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アスタッテの尻拭い ~割と乗り気な悪役転生~  作者: 物太郎
第4章 第一妃の変化(仮)
374/411

374、惑わしの建国際 47(五時間目の昼寝)



 アルベラはガゼボの中、テーブルに落ちた木々の影と風に揺れる小さな木漏れ日を眺めていた。

(目を付けた駒を、あんなになるまで使い潰すのか……。自分以外は全部道具ってやつ? 貴族の鑑ね。少しは関心する……けど…………私が単に甘いのかな……いやいや、んなわけない。――殺人鬼とか犯罪歴の多い暴漢みたいのがああなっていたなら、きっとこんなに引きずらなかったのに。どころか『片腕と片足だけじゃ足りなさすぎる』とさえ思えただろうに……)

 とはいえマリンアーネも、大衆の前で公爵令嬢を貶すという罪を犯した。

 そんな感情任せな思考や行動力があったから目をつけられてしまったのだから自業自得も否めない。

(可哀そうだけど、ああなった以上仕方ないわね……。十分以上の痛い目を見てるし、侮辱罪については本来なら慰謝料なり奴隷いきにするなり、やろうと思えば好き勝手できるけど……――はぁ……もういいや。これを機に身のふりを改めるか悪化させるかはあの子次第……)

 アランという男も捕らえたのだ。

 詳しい情報はそちらから得られる。だからあの一般人は傷が落ち着いたら開放すればいいだろう。

 マリンアーネについての考えがまとまった。

 なら、それに付いての思考はもう放棄しよう、とアルベラは一つ気持ちが楽になった気がした。

 目を閉じれば心地よいそよ風を頬に感じた――



 ――小鳥の鳴き声と、傍のグラウンドから馬や騎獣の嘶きが聞こえた。

 幾筋もの光。その残酷な光から逃げまどう彼らが瞼の裏に蘇った。

 訳も分からないまま体を焼かれ、迫りくる死に怯えながら終わる命。

 残った一本の前足を必死に動かすも、車につながれその場から逃れることもできず、大きな瞳は恐怖で染め上がられていて――

 ――ビィィィィィィィィィ!!!!

 ホイッスルの音が喉を裂かれ絶命した白い獣の咆哮と重なった。

「――!!」

 アルベラは飛び上がるように上半身を起こす。

 誰もいなくなった昼食後、少し休むつもりがテーブルに伏して眠っていたらしい。

(今日はよくない物を見すぎた……)

 朝の諸々が夢の中で混ざり合って再生され悪夢になっていた気がする。だが幸いというべきか、夢の内容は細かくまでは思い出せなかった。

 頭を押さえ、目覚めの余韻に浸りながらぼんやりとガゼボの外を眺めた。

「起きたか」

 ガゼボの入り口から声がしてアルベラは顔を上げた。

「ジー ン……?」

 入り口の低い階段に腰かけていた人物を見てアルベラはぽかんと呟いた。そして慌てて顔を背け、顔に手を当て涎や寝跡が無いか確認する。

 ちらりと見れば、気遣いか彼は顔を正面に戻してこちらに背を向けていた。

(な、なな な……)

「ナンデ……イラッシャルンデスカ……?」

「なんで片言なんだよ」

「え…あ…うん…」

「五時間目、騎獣だろ」

 「ええ」とアルベラは相槌を打ち――

「そっちにある道を通ったらうめき声みたいのが聞こえて」

 「えぇ……」と絶望するような声を漏らし――

「誰か倒れてるのかと思ってきたらお前が寝てた」

 「えー、なにそれやだー……」の意を込め「ぇぇー……」と零す。

 酷い姿でも見られたのではないかと、アルベラは頭を伏せてうっかり眠気に負けていた事を悔やんだ。

「うなされてたぞ。嫌な夢でも見てたのか?」

「よく覚えてない。――起こしてくれてよかったのに」

「起こしたけど起きなかったんだ。それなりに揺すったんだけどな」

「そう……お手を煩わせまして」

 「なんてこった……」とアルベラは肩を落とした。

「ジーンはなんでここに? 授業、始まってるみたいだけど」

「お前が不用心にこんなところで寝てるから。念のため見張ってたんだろ」

「――」

 心配して付いてくれたのか、と思うとアルベラの頭に熱が籠り思考が止まる。ジーンがこちらに背を向けて座っていることは幸いだった。

 だが、甘酸っぱい幸福感など一瞬で吹っ飛んでしまう。

「魔獣の気配もしたと思ったんだけどな。黒い大きな影みたいのが見えた気がして」

(コントンさーん――!!)

 見られてるじゃない、気を付けて! とアルベラは心の中叫んだ。

「来てみたら何も無かったけどな。けど見間違いとも言い切れないし、お前に何かあったら公爵に殺さるだろ」

「そうね……お父様なら殺すわ……」

 「だろ」と冗談なんだろうが冗談と分かりづらいトーンでジーンは頷いた。

「が、学園の騎士とかスタッフ(使用人)を呼んで付けておいてくれればよかったのに」

「お前の場合それも安全か分からないだろ」

「それは……おっしゃる通りです……」

 敵が多いとは不便なものだ。

(けど影にはコントンがいるし……あ、今はジーンがいるから逃げてるみたいね)

 そうでなくても気分によっては傍を離れていることもある。コントンに「傍にいて」と頼んでいたわけでもないので、絶対に一緒とは限らない。

「もう起きたし、護衛は大丈夫よ騎士様。気を使ってそんなところに座ってくれて……」

「ああ。――寝てるとこ、人に見られるのって嫌だろ?」

「え? ええ、まぁ……そうね」

 むすりとした目がアルベラに向けられる。

「――だろ。俺も嫌だった」

(図書館のやつ、根に持ってる……)

 アルベラは耐えられず噴き出していた。

「ご、ごめんって……」

 笑うお嬢様にジーンは拗ねるように顔をそむけた。

「授業はもう少ししたら行くよ。お前はどうする?」

「今日はもういいわ。騎獣なら“謹慎中”に少しやらされたし」

「……、お前の所の謹慎変わってるな」

「ほんとにね……」

 何もせず閉じ込められるどころか引っ張り出され騎士達と共に雑木林を走りまわり、魔力が尽きるまで魔法を使わされたのだ。

 一般的な謹慎であれば魔力は封じられ使用禁止になる事が多いというのに……。

(普通のお嬢様方にしてみたらブルガリー式の“謹慎”の方がよっぽど嫌がられるだろうな。二度とこうなる事はしないって思い悔やむだろうし。効果はてき面なんだろうけど……ほぼ体罰っていう……)

「――午前中、大変だったんだろ」

 アルベラがあの一週間に思いをはせているとジーンがそう言った。アルベラは「朝練は今日は無かったのよ」と答えかけ、それが謹慎や訓練の話でないと思い至る。

「……聞いたのね」

「訓練終わりに連絡があったからな。そっちに向かったの二の団だったろ。あそこの訓練所、現場から近かったから」

「二の団……そうだったの」

「犯人は公爵邸に送ったんだってな」

「ええ」

「一人重傷者がいたって聞いたけど、そいつは大丈夫そうなのか」

「あぁ……それが犯人で、あの子よ」

「あの子?」

「ほら。舞踏会で私に突っかかってきた」

「……ジャスティーア嬢に突っかかったお前に突っかかったあのご令嬢か」

「そのご令嬢よ」

 「本当……災難な子」とアルベラは呟き視線を落とした。

「――あの子からはまた話を聞いておかないといけないし、絶対に死なせないから大丈夫よ」

 何が大丈夫なのかは知らないが、ジーンは「そうか」と頷いた。何であれ死者は出ないに越したことはない。きっとそういう意味だろうと受け取っておく。

「馬も車も酷い状態だったって聞いた。怪我はないのか」

「あぁ、酷かった……。あれは暫く忘れられないわね。怪我の方は大丈夫。あの子以外ね」

 とアルベラは自嘲気味な笑みを浮かべる。

「災難だったな。さっきうなされてたのはそのせいか?」

「ええ。きっとそれもあるだろうけど……どうだったかしら、あんまり覚えてないの。昼寝程度で見た夢だし」

 実際、悪夢の原因はあの光景だと断言できた。だがそれを言ったところで何になるとアルベラはぼやかす。

 どうせ時間が経てば記憶は薄れる。

 口にすれば忘れかけていた物も思い出しそうだったので、このまま忘れたふりをして記憶も共に流してしまおうと思った。

「そうか」

 言ってジーンはそのまま口を閉じた。

 木の葉の揺れる音とグラウンドから響く声がBGMとして流れる。

(授業いかなくていいのかな。――……あ、そうだ)

「ジーン」

「ん?」

「ジャスティーアが殿下の婚約者候補になったって本当?」

「もう知ってるのか」とジーンは呆れ気味に振り返った。

 彼は表情を変えず「いじめるなよ」と告げる。

「……」

「おい」

 なんで頷かないんだと、ジーンは目元をしかめた。

「冗談よ。お爺様にこってり絞られた後よ? また同じ事したら次は一週間じゃすまないわ。そんなのごめんよ」

 とアルベラは肩をすくませた。

「本当に頼むぞ。ジャスティーア嬢もお前のせいで注目されていい迷惑だろ。でなくてもここじゃ平民は肩身が狭いのに」

「流石“豪火の赤騎士様”。平民にも慈悲深いですこと」

 その呼び方はやめろと言わんばかりに、ジーンがじとりとした視線をよこす。

 アルベラはにんまりと口に弧を描いた。

「窃盗団の件以来、平民たちから注目されてるんですってね。『若くて強い将来有望の騎士がいる』って。生まれが平民の偽眼の少年が逆境を乗り越えて騎士の位に着いたっていう美談付きで」

 恥ずかしいのと煩わしいのと。ジーンは不服そうに「やめろ」と告げる。

「照れなくてもいいのに。私もなんだか鼻が高いわ」

「なんだよそれ……。そんな事より、お前こそ自分がこの間から世間でなんて言われてるか知ってるのか?」

「そうね……『どこかの令嬢の許嫁を奪った女狐』『貴族を没落させる我儘令嬢』『裏で男を弄んでいる性悪女』てやつ? それ以外だと分からないわね。今日聞いたのは大体ここらへんだったと思うから」

「知ってるのかよ……」

「学園内で聞こえたやつだけね。舞踏会であれだけの人に聞かれたんだから、こうなってるのは予想してたわよ」

 「そうか……」とジーンはため息をつく。

「アルベラ」

「なに?」

「……暫く大人しくしてくれ」

「どういうこと? 私はいつも大人しくてよ」

「冗談じゃく……ジャスティーア嬢についても、他の平民についても」

「言ったでしょう、もうしない。どうしてそんなに気にするの?」

 赤い瞳がどう答えるか逡巡する。

「――ありもしない、でたらめな噂まで聞くのが嫌なんだよ」

「噂? 噂ねぇ……」

 ジーンは視線を前に戻し小さく長めの息をついた。

「――……お前、なんでそんなにジャスティーア嬢に突っかかるんだ? 学園に入るまでは、平民も貴族もどうでもよさそうだったのに」

 間を開けて投げかけられた問い。この話は王子様も同伴の謹慎初日にもしたはずだが……、と思いつつアルベラは答える。

「そりゃあ人には好き嫌いがあるから」

「そうだけどさ……お前、ジャスティーア嬢の事()()()()()()()嫌いなのか?」

「ええ、あの時言った通りよ。――それにこれもあの時言った通り、『反省してる』『衝動的な行動は気を付ける』」

 半信半疑――。ジーンはアルベラを見て目を細める。

「失礼ね」

「本当に頼むぞ」

「わかったわよ。もう……。あの王子様の騎士なんだからあの王子様の評判だけ気にしてればいいのに」

「余計な噂を聞くのが嫌だって言ったろ。今学園で聞く変な噂は殆どお前のだ」

「そんなわけないでしょう。私以外の噂だってそれなりに聞いたわよ」

「ならそういう噂が俺の耳に入るように、お前が広める噂を少しでも減らしてくれ」

「私が広げてるわけじゃないのに」

「お前が変な事するから周りがそれに反応するんだろ」

「言うようになったわね……“赤騎士様”」

 アルベラが揶揄うと“赤騎士様”はむっとした顔をし立ち上がった。

「とにかく、頼んだぞ」

「ええ。もうしない。約束よ」

 本当だろうか。そんな疑いの視線もすぐに諦めたように外される。

「部屋まで送るか?」

「いいえ。もう頭も覚めたし一人で平気」

「そうか。じゃあ俺はもう行くな」と彼は授業へと向かった。

 「行ってらっしゃ~い」とアルベラはジーンを送りだし、「さすが」と呟く。「流石ヒーロー様、懐がお深い」と。

(人の心配して付き合っといて……)

 残り時間も僅かだろうに生真面目にも授業へ行くとは。このまま五時間目をさぼったって彼の成績なら支障もないだろうに、とアルベラは考える。

(――ごめんなさいね)

 「もうやらない」も「約束」もこの場しのぎの言葉でしかない。

(相手が貴方だろうと誰だろうと『それはそれ、これはこれ』なの。――まずは『お役目』。約束はこの役目を終えた後ならいくらでも守るから。――――――そういう機会が与えられるかはまた別の話だけど)

「……ま、なったようになってるでしょう」

 もう散々考えてきたことだ。その時の事はその時だ。

「コントン、いる?」

 ジーンが去って少し間を置き、アルベラはぽつりと尋ねた。

 足の裏を押し返され、彼が自分の側にいることを確認すると「もうちょっとここに居ようかな」と木々を見上げ体を伸ばした。



 ユリが婚約者候補になった。

 理由はよく知られていないようだが、噂では建国際に魔族が乱入し、それを彼女が追い払ったから、という事になっているらしい。彼女が自分の身も顧みず友を庇いたくさんの人々を救った事に国王陛下が感激し、平民の娘にチャンスという名の褒美を与えたと。

 だが、アルベラはそれについての事実を知っていた。

 前世で軽く読んだゲームの設定ページにこのことが書かれていたから。

 事実はこうである――癒しの聖女が、ユリが次期聖女であることを国王の前で断言した。

 今まではまだ未確定だったことが確定された。

 聖女として育てるために、この国にとって極秘である、限られた人間しか知らない古の魔法陣の補強の仕事を彼女にも手伝わさせると陛下に宣言した。

 聖女は神の代弁者であり絶対的な信頼とかの力を授けられた者である。

 たまに間違われるが、純潔を守るだとか神を伴侶とし一生独身で居なければいけないだとか、そういう存在ではないのだ。

 聖女という立場は第一妃に十分見合う。

 国王はそう判断したのだろう。

(それか、あの癒しの聖女さまが推しに推したとかもありえそう……)

 『うちの見習い可愛いでしょ』『お勧めよ』と言っている聖女の姿がナチュラルに頭に浮かんだ。

 もうそこまでストーリーが進んだのか……。と思ったが、考えてみればまだ序盤だ。

 まだ二年半あるのだ。

(ユリが誰と仲を深めるかだけど……私にはあの賢者様からの指示リストがあるから、あの子の人間関係にずっと注意してなくていいのは幸い……。言われたことを期限内にやるだけだー…………あ、そういえば)

 ――聖獣、もう生まれてるんだっけ。

 思い出した事柄に、アルベラは体を伸ばしてる途中で動きを止めぱちりと瞬いた。



(建国際最終日の翌日、つまり私の謹慎一日目に孵ってたんだっけ。確か……初めの数か月は教会に預けてて、その後ユリが学園に連れてくるんだよな。基本は部屋で飼ってたまに連れ出すみたいな。大きくなってくると魔法陣の修復の手伝いについてくるようになるんだっけ)

 五時間目が終わる前にアルベラは自室への道を辿る。

 部屋に戻るとテーブルの上に封筒が置かれていた。

 二時間目へと出て以降戻っていなかった間に幾つか手紙が届いていたようだ。

 中央の丸テーブルを前に椅子に腰かけ、重なっていた四つの封筒を宛名を確認できるよう広げてばらけさせた。

 一つは取り巻きを代表してホワイトローエから。このれについては昼食の時も手紙を出したと聞いていたのでそれだろう。

 一つはストーレムのディオール邸から。開いてみれば今朝送った二人について、これから調べるからまた追って連絡するという内容が書かれていた。

 そして一つは――

「キリエ……?」

 アルベラは封筒を開け、中の手紙を確認する。



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