37、ファミリーへ道連れ 4(ハタサハチロウは不審者)
その部屋に入ると調度品の種類がガラリと変わったことが分かった。隣の部屋にあった木目の目立つ軽そうな棚や、色が擦れ、所々解れの見えるソファーの類いは一切無い。
手入れの行き届いた、重みのある色ツヤをした机や棚。シックな模様の分厚い絨毯。天然の黒いヌボ革のソファーに、ここに座るよう指示するように置かれた湯気をたてる三人分のコーヒー。
リューに「いけ」と促され、アルベラはソファーの方、部屋の中央へ歩く。
その上座には既に腰かけて居る男性がおり、一目見て「ああ、彼がツーか」とアルベラは思った。
「こんにちは、ディオールの嬢ちゃん」
「こんにちは」とアルベラは強がって、いつものとおり、何事もないように返した。
50代後半から60代前半と見える彼は、穏やかな表情で微笑んでいる。が、目は笑っていない。白髪混じりの、渋味のある青い髪に、銀にも見える青みのある瞳。一見優しそうなおじさんだが、ざらついて重みのある声が対面するものの精神を強張らせる。
緊張してないのか、八朗はさっさとソファーへ腰かけていた。
「拙者ブラックはちょっと…………ミルクと砂糖が欲しいのでござるが」と、連行された身でありながら、えり好みするようなことを言っている。控えてた男が「テメーごちゃごちゃ言わず黙って飲め!」と苛立つ。ニーニャは背中を丸め縮こまり、アルベラの服をぎゅっと握って隣に座っていた。やけに静かだなと見れば、青ざめた顔で瞬きもせずにカタカタと震えていた。
「リュージ、そちらがお目当ての客人か」
「はい」
どうやらあの男、「リュー」は愛称で「リュージ」が正式な呼び名らしい。
「よし、じゃあお客人。まずその中身、確認させて頂こうか」
ツーの言葉に、「危険物がないか見るだけだ。すぐ終わる」とリュージが付け足す。
「えぇ?!」といって八郎は慌てて自分の鞄を抱きしめた。
「せ、拙者断固拒否するでござる! そんな恥ずかしい事………、こ、こんな幼女の前で殺生な!!!」
(おい、いったい何を入れてる)
ツーの言葉に部屋に控えてた3人が八郎へ近づいていた。その光景にアルベラは見覚えがあった。
職質だ。
(あ、善き小鬼。あと壁際で待機してる大きいおじさんと、ただの柄の悪そうな若者。………階段で見たメンバーか)
小鬼のおじさん以外顔はろくに覚えてないが、背格好の特徴的に多分同じだろう。特に4人の中の年配者であろう「大きなおじさん」は、キーホルダーのような、金属製の色のついた細い筒をズボンのベルトに幾つかぶら下げていたので自信があった。
「やめるでござる、やめるでござるー!」
派手に嫌がる八郎の姿に、アルベラは「ご愁傷様」と呟き目を座らせる。そして内心、さっさと中身をぶちまけてやれと男たちを応援する。
(好きなモノ鞄に詰めてただけで職質、性別と年齢だけで職質ってね。そういう話聞くたび不憫と思ってたけど、あいつの場合そんな可哀想でもないな)
鞄を我が子のように抱きしめる八郎から、男たちが3人がかりでソレを奪い取ろうと奮闘している。2人が八郎を抑え込み、善き小鬼がようやく鞄を引きはがしたところで鞄がどさりと床におろされた。
中々重そうだ。一体何を詰め込んでいるのか。
「ぁぁぁぁぁぁ、や、やめるでござる、恥ずかしいでござる!」
どうせくだらないモノしか入っていないだろうとアルベラは予想する。そんなに嫌ならさらっと見せて終わらせてしまえばいいのだ。そんなにもったいぶるから時間が掛るのだろう。と、焦れる。
(こういうのは開けてみれば全く問題なしっていうのがお決まりだけど、この世界で流通してる恥ずかしいものって何だろう。………春画? 2次元系の同人誌ってあるのかな。漫画………。そういえば聞かないかも。存在するのかな。もし無いとしたらただの書物? けどそれを持ち歩く意味って―――)
男たちが鞄を開き、中を覗き込む。
―――ガチャ、ガチャ………
黒く、固く、重量感のある光沢。
鞄の中にはぎっしりと銃器類が詰め込まれていた。
場がしんと静まり返る。
一拍置いて、アルベラは手に持っていたコーヒーを「ずずっ」と飲み、かちゃりとテーブルに置いた。
自分を落ち着かせるように、「すうっ」と息を吸う。
「―――はちろぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」
「は、はずかしやぁ………」
ダンッ、とテーブルに両手を打ち付けるアルベラと、両手で顔を覆い丸くなる八郎。
ツーの横でその様子を眺めるリュージは「ふー………」とたばこの煙を吐く。
「黒だな」
黒。あの銃器類が彼らにとって何かの決定打となったらしい。
いや。決定打も何も不審者通り越して危険人物確定だ。こんなに武器を詰め込み持ち歩き、テロでも起こすつもりだろうか。
「なんなのこれ?! バカなの?! なんでこんな物騒なモノ鞄に詰めてんの!!! 馬鹿じゃないの!!!! ダレ殺しに行くの馬鹿なの?!!!!!」
一気にまくしたて、お嬢様は息を荒げる。
言いたいように言ってみたが、アルベラは八郎の様子が自分の望んでいるものでないことに気づく。あの不審者は、バカバカ言われ、何故か嬉し気に頬を赤く染めていたのだ。
(こいつ腹立つ)
アルベラは口を閉じ拳を握った。ボスっとソファーに座り込み、「いいから説明しろや」とにらみつける。
「幼女にぼろくそに言われ、あわや睨み付けられる快感………ご褒美………んん~、結衣の幼い頃を思い出すでござる」
結衣………とは先ほど言っていた娘だろう。
(どういう親子関係だ)
「おい」
カチャリ、と音が鳴る。
見れば表情を変えず、リュージが荷物の中の拳銃を一丁拝借し八郎のこめかみに当てていた。
「説明するか、実演するか、どっちがいい?」
物言わせぬ迫力。流石その道のプロだ。
(というか、もう………こんな場所で叫んでしまうとは………)
アルベラは今更ながら自分のいる場所を思い出し冷や汗を流す。そういえばここは『ツー一家の一室』だった。正真正銘の『ファミリー』というやつだ。または極道。
せっかくであえた転生者だが、虎の巣に入ってしまった以上、この男の行く末を自分には保障しようがない。
「こ、これは全部薬でござる。鳥や魚、虫を使って実験してるゆえ、人には使ってないでござる! たまに運よく魔獣がいればいい所。あと、見た目は物騒でも中身は意外といいモノだったり? 中には難病の特効薬もある故、人を見た目で判断するのはいかがなものかと思う次第!」
「へぇ、特効薬。それはそれで詳しく聞きたいねぇ」
ツーの低い声音は肌で空気の振動を感じさせるようだった。
皆の視線が八朗に集まるなか、部屋の外が慌ただしくなった。
『お、おいあんた、』
『ひぃ!』
『な、何を………………ぉ、おい、やめろ、やめろやめろおーーーーーあ、わ』
「わあぁぁぁぁぁぁ!!! っぐ、へ………………」
何かがドアを乱暴に突き破り部屋の壁に激突する。人だ。泡をふいた男。
『お、おい、おまえ……………ひっ』
上の蝶番が外れ、不安定になった扉を誰かがつかむ。
室内は騒然としていた。ツーの表情は変わらないが、戸を見る目付きは鋭い。リュージは手にもっていた銃を八朗から外し扉へと向ける。八朗は相変わらずの緊張感のなさで、ニーニャはこの世の終わりという表情だった。
アルベラはというと、勿論緊張した面持ちだ。
ギィ、と戸が揺れ、そこから姿を表したのはアルベラとニーニャが見慣れたメイド服の女。エリーだった。
エリーが自分の頬を手の甲でぬぐうと、そこに誰のものだか知れない血が伸びる。あのオカマのではないのは確かだろう。服に一つの乱れも見えていない。頬の赤だけが不自然に目立っていた。
(こわ!!!)
アルベラの血の気が一気に引く。





