってはいるが、今の彼女はしっかり「悪役令嬢」の役にはまっていた。

 それも根っからの真面目さがあってこそなのかもしれないが……。

「アルベラ氏……お兄様ではなく『お兄ちゃん』と――」

「……」

 ――あ゛ぁん?

 華やかな笑顔の下にそんなチンピラめいた声が聞こえた気がした。

「女王様万歳! でござる!」と八郎はまた両手を上げる。

 アルベラは「誰が女王様だ」とひどく冷たく素っ気ない言葉を返した。



 ***



「――ほーん。ウォーフ殿はまだ盟約の魔術が解けてないんでござるな」

「ええ。てっきりあの王子様が解き方を伝えたのかと思っていたんだけど、忘れたのかしら。……何かの思惑があってあえて伝えてないのかもと思って、今日は何も言わないで置いたんだけど」

「そうでござるな。思惑かどうかは明日会って王子殿に聞けば良し――ん?」

 八郎がおもむろに背後を振り返った。彼はそこに並ぶ品々を見ると目をかっと開く。

「おお! すっかり忘れてござった! アルベラ氏、終わってるでござる」

 八郎は小さな台の上に置いた機械の元へ行きそこから出てきた紙をみる。

 その機会の隣には幾つかの試験官、更にその隣には魔術陣が描かれた紙が広げられており、そちらでも陣の周囲に描かれたいくつもの円の内のいくつかが黄色や赤色に染まっていた。陣の中央にはスチュートから渡された薬が置かれている。

 八郎がアルベラの元を訪れた一番の目的――

 それを思い出したアルベラもはっとた。

 八郎はここへ世間話をしに来たわけではないのだ。彼が来たのは、アルベラが今日スチュートから渡された薬の解析のため。

「すっかり忘れてた」とアルベラも席を立つ。

 今部屋にある陣も小さな機械も、成分の分析の際に八郎が良く使う道具である。 

 試験官に入れられた液体が幾つか色を変えているのと、魔術陣の色がついた円をみて八郎が口を開いた。

「うむ。サルスリーシェ系の毒でござるな」

「サルスリーシェ? バンウロじゃなくて?」

「バンウロに似た成分を持つ即効性の毒でござる。ひと昔前だと筋弛緩薬きんしかんやくとして使う国が東の大陸にあったでござるが、たしか今は使われていないはず……。サルスリーシェ自体、この国では流通していない物でござる。解毒剤を入手しようとしたら時間がかかるでござろうな。バンウロはこの国で使われている似た成分の別の薬故、そちらと間違えて対処すれば手遅れになるでござる。――ウォーフ殿の調べではバンウロと出たでござるか?」

「ええ。簡易的に調べるって言ってたし、時間も短かったから仕方ないかも。けど即効性の毒って言うのは同じだし」

「即効性の毒と言ってもその程度はかなり違うでござるよ。バンウロは酷いと二~三日動けなくなる程度。サルスリーシェは死ぬでござる」

「死ぬ!? あの第三王子様、またそんな危ない薬を公爵家のお嬢様に預けたわけ!? 頭おかしいんじゃないの! 私がこの件で訴えたりとかするって考えてないわけ!?」

「何の薬か調べるところまでは見越しているんじゃないでござるか? アルベラ氏が拒んでも盟約で苦しめば、それはそれで第三王子殿にとっては面白い事なんでござろうし。相手が訴えようとしたなら……拙者が王族ならいろんな手でもみ消すでござろうな。王族でなくとも相手が訴える前に消すことなど容易いでござるが、はっはっは!」

「あぁ……もういろいろと最低すぎて言葉がない……」

「王位継承権争い、大変でござるな」

「そんなのに興味ないのよ、あの第三王子様。第五王子様を狙うのはただの私怨なんだから」

「ほう。それはさらに厄介でござるな。アルベラ氏、これどうするんでござる? ラツィラス殿に飲ませるでござるか?」

「飲ませないわよ」

 アルベラは迷わず首を横に振る。

 修学旅行ではラツィラスとスチュート、両方を騙そうとし面倒なことになったのだ。

「今回はあの王子様にそのままを伝える」

「ほう」

「盟約が解けてる事がばれてももういいわ。第三王子様に目をつけられたって、今まで通り身の安全を守るだけよ」



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