360、惑わしの建国際 34(キリエはヒーロー)
コントンがふと路地の上へ鼻先を向けた。「コントン?」とアルベラが尋ねる。
『ガルカ』
「ガルカ?」
アルベラも上を見上げるが、自分の起こした霧のせいで空は白くぼやけコントンの示す先を見通すことはできなかった。
垂れ下がったコントンの耳がピクリと揺れる。
『クサイ クル』
「え?」
バフ、と小さく鳴いてコントンはアルベラの影の中に潜った。
『アルベラ フセテ』
「え?」
コントンがアルベラの服を咥えて引いた。
アルベラはされるがままその場にしゃがむ。
念のためにとまだ持っていたぼろ布を頭にかぶり、霧でぼやけた辺りに目を凝らした。自分と共にいた偽騎士は五人。この場には三人の遺体があり、残り二人の所在は不明だ。
(一人はさっきまで私を追って一緒にいたけど上手く撒けたのかな。――はぁ、自分の霧に視界を阻まれるなんて……。中に入らなきゃいいとか思ってたけどそうもいかないか。自分だけこの霧の中を見渡せられるようになれないか な……?)
パチパチ、と足元に小さく何かが駆けて行った。一瞬数匹の子ネズミか何かが通り過ぎていったようにも見えたが、ピリリと感じた電気の流れに「電流?」とアルベラは新たな敵を警戒する。
しかし――
「――アルベラぁぁぁぁぁ!!!」
薄まったとはいえ未だ霧でぼやける視界。それは突然霧を割って飛び込んできた。
霧の奥に現れたその人影は、地面を数回蹴って一気にアルベラまでの距離を詰めた。
「キっ……!?」
キリエ!? というアルベラのセリフは驚きで飲み込まれる。
バチバチと体に電気を纏い拳を振り上げたキリエ。その拳は……腕は……不自然に筋肉が肥大し電気を多く纏わらせていた。そしてそれはアルベラの後方へ勢いよく振り下ろされる。
――どぉん!!! バリバリバリバリ……!!!!!
「ぎ……あああああああああ……!! あ、ぁ……」
突然のキリエ。そして後方に忍び寄っていた男の叫び。
頭を抱えたまま呆然としてしまったアルベラだが、電気が収まり人が倒れる音で我に返った。
(何が一体……そうだ、風風……)
アルベラは辺りの霧を風で払う。
(さっきの行き止まりで聞こえた声)
――アルベラ!?
――キリエさん、これ……霧ですかね。気を付けてください、何かの魔術かも
(やっぱりキリエのだったのね。しかもユリの声もしてた気が――……その後の壁を殴るようなあの音……透明な壁も解けたし……まさかあの子拳で魔術を)
「アルベラ、大丈……」
風で霧が退かされ、キリエの姿がはっきりとアルベラの前に現れた。
彼の足元には電撃で焼け焦げ、気絶した男が一人。
キリエの拳は普段の年相応な、体格相応なサイズに戻っていた。それの皮膚は焼け焦げて爛れ痛々しい。
「キリエ……あなた、その拳……」
アルベラは眉を寄せた。
しかしキリエはキリエで自分の拳など二の次だ。
「俺は良いから! アルベラ、その額……血が出てる、治療しないと」
キリエはアルベラの元に駆け寄り、持っているハンカチを彼女の額に当てた。
「これはいいから。キリエ、なんでここに……」
足を踏み出したアルベラは、キリエに殴られて気を失った男の存在を思い出す。
(そうだ、もう一人……こいつは私を追ってたやつじゃない。じゃあ……)
「アルベラ、傷を見せて」
「キリエ、ダメ、気を付けて。そいつの仲間がまだ……」
「それはこれの事か?」
アルベラが風で退けた霧がさらに遠巻きに辺りに散らされる。その中央、翼も出さず建物の上から降ってきて着地したガルカは一人の男を抱えていた。
「あ……それ……」
「安心しろ。もうこいつの仲間はいない」
「え?」
「大概片付いた」
「かたづいた?」
呆然とオウム返しするアルベラ。彼女を探し、「お嬢様~!」と駆けてくるエリーの声と足音。
アルベラは「ほぅ」と息を吐く。その場に座り込みたくなるを耐え鋭い視線をキリエに向けた。
「キリエ、なんでここにいるの?」
「それは……ちょっと心配で……」
「心配?」
アルベラは責めるように語気を強くする。
この幼馴染は戦士ではないのだ。そんな彼が、こんな危険な場所に身を投じていることが許せなかった。将来は生物学者になるはずの、穏やかで争い事とは程遠い場所にいるはずの彼が、なぜこんな危険な真似をするのかという不安が、死に直面して興奮していたアルベラを苛立たせた。
「なんか変だなって思ったから……。心配で様子を見に行こうとしたら、アルベラ達が路地に入ってすぐ人が来て、急に立ち入り禁止だってそこを通行止めにしたんだ。他の道に回っても人がいて止められて……なんとなく、なんとなくでしかないけど怪しいと思ったんだ。だからユリさんと一緒に屋根の上に登って様子を見に来たて。そしたら人の立ち入りを妨害する魔術を見つけて……――そうだ、ユリさん!」
思い出した連れの存在にキリエがはっと顔を上げ自分の来た道を見る。
随分と霧が払われたそこに、こちらへ向かって歩いてくるエリーの姿があった。
「ユリちゃん? ユリちゃんなら、ほら。そこで拾ったわよ~」
エリーの腕の中には深い眠りにつきお姫様抱っこされたユリ。
「ごめんなさいね、お嬢様。お客さんが四人いらして、そっちはすぐに片付いたんだけど迷いの魔術が厄介で……私あれ苦手なのよねぇ」
ユリの姿を見たアルベラは目を丸くする。
「ちょっと、なんでユリまで……」
「ユリさん……良かった……」
「良かったじゃないでしょ? キリエ、貴方……あなた達、なんて危険な事を。二人して何が起きてるか分からない場所に……、巻き込まれたらどうするの?」
「……ご、ごめん。けどユリさんには別の場所で待っててもらってて……。ここまでは危ないから一緒には来ないで離れた場所で待っててもらってたんだ。俺の合図があったら人を呼んでもらおうと、」
「それでもこんな危ない事……! 貴方に何かあったら伯爵も夫人も胸を痛めるでしょう? 私を心配して助けてくれたのは……ありがとう……だけど……貴方が直接来る必要なんてなかった! 騎士や兵士を呼べばそれで良かったの! 貴族なんだから、貴方が率先して危険な場に出ることはないって……貴方だってそれくらいわかってるはずじゃ」
「無理だよ……」
「何が無理な――」
「――無理なんだ! 無理なんだよ、そんなの」
と苦しそうな、泣きそうな顔でキリエははにかむ。
「好きな人が危ない目にあってるかもしれないのに、その場を一旦引くなんて……そんなの、頭で分かってても出来なかった」
キリエの表情と言葉に、アルベラの中にあった苛立ちがしぼんでいく。
「な、に……子供みたいな事……」
「アルベラ、無事でよかった――」
キリエは耐えきれなくなりアルベラの肩に手を置いた。
ガルカは不快感に足を踏み出すが、感じる音や匂いに「ハッ」と薄く嘲笑する。
キリエのぼやける頭の中ではあの声が再生されていた。何度も何度も、心を惑わす、心を誑かそうとするあの言葉――
――冠を
――彼女の心を手に入れられる
――冠を
――彼女を自分だけのものに
――冠を――冠を――冠を――冠を――冠を……
「違う」とキリエはかぶりを振った。
「そんなの……そんなんじゃだめだ……」
「キリエ……?」
「ごめんね、アルベラ。俺、もっとつよく なるよ……」
心底ほっとしたような顔をしたかと思うと、キリエはアルベラへ覆いかぶさり抱きしめる――のではなく、意識を失い頽れた。そしてそんなキリエの体はアルベラにもたれかかる前にガルカが掴んで引き離した。
「ふん! こんな霧にも耐えきれない弱者が」
「あぁ……そうか、霧……」
キリエの意識は限界だった。彼の眠気を嗅ぎ取っていたガルカは、わかり切っていたとばかりに掴んだキリエの体を横に放り投げた。
「ちょっと!」
アルベラはキリエの元に駆け寄る。
ガルカが投げたせいで、先ほどには無かったかすり傷が顔にできていた。
「はぁ……ごめん、キリエ」
(けど、貴方はここに来るべきじゃなかった。そりゃ心配して駆け付けてくれた気持ちには感謝するけど……)
キリエを仰向けに寝かしなおし拳の傷を見た。せめて清潔にと、水ですすいで持っていたハンカチで傷を気遣いながら拭う。
(眠りの効果のある霧の中、よく持ってたな……。これもいちヒーローの底力ってやつなの? しかも――いっちょ前にヒーローらしい事を……)
「おい、貴様何を考えている」
ガルカがアルベラの頬を摘まむ。摘ままれて赤くなった片方の頬を抑え、アルベラはむすりと返した。
「あんたたちが駆け付けるのが遅くなったせいでえらい目にあったなって、頭の中うっ憤をぶちまけてたところよ」
「そんなに怖かったか?」
「腹立たしかったの間違いね」
「ククッ、怖かったのなら素直にそう言え。泣き叫んででもくれれば俺ももっと早くここへ来れたんだ。だからそうしなかった貴様が悪い」
「あぁもう……」
「お嬢様」
青筋を浮かべたエリーがぐいとガルカの首をわしづかみ引き離す。
「不安にさせちゃってごめんなさいね。ところでまずお怪我の治療をしたいんですけどいいかしら?」
「え? あぁ、そうね。お願い」
「はい、では」とエリーはハンカチと塗り薬を取り出す。
「コントン」
――バウ!
「私の上着、どこかに落ちてると思うんだけど探してもらえる?」
――バウ!
額をぬぐい、薬を塗り。ぼろ布を被って汚れたお嬢様の髪を払いながらエリーが話す。
「コントンちゃんがいてくれて助かりました」
「ええ。おかげで命拾いしたわ。エリーは大丈夫だったの?」
「ふふ。心配して下さるなんて嬉し――」
「やめて」
抱き着こうとしたエリーを両手で押して拒否を示した。
場も場なのでエリーは仕方なく抑える。
「見た通り何ともないですよ。私の所に来たのはそこそこの相手でしたから。お嬢様ほどの重要性もなく、あの魔族ほど警戒もされてなく、二人よりも楽な人材が送られてたんだと思いますよ。――さて、直に兵士たちも来るでしょうしそれまでここで一息つきましょうか。キリエちゃんの拳にもお薬を塗って……できればひと眠りしたいところだけど」
「え? 逃げないの?」
「お嬢様……」とエリーは苦笑する。
「なんで逃げるんですか? 正式な被害者なわけですし、この霧に先ほどの騒音です。外ではちょっと騒ぎになってましたよ。誰かが通報しててもしてなくても、警備兵たちが様子を見に来るのも時間の問題です。そのまま事情聴取を受けてあげればいいじゃないですか」
「まぁ……そうね。私に向けられた刺客なら、我が家の問題なわけだしそのままディオール家が預かるって言って諸々回収しちゃえばいいし」
「はい。今回の事は誰にも何も隠すことがないんですし堂々としていましょう」
「堂々と……いえ……そうだ、コントンを見られた。それに付いては口封じしないと」
「どうするかな……」とアルベラは呟く。
「この人たちには、馬車の襲撃の時みたいに死なれたら困るでしょ? どこの誰に依頼されたか、生きた状態で聞けるならそれがベストなわけで。けどコントンについてお父様やお母さま、その他の人間に言いふらされるのは困る」
「そうですね」
「それについてだが」
口を開いたガルカにアルベラとエリーの視線が集まる。
「こいつら、またねじ切れるぞ」
「は?」
「あの時と似た匂いだ。コントンもわかるな」
――バウ
アルベラのローブを咥えて陰から鼻先を突き出したコントンが答える。アルベラは礼を言ってローブを受け取り「わかるの?」とコントンの鼻先を撫でた。
「おい、アルジサマよ。そこに回復薬は残ってるな」
「え? えぇ、今日はまだ手付かずよ」
「そうか。ならその傷用を残して、残りはこいつに……――おい」
「何?」とアルベラは怪訝な顔をする。
「そういえばその傷、こいつらがやったのか?」
アルベラは「これ?」と治療の終えた額に軽く触れる。
「いえ。これはそっちの二人のどっちか」
コントンの影によりハチの巣にされ絶命した男達。
アルベラの額の傷はコントンに貼られた聖女の札を剥がす際、二人の偽騎士のどちらかに見つかりつけられたものだった。コントンがアルベラに向けられた攻撃に気づき防いでくれてこの程度で済んだが、直撃すれば頭の半分は吹っ飛んでいたのではないかと今更になって寒気を感じた。
「そうか。ちっ、死んでるとは運のいい」
「運が尽きたから死んだんでしょう。なぁに? 敵討ちでもしてくれる気? いつからそんなに情が厚くなったの」
「情だ? 馬鹿馬鹿しい。ペットを可愛がってもらったのだからそれなりの礼をしてやろうと思っただけだ」
「誰がペット? あんたさっき私をアルジサマとか呼んだばっかでしょ」
「ペットに『アルジサマ』と名付けることもあるだろう」
「あんたね……はぁ……――で、何? その人達も死んじゃうの? できれば生け捕りにしたいんだけど」
キリエが殴り倒した男と、ガルカがわきに抱えてきた男。今はどちらも気を失っているだけだ。ならば勝手に死なねる前に早くその魔術とやらを解いてしまいたい、とアルベラはガルカに尋ねる。
「もしかしてその魔術、解けるの?」
「多分な。解くとはまた異なるが」
「どうするの?」
「単純な話だ。腹を抉ってこいつらが飲んだ魔術具を取る。そして傷を塞ぐ」
「なるほど。それなら確かに」とエリーが頷く。
「塞ぐって、薬じゃ限度が……」
「そうだな。だがぎりぎり死ぬことはないだろう。どちらにしたって放っておけば勝手に死ぬんだ。どうせなら試したらいい」
「……まぁ、そうね」
「なら一応許可を頂こうか。アルジサマよ、俺はあいつらを殺す気はない。手を出すことを許すな?」
「縛りの魔術か……。えぇ、許すわ」
人を殺せばガルカにかけられた縛りの魔術が反応し、ガルカを半殺しにしてしまう。
しかし、人を守るうえでまったくの殺生なくして誰かを守り切れとは酷な話だ。
貴族同士の潰し合いなど珍しくもない。相手が命を狙ってきたのなら、襲われる側も相手を手にかけなけなければ生き残れない場面は出てくる。
そんな時のためにもガルカが人を手にかける手段は残されていた。
ディオール家の誰かが彼に殺しを許せばいいのだ。
今回ガルカに殺意はないので魔術が反応することはなさそうだが、万が一手違いであの男たちが死んでしまったら。その手違いで魔術が動作してしまわないよう、ガルカは保険で許しを得た。
「ふん。面倒なものだ。初めから楽にしてやった方が救いだろうに。俺を殺しに来た聖職者共も、俺に生かされたせいでもうじき首が捻じれて死ぬだろう」
「ちょっと、その人達どうしたの? 一応ちゃんと捕まえてはいるんでしょうね」
「あぁ、捕まえてやったさ。そっちの道に待機させているが、あいつらからも同じ匂いがしていた。――貴様、まさか全員を生かせなどと言わんだろうな。事情を聞くならこいつらだけでも足りると思うが……まぁ命じられれば腹ならいくらでも抉ってやる。だが薬は足りるか? 薬が足りたとして治療はどうする? 自分の命を取りに来た全員をかいがいしくも治療してやるとは公爵家とはずいぶん生ぬるいのだな」
「お嬢様、酷かもだけど仕事を達成できなかった時死ぬのも彼らの仕事よ。今回は彼らの証言と残った遺体があれば情報は十分得られる。勿論お嬢様が望むなら私はその命には従うけど……」
「ええ、わかったから」
アルベラはもういいと片手を振る。
「全員を生かして捕らえるのは難しいんでしょう。薬だってないし……まぁ公爵家の地位をちらつかせれば一番近い癒しの教会から治療師を呼びつけるくらい容易いでしょうけど……なんて……――もしかしてそれを恩に着せるのも手なの?」
「お嬢様?」
「おい、貴様……」
まさかとエリーとガルカがアルベラを見やる。
「ねえ、正直に答えて。私甘い?」
アルベラは道端に置かれたレンガの上に腰かけ、ガルカの前に自ら仰向けに寝そべっていく人々を眺めていた。
ガルカを狙った聖職者の刺客たちが十二人、エリーをねらいあっさり反撃にあい亀甲縛りにされていた刺客たちが四人、アルベラを狙った刺客が二人。ガルカとエリーを襲った者達は魔族の言霊の縛りによりガルカの指示通りに動いていた。
「一体何を見せられてるんだか……」
「そうですねぇ……」
エリーはキリエの拳の手当てをしながら答える。
「一度お腹から出した魔術具を、内容を書き換えてもう一度彼らに飲ませる。ちゃんとコントンの事も忘れずそこに加える。それで大丈夫よね」
「多分大丈夫とは思いますが……まぁ無駄な殺生は私もしたくはない派ですし……。それでもやっぱり人を殺して生計を立ててる人たちにこの処置はちょっと甘い気はしちゃいますね。彼らも死ぬときは死ぬ覚悟でやってるんですし、負けたらなちゃんと命を差し出すのが筋だと思うので」
「エリーの『甘い』は彼らの仕事の結果に対しての物よね。私が聞きたかったのは公爵家として、貴族としてなんだけど」
「それは人それぞれですもの。貴族の基準や平均なんて私にわかりませんよ。けど、公爵様や夫人の基準ならわかる気がします」
「へぇ、言ってごらんなさい」
「可愛い一人娘を狙った者達です。問答無用で情報を聞き出し即処刑でしょう」
「つまり『甘い』って事ね。参考にするわ」
「ふふふ。甘いかどうかはおいといて、それなりの立場なんだし好きにすればいいと思いますけどね。それに、彼らの仕事の出来の結果としては『甘い』とは思いますが、お嬢様はほどほどに良い加減の判断をなされたとは思いますよ。約束を破れば彼らは結局ねじ切れるわけですし♪ 情報厳守、仕事へのプライドがある者ならきっと口を割らずに自ら死を選ぶはずです。――考えても見れば、そこがどうなるかは見ものですね。一度命を預かって相手を試す……そういうやり方はなかなか『ディオール家らしい』判断にも思えますよ」
アルベラはほっと息をつくように「そう」と頷いた。
「甘くみられるかどうかは重要よ。軽んじられてホイホイ刺客を送られたら疲れちゃうじゃない」
「まぁそうですけど……そこら辺の虫よけは安心して私に任せてくださればいいのに」
「ダークエルフに殺されかけてた癖に」
「あれは特例ですよ。あのレベルはそうそう人に雇えませんって」
「どうなんだか……」
「ふふふ……、そうやってご自身で警戒してくれているうちは私も安心だわ。さて、そろそろ教会から治療班が送られてくるはず……。彼らの魔術が作動される前にお腹を抉れればいいですね」
「ええ、そうね……じゃないと今までになく壮絶な図を見る羽目に――」
立ち上がって霧の晴れた薄暗い路地の先を眺めるエリー。
アルベラはふと思い出し「そうだ……」と目を瞬いた。
(卵!! 冠!!)
折角の機会だ。傍には眠りについたユリ、そしてキリエ。
(ね……寝てる隙をつくのだって悪役っぽいつっちゃ悪役っぽいじゃない? そうよ、二人が寝たのだって私の魔法のせいだし。だ、大丈夫大丈夫……これくらいならずるじゃないずるじゃない……――ていうか、ずるをしてこそ悪役じゃない?)
「お嬢様?」
「エリー、急いでこれを壊す。もしもの時は手伝って」
「はい?」





