369、惑わしの建国際 42(反省会を終えるまでが今年の建国祭 2/2
アルベラとの話の為に準備した一室、オ・ザンに近いからと選んだ部屋でラツィラスとジーンは待っていた。
部屋を彩るために設置された絵も花々も間に合わせでギャッジが指示し準備させたものだ。そこは流石のセンスというものでどれもこの部屋に相応しく、これからの目的に合わせ部屋を落ち着いた雰囲気に仕立て上げていた。
――『そのドレス素敵ね――分不相応よ。身の程を弁えなさい』
――『……私は悪くないもの。悪いのは、他の貴族や婚約者候補を手前に何も考えず、見せつけでもするように殿下と踊ったあの子でしょう』
特に意味も無さそうに、壁にかけられた絵へ目をやっていたジーンを見てラツィラスが尋ねた。
「ジーン、もしかして気が進まない?」
「いや……、なんで?」
「うかない顔だなーって思ったから」
「気のせいだろ」
「そうかなぁ――……あぁ、来たね」
扉がノックされ、外から伯爵の声が「お待たせいたしました」と告げる。
扉を開いたのはブルガリーの騎士だ。そしてその後ろにブルガリー本人と、その斜め後ろに付き従うようにアルベラが居た。
伯爵の鋭い視線が向けられ、アルベラは若干――ほとんどの人には気づかれない位僅かに――不服そうに目を細めて前へ出た。
「殿下、大変お待たせいたしました」と彼女が頭を下げる。
それを見届けブルガリーが口を開いた。
「私は部屋におりますゆえ、何かありましたらこのガイアンにお申し付けください」
前期休暇が始まるあたりに、ラツィラスやジーンも挨拶を交わしたブルガリー騎士団の騎士、ガイアンが水色の短髪をさらりと揺らして頭を下げた。
「では、愚孫をよろしくお願いいたします」
「はい。どうぞお任せを」
ニコリと笑んだラツィラスが手を振り、伯爵が頭を下げ立ち去った。閉じられた扉の奥にはガイアンと数人の騎士が待機している気配が残る。
(息苦しい……)
部屋に入ってきたばかりのアルベラは客人二人の空気が掴みきれず、表ではいつもの風を装うも内心では緊張していた。
(――どうせならもう、ここで絶縁宣言でもしてくれれば色々と踏ん切りがつくのに。そうなれば……この二人の目を気にせず私はユリを虐められる……――友達? そんなのその気になれば、大人になってからだってまた作れるんだから……――)
客人を迎える用の微笑みを顔に張り付けたまま、扉の前に立ったアルベラは投げやりにそんな事を考えていた。
「やあ、アルベラ。どうぞ、まずは座って」
「はい。失礼いたします」
そつのない動きでアルベラは示されたソファに腰かける。そこに、学園でもたまに見るラツィラス付きの使用人が紅茶を淹れてアルベラの前に置いた。
「殿下、わざわざお時間を割いて尋ねていただき有難うございます」
先ずは形式的な挨拶から。アルベラは頭を下げる。……が、その表情にも声にも今回の件への申しわけ無さや反省、謝罪の色があるようにはどうにもラツィラスにもジーンも思えなかった。
彼女はただ、いつもと同じようにふるまっていた。
(僕に謝罪や反省をされても意味が無いし、そういうのはそもそも求めてなかったけど……。本当の事を全部聞けるだなんて期待もしてないし、僕としては様子が見れればそれで良かったん……だけどなぁ)
だがこうも、一週回ってあからさまに思えてしまうとラツィラスは「あぁ、本当図太いな」と感心せずにはいられなかった。
「もしかして」とそれなりに成長して大きくなった王子様は、この場に必要のないあざとさを感じる仕草で首を傾げた。
「君、この場を適当に乗り切ろうとか思ってる?」
「いえ」とアルベラは考える間もなく否定した。
「そんなことありませんわ」
(さっさと終わらせたいと思ってるだけ)
「……」
「……」
二人が笑顔で牽制し合う見慣れた図。
ジーンは思わず「いい加減にしろ」の思いを込め「おい」と零していた。
「あぁ、うん、そうだね、ごめんごめん」とラツィラスから牽制合戦を止めてリラックスするように椅子に腰かけ直す。
「これから夕食でしょ? だから出来るだけ今日は手短にしようと思ってるんだ。僕らもお腹がすいてるしね。実はお父様と夕食の約束をしてさ。だからお互い程よく、ね」
「陛下と……。では私と話をしている場合じゃありませんね。日を改めても」
「いや。僕が今日戻ってきたのは君に会うためだってお父様もご存じだから、そこは気にしないで」
「そうですか……。お気遣いありがとうございます。承知いたしました」
目の前に置かれた紅茶を見つめ、アルベラはそれを手に取った。
落ち着いた様子で紅茶を口に運ぶアルベラをラツィラスは眺めていた。紅茶を一口飲み顔を上げた彼女と目が合う。ラツィラスはニコリと笑んだ。
彼女は応えるように微笑み返した。
(本当強情だなぁ)
(あんまり見ないでよやりづらい)
彼はテーブルに肘を乗せ頬杖をつくと本題を切り出した。
「じゃあ早速ユリ嬢の件だけど、何であんなことをしたか知りたいな。しかもあんな場所でさ。君、確かユリ嬢の件では以前にも癒しの聖女様の所でも謝罪したよね」
「はい。つい感情的になってしまって。ご迷惑をかけて申し訳ありませんでした」
よそ行きの姿勢は徹底して崩されず、アルベラは言葉に合ったタイミングで目を伏せる。
「感情的にね。それってどんな?」
「……色々な思いです」
説明しすぎてはわざとらしくなる。自分でも分かってない位に言葉をぼやかしておいた方が真実味が増す。
アルベラは自分がそういう人間だと、出来るだけそう思わせられるように言葉を選んだ。
「彼女があそこにいるのを見て、あのドレスを纏っているのを見て、殿下と踊っている姿を見て……今思うと自分でも驚く位怒りを感じたんです。あれがきっとスカートンやラヴィやラン様だったら、あんな風には感じなかったと思います」
「つまり単純に僕と踊った嫉妬とかではないって事か」
「……そうですね」
「それもなんだかなぁ」とぼやきつつ「私怨かい?」とラツィラス。
「正直、よく分かりません」
アルベラはあくまで「ユリという人物が生理的に気に入らない役」になりきる。
「ユーリィ・ジャスティーアとは私怨を抱くほど長いかかわりがあるわけではありませんから。でも、自分でも不思議なくらい……彼女を見るとむしゃくしゃします」
アルベラは自嘲気味に「正直、昨晩のあの瞬間とてもすっきりしました」と付け足す。
どうだ。私はこんな人間だ。
分かったならこの件はこれで納得しろ。
内心でそう願っていると、「なあ」とジーンが尋ねた。
「呪具や、呪いの影響はないのか?」
アルベラは予想していなかった問いに「呪具……?」と口の中で呟き、一拍置いて「ちがう!!!」と声を上げそうになっていた。
否定の叫びは心の内に止めアルベラは答える。
「……っそ、そんな物があればガルカが気づくわ。それに、私も自分の感情でやった事だって、それははっきり自覚できてるもの。正直、人にワインをかけた事は悪いと思ってるけど、そんな事でこうして殿下が直々に事情をききにきてる事が納得できないくらいよ。たかが学生同士の一対一の喧嘩じゃない……」
「そういう方向に開き直るのはちょっとなぁ」とラツィラスが呆れる。
「おまえ……たかが学生同士だなんて……。そんなのお前からの視点だろ。ユリ嬢やあの場の見物人からしたら身分的に勝ち目のない一方的な難癖だ」
「あら、私は反論や反発を禁止した覚えはないのに……。言い返したりやり返してこないと思えばそういう事だったのね。うかつだったわ」
「アルベラ、お前……もしかしてふざけてるか?」
ジーンはなぜこんなに、普段なら当然と分かっていそうな話が伝わらないのかと焦れた。言葉は荒くならずとも、目元はいつもの彼よりもどこか厳しい。
「私は真面目よ。何かおかしい?」
「わざと分かってないふりをしてるだろ」
「分からないふりをするくらいならこの機会を拒否するわ。そんなの余計疲れるもの。私はそういう人間よ」
「――はぁ……あぁ、そうだな」
答えたジーンの表情はどこか苦々しかった。
彼の中で、こうやってとぼける彼女も彼女らしいと言えば彼女らしいのだ。
彼女が述べてる理由に納得が出来ないのが気持ち悪いだけで、それが嘘か真か判断できない自分がもどかしかった。
嘘だと思いたいのに一見本心のようにも聞こえてしまう。
そして彼女の話が本心だとしたら、それを受け入れたくないと、その事実をどう受け止めたら良いのかと躊躇っていた。
(腹立たしいでしょうに……)
分かりやすくなってきたジーンの眉間の皺に、アルベラは「もういいのに」と思った。
(こんな事情聴取みたいな場も作らず見損なっちゃえばいいのに。少なくとも私ならとっくにこんな奴見放してる……。――一度友人・仲間と認めた人間を簡単に見捨てられないのは彼等の『設定』から来る性分かしら……『原作の設定』っていうある種呪いね。可哀そうに……)
自分でも捻くれた考えだと思ったが、彼ら程真っ直ぐで情に厚い人間がいるのであれば自分くらい捻くれて薄情な人間がいないとこの社会のバランスが取れないではないかと、それは都合よくアルベラがこの場で開き直る材料となっていた。
「分かっていただけましたか? 今回の件、あれはジャスティーア個人への嫌がらせでしかありません」
アルベラは堂々と言い切る。
「そうだね」
ラツィラスが頷く。
「君は平民嫌いなわけでもないし、興味があれば浮浪者にだって声を掛けるもんね。それに平民嫌いな人間は冒険者や領地のマフィア達ともつるまないでしょ。少なくとも君の不可解な行動の対象は平民ならだれでもいいってわけじゃないのは分かったよ」
「そうですね」
「呪具の類でもないのもね……。まあ、君が錯乱していたなら城に入る時に引っかかっていただろうけど。あれも100%じゃないとはいえ、ガルカ君も察知していなかったら正気であったのは確かだね」
(危うく私の努力が呪具に奪われるところだった……)
「はい。誰かの仕業でも何でもありません。あれは本当にただのつまらない憂さ晴らしです。不快に思われたのならお二人にも謝罪いたします。罰があるのでしたら受け入れます」
「謝罪なんていらないし罰もないけどさ……」
王子様の眉尻がほんの少し困ったように下がった。
そのほんの少しの動きに気付いてしまった。彼の澄んだ瞳を見てしまった。アルベラはそのどちらにも後悔した。
「いや……何もないかな。あれが君の感情や価値観の問題であるなら……仕方ない事だね」
胸が痛んだ。
いつものように微笑んでいる彼が悲しんでいることを察してしまった。
(これも寵愛なの?)
「安心して、僕からは特に何かをする気は無いよ。ただユリ嬢には約束をしたからこの話は伝えないと」
ラツィラスはふざけたように笑んで肩をすくめる。
アルベラは急に押し寄せる罪悪感に――彼の信頼や期待を裏切ってしまったという罪悪感に視線を落とす。その行動に他の意味を持たせたくてカップを手にした。
「……あーぁ……どう伝えたらいいんだろう」
(しっかりしろ、私)
「ふふ、今回は何もないとはいえ僕に同じことしたら厳罰だよ。気を付けてね」
「はい。そんな事、わかってます……。……殿下、あの場を納めて下さった事は感謝してます。ワインで床を汚してしまい申し訳ございませんでした」
「床よりも人のドレスを故意に汚す事の方が問題でしょ」
「それについては……はい。その通りです」
アルベラは息を吐く。
「この期間にジャスティーアには謝罪の手紙を送りますので」
「そう。まぁ謝れば良いって問題じゃないよね。何もしないよりはマシだけど」
(棘のある言い方だな……)
とアルベラは思うもここは自分を責める場なのだからそうなって当然だったことを思い出す。
「あとは……僕としては嫌いなら関わらないようにすればいいのにって思うんだけど。お互いのためね。――変だよね。君はこんな事言われなくても分かってると思ってた」
「分かっていてもそれが出来るか出来ないかは別の話です。そうできるよう気を付けます」
「出来るよう気を付ける」。自分のその言葉の後ろに「(嘘)」という文字を付けてアルベラは白々しく顔を伏せる。ユリを避けては学園を卒業できないのだ。そこは変わらず口だけで通すしかない。
(嘘なんて幾らでもついてやる。この見た目だけはずば抜けていい王子様にだって、ちょ、ちょっと……硬派なところが格好いい騎手様にだって……)
自分の感情など二の次だ。やると決めた役目を全うするのだ。
そう心に決めている最中にもあの王子様は早速アルベラの心を揺さぶってくる。
「出来る事ならさ、」
「はい?」
「君とユリ嬢の関係を時間が修復してくれることを願うよ。二人共一度きりの学園生活なんだ。いがみ合うより楽しい時間を大事にしてよ」
(この、子……)
たかが十五歳の子供のはずが(アルベラ自身は春に十六になったが目の前の少年の誕生日は冬だ)、前からではあるがこの寛容さは一体何なのか。これもやはり呪い(原作の設定)かと恐ろしさを通り越し気持ち悪ささえ感じた。
「アルベラ、それどういう顔だい?」
「いえ……殿下があまりにお優しくて……気持ち悪くて……」
「ん―……? 優しいのになんでかな?」
「さぁ……」
「王族冒涜罪だね。伯爵に伝えてもう謹慎をひと月に伸ばそうか」
「申し訳ございませんでした」
すぐさま謝罪した彼女にラツィラスは笑い声を零す。
「ははは。伯爵の『謹慎』、かなりキツイみたいだね。ゆっくりする暇もないなんて、君もかわいそう……あぁ、こういう時は『いいざま』っていうんだっけ」
「いいざま」と言って晴れ晴れと笑う王子様。アルベラは心の中毒づく。
(前言撤回です、このガキんちょ……)
「よし、じゃあもう一個の話もしようか」
たん、と切り替えるようにラツィラスが手を叩きジーンが記憶していた内容を口をにする。
「ディオール家のご令嬢がどこかの令嬢の婚約者を奪って一家を没落させたってやつか」
(そんな話だっけ!?)
「ちょっと、」
と文句を言いかけ顔を上げたアルベラだが、ジーンに文句が言える立場かと睨みつけられた。
アルベラは「はい」と言って大人しく口を閉じる。
***
『あの噂については舞踏会で貴族の婦人から吹き込まれたらしい。お前については悪意のある似たような噂が他にもある。話はその内の一つだろうな。だがあの娘が陥った状況は、お前かディオール家に悪意を抱いている者があの娘を利用した結果だろう。あの奇人――ディオール公爵はポーチング商会とは無関係だそうだ。密告者は全く別の誰かという事だな。それをあの男がしたと思わせた誰かが居たんだ。その日商会長であるポーチングを連行していったのは確かに王都に帰属する騎士だったようだが、ディオール公爵が通報したと話した騎士が誰かは知る者が居なかった。お前のその使用人との出来事があってからか、もしくはその前からか、あの娘は都合のいい駒として目を付けられていたのだろう。――アランと言う便利な使用人の話を聞くにそいつが来た辺りからが介入の始まりだとは思うがな。――第三王子までがそれに手を貸しているかどうかはまだ分からない。――アランという男は既にホテルからはいなくなっていた。その者が今回の黒幕と繋がっている可能性は高い。信頼できる業者を彼女へ提供し、彼女の名を使いお前の殺害を依頼した本当の依頼主をな』
アルベラは昨晩祖父から聞いた話をラツィラスとジーンに伝えた。
建国祭が始まる前のマリンアーネとの出会いと、その後に起きた彼女の父の事件の話だ。
つまり刺客に関する話は舞踏会とは関係ないので省いたのだ。
『――あぁ、そうだ。確かにあの娘は言っていたぞ。お前を生け捕りにして奴隷の墨をいれ売り飛ばす依頼をしたと』
『だとおかしいですね。私を狙った人たちは、確かに私を殺そうとしていたので。ねぇビエッダ、そうでしょ?』
『……俺があそこで受けた依頼については話せない。フェリゴラドとはそういう契約を結んでいる』
『使えないわね』
『……』
ビエッダは文句を飲みこむように眉を寄せ黙った。
アルベラと雇いたての護衛のやり取りを見て流し、ブルガリーは話を続けた。
『アルベラ、お前の話が正しいのなら、マリンアーネというあの娘の依頼を上書きした何者かが居るのは確実だ』
この二人にその話をすれば、きっとユリの件は横に置いて友人として心配の言葉をかけてくれるだろう。アルベラはそんなのはごめんだと思った。
(私は「傷つける側」なのに。そんな人間が人から心配や同情をされる? 都合がよすぎて笑っちゃうわね――)
マリンアーネについての話を聞き終え、ラツィラスは「なるほどね」と頷いた。
「君はその子と直接話さなかったんだね」
「始めはそのつもりでしたが、お爺様に先に話を聞いて気が変わりました。お爺様達との話でも大分憔悴しきってるようでしたので、これ以上刺激するよりは親元に返した方が良さそうだと思いまして。今朝、騎士達がホテルへ送っていきましたよ」
「そう。……なんでそういう気遣いが出来るのにユリ嬢にはあんな……」
「その話はもういいでしょう」
「あのね、アルベラ。被害者が許そうが時間が経とうが君が理不尽に人に悪意を向けたっていう事実は消えないんだよ」
(うぐっ……)
アルベラは心に一撃を食らうも平静を装う。
「殿下、私に言いたい事があるのなら書面にまとめて送っておいて頂ければ目を通しておきます」
――ですからもうその話はもうヤメロ。
アルベラはそんな思いを込めて微笑みかける。
「ふふふ、りょかーい」
(まさか本当に送るつもり?)
不安がよぎり聞き返そうとしたがジーンが先に話の軸を戻した。
「侮辱罪だろ。いいのか?」
特別な感情を込めた訳でなく「一般的にこういうケースって……」と確認するようにジーンは尋ねた。
アルベラは「ええ」と頷いた。
「彼女を泳がせておきたいの。お爺様と話して集められる情報があるなら集めようって……。もしかしたら彼女を焚きつけた貴族を釣れるかもしれないもの」
ジーンが静かに自分を見つめていることにアルベラは気づいた。
「な、なに……?」
「なんか、さっきよりちゃんと会話が出来てる気がするな」
「気のせいでしょう。初めからずっと、ちゃんと会話出来てたわよ」
「……。そうだな」
呆れなのか諦めなのか、ジーンはあまりユリの話を掘り返さずに切り上げた。
アルベラが息をつくのもつかの間、
「アルベラ」
「は、はい!」
次はラツィラスが何かあるようだった。アルベラは身構えた。
「もしかして、公の場で君の悪い噂を言った以外も彼女と何かあったのかい?」
「――」
(この子……)
「……」
「答えられない?」
アルベラはため息を吐く。
(怖いなぁ……)
「はっきり断定はできませんが思い当たる出来事が幾つか……この建国祭の間にありました。ですからその確認も兼ねて……。それに、悪口を吹き込んだ人が第三王子の趣味を利用して彼女の父を死なせるまで過激なら、我が家に更に何かされる前に着き止めておかないと、と思ったので」
彼女を泳がせる理由については本当は刺客の件が大きいのだがアルベラはそこを適当に言い換える。
(不自然な事はかったはず……)
「殿下、昨晩の件についてはこれが以上です」
アルベラは話を締めた。
「うん。夕食前にありがとう。お陰で喉のつっかえが取れた気分だよ」
「いいえ、こちらこそ……」
「けどひとついいかい?」
「はい?」
「正直な話さ」
「はぁ、どうぞ……」
「ユリ嬢の件では君にはがっかりした」
晴れ晴れとそう言って王子様はにこりと笑った。
棘が幾つもふくまれていた一言にアルベラは「ぐさり」と精神に二度目の一撃を食らう。
「私怨だなんて、感情のコントロールが出来なかったって事でしょ。敵の多いディオール家にあるまじき理由だよ。ね、ジーン」
とラツィラスが言葉を振れば、ジーンはアルベラへ真顔を向け一言。
「だな。がっかりだ、アルベラ嬢」
王子様の言葉に乗ったジョークでありきっと本心も交ざっているであろうその言葉に、アルベラは三度目の一撃をくらう。
「わ、私の事を知っていただけて何よりです……」
そう微笑むのがやっとだった。
二人にはいつもの飄々したお嬢様にしか見えていなかったのは彼女にとって幸いだった。
ここにエリーが居たのなら、アルベラの笑みの引きつった部分を目ざとく見つけ、いじりに弄って遊んだに違いなかった。
***
「では、お二人共ありがとうございました。お気をつけて」
「うん。君こそ城の中とはいえ気を付けて。謹慎頑張ってね」
「頑張れよ。またな」
部屋の前の廊下で見送られ、アルベラは廊下で待っていた騎士達とともに自室へと帰った。
「お嬢様、お帰り~。夕食はすぐにいけますか?」
「はぁーーーーー……――無理、疲れた、ここで食べたい……」
部屋で待っていたエリーが両腕を広げてアルベラを迎い入れた。
その腕の下を潜り抜け、アルベラは脱力してソファに倒れ込んだ。クッションに顔を埋めもごもごと何を言っているのか駄々らしきものをこね始める。
ガルカは外へ、ビエッダはアルベラの使用人用に与えられた宿泊部屋があるのでそちらに行っているようだった。
「あらあら、ラツィラスちゃんとジーンちゃんとのお話はうまくいきませんでしたか?」
「うーん……うまくはないけど……別に不味くは無かったっていうか……」
「その調子だと大丈夫そうですね。まあ、あのお二人がそう簡単にお嬢様を見放すとは思っていませんでしたが」
「なんなのそれ……お人好しが過ぎて荷が重いってば……。そういえばエリー手紙は?」
「はい、出しておきましたよ」
「そう……良かった。私が留守の一週間、また私の名を騙って誰かがあの子達に指示してたら……――濡れ衣の処理なんてもううんざり……」
「ふふふ。ところでお嬢様、夕食にそろそろ向かわれた方がいいかと――ほら」
扉がノックされ、外からガイアンのお呼びの声がかかる。
『お嬢様、伯爵様がお待ちです』
「はぁい! ――……はいはいはいはいはいはーい……行けばいいんでしょう、はーぁー……」
身を起こしてもそもそと身を整えるアルベラ。それをエリーが嬉しそうに手伝う。
「これをあと六日か……うあぁ……きついー……」
「ふふふ、きっとあっという間ですよ」
エリーの言う通り、一日目からすると長い長い一週間だったが、二日目、三日目と日を重ねていくたびに時間の流れは早くなり、謹慎明けの日はすぐそこへと迫っていった――





