363、惑わしの建国際 37(倉庫の尋問)
――すべての刺客を倉庫へ詰め込み、魔術具師を呼び彼らが腹に収めていた道具の仕様を明らかにし、それは淡々と行われた。
***
「納得いかない……」
カフェの個室でアルベラはぽつりと呟いた。
倉庫に移動し魔術具師の到着を待つ間、エリーがふらりとその場を離れたと思えば彼女が準備してきたのは『ここ』だった。
――『あとは任せておいてください。情報を吐けば生かす。生きて帰したとしても今日の事は全て他言無用。一言でも漏らせば……そしてディオール家への侮辱発言ですね。それらがあれば魔術具による制裁が待っていると、ちゃんと彼らには伝えておきましょう』
――『わかっていますってばぁ~。吐けば生きて帰れると、ちゃんと良く言い聞かせます♪ 彼らがまともな人間であれば、腹を裂かれた痛みを思い知った後でまた同じ……いいえ、それ以上の痛みを味わいたいとは思わないはずです。……ふふふ、では、結果はどうなるかはお楽しみという事で』
アルベラは上質な茶器に手をかけたままそれを持ち上げずに見つめていた。
目の前には色とりどりの美しい菓子が並んでいるが、緑の瞳はそれの表面を眺めるだけだった。
「――いや……」
――『情報厳守、仕事へのプライドがある者ならきっと口を割らずに自ら死を選ぶはずです』
アルベラは脳裏で先ほど聞いたエリーのセリフを思い浮かべる。
(わかってる。これはエリーが私に気を使って……)
起きるかもわからない惨状を想像し、「わかってるってば」とうんざりとアルベラはこぼす。
そしてようやく、ずっと指先で触れているだけだったカップを持ち上げた。
***
「お嬢様に場所を移してもらっていて正解だったわね」
エリーは呆れながら顔についた飛び血を拭った。
(お嬢様、がっかりするかしら……。けどこういう人間は仕方ないのよね……。依頼された仕事を完遂できないうえ捕まって生に縋るなんて……。そういう輩もいるだろうけど、そいう人達はそういうレベル……。少なくとも一流ではない。彼等がそいう緩い感覚でこの仕事をしていたならお嬢様の希望通り命の恩も売れたんだろうけど……)
エリーは目の前に並ぶ遺体を前に息を吐いた。後ろ手に拘束され血を吐いて頽れた男女。
(ここにいる彼等は少なくとも覚悟の上で仕事をしていたようね)
「はぁ……はぁ……――」
仲間達の死を前に、目を見開いて息を荒げる男がいた。そして彼の他に二人、本人達の意思とは別に生き残った男女が一人ずつ。
「あらあら。折角死ねると思った時に死ねなくて怖くなっちゃったのかしら?」
エリーが過呼吸気味の男を見下ろす。
「そうだ。音は聞こえないとはいえ口の動きも見えてたらまずいわね。ほらクソ魔族、また皆の目を瞑らせなさい」
エリーは刺客たちがガルカの声が聞こえるようにと防音の魔術を解く。
なぜおまえが指示する、という不満を前面に「『目を閉じろ』」とガルカは言葉の縛りを発動した。しかし――
「こ、断る」
女がそう言ってガルカの言葉を拒否した。表向きは無表情だが、彼女の鼓動は正直だ。迫りくる死を想像し、本能が彼女に恐怖を抱かせていた。
ガルカの口元がにたつく。
「そうか。なら目玉をくりぬいてやる」
「……」
「そうか」
「――っ!!!」
彼女の目に指を突き立てれば、先ほどまで反応していなかった縛りの魔術が急に目を覚ましたかのように反応を始めた。
「チッ、時間切れか。それかあれがここに居ないからか?」
「遊び半分で人を傷つけようとしたからでしょ」
女の目玉に手を伸ばした時のガルカの歪んだ笑み。それを見ていたエリーが蔑みを込めてそういった。
「はっ。貴様の言葉を聞いてやったというのに感謝も無しか。この女は目を閉じたくないそうだ。貴様がどうにかしろ」
「ったく……」
エリーは適当な遺体から上着をはぎ取ってその女の頭に被せ、防音の魔術をかけ直す。
「何故三人もいる。聞き出すのにそんなに必要か?」
「ええ。少なくとも二人はね。けど一人はちょっと相談があるのよ。……あぁ、そうそう。この二人は奥様に送るからもう余計な事するんじゃないわよ。ふふ、私ってば気が利く女♪」
「何が女だ。オカマ男」
「黙りなさい」
「貴様の命令を聞く筋合いはない」
と手を払い、ガルカは過呼吸の男と上着を被された女から離れ列の一番端に座る三人目の生き残りを見下ろした。それはアルベラを追いかけていた騎士の格好をした男だ。
「相談か。匂うぞ。何を企んでる」
「企むだなんて人聞きが悪いわね」
「ふん」
先ほどの二人はエリーを追いかけて来た刺客。コントンを見ておらず、ガルカに向けられた刺客たちよりも手が掛からず、残して置いて無難な二人だった。
だがこの男はコントンを見ている。そしてこちらの質問にも答えるそぶりは見せなかった。本来なら、他の者達と同じ魔術具を飲んでいたなら今ここにある筈のない命だ。
「おい、あれを追い回すのは楽しかったか?」
ガルカは目を閉じて耳も聞こえていないその男を膝で押すように蹴る。
もちろん男は自分が何を言われてるとは知らず無反応だ。
「俺は知っているぞ。楽しかったろう? 逃げるのに精いっぱいな奴を追い詰めていく時のあの快感……貴様もアレを追い回している時楽しかったか? 駆け回り飛び回る命を仕留める高まりは美味かったか?」
よく分からないが何かの圧は感じる。目を閉じ顔を伏せている男は全身から冷や汗を流していた。
そこにエリーが「いい加減になさい、クソ魔族」と投げかける。
「そろそろ片付けに入るんだから手伝いなさい」
「片付けか。遺体の処理ならコントンにでも食わせておけばいいだろう」
「そうだとしてもこれをお嬢様に見せるわけにいかないでしょう」
「ならコントンだけ呼ぶ。貴様はその二人を送る準備でもしてろ。――おい、コントン」
影に呼びかけたガルカはコントンの返答を待つ間に思い出して顔を上げる。
「おい貴様。まだ聞いてなぞ。この男は何故生かした」
「丁度いいと思ったのよ。人手、足りてないでしょう」
***
すっかり日もくれて街がまた祭りの明かりを灯し始めた時、マリンアーネは物陰で目を覚ました。
あの騎士達に連れられたアルベラ・ディオールを追って路地の入口の方へと行き、そこで突然現れた警備兵達(刺客たちの仲間の偽兵士)に止められ、他の様子を伺えそうな場所を探していたら魔術に阻まれた。
きっとこの中であの女が捉えられているのだろう、と無様な姿を見届けられないかと魔術が溶けるのを待っていると――いつの間にか濃くなった中の霧が漏れ出し視界が悪くなって言った。
そして何が起きているのかと辺りの様子を見る暇もなく、いつの間にか彼女は深い眠りについていたのだ。
(どいういう事……。あの女はどうなったの? お父様の仇は? 死んだ方がましだって思えるような屈辱は……――。大丈夫、大丈夫よね……アラン……)
彼がここなら大丈夫だと、信頼できるとあの業者を紹介してくれたのだ。
高位の貴族が信頼するという彼等に相応の金額を払い依頼を書いた封書も渡した。
だから、だから――
(――そうだ。舞踏会へ行けばいいのよ。あそこならきっと……公爵の令嬢が行方不明になっていれば噂になってるはず)
***
アルベラは馬車に乗り学園へ戻っていた。
馬車は前世で言うタクシーのように、街に幾つかあるメジャーな店舗が出していのを拾ったものだ。
結局あの後アルベラがあの倉庫に戻ることは無く、影の奥からコントンが消えた感覚の後ガルカがやってきて「学園に帰れ」と言われたのだ。
エリーは「後始末」があるからそれが終わったら帰ると言われ、報告は後ですると言われたが聞かずともアルベラは何となく事の顛末を察してしまった。
(『生かしてあげる』『ワーイ、ラッキー♪ 感謝いたします!』、だなんて軽くはいかないか……)
ああいう仕事をやっているからには、それ相応の覚悟なり美徳なり、自分の知らない界隈の常識なりがあるのだろうか、とアルベラは平和な祭りの光景を眺めながら考える。
「おい」
「なに」
正面に座ったガルカに視線も向けず、アルベラは返事だけを返す。
「今日も城にはいかないのか」
「ええ。私が行くのは明日よ」
「あの女に用があるんだったな」
「ええ。ユリね。……用事と言っても一瞬だけど」
――舞踏会でヒロインのドレスに飲み物をかけて貶けなす(期限:建国際が終わるまで)
(これやらないと……。八郎情報だと今日はユリ、ロイッタを気遣って学園で大人しくしてるって話してたらしいし。ていうか八郎、何で今日に限ってユリのストーカーしてなかったかな。居たらきっと手を貸してくれただろうに、私もあんな必死にならなくて済んだのに……! ――て、そうだ。クエスト……完了音……)
「ガルカ」
アルベラは窓から顔を離しガルカへと目を向ける。
馬車に乗っていつの間に戻していたのか、尖った魔族の耳がピクリと揺れた。
「なんだ」
「あなた、あの冠はどうしたの」
「壊した」
「嘘つき。どこかに隠し持ってる」
というアルベラの音や匂いはまだ「疑い」の段階だった。
ガルカは嘘を突き通す。
「何故嘘だと思う。あんなボロボロの冠、持っていて何になる」
「……」
(ならなんで完了音が鳴らないの)
アルベラは花冠のクエストに意識を向ける。
――花冠を破壊せよ
(『ヒーローからの贈り物』の部分が消えてる。期限もない……と言うのは一安心か。けど)
今あれは手元にないのだ。アルベラはガルカへ問う。
「アスタッテの力が宿った物でしょう。何かに悪用する気? 壊す気が無いならすぐ返して」
(ほう……、なぜだ。疑いから確信に変わったな)
「知らんと言ってるだろ。壊して捨てた」
「壊したってどんな風に? ちゃんと灰にした? ただそこら辺に落として踏んずけて来たとかじゃないでしょうね?」
「重要なのはそこなのか?」
「ええ。危ない物みたいだから跡形もなく消し去りたいの」
(それ位すればクエストも完了するでしょう)
「……本当にあんたは持ってないんでしょうね?」
「ああ。適当に捨てた」
「じゃあ今すぐにでも拾ってきて」
「それは駄目だ」
「なんでよ」
「貴様を部屋に送ってからだ。また馬車が奇襲されたらどうする。こんな大通りでコントンに頼るか?」
「……」
「だろう。なら大人しく今は帰れ。冠は後で拾いに行ってやる」
「すぐに燃やしなさい。それか絶対私の元に持ってくる事」
「分かった。いいだろう」
「やけに素直ね」
「冠などどうでもいいだけだ」
何か企んででも居ないかと、アルベラはじとりとガルカを見やる。そんな彼女の顔を見て、ガルカがくつくつと笑いだす。
「何が楽しいわけ」
「窓を見てみろ。――ほら不細工だろう」
「魔族って美的感覚が壊滅的なのね」
「貴様は自分と他人の見えてるものが同じだと言い切れるのか?」
「哲学的な話始めるのやめてくれる?」
***
翌日、後の休息日。
昨日やその前と同じく早朝の祖父の訓練もこなし、アルベラは午前中から昨日の倉庫を訪れるべく街に出ていた。念のためと髪は茶色く染めローブを纏い、適当な馬車に乗って。
今日は朝練最終日という事もあり早朝からかなりこってり絞られ、訓練終わりは一人で立っていられないほどだった。それが今こうして街に繰り出せているのは回復薬様さまというものだろう。
そして今日は一日ガルカが不在だ。
馬車もエリーと二人きり……ではなく、なぜか護衛にならないニーニャも一緒だった。
「折角なので」というエリーの言葉をアルベラは「折角の休日なのでニーニャも一緒に街へどう?」と解釈し納得していた。
今日は舞踏会の準備もあるので、舞踏会以外の私用は昼までに切り上げなければいけない。
(ユリが来るのは舞踏会の後半らしいけど、念のため今日は初めの方から居よう。もしかしたら原作にはないチャンスがあるかもしれないし。……さて、飲み物は何をかけるかな。水……は逃げ腰だよな。ここはやっぱり色も映える赤ワイン……。ドレスに付いた血も奇麗に落とせる技術があるならワイン汚れ何て何てことないでしょうし。――まぁ、庶民には少し金額が張るだろうけど……)
そこはまたラッキーコインでも落としてユリの不足分は補えばいいか、と頭の片隅で自責の念からの逃げ場作りを考えてしまう。
(今日は締めの時に聖女様方がいらっしゃるらしいし、陛下やお父様たちもいる……。できれば皆が皆集まり切る前にちょっとした小競り合いとして終わらせたいんだけど……――なによりお母様に見られたらと思うと……)
母が静かに怒る様を想像するとアルベラの胃はきゅっと縮こまった。
「お嬢様、どうぞ」
馬車が止まり昨日の路地の前に着いた。エリーが両腕を広げる横をするりと抜けてアルベラは歩き出す。
昨日の場所なら案内は不要だ。「あぁ~ん、いけず~」とふざけたエリーの声を背にアルベラはサクサクと歩みを進めた。
(よし、あともうひと頑張り。今夜だ。今夜のクエストさえクリアすれば少しの間一息つけるはず……!)
倉庫に辿り着き、アルベラは室内の中央に一人の男性が座っているを見つけた。
三十代後半から四十代前半の暗い青緑の短髪の男だ。
「生存者がいたのね」
「お嬢様、まるで全滅してたとでも思ってらしたようなセリフですね」
エリーが困ったように笑む。
「え? 全滅? ……ふぇ!?」
昨日の出来事を軽く聞いていたニーニャはなんとなく状況を把握した。困ったように忙しなくアルベラとエリーを見る。
「昨日ガルカが『後始末』とか言ってたからてっきりね。けど生存者がいたのは幸いだわ。まともな感覚を持った人が居たみたいで安心した」
「うーん……お嬢様、多分その感じですと語弊が」
「語弊?」
「はい。彼も口は割らなかった一人ですので……と言うか、昨日の事をご説明すると、全員口は割らず魔術が発動したんです。なので保険で、口を割らずとも生きておくようにしていたのが数人。彼はその一人ですね」
「あぁ……そういう……」
アルベラはため息を吐く。
結局皆、目の前にぶら下げられた生より死を選んだのだ。
「立派な覚悟だ事」
と皮肉ってアルベラはエリーの持ってきた椅子に腰かけた。
「じゃあこのおじさんは何? これからここで尋問でもする気?」
「それもいいですが、私から一つ提案が」
「……?」
「彼を雇いませんか?」
「えぇ゛!?」と声を上げたのはニーニャだ。
「え? えええええ? エリーさん、この方、今の話だと昨日の刺客の方ですよね? その方をお嬢様の使用人に?? でもお嬢様の身の回りの御用でしたら私で人手は足りてるんじゃ……」
「ちょっと違うわよニーニャ」
「はひ?」
「足りてないのは、ゴ・エ・イ。あのクソ魔族も何だかんだお嬢様の用で離れないといけない事があるでしょう。私も用を頼まれて離れる時があるし……」
(コントンちゃんがいてくれるけど魔獣だから表立って人前に出せないし)
とエリーが口にしない言葉を理解しアルベラは「そうね。それで?」と促した。
「はい。この人なら一度あれ(コントン)も見ていますし、どこかの騎士でもないのでどこかの貴族の手回しは心配いりません。聞いた所によると元孤児で所属していたのも貴族お抱えの業者ではないそうです。個人的に仲良くしてる貴族もいないとか。冒険者と傭兵の経験もあり知識も豊富かと。しかも情報漏洩より死を選ぶ徹底ぶりです。いい人材じゃないですか~」
「あんた昨日はそれを聞き出してて遅くなったわけ?」
「はい。公爵様や奥様に頼んで人を送ってもらう話もしていましたが、それだとあの件(コントンの存在)がそちらに漏れるのではと心配していたじゃないですか。口の堅い冒険者でも雇った方が良いのかもとも考えているようでしたし。けどその口の堅さをどう見極めればいいのかとも嘆いてらっしゃいましたよね」
「まあ、そうだけど……」
アルベラはまじまじと男の顔を見る。
「この人、私達を殺そうとした人でしょ? 信用できるの? それにこの傷だらけの顔……どこかで見覚えが……」
「はい! 昨日お嬢様を追いかけまわしていたそうですよ。ビエッダ、とおっしゃるそうです」
アルベラは少々怒りを込めながら「はぁ?」と返した。





