357、惑わしの建国際 31(玉子はとっても固かった)
(何でこの二人が一緒に……。ていうかいつ別れるかと待っていれば、全然別かれないじゃない。このままじゃ教会に着いちゃうし……――ええい!!)
「――あら、二人共奇遇ね」
「アルベラ……」
「ディオール様?」
「ごきげんよう。二人共どちらへ行くのかしら? 途中まで一緒にいい?」
しびれを切らし、ユリとキリエを見張っていたアルベラが物陰から姿を現し二人の前へと出た。
別の物陰から見守って居たエリーが「あら?」と零し、建物の上から一応護衛の職務を果たしていたガルカが「短気な奴」と嘲笑った。
アルベラは胸に手を当て鼓動を抑えようとする。
(つい出ちゃったけど……ど、どうにかこの後あの鞄を持つ流れに持っていければ……)
「え……? ええ、勿論どうぞ」
ユリは「なぜアルベラが私と?」と疑問符を浮かべるも快諾した。
(アルベラ、私の事嫌いじゃないと思うんだけど……けど避けてはいるみたいだし……。それは多分他のご令嬢やご令息の前で公爵家のお嬢様が平民と仲良くしてたら示しがつかないからで……――あ、もしかして学園の外だからかな。顔も隠してるし、これなら良いって事……)
「そう、感謝するわ。丁度キリエに用があったの」
「え?!」とキリエは声を上げる。
ユリはその言葉ですとんと納得した。
「そっか、キリエさんに」
(だよね! 外なら親しくしていいとかそういう問題じゃないか!)
何やらすっきりした様子でこくこく頷いているユリにアルベラは不思議そうな視線を向ける。
(私、単身飛び出てみたけど……)
とアルベラはユリの鞄を見つめた。
(ど、どうするのこの先!? そこら辺の物乞いに金でも渡して、この鞄をひったくらせるとか。適当な業者に頼んで彼らに卵を割らせるとか……最悪ユリの留守中に影からコントンに盗んでもらうっていう手もあったはあったけど……――いやいや、『悪役』と決めて生まれてきた生よ! これくらいできなくてどうするの? こういう些細な選択が無難通り越して無味無色の前世を生み出しちゃったんだから。今世はチャレンジあってこそと決めたからには自力でやれることはなんだってやってやる!)
「――貴女、その鞄重そうね」
アルベラはツンとした視線でユリに話しかける。
「え? い、いや……そんなに……です……よ?」
歯切れの悪いユリの言葉にキリエは小さな引っ掛かりを感じたが、アルベラは自分は策を練る事に気を取られ気づいていない。
(よし、この流れで……こう、嫌味っぽく嘲笑う感じで)
あの憎たらしい魔族みたいな感じで、とアルベラは表情を作る。
「平民は大変ねぇ。自分で荷物を持たないといけないなんて」
馬鹿にする感じで言ってみる。キリエに幻滅されるだろうか、と思ったアルベラだが気のいい幼馴染は「そっか、ごめん」と気づいたように目を瞬いた。
「ユリさん、それ持つよ。ごめんね、俺ボケっとしてて」
(え? キリエ? 私そういうつもりで言ったんじゃ……)
「い、いえ!! キリエさんにこんな……、これくらい持ちなれてますから!」
ユリは多少の抵抗を見せる。やはり聖獣の卵が入っているから、そう容易く他人には渡せないのかとアルベラは思ったが、キリエの「いいよ、俺重い物ならむしろ大歓迎なの、ユリさんも知ってるでしょ?」という言葉で「確かに……」と頷きユリは鞄を譲た。
「あの……、結構重いらしいので、大変だったら言ってくださいね」
「……? うん、重いなら望むところ――」
鞄を受け取るとキリエは「わ、」と小さく零した。
「思ってたより思いや。ユリさんこれ学園からずっと持ってたの?」
「あ、あの、はい。けどそうじゃなくて……ええと、私が持ってもそんな重くないようになってまして……」
「あぁ、軽量の魔術? けど、そしたら俺が持っても軽くなってるはずだからちょっと違うのか」
「私も詳しくは知らないんですが、そういう魔術だそうです」
「へぇ、盗難防止によさそうだね」
(毎日卵に魔力を注いでるから私は重くないって、聖女様やチューリップ達が言ってたけど……)
ユリは部屋で、リドが「重ーい!」と言い楽し気に卵を持ち上げていた様子を思い出す。
(あれ、やっぱりリドだけでなく他の人でも重いんだ。キリエさんが思って感じるってことは結構あるんだな……)
「……ディオール様?」
キリエが鞄を持つさまを興味深々と言った様子で見ているアルベラ。それに気づいたユリが彼女の名を呼んだ。
ぱちりと目があい、アルベラは誤魔化すように小さく咳をする。
(アレ、そんなに重いの?)
彼女の興味はついそちらに惹かれていた。
「キリエ、それ私にも持たせて」
「え?」
「え!」
とキリエとユリが反応する。
「けどアルベラ、これ結構重いよ?」
「そ、そうですよディオール様! 足の上に落としたりしたら大変なことになるってリドが――」
「あら、キリエには持たせて私はダメって事?」
「そ、そ言うわけじゃ。けど……」
(ならせめて、ちゃんと足を止めた場所で、)
ユリは急いで辺りに視線を走らせ人の邪魔にならなそうな場所を探した。
キリエは隣を歩くアルベラを見つめる。フードの下にあのツンとした目元と口元が垣間見えた。すました顔で、しかし何かに興味を抱き隠しきれていない空気が漏れ出ている彼女。幼い頃から知っているその表情に愛しさが沸き上がり胸が熱くなる。
「……?」
「――!」
キリエの視線を感じてアルベラは顔を上げた。キリエは顔を赤くしながら逃げるように顔を逸らす。
「では、あそこでいったん足を止めましょう! 歩きながらは危ないので!」
人気の少ない壁際を指さすユリ。
(おぉ……いいんだ。――よし)
アルベラはチャンスを手にし、胸の中気合を入れる。
「あの、絶対に足には気を付けてくださいね」
壁際に移動し、ユリは怯えるようにアルベラに注意を促す。
キリエは鞄をアルベアに移そうとしており、鞄から出た妖精たちはユリの元で身を隠していた。
ユリの元で妖精たちは「ダメダメ!」「あんな奴に持たれたら卵可哀そう!」「悪い匂いがついちゃう!」等と声をあげていたが、幸いにもその声はアルベラには届いていない。
「じゃあ行くよ、アルベラ」
「ええ。ちゃんと持つから心配しないで――」
「きゃあ!」とわざとらしい声を上げてアルベラは受け取った鞄を地面に落とす。
――ずどん!
「――!!?」
「大丈夫!?」
「大丈夫ですか!?」
「……え、ええ。ごめんなさい、私ったら……うっかり……」
アルベラは鞄の予想以上の重さと、落ちた時のあまりの勢いに言葉を失いかけた。
ユリが鞄を持ち上げれば、地面には数センチの深さの窪みができていた。
「足潰れちゃえばよかったのにー!」
「イー!」と肩の陰で小声を上げる妖精。ユリは他の二人の目を盗んで、その妖精を「もう、」と小突く。
(こ、こわ……)
あまりの出来事に驚いていたアルベラだが、はと我に返り尋ねた。
「ユリ、鞄の中身は?」
「あぁ、」
ユリは微笑む。
「大丈夫です、壊れ物は入れてませんから」
と言って一応中を覗き込み、彼女は再度「お気にせず、大丈夫でした」と笑った。
(大 丈夫……)
むしろ私が大丈夫じゃない、とアルベラは頭を抱えた。
(あれで割れないの!? じゃあどうやって割るの!!?)
傍ではユリとキリエが「荷物を持たせて」「でも悪いです」というやり取りをしていた。
それどころでないアルベラは、純粋に力が足りないのか、魔法や魔術で壊すかと考える。
(鞄は結構あっさり渡してくれた。それならまだチャンスはある。……森では隠そうとしてたけど、もう聖女様から正式にお世話役を任されたからから? それともそうそう割れる心配もないって確信してるから……。盗まれる心配とかしてないの、この子? まあ、私やキリエが鞄を盗むだなんて思わなかったんだろうけど、それにあの重さだし……――て、いやいや、あれ何したら割れるの?)
鞄をじっと見つめ、アルベラはふとキリエの腰にかけてある物を思い出す。
(そういえば今回のクエストは二つ……卵と――)
――花冠
「……キリエ」
「なに、アルベラ?」
「素敵な花冠ね」
言われてキリエの頭が真っ白になる。
……いや、真っ白とは少し違った。頭の中が、あの老婆の言葉と「被せろ」という言葉で埋め尽くされ思考ができなくなる感覚だ。
「アルベラ……これ欲しい?」
「ええ。けど」
「あ、の、ちょっと待って!」
とユリが二人の会話を止め「待って、ください……」と言い直す。
キリエとあった時、妖精たちがあの花冠を見て気になる事を言っていた。
――『危ないね』
――『うん、あの冠危ない』
――『危ない危ない』
「ユリ」と今も妖精が耳元でささやく。「あれ、ユリは触っちゃだめだよ……」と。
「あら、もしかしてユリにあげる物だった?」
「え?」
「え?」
キリエとユリはぽかんとし、「なんで?」と頭にはてなを浮かべる。
アルベラ的にはキリエは原作で言うヒーローで攻略対象。ユリに好感を抱きやすい人物のはずなので、自分の知らない間に友好が深まっていてもおかしくはないと思ったのだが――
(――ん? この感じだと違うのか)
「えぇーと?」「うーんと?」と花冠を挟んで首を傾げ合っている二人にアルベラはキリエの気持ちもユリの気持ちもそちらへは動いてないことを理解した。
(じゃあこのクエスト……『ヒーローからの贈り物の花冠を破壊せよ』って……何)
花冠は目の前のもので間違いなさそうだ。だがあれはまだ、贈り物でもなんでもなさそうである。
(そのうち誰かに送るんだろうけど……まぁ、その前に壊したって問題はないでしょう。キリエには悪いけど、見えないところでこっそり壊せば本人へのダメージも少ないはず。――クエストの処理、卵よりもこっちの方が早く済むんじゃ、て思ったんだけどまさかこの花冠まで『鋼の固さ』なんてことないでしょうね……)
「えと、アルベラ……」
「なに?」
「これ、は……」
花冠を持つキリエの手が小さく震え始めた。
顔色がこの間の様に悪くなり始めている。
――渡せ、この冠を渡せ、頭に乗せろ、そうすれば彼女はお前を好きになる、お前だけをずっと見てくれるようになる
キリエの頭の中で老婆の声が、老婆の言っていなかった言葉を紡ぎ始める。
――早く、誰かの物になる前に、早く……冠を彼女の頭に……
キリエの胸が焦りに襲われた。
いま冠を渡さなければいけない。頭にかぶせなければいけない。出ないときっと、彼女は気まぐれに他の誰かの元へ行ってしまう。
(きっと――今すぐ、今この冠を被せれば――きっとこの胸の苦しみは――……)
「……これ、は……良ければアルベラに」
キリエの両手が冠を持ち上げる。アルベラは自分の顔の前まで来たそれを、「え? 私?」と言う気持ちで見届けていた。
よくわからないが、これを自分に暮れるというのなら都合がいいじゃないかとアルベラは冠を受け入れようとした。
(良かった、こっちは簡単に終わりそうね)
「キ、キリエさん!」
ユリがキリエの手を掴んで止めた。
「あ! ごごごごめんなさい!! 私、」
「あら、貴女もこれが欲しくて? ユリ?」
アルベラの不服そうな視線と声にユリは慌てて弁解しようとする。
しかし自分がなぜキリエを止めたのか。彼の恋心を知っておきながら、なぜ邪魔をしてしまったのか。突発的に動いてしまったユリは言葉を見つけられずに落ち着きなくアルベラとキリエと花冠の三点で視線をさ迷わせた。
「……」
冠を持ち上げたまま動きを止めていたキリエは、体から力が抜けたように腕を下ろした。
「すみません、すみません、キリエさん、ディオール様!」
「いいよ……――ありがとう、ユリさん」
弱弱しいキリエの微笑みに、ユリの胸が罪悪感でさらに締め付けられた。
「あら、くれないの?」
「ははは、もうちょっと手直ししようかなって」
「そのままでも十分素敵じゃない。流石だと思うけど」
「流石、か……」
自分が作ったわけではない冠を、彼女は自分の手作りと信じて褒めてくれている。そのことにキリエは胸に小さな痛みを感じた。
「いくら魔術があるからって、花もずっと持つわけじゃないでしょうに。――そうだ、とりあえず今回はそれをくれない? こだわりがあるなら、また今度新しく作ればいいじゃない」
「新しく、自分で……」
キリエの心が二つの感情で揺れた。
一つは「そうか。人からもらったこんな呪い物の冠でなく、好きな人には自分の手作りを上げた方がいいじゃないか」というもの。
もう一つは「これじゃなきゃダメだ。これじゃなきゃ意味がない」というもの。
どちらも互角にぶつかり合う。
キリエが決めかねていると、ユリが「あの!」と声を上げた。
「と、とりあえずお二人とも、目的地があるならそろそろ行きませんか?」
「あ、」
「まぁ……そうね」
(ユリは教会へ行かないと行けないんだものね……。仕方ない、卵は学園に帰るところをもう一度捕まえるか。待ってる間にあれを割る方法をいろいろ考えて準備しておこう。馬鹿力のエリーと魔族のガルカも連れてけば二人の力で割れるかもしれないし……私の魔法も試すとして……)
(よ、良し。とりあえず花冠から話はそらせたけど……どうしよう。キリエさん、あの冠アルベラにあげたいんだよね。けどなんか嫌な予感が……。『その花冠危ないかもしれません』、なんて言ったら不味いよね……キリエさんの手作りらしい……。どうしよう、少し貸してもらって見てみる? 三人に聞いたら教えてくれるかな……。それとも三人にこの場で出てもらう……アルベラはこの子たちとは前に会ったことあるし、キリエさんもきっと、頼めばこの子たちの事は秘密にしてくれるだろうし……)
アルベラは卵への対策を、ユリはどうも気になる花冠の事を、そしてキリエは……頭の中でささやく老婆の声に気を取られながら歩いていた。
三人とも別々の事を考えながら歩く道中、ガチャガチャと鎧のぶつかる音が三人を追いかけていた。
「失礼します!」
固い声かけに三人の足が止まる。三人が振り返ると数人の騎士達が背筋を伸ばし敬礼していた。鎧の胸元には大きく城の紋章に一の数字が刻まれている。
「申し訳ありません。そちらアルベラ・ディオール様でお間違いないでしょうか?」
(一の団所属の騎士……?)
第四なら兎も角、あまり交流のない団がなぜ?
アルベラは警戒心と共に「ええ」と頷いた。





