378、薬の正体、彼女の夢 1/2
「ほーん。それは大変だったでござるなぁ、アルベラ氏」
「でしょ。カメオーレン嬢はウォーフにお姫様抱っこされた途端に静かになってそのまま部屋へ運ばれていったわ。あいつ、女をなだめるのにもなれているようだったけど……なのに平気で胸倉掴んだり……先輩を部屋に送った後は反省の色もないしで呆れたわ。女好きっていう割には女性の扱いがところどころ荒いくない? どういう神経してるんだか」
アルベラはオローラ・カメオーレンの襲撃後、ウォーフとスチュートの命令の件で借り部屋にて話をしその後夕食を取り自室に戻ってきていた。
八郎には薬の件でここに来れないかと魔術具の通信スクロールでメッセージを送っていたのだが、丁度王都にいるからとすぐに連絡が来て夕食後に会うことになった。
学園寮のアルベラの部屋には、今はアルベラと八郎の二人きりだ。
エリーやニーニャ、ガルカにビエーは転生の話に触れる内容も出るかもしれないと下がらせていた。
人の声をコピーしてしまうスーも、人語を理解できるコントンも今はいない。
部屋は自称最強の八郎の魔術により守られており、外からの侵入も盗み聞ぎも、そこらの魔術の達人ではできない状態になっていた。
窓の方から時折バチバチと火花が弾けるような音がするのは、どうやら“誰かさん”が盗み聞きを図ろうと何かをしては失敗している音らしい。
「ガルカ殿も懲りないでござるな」と零す八郎の台詞からもその犯人は明らかだ。
だれも個々の会話を聞くことができない。
自分の展開した魔術であるだけにそう自信のある八郎は安心して“原作”に触れる発言をする。
「まぁウォーフ殿でござるからな」
「はぁ……『ウォーフだから』ね……。つまりそういう設定って事?」
「でござる。ウォーフ殿は女性が好きであり多少……憎いんでござるよ。幼い頃に信用していたメイドに裏切られているでござる。だからああして女性を弄んでるんでござるな」
「そうやって女に復讐をしているって?」
「でござる」
「あいつそんなキャラだったの? 歪んだものね」
「復讐がメインではないでござるがな。結局、もう一度あの時のメイド殿を信じられるチャンスを探してるんでござる。だからああして女性を周りに置いていいところ悪いところとを無意識に確認しているでござる。そういう影があるからこそ、物語の中でヒロインの純粋さが栄えるんでござろう。ユリ殿がウォーフ殿と親しくなればその歪みも補正されてヒロインに一途になるでござるよ」
「ふーん……まぁ、ゲーム的にはそうか……。けど変じゃない? 何があったか知らないけど、女にトラウマがあるなら、普通人間不信とかになって避けるでしょう」
「確かにそうでござるな……。何か切っ掛けでもあったんでござろうか? それか好戦的な性格故、やられたらやり返すという思考が先だったとか?」
「ゲームではそこらへんあまり深く触れてないのね」
「どうだったでござろうか。触れていなかったのか、触れたけど忘れたか……。こういうネタ晴らしみたいのはウォーフ殿の領地問題解決後、ウォーフ殿からユリ殿に自白したときに明らかになったはずなんでござるが……。自分の今までの行いを顧みて、ウォーフ殿が『そうだったのかも……』程度に気づくんでござる。それ以外で話が出ていたけど拙者が見逃していた可能背も無きにしも非ず、でござるな。まぁ、もともとの根が女好きって言うのはあるでござろう。じゃなきゃああやってずっと女性と一緒になんていられないでござる」
「ふーん。細かい事情についてはともかく、偉大な公爵家様がまどろっこしいのね。そんなの、その時のメイドを捕まえて問い詰めるなり罰するなりすればいいのに。魔法も魔術もある世界なんだし、それくらい」
「もう亡くなってるでござる」
「……そういうこと」
「メイド殿はウォーフ殿の懐に入り、領地問題に関する大事な書類を持ち出そうとしたでござる。それで捕らえられスパイであることがばれ処刑されたでござるよ。最期に会いに来たウォーフ殿へ『本当は子供なんて嫌いだった。お前の相手にはうんざりしてた』と言って、そのまま今生の別れでござるな。ウォーフ殿はそのメイド殿の最後の言葉が嘘であってほしいと引きずっているんでござる」
「なんか聞いたことがあるような話ね……」
「ベタなシナリオでござろう。けどもうその作り話も賢者殿が事実にしてしまったでござる。そういうメイドは実際に存在して亡くなったでござるよ」
「そうね」と呟いてアルベラは手に持っていたグラスを口に運んだ。
「恐ろしい話よね。――そうやってシナリオに沿って死んだり傷ついたりした人たちがいるのを知ると、全部があの賢者様の被害者に思えない? この舞台を作り上げるために彼、沢山の人やら気候やら地形やら……何をどうやったのか分からないけど全部をこうなるよう操作して作り上げたんでしょう」
「そうでござるな。けど賢者殿の操作が無ければここにいる人たちは産まれていなかったんでござろう。まったく違う文化で、もしかしたらここはヌーダの土地でもなかったかもしれないでござる。もしかしたら何もない未開の森か、はたまた人の賑わう別の都市か、争いの絶えない戦場か、土地なんてない海でもあったかもしれないでござるよな。拙者も自分の役目の頃は『この世界は――』『この国は――』『あの老人は――』と色々考えたでござるよ。でも結局ここに在る物が全てでござる。賢者殿の手が入っていようとなかろうと『在る物は在る、無い物は無い』でござる」
「割り切ったわね」
「自分の力の及ばないことはたまの暇つぶしの遊びにする程度が丁度いいでござるよ。でなくても前はこんな話誰にもできなかったゆえ、そう思うしかなかったというだけでござるが――いやぁ、けどこうして人と話せるとはやはりいいでござるな。前はこんな話、こうして誰かと共有できるなんて思ってもいなかったでござる。生きていると何があるか分からないものでござるな。はっはっは」
――バチチチチッ……
扉の方から上がった音に八郎とアルベラの視線が集まる。
「あいつ……」とアルベラは目を据わらせ、八郎は「今度はそっちにしたんでござるな」と笑った。
魔術が解ける心配は一切無いようで八郎は視線をアルベラへ戻す。
「ガルカ殿、随分と溶け込んでるでござるな」
アルベラは話題が先ほどまでと全く異なる方向へ向き首を傾げた。
「ええ……そうね」
「拙者が北に居た頃は戦時中だったためか気性が荒く好戦的な魔族にばかりあっていたでござるからして……ガルカ殿は彼らに比べると人間味が強い故魔族であることをたまに忘れてしまうでござるなぁ」
「あぁ、『アクタ』だっけ。賢者様に毒された戦闘マシーン」
「そういう者達ばかりだったかは分からないでござるが……まあ、荒れた地に好んで集まる輩でござる。気性が荒い者ぞろいになるのは必然だったんでござろうな。こちらに来てからガルカ殿以外の魔族も見つけたでござるが、人里に紛れてる魔族の中には争い事を好まない者達もいたでござるよ。ガルカ殿よりひねくれて扱いずらそうな者達もいたでござるが、基本身を隠してる者達は気が弱い者達の方が多数でござったな」
「そうなの?」
「うむ。どうやらアスタッテの墓の側で暮らす者が多いらしく、その土地の者達に粛清されないよう息をひそめて暮らしてるようでござる。ヌーダは他種族より過敏に魔族を恐れ過剰な防衛をするでござるが、鼻が利かない分魔族からしたらばれるリスクが低く紛れやすいようでござるから」
「そうは聞くけど、私まだあったことないわよ。人里の魔族」
「都会は騎士や兵士も多いでござるし、郊外へ行けばそのうちきっと会うでござるよ。それに、魔族は他種族の形を真似るのが上手い者達が多いゆえ、気づかないだけですれ違っていると思うでござるよ」
「ふーん」
「で、アルベラ氏」
「ん?」
「ガルカ殿とできてるんでござるか?」
「……」
なんて馬鹿な質問だ。と言いたげに、アルベアは冷たい目をしていた。
その沈黙と冷え冷えとした空気が答えだ。
八郎は「な、なる程……そうでござるか」と頷く。
「ティーチ殿が『旅の最中べったりだった』『あれはできてる』と言いふらしていたでござるから……アルベラ氏に限ってそんなはず、と思っていたでござる。そそそそうでござるよなぁ、失敬失敬!」
「姐さん……」
アルベラの背後に怒りの炎が燃え盛る。
噂の的になる事になれているとはいえ、身内からそんな裏切りを受けるとは――と思うも彼女ならやりかねない、と納得もしてしまう。でなくても「ファミリー」という「自分勝手な者達が多い集まり」の一メンバーなのだ。
ティーチだけではない。ツーファミリ―の彼らが自分を敬って口を慎む事など今までだって一度もなかった。
「まったく……あの人は本当に……」
アルベラは怒りを堪え、次あった時のためにと心の奥へ貯蔵する。
「けどアルベラ氏、今世では恋愛も結婚もしたいって前に言ってたでござるよな」
「言ったけど、なんで今その話? 言っておくけどガルカはないわよ。あいつ魔族だからかたまに何考えてるのかよくわからないし、どう狂って殺されるかわからないし怖いもの」
「そうでござるか?」
「八郎は強いからそういう心配ないんでしょうけど、私は人並みなの。強い人間が味方になってくれればそりゃ嬉しいけど、そういう人たちに裏切られたら終わりなんだからね」
「そうでござるか」
「そーうーなーの!」
「まぁ……じゃあ恋愛はともかく、『やりたいこと』というやつは見つかったんでござるか? 今世で前世の悔いを晴らすといっていたでござろう。それで、人生をかけてやりたいことを学生の間に見つけておきたいと。どうでござる? 今のところ見つけられそうでござるか? それとも見つかったでござるか?」
(そんなもの、拙者は無理に見つけなくていいと思うんでござるが……求める物は人それぞれでござるよな)
「あなた……」
八郎の話しぶりがどこか父親や親せきのおじさんめいて感じた。
首をかしげる八郎に、アルベラは苦笑し「なんでもない」と首を振る。
(前世の話か……話したのっていつだっけ。もう随分前な気がする。去年ではないし、その前か前の年? たいして話す事なんてないって思ってたし、そうするとなんか自然と自虐っぽくなっちゃうし……しなくはなっちゃうよな)
八郎からするとアルベラはあまり細かく自分の前世を語ったことはない。
自分の両親はどんな人だったか、どんな学生生活だったか、子供のころの夢は何だったか。彼女は聞けば答えてくれたが、自分から話すことは滅多になかった。
「人の自虐程聞いていて困るものもないでしょ」と彼女は言っていたが、普通に働いて、その中に生まれた些細な劣等感があって、あれができなくてこれができなくて、等ごく普通のことなのに、何がそんなに恥ずかしいのかと八郎は思う。
「アルベラ氏はプライドが高いでござる」
「は? そうだけど……何急に」
イラっとした様子でアルベラは答える。
「アルベラ氏は前世から、人に弱い部分を見せたりカッコ悪い部分を知られたりするのが嫌なんでござるよな」
「そうね、そうだけど……あんた喧嘩売ってる? 小さい人間だって言ってる?」
「言っていないでござるよ? 拙者そこまで言ってないでござる」
どうどうと八郎は両手をアルベラに向ける。
聞けば彼女だって望んだ結果が得られなかったとはいえ全く挑戦をしてこなかったわけではないのだ。
今世ほど活発じゃなかったにしても、積み重ねてきた努力もあった。ただその結果に納得できず引きずっていたことが本人の目を曇らせていたように思う。
八郎はそれが勿体ないと思った。
「アルベラ氏はアルベラ氏の前の生を過小評価しすぎではござらんか?」
アルベラは睨みつけるようにじっと八郎を見た。
そして彼の手もとも。部屋に来た際から共に飲んでいる微量のリキュールの入ったジュース。
アルベラは八郎が飲んでいるジュースをさらに炭酸水で割った物が入ったグラスを揺らした。
(お酒のせいだと思って大目にみてあげるけど……)
「はぁ……――八郎」
「何でござる?」
「やめたわ」
「む? なにをでござる?」
「やめたの、前の私を悪く言う事。だからって何もかも許して全肯定とはいかないけど」
「……というと?」
「私、それなりに頑張ってた。諦めとかじゃなく、本当に……第三者的に見たら十分偉かったんじゃないかって最近思うの」
「おぉ……アルベラ氏……!」
がばり! と八郎は両手を広げて万歳のポーズをした。
「偉いでござる!!」





