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アスタッテの尻拭い ~割と乗り気な悪役転生~  作者: 物太郎
第4章 第一妃の変化(仮)
372/411

372、惑わしの建国際 45(復讐の行方)



「しねえええええええええええええ!」

 マリンアーネが取り出した魔術具は手のひらサイズの銃型だった。

 その引き金が強く引かれ、火花が散り薬莢が抛られる。小さな爆発が歪んだマリンアーネの顔を照らした。

(単発式か)

 ビエッダが自身が魔法の中で一番扱いを得意とする炎を放つ。

 放たれた弾は炎に飲まれ――弾を飲んだ炎が一瞬紫色に濁った。

 炎が大きく膨れ、中から光の筋が数十……数百本と放たれた。

 光の筋は触れた物を容赦なく焼き付ける。

 辺りの木々には細い穴が開き、光を受けた地面は黒く焦げ付いた細い溝を作った。



 ビエッダは炎が紫に揺らめくと共に地を蹴っていた。お嬢様の元へ駆け、その身を掴んで退けようと振り返る。

 だがそうするまでもなくアルベラは炎を凝視したままエリーと共にその場を飛びのいていた。

 炎の中かから光が放たれるのが視界の端に映った。

 体が反射的にできるだけ遠くに逃げようとした。護衛対象を視線の先に置いたまま、ビエッダは自分の本能に従う。

 馬達の悲痛な声が耳をつんざく。

 車が走り出しすぐに倒れただろう音があがる。



 アルベラとエリーも、ビエッダの本能が察知した悪寒――弾を中心に魔力が爆発する感覚に体が動いていた。

 一気に十メートルほど退いた先へも数本の光の筋が腕を伸ばす。

 エリーがアルベラを引き寄せ腕の中に庇う。主を庇う彼女の背にはアルベラが展開した水の壁が光の筋を受け止めて接触を阻む――

 アルベラは水の壁の向こう、先ほどまで元気に嘶き、おいしそうに水を飲んでいた馬達が光に貫かれもがいている姿を見て顔を歪めた。



 光の筋は辺りの空間を数秒舐めて消失した。

 マリンアーネは興奮に笑みを浮かべていた。

 銃を構えたまま、目の前の光景に達成感が沸き上がる。

 公爵令嬢が乗っていた馬車は馬も車も無残に焼かれて崩れていた。

 壊れた車の端々は、刃物で切り落とされたような綺麗な断面を残していた。そこには火が燻り煙が上っている。

 肉が焼ける匂い。

 生き延びた馬が車の側で起き上がれずにもがいていた。

 その馬は足を焼かれたようで残った一本を動かし、死に物狂いで地面を蹴っていた。

 あの女もああなっているのだろうか。


 ――見たい。


 マリンアーネは辺りを見回す。


 ――見たい。あの女の無残で無様な姿を。


 車の側を、二頭の馬の重なる隙間を。


 ――見たい――見たい――!


(早く……どこに……)

 目だけを動かしていた彼女は一歩踏み出してよろめいた。

 体に力が入らず、そのまま地面に倒れ込む。

「ぇ……?」

 肉が焼ける匂いがした。

 体が熱い……――痛い。

「ぁ……うぅっ……!」

 気づいてしまった激痛に歯を食いしばり、彼女は身を起こそうとした。

 だがおかしい。片腕の感覚がないのだ。

 右腕をついて左肩を見る。

 すぐそばに自分と同じ服を纏った腕が落ちていた。

 人形のパーツ……かと思った。違うと察して彼女は顔を歪める。

「……わたし の……うでぇ……?」

 マリンアーネは右腕を伸ばした。

 体がバランスを崩し倒れるが、彼女はそのまま自分の左腕を掴む。

 何が起きているのか分からない。

 理解が追い付かない。

 自分はなぜこんなことになっているのか――

 少女は痛みとショックで泣き崩れる。

 だが涙はここ数日で出尽くしており、一筋もその頬を濡らすことはなかった。



 警戒して様子見に徹していたエリーは、崩れた馬車の向こうで少女が地面に転がるのを見た。

 他に人の気配もない。

 光を発していた魔術具からも、もう魔力の気配はないと判断する。

「ビエーちゃん、あの子を保護して」

「あいよ」

「エリー、これ」

 アルベラが腰にかけていた鞄から瓶を二つ取り出した。片方は回復薬で片方は眠り薬だ。

「絶対に生きたまま回収して」

 お嬢様の静かな指示にエリーは「ええ」と頷いた。

「ビエーちゃん!」

 エリーは薬の瓶を投げた。

 一個ずつ投げられたそれを順々にキャッチしたビエーは、受け止めた片手を痛そうに振る。

「ぅぅ……ぅぅ、ぅっ……っ、っ、っ……――」

 片足片腕を失った少女は、自分の腕を抱えて泣いていた。

 その様子を冷静に見下ろし、ビエーは薬を飲ませずとも彼女がすぐ死ぬことはないだろうと判断する。

(出血が殆どねぇ。惨い魔術具を作ったもんだ)

 この少女にとって、傷口が焼け焦げすぐに死ねない事は幸いか不幸か。心の臓や頭部にあの光の筋を受け、恐怖や悲しみも受けず死ねなかった事は不幸か幸いか。

(まぁ……俺なら生きてりゃそれで万々歳だがな……)

 ビエッダはマリンアーネの横に片膝をつくと、彼女をごろりと仰向けに転がした。

 彼女は無抵抗だった。

 腕に顔をうずめて泣くのを止めないので、ビエッダは彼女の顎を掴んで薬を口に流し込む。

 まずは回復薬、そして眠り薬を――

「ん?」

 眠り薬を飲ませようと瓶を持ち換えたとき、白い残像を木々の中に捉えた。

 ビエッダは手を止めそちらに意識を向けた。

 彼の様子に、彼の元へ歩いていたアルベラとエリーが足を止める。

 三人が動きを止めたことで、木々に身を潜めていた白い影がゆっくりと姿を現した。

 長い耳を持つ白い獣だ。

 狼のような顔と体。その頭部には耳が四本あった。前の二本は前方に向けられ上へピンと立っている。後ろの二本は体の横へと伸ばされ辺りの警戒に徹しているようだった。

(聖域にいる類の魔獣だな)

 ビエッダは警戒し腰の短刀へ手を乗せる。

 武器を抜くか魔法を放つか。相手の動き次第だ。

(なんでこんな人里に?)

 あの類の魔獣は聖域という環境でなければいずれ消滅してしまう。

 彼らだって自分に適した環境はわかっているはずだ。だから間違えて聖域から出てしまっても、その息苦しさからもと居た場所へと帰っていくはずである。

 そんな存在がこの場所にいるという事は――

 ビエッダは横の少女へ視線を移した。

「種を撒きすぎたな、嬢ちゃん」

 ビエッダの視線がそれると獣が動いた。

 ――オォォォォォォォォ!

 ――ビィィィィィィィィ!!

 狼に似た遠吠え。それにホイッスルを吹いたような甲高い鳴き声が重なった。一匹の獣が発する二つの声が、魔力を揺らし精霊をざわめかす。

 獣は咆哮しながらビエッダへと――その隣のマリンアーネへと突撃する。



 通常の人間は精霊の力を借りて魔力を火や水と言った現象に変える。

 魔獣の一部には鳴き声や匂い、又はその他の方法で精霊を散らせたり引き寄せたりするものがいるという。聖域に暮らす魔獣というのは特にその傾向が高かった。

(あれがその類なら、魔法は当てにしない方がいいな)

 ビエッダは短刀を抜いた。



 ***



 体を数か所切り裂かれ、獣は最後の力を振り絞り牙をむいて唸った。

「弱ってんだろうに、よくやるもんだ」

 ビエッダは起き上がれなくなった獣の元へ行き長い耳を掴んで刃を喉元に当てた。刀は迷いなく獣の喉を切り裂いた。

 真っ赤な血がごぼりとあふれ出す。勢いよく流れだしたそれは、命の火が消えると共に金色へ変わり、そして透明な水へと変わった。白い毛並みは光を纏いやがて粒となって消えていく。

「――ふん。忌々しい匂いだ」

 広い道の上を覆っていた木々の枝を揺らし、ガルカがマリンアーネの横に舞い降りた。

 その手には一人の男が脚を掴まれる形で引きずられていた。

「匂い? 魔獣のか?」

 ビエッダが尋ねる。

「違う。この妙な焼け跡だ。聖気が混ざっている」

 光の筋が通って焦げた地面を踏みにじる。

「ふぅん、聖気か……。大方、対魔族用に聖職系の魔法でも入れ込んでいたか」

 「魔術具か。人間がまた小賢しい物を……」と呟き、傍にある白い魔獣の亡骸へと視線を移した。

「生きていたか。……結局死んだようだがな」

「知り合いか?」

 「知り合い」という言葉もおかしいとは思いつつビエッダはそう尋ねる。

「ただ野に捨てられるのを見ただけだ。なんの縁もない」

「ふーん、“捨てられた”か……」

 やはりな、というようにビエッダはマリンアーネを見た。

 マリンアーネはと言えば、獣とビエッダの交戦中何度か獣に襲われ、浅くも爪を受けていた。魔術具から受けた傷も癒えていない中、ショックも限界なのか泣いていたはずのその顔は笑みが混ざり始めていた。胴につながっている方の手の指を、血がにじむほどの力で咥えている。

 ――わたしじゃない……わたしじゃない……なんで、なんでわたしばかりこんな……ちがう、ちがうのに、ちがうのに……

 アルベラとエリーが彼らの元にたどり着く。

「“ビエー”、さっさと眠らせなさい」

 マリンアーネの様子を見てアルベラが静かに指示をした。

「あぁ……そうだったな。ったく」

 ポケットに入れていた瓶を取り出し、彼はマリンアーネの横にしゃがみ込む。

「で、ガルカ。それ――」

 ――ヒィィィィィン……!!! ブルル、ブルル……、と唯一生き残っていた馬が最期の抵抗とばかりに大きな声を上げた。

 アルベラは片手を額に当てる。

「エリー、楽にしてあげて」

「はい。ビエーちゃん、刀貸してくれる?」

 「ほらよ」と魔獣との戦闘で使っていた短刀をビエーが放ってよこす。

 それを手にエリーが馬へと近寄った。

 彼女が傍へ寄ると馬が恐怖からさらに暴れ出した。「ごめんなさいね、大丈夫よ」とエリーなりに優しい言葉を投げかけるも、それは馬には届かない。

 もう、見えるものすべてが恐怖でしかないのだ。

 エリーは馬の側へ行くと余計な事はせず、できるだけ速やかにその首を落とした。

 エリーは剣のプロではない。力任せの一閃だった。馬の首の骨を断った刀は見れば刃が凸凹に崩れていた。

 「ごめんなさいね」とエリーが返すと、「どうせ安物の使い捨てだ」とビエーは受け取る。

「それでそちらは」

 アルベラはガルカに話を戻した。

「あぁ。あちらからこちらを伺っていた」

 木々が覆う宙のどこかを指さし、ガルカは口端を持ち上げる。

「そら、面白い物を持っていたぞ」

 ガルカが自分の胸ポケットから取り出したのは公爵家の紋章が描かれたボタンだった。

 それはよく見慣れた、公爵邸の使用人たちが使う物と相違ない代物。

 だがアルベラもエリーも、公爵邸の物よりも先に別の物を思い浮かべていた。

「……――」

 アルベラは目を見開く。

 マリンアーネの隣に転がされた男を見て、ボタンへと視線を戻して眉間に小さくしわを寄せた。

 彼女は小さく息をつく。

「ちょっと休憩……」

 と倒れた馬車の横へ移動し、アルベラは横倒しになった車へと背中を預けて寄りかかった。

「反応が薄いぞ」

 もっと喜ぶかと思っていたガルカは不服そうだ。

「お嬢様、お爺様の元に戻り新しい馬車を頼んできましょうか? それにこの二人の件は奥様に預けて、」

「いい。どうせもう少し待てば騎士達も集まってくるでしょう……――ていうかもう来てるんじゃない? どう? コントン」

 ――バウ!

「ほら、来てるって。なら馬車は彼らに頼みましょう」

 アルベラは枝が生い茂る空を仰いだ。

 生きたまま体を貫かれ、苦しみ逃げまどう馬の姿が……片手片足を周囲に転がし人形のように壊れてしまった少女の姿が……脳裏から離れない――。

「お嬢様、大丈夫ですか?」

 エリーの声の向こうで、馬や鎧の音が近づいてきていた。

 アルベラは空を見上げたまま深く息を吐く。呼吸を落ち着かせ、普段と変わらない落ち着いた顔をエリーに向けた。

「お嬢様……」

 エリーはアルベラの肩に手を置きその場所に座らせる。

「騎士様たちの対応は任せて、もう少しお休みになって」

「エリー……――」

 アルベラが浮かべた笑顔が弱弱しく崩れた。

「ありがとう。必要になったら声かけて」

「はい。では少々お待ちを」

 エリーはひらひらと手を振る。

 アルベラは同じように手を振り返し、エリーの視線が自分から外れると唇を引き結んだ。 



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