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アスタッテの尻拭い ~割と乗り気な悪役転生~  作者: 物太郎
第4章 第一妃の変化(仮)
376/411

376、首捻じれ男の新たな情報



 謹慎が明けてからのある平日の放課後。

 今日の授業はすべて終えた。祖父も帰ったため訓練に追われることもない。アルベラは時間を気にせず気の赴くままに寄り道ができる幸せを噛みしみてた。

 図書館の中目的の本棚の前に来ると、本を取ってはページを捲り、閉じてまた別の本を手に取ってを繰り返す。

 その日に終えた授業――魔獣学にて教員のザッヘルマが魔獣について気になる事を言っていたのだ。


 ――『他の生物に寄生する生物がいるのと同様魔獣にもそういった者達はおり、健康な成体を惑わしその体内に潜り込む者から、卵の内から取り付き生まれた瞬間のか弱い幼体を狙う者までその手法は様々……』


(聖獣の卵を覆っていたあの二重の殻……もしかして寄生型の魔獣だったなんてこと……)

 そして何冊目かの本、彼女がページを捲るスピードを緩めた。魔獣の図鑑の中寄生型のページ、少ない範囲を注意深く捲っていく。

(これか?)

 アルベラは卵の絵が描かれたページに目を走らせた。

(水っぽくて、でも筋肉繊維みたいのもあって。……うん、まったく同じではないけど似てる。あれは黒っぽかったけど本来はこういう赤紫色なのかな。……へぇ、本当はアメーバみたいなものなのね――『まず本体が卵を覆い、その周りに実物に擬態させた保護膜を形成する。その硬度は実物よりも遥かに硬く――』――……ふーん……『胎児の成長と共に少しずつ自分の体を退治の体内 (頭部周辺を中心に)へ侵入させていく。宿主の力が最盛期となったころに意識を奪い凶暴化。生物が多く生息する地、又は栄えた巣を標的に襲撃させる』……体を好き勝手操作するわけじゃなく“錯乱”か。……なる程、瘴気を糧にする系の魔獣なんだ。暗闇や負の感情を糧にするコントンと同じタイプなのね。こっちの狩はもっと瞬間的で過激な物みたいだけど。『狩は宿主の命が尽きるまでの短期的で行われる。十分な糧を得てると休眠期間に入り一~五つほどの種を撒く。その種が消滅までに生物の卵を捕らえられれば同じ工程が繰り返される。そうすることで長い年月を生きながらえていると考えられ――』――……寄生型で分裂型と……その一つにあの賢者様の悪意が宿ったってわけか。あのままだったら聖女ユリが傍に置いてる聖獣が突然暴れ出すわけでしょ……被害が凄そうね……ゲームエンディング後も聖獣がユリといるとしたら、当然居場所は三大教会のある王都になるでしょうし……)

 「私いい仕事したな、頑張ったな」と心の中自賛してアルベラは本を棚へと戻した。

 棚の隙間の暗闇から『タマゴ マタタベタイ』とコントンの唸り声が聞こえた。

 その声を運悪く聞いてしまったのだろう、棚の裏に居た生徒が小さい悲鳴を上げる。アルベラは口もとに人差し指を当て苦笑した。

(あんなもの滅多にないと思うけど……)

「またあればね」

 コントンは「バフ」と控えめな返事で返し影はまた普通の影へと戻った。

(さぁて、ニーニャが読みたい本があるって言ってったっけ。――他国のお酒辞典に発酵の本と恋愛小説ってどういう組み合わせよ)



 ***



 こちらもとある放課後、ユリは清めの教会の一室で聖獣を前に頭抱えていた。

「――キュイ!」

 建国祭の翌日に生まれたドラゴンは、テーブルに伏せられたユリの頭にじゃれつき髪の毛を思う存分かき乱す。

 鳥のような翼にまだ柔らかい二対の黄金色の角。固いうろこではなく真っ白な毛皮に包まれた可愛らしい生き物に、ユリは一瞬顔を緩めるもすぐに悩みを思い出し深いため息とともに顔を腕の中に沈めた。

(私が次期聖女……しかも、ラツィラス様の婚約者候補にまで……)


 ――『貴女にも手伝ってもらうわ』


 癒しの聖女が珍しく笑いもせずにそう言っていた。

 城の地下で守られている魔法陣の補強。それを三聖女たちが行う様を見せられ、いつかはこれを貴女もやるのだと言われた。

 だがすぐではない。まずは聖力を扱う経験を積むようにと。魔力をまともに制御できないようでは神力など到底扱えないと。そう言われてどうしたらいいのかわからなかった。

 ――『じゃないと飲まれてしまうわよ。飲まれて……消えてしまうの……』

 いつか、自分が何もしなくとも神から強大な力が送り込まれてくるのだそうだ。

 それとは逆に、今の清めの聖女は力を失っていくらしい。

 そして、神の力への耐性のない魂は、その大いなる波に翻弄されるのだという。

 運が悪ければ、与えられた力の波におぼれ抜け出せなくなってしまうのだと。そうなれば魂は神の力の中で摩耗され数日で消滅してしまうだろうと。

 そして、人としての中身を失った器だけが残される。

 神の力を詰め込んだだけの器は、教会で置いて朽ちるまで大切に大切に“保管”されるのだそうだ。

 ――『そんなの嫌でしょう? 嘘じゃないわよ。私はそうなった子を一人知ってるもの』

 イタズラっぽく癒しの聖女がいうが、その目は笑っていなかった。

 ――『貴女が聖女としての訓練を拒むのは自由よ。けど時がくれば貴女の気持ちに関係なくその体に神力が流れ込んでくる。そして貴女がダメだった時、清めの聖女の座は暫く不在となるわね。私たちはそれを二人で補うだけ。貴女の体に残された神力を活用してね。さぁユリ、良いわよ、正直な気持ちを言ってごらんなさい……』

 聖女の話以外でも建国祭でひと悶着起き、それが終わったかと思えばキューイが孵った。

 キューイとはユリの目の前にいる聖獣、ドラゴンに付けた名前だ。彼の誕生自体は喜ばしいものだったが、その後その喜びを覆いつくすような悲報 (ユリにとっての)がユリの元へ届けられた。

 それが「第五王子の婚約者候補の報せ」だ。

 表向きは魔族をあの場で倒した功績という事なのだそうだが、その実は自分が次期聖女であるならその資格は十分だと国王が判断したからだった。

 そしてそのように国王に吹き込んだのが癒しの聖女メイクであるという事をユリは知らない。

 学園ではユリが魔獣を倒した話と、ワインをかけられた話、ドレスをやましい方法で稼いだ金で買ったのだという噂が好き放題に広まっていた。

 そこにどこから漏れたのか「婚約者候補の件」が突如として加わったのだ。

 友人たちは凄いじゃないか、と褒めたり羨んだりして祝ってくれたが、婚約者候補という立場は貴族の敵をさらに増やすこととなった。

 折角仲良くなった友人たちの中には婚約者候補“だった”者達がおり、彼女らの態度は明らかによそよそしくなっていたのだ。

 彼女たちは口では「ただの習わしだから」「私が最後まで残るはずないから」と言っていたが少しは期待をしていたのだ。

 あの王子様と関わり「もしかしたら自分が彼の特別になる事もあるかも」と、短くとも胸が高鳴る夢を見たのだ。

(私はただ……自分の努力が報われたと思えるだけの……)

 ――そんな未来が欲しかっただけだ。

 こんな大きすぎる物を望んでなどなかった。

 しかもこんな、自分の努力とは関係なく決まっていた未来――

「キュウウウウ」

 聖獣が不安そうな声でなく。

 ユリが顔を上げると彼はオレンジの髪を口に含みもぐもぐと咀嚼していた。

 ユリは一瞬言葉を失い、遅れて慌てて聖獣を持ち上げた。

「ダメダメ、お腹壊しちゃうよ! ほら、ペッ! ペッ!」

 だがキューイはすぐにユリの髪を放すことはなかった。

 髪を飲み込んでいるのではないかと慌てていたユリだが、彼がただそれを噛んでいるだけだと察して少し安心する。

 だが今度は自分の髪の毛が心配になった。

「お願いキューイ、放して?」

「キュゥ」

「……」

 聖獣様はすぐにはこの髪を開放してくれそうになかった。

 今までの考えなど吹っ飛んで、ユリはキューイが満足するまで自分の髪の毛をどう開放してもらうかで頭を悩ませることとなった。



 ***



(学園に復帰してもう随分経った気がする。……けど実際はまだ一週目なんだよなぁ……) 

 アルベラは朝の身支度を終え朝礼までの時間を自室でくつろぎながら潰していた。

 あんなことがあって謹慎で居たというのに、スカートンやランなど、入学の頃やその以前から交流のあった同級生たちは変わらない態度で接してくれていた。

 何か思うところはあるのだろうが、ユリに働いた蛮行について触れてくる者は女生徒たちの中からは()()()()()()()はまだいない。

 ラン主催のいつものメンバーでのお茶会が休息日に行われるので、もしかしたら皆その時に触れてくるのかもとアルベラは考えていた。

(意地悪なご令嬢として堂々と答えなきゃ。ひよるなよ私……)

 アルべラは気を紛らわすように引き出しを開き、そこに仕舞っていた幾つかの書類を取り出して眺める。

(お母さま、今日マリンアーネとアレンて奴の報告書をガルカにもっていかせるって言ってたけど……こっちの方は完全に行き詰ってるんだよな……。死人に口なし、仕方ないんだろうけどすっきりしない――)

「――ん? そいつ」

 アルベラが眺めていた過去の報告書――馬車での襲撃の際の生け捕りにし損ねた男についての書類――を見て、ビエーが声を上げた。

「ベドジフか?」

 アルベラが丁度見ていたペ^時には一人の男の肖像画があった。首が捻じれて死んだ男。

 ビエーが口にしたのは報告書に書いてあった彼の名と同じものだった。

「知り合い?」

 アルベラは驚きながらも尋ねる。

「あぁ。同業者だ。前に会ったことがある」

「フェリ何とかにいたの?」

「いや。フェリゴラドがそいつのいた業者と一緒に動いた時期があったんだ」

「違う店同士で助け合いってわけ?」

「違う、依頼だ。人手が欲しいつってそっちのボスがウチに依頼したんだよ」

「へぇ。それで貴方が行った先にこの男が居たのね」

「あぁ」

 アルベラは舞い込んできた情報に身を乗り出した。

「ビエー、その店わかる?」

「分かるが……なんだ? そいつを探してんのか?」

「いいえ、この人はもう死んだわ」

「なんだ、そうだったか」

「エリー」

「はい」

「私もう授業に行かないと。あとお願い。適当に説明して、その店に行って依頼主の情報を買ってきて」

「はい」

 “依頼主の情報”を買ってこい。その指示でビエーは察したらしい。「あぁ、そう言う事かい」と他人事に短い顎髭をざらりとなぞりエリーに促されるまま椅子に腰かけた。

「お嬢様、行ってらっしゃいませ」

「行ってらっしゃいませ」

「いってらっしゃいませー」

 エリーとニーニャの見送りの言葉に覇気のないビエーの言葉が続く。

(意外な収穫ね……)

 この日初めて心からあの男を護衛にしてよかったとアルベラは思えたのだった。



 ***



 魔術と薬で意識がも朦朧としている男。ソレを見て、ガルカは「ほう」と呟いた。

 ここはディオール公爵邸の地下牢だ。

 幾つかの独房が連なる内の一室に「アレン」がいた。

 他にも何人か収容裂ているようだったが、その中にガルカの知る顔はいなかった。

(どいつもこいつも牢から離れてるな)

 手が届く範囲に居る者がいないのを確認しガルカは警備の男に尋ねる。

「あのアレンというやつはこの後どうする?」

「明日処刑の予定です」

「遺体は?」

「燃やして埋めると聞いています」

 「そうか」と頷きガルカは地下牢を後にした。

 まっすぐ向かったのは公爵夫人レミリアスの元だ。

 彼女に会うと目的の情報を預かり、ついでに幾つか要求をしてみる。

「アレンという男、明日死ぬのだろう。アレの血を寄越せ。今でもいいし明日の処刑の時でも構わん。小瓶にいくらか入っていればそれでいい」

 そのよう急にレミリアスは渋った。

 マリンアーネを捕らえた件については公 (城の騎士達)にも知られている。しかしアレンについては、あの時点では身元不明の男性としか知られていないのだ。

 きっと今後、エイプリル家では「アレン」と名乗っていた男が行方不明になったと捜査する事だろう。それはもう既に始まっているかもしれない。

 そんな行方不明の男の血液を、ディオール家の手の内の男が持っていると知られることがあれば大問題だ。

 こちらとしては娘が命を狙われたから捕らえたという理由があるも、あちらはあちらで事実を歪めて被害者ぶることもできる。表ざたにしなくとも今まで以上にディオール家を警戒し防御を強固にしてくるだろう。

 エイプリール家が全盛期の頃と違い現国王と現大伯の仲が良くないとはいえ、それでも彼らを支持して仕える家門は多い。何かあれば多くの貴族を巻き込んでの対立が今よりも酷くなってしまう。

「……」

「悩んでいるのなら勝手にもらっていくぞ」

 ガルカが部屋を出ようとし、「待ちなさい」とレミリアスが止める。

「血を何に使う気ですか」

「ちょっとしたお遊びだ」

「では許可できません」

「何かを心配しているようだが、俺が貴様らに歯向かうことは禁じられている」

「その遊びによって、私達に火の粉がかかる事はないと?」

「そう言う事だ」

 レミリアスは暫し悩み、「やはり……血を持ち歩くのは許可できません」と返す。

 ガルカはイラついて舌を打つ。

「ならその場で貰おう」

「その場で?」

「あぁ。何かに入れて持ち歩いたりはしない。ならいいだろう」

「……いいでしょう」

「どうせ死ぬんだ。損傷の度合いについては気にしなくていいな」

「はぁ……。明日処刑できるよう、死なせる事はないようにしてください」

「ハッ。宣告だけしてその時を待たすことの方がよっぽど残酷だとわかっての事か? いたぶり方をよくわかっている」

「娯楽でやっているのではありませんよ」

「どうだか。――では、血を貰うためあの人間を多少傷つけるがいいな」

「ええ。許しましょう」

「ふん」

 ガルカは奴隷の身でありながら頭も下げずに主の前から立ち去る。レミリアスは彼の背を示し、使用人の一人に念のためついていくようにと指示した。

 少しして使用人だけが戻ってくる。

「報告すべきことは?」

 レミリアスが尋ねる。

「は、はい……。ガルカ様は、罪人の肩に噛みついて……そ、その肉を食べて行かれまし た……」

 レミリアスはため息を零す。

「罪人は?」

「は、はい。生きてます。今頃治療を受けているとは思いますが……」

 えぐり取られた傷口に悶え苦しむアランを思い出し、使用人は顔を青くする。

「そうですか。ベニータ」

「は、はい」

「彼に“様”はいりません」

「え、あ……はい」

 では何と呼ぼうか。

 ベニータはあまり他の使用人たちとつるまない美男の顔を思い浮かべる。

 どこかの高貴な生まれと言われれば信じてしまえるような彼はお嬢様付きだから、その立場から周囲に対し高圧的なのかと思ったがそういうわけではなさそうだった。

 一部の者達は彼の出自を知っているようだったかが、一端の者達までその情報が回ってくることはない。

 ただ気まぐれに屋敷に来ては公爵や夫人との面会も事前の報せもなく行える辺り、屋敷でもそれなりの立場なのだろうと思っていたが「奴隷」だという噂もある。

 ではなぜただの奴隷があんなにも大きな顔をしているのか。

 ベニータは先ほどの、口の周りを地に汚し人の肉をむさぼる彼の顔を思い返した。

 からだが勝手に身震いしてしまう。

 初めの頃は多少でも仲良くなれればという下心もあったが、あれを見てしまえばそんな思いも吹き飛んでしまった。軽々しくあの人物には触れてはいけない。本能が警鐘を鳴らしている気がした。

(高貴な方々を詮索しては命とりよ、ベニータ……)

 ぐっと言葉を飲み込み、頭を下げて壁際に戻る。

 そんな使用人を見て公爵夫人は「貴女は大丈夫そうね」とほほ笑んでカップを口に運んだ。

 ベニータはほっとする反面背筋に冷たさを感じる。

 では駄目であった時はどうなってしまうのだろう、と。

 同じころに入った使用人たちの中には数人、突然退職してしまった者達がいた。

 明日の話をしていながらその前日に居なくなってしまった者については、突然の退職が不自然としか思えなかったが……。

(きっと、それももう気にしてはダメなのね)

 また一つ、この屋敷に来て数か月目の使用人はここでの生き方を学んだのだった。




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