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アスタッテの尻拭い ~割と乗り気な悪役転生~  作者: 物太郎
第4章 第一妃の変化(仮)
353/411

353、惑わしの建国際 27(翌日の朝)



 建国際初日で賑わった翌日の早朝、一人の老婆が王都を出る準備を進めていた。

「ったく、きな臭いったらありゃしない……。なんでわしがこんな心配をしなきゃならんさね……」

 彼女はぶつくさと一人ごとを溢し荷物を荷車に乗せていく。

 共に彼女と共に王都へとやって来た小型の老馬は眠たげに水を舐めていた。

 老婆は荷車の幌を下すと御者席に座って手綱を持った。

「ほら、行くよ」

 朝日もまだ顔を出していない、霧がかった早朝。馬はゆっくりと頭を上げのろりと脚を踏み出し始める。



 夜通し騒いでいるのだろう幾つかの店や家を通り過ぎ、道の端で眠る酔っ払いを数人通り過ぎ、いつもより豪華な残飯を食い漁る犬猫や鳥達を通り過ぎ、老婆の車は王都の関門へたどり着いた。

 門が開くとともに朝一で王都から出ると、老婆は我が屋を目指し北西へ向かう。

「はぁ……早く帰って一息つきたいもんだね……」

 彼女が王都へやって来たのは金稼ぎのためだった。

 金稼ぎ。それは祭りにあやかった玩具売り―――などではない。貴族からの依頼だ。

 たぶん……それなりに有力であろう貴族からの依頼。

 彼女はそれを依頼内容と額を聞いてからも少々請けるかどうかを躊躇った。

 あまりにも簡単な仕事内容。そして高額な報酬。怪しすぎたのだ。

 だが最終的には彼女は金額に引かれこの仕事に食いついてしまった。何しろ相手は、彼女が首を縦に振るまで額を上げてきたのだ。

(貴族が貴族を呪う事なんて珍しくもないが……)

 彼女は長く、暗示を生業として生きてきた。

 生まれながらに魔力の弱い彼女は、弱いがゆえに人の心の芯をピンポイントで突くように力を鍛えてきた。少量の魔力で行うがゆえに足がつかない。そんな彼女の商売は貴族達の間で人気だった。

 形跡も残さない位の弱い魔術や呪いとなれば、特に貴族の子供が遊び感覚で手を出すくらいポピュラーだ。弱い分効果も気持ち程度のもの。一般的なものなら本当にただの気休めと言って良い。

 だがこの老婆が扱うのはそんな希薄な力などよりも効果がある。老婆自身そこにおいては胸を張って売り文句にしていた。

 人の心や精神に作用する魔法や魔術の使い手は希少だ。どんなに力が小さくとも、その珍しさは人々の興味を引き期待を高める。

 そして実際に、お遊びのような小さな効果をもたらす呪い屋の類の中でも彼女の術は成功率が高かった。

 だから彼女は自分の仕事にそれなりに高い報酬が払われるのは当然だと考えていたし、相手が貴族なら遠慮なくその額を盛ってきた。

 だというのに―――

(貴族の坊やの気持ちを揺さぶる……たったそれだけの仕事……?)

 ―――いつもなら「今日は幾ら吹っかけてやった」と儲けを喜ぶ彼女が、仕事をやり終えたというのに不安を抱えていた。

 手は抜いていない。失敗もしていない。

 あのキリエ・バスチャランと言う少年は確かに術を受けていた。きっと今も夢の中で、彼は恋心に胸を締め付けられ思いを寄せる相手を思い焦れている事だろう。

 彼女の暗示はない気持ちを芽吹かせる。元から抱えている思いがあるのなら、その思いを揺さぶり増幅させる。抱えている思いが大きければ大きい程、彼女の力は大きな結果を引き寄せる。

 それは時間の経過とともに術が弱まり消えゆくまで続くはずだ。

(六百万……? こんな仕事、たかだか十万だ。安いとこなら三万でも引き受ける。相手が相手だから……? だがそれにしたってね―――……アルベラ・ディオール……東に置かれた公爵家の娘……)

 老婆は草原を抜け木々に囲われた道に入った景色をうわの空で眺め考える。

(……妙なのはあの花冠さ……見た所はそこらの術屋がかけたような恋愛成就の陣が書かれちゃいたが……。あの程度、ウチでもやってるサービスだってのにわざわざ別で準備して持ってきおった……)

「ったく……きな臭い……きな臭いたりゃありゃしないよ……もう暫く王都にも貴族にも……―――」

 胸元からキセルを取り出し火を付けようとした老婆だが、そのしわくちゃな手がキセルを落として震えだす。

 彼女は「は……はっ……」と浅い呼吸を繰り返し、徐々にその音は「がっ……かっ……」と空気を通さない物となって言った。手を付き、一生懸命に呼吸を整えようとするが肺が思うように動かせない。

「あ、あぁっ……あっ……あっ……あっ……」

 遂にはその場に寝転がり、彼女は両手で胸と首を抑え目に涙をためていた。

 手綱を離された馬はのろのろと脚を止め飼い主を振り返った。そこでは老婆が背中を丸め、

でなくても小さな体を更に縮こませていた。

「ケッ……ケッ……―――」

 彼女は最後に数回弱弱しく喉を鳴らす。目はぐるりと上を向き、少しして強張っていた体からは力が抜け落ちた。



 それから一時間も経たない頃、王都に向かっていた商人が老婆の遺体を発見し、警備団の兵達により彼女の亡骸は回収された。

 彼女の死は老化による心疾患と処理され、遺族たちのもとに報せが送られた。



 ***



 ―――だんっ

 「すぅー……」と息を吸いアルベラは空を見上げる。じんじんと背中が痛み、そろそろ魔力や体力が尽きて来たのを感じていた。先ほどまでは風や水をクッションにしていたのだが、それも上手く生み出せなくなってきていたからだ。

「そろそろいいだろう」

 アルベラの祖父、ブルガリー伯爵がアルベラへ片手を差し出した。その手を取った孫を軽々と引っ張り起こした彼は、朝日を見上げて時間を確認した。

「本当なら疲れてきてからが勝負だが、時間も時間だ。ガイアン、送ってやれ」

「はい。お嬢様、お疲れ様です」

 学園の運動着をはたき、アルベラは「ふう……」と息を吐く。

(まさかお爺様直々に……投げられるとは)

 自分の身を自分で守る。その術はあるだけ有難い。なのでこうなってしまった以上文句はないが、容赦のない祖父の稽古にアルベラはどこか他人事に「お嬢様も大変だよな……」等と考えていた。

「正直、もっとあれこれ文句を言われるかと思っていたが、お前も随分大人になったな。拳も蹴りも大した事はないが、回避についてはなかなか良い。魔法のほうも良い反応をしていた。()()()()()()()()、だがな」

「はい……」

 アルベラは「私は騎士ではないので」という言葉を飲み込む。

「お爺様、明日は汗を流す時間も欲しいのでもう少し早く切り上げさせていただいてもよろしいでしょうか?」

「そうか。なら今日より三十分早くこい」

 要望通り早く帰らせよう。その代わりその分早く来い。

 この返答にアルベラは数秒笑顔のまま固まってしまった。

「……はい」

「何か不満か?」

「いえ、朝早くからお付き合いいただき有難うございます」

 「早起きに付き合ってるのは私だけどね!」という思いも飲みこみアルベラは笑顔で返す。

「ふん。お前のその顔、やはりあいつに似ているな。レミリアスの血を薄めおって、あの狂奇人きょうきじんめ……全く憎々しい……」

 我が父への文句が零されているうちにもガイアンは騎獣の準備を整えていた。

 人二人乗れる大きな鳥が二羽、たまに首をかしげながらアルベラ達を待つ。一羽はアルベラ用、もう一羽は共に来たエリー用だ。

「伯爵、お嬢様、こちらはいつでも飛び発てます」

 ガイアンがもう一人の騎士に確認を取りアルベラとブルガリー伯爵へ声を掛けた。

「そうか」と伯爵が返しアルベラも「はい」と頷く。

「じゃあお爺様今日はこれで」

「うむ。この一週間、鳥の乗り方についてガイアンに良く習っておきなさい」

 「家に着くまでが遠足、家に着くまでが訓練」という言葉を思い浮かべながらアルベラは頷く。

「はい。―――ところでお爺様」

「なんだ」

「お城の居心地はいかがですか?」

「……? 何も。あの部屋は昔から何も変わらん」

 城にはブルガリー家用の部屋が昔から備えられていた。用があり城に呼び出されたりした際、ブルガリー家はいつも底を使用しているので今回もアルベラの祖父である彼はその部屋を使用しているのだという。

 若い頃から定期的に城に泊まった事のある祖父だ。何か変化があれば敏感に感じ取れるのではとアルベラは思った。

「第一王妃様の容態が回復して、ここ最近はたまに散歩をされてると聞きました。お爺様はもうお会いしましたか?」

「あぁ、第一妃様か……。いいや、私は一度も。あの方が散歩するのは療養している塔から一番近い空中庭園だけだからな。私の部屋からはかなり遠い。―――第一妃が気になるのか?」

「……はい……少しは。今まで寝込んでいたとしか聞いていなかったので……改めてどんな方なんだろうと」

 「そうか」と言いブルガリーは白く固いあごひげを撫で付けた。

(本当は第一妃の人柄なんてあんまり興味ないけど……。お爺様の様子的にアスタッテの気配だとか瘴気のようなものは感じてないみたいね。それが分かっただけで十分)

「頭が良く、凛とした方だったよ」

 王妃の療養している方を眺め彼は遠い目をしていた。

 第一妃が倒れたのは今から約十二年前。祖父である彼からすればまだ記憶に新しい筈だ。

 彼の立場的にも公の場で交流があったのだろう。

 祖父は昔を思い出し遠い目をし「だがそれも今はどうか……私もよくは知らないな……」と小さく零す。

「倒れる前と今では違うんですか?」

 アルベラはダメもとで尋ねてみる。

「さぁ……。私も第一妃様とは挨拶をしても交わしたことがあるのは社交辞令程度だった。王妃様が倒れてから暫く、陛下が酷く落ち込んでいた事の方が記憶に強い」

「お爺様は、王妃様が倒れた理由をお知りで?」

「あぁ、急な病だろう」

「そう……なんですね」

 第一妃の病など誰でも知っている話だ。

 ブルガリーは孫を見下ろし目を細める。

「アルベラ、時間は良いのか」

「あ、ではこれで! 有難うございました」

「うむ、また明日だ。今日より三十分早くな」

「はい……また明日……」

 やや苦い顔をして返し、騎獣の元へと行く孫を見送る。

 ―――今日は私が手綱を持ちます。明日の帰りはお嬢様がとってみてください。

 ―――ええ、わかった。

 ガイアンとアルベラはそんなやり取りの後、ガイアンは敬礼をしアルベラは片手を振って騎獣と共に飛び立っていった。

 ブルガリーは「あいつ」と我が孫の先ほどの質問を思い返す。

(殿下から何か聞いたか)

 聞いただけなら、ただの興味で知りたいだけならいいのだ。

 だがこの話はそこらの子供のお遊びとは異なる。王族内の問題は親子喧嘩でも兄弟喧嘩でも大きな波紋となりやすい。彼等が生む小さな波紋は高位貴族やその傘下の貴族達へと伝わり、最悪内戦を引き起こす。

(ラツィラス殿下よ、孫を私情で振り回してたりしていないだろうな……)

 もしそんなことがあればただではおかん。

 ブルガリーは目元の皺を深く、鋭い眼差しを空へ向ける。



「ガイアン」

「はい」

 空の上、騎獣の扱いの説明を受けたアルベラはガイアンの手綱さばきを眺めながら尋ねる。

 アルベラが手綱の使い方を学ぶため、必然的にガイアンは彼女の後ろに座っていた。抱きこまれるような態勢ではあるが、特に色っぽい空気ではなくお互い仕方のない事と割り切っていた。

 嫌とか嬉しいとかではなく必要な事なのだからそうするまで。

 アルベラは多少の気まずさは呑み込みいっそ無い物とした。

「昨日の舞踏会だけど、魔獣の乱入以外には何かなかった? 人が居なくなったって話を聞いたんだけど」

 と、偶然聞いた風を装うがその話を聞いたのは偶然ではない。

 ―――ヒト タクサンタベテタ

 昨晩、あの後コントンから話しを聞き、ガルカに夜通し城周りを探らせて見つけ出させた話だ。

 ―――オンナ ヒト タマシイ アツメテル

 ―――タマシイタベル カラダ タマシイ タモツ

 コントンの話を聞く中でガルカやエリーが魔族の中での常識や人の世での噂をアルベラへ教えた。



『魔族であれば魔力の強い者を食えば強さも寿命も伸ばせる。―――魂のやり取りか……無くもないがそこらの魔族が出来るものではない』

『血だったり魔力だったり魂だったり……寿命を延ばす妙薬や儀式の話って言うのは色んな地域で伝承になっていたりしますけど……大体は物語の中の話よねぇ。神獣の心臓もそういうのが信じられて高値でやり取りされてるし―――あ、そういえば知ってます? 聖獣の心臓は両極端なんですよ。力が付く、寿命が延びるっていう話と、天罰が下って命を落とすっていう話があるんですよ』



「行方不明者ですか。確かにそういう話は聞きました」

「え、聞いたの!?」

 突然振り返ったアルベラにガイアンは少し驚いたようだった。彼は「危険ですのでちゃんと前を見てください」と注意して続ける。

「昨晩舞踏会の来場者が数人、知り合いを探して騎士達を訪ねまわっていたんです。それが皆平民だったのでそれほど大ごとにはならなかったんですが。一晩様子を見てもその人物が家に戻って居ないようなら、どこかの悪徳業者が集まりを利用して商品を集めてる可能性があるという事で今日の昼まで様子を見ようという話しになっているようです。表立っては大きく動いていませんが、一応は昨晩から兵士達が人探しを始めています。このまま探し人が見つからないようなら、もっと大々的に踏み込んだ捜査を始める事でしょう」

「ガイアンたちも昨晩は会場周りの警備を手伝っていたんでしょう? ガイアンも声を掛けられたの?」

「いえ、私ではありませんがブルガリー騎士団の者が数人、声を掛けられました」

「そうなんだ。どんな人たちが居なくなってるの?」

「団の騎士から聞いたのは若い女性と老人です。女性は友人と、老人は恋人と来ていたそうです。老人のほうは飲み物や食べ物を取りに行ったり、女性の方はお手洗いに行ったきり戻ってこなかったそうです」

(その人達の魔力がたかかったか……ていうのは聞いたら不自然だし辞めとくか)

「そう……。人がたくさん集まると大変ね」

「そうですね。お嬢様もお気を付けください。充分ご存知とは思いますが、世の中色んな人間がいますから」

「ええ」

「―――では今から一度着陸します。手綱の引き方をよく見ていてください。馬ほど強くは引かなくて大丈夫です。あまり強く引けば彼等の機嫌を損ねるので気を付けて……」

 ガイアンが騎獣を下したのは学園の門の前だ。

 彼はそこで一度鳥を地に下し、門番たちにこのまま中に入る許可を得て再度飛び上がった。

 寮の前、馬車を止めるために設けられているバスロータリーのような広場に再度鳥が下ろされる。

「着きました。どうでしょう、明日は大丈夫そうですか?」

「そうね。行きでもう一度見せてもらえるならなんとか―――あら、」

 鳥の背の上、アルベラは寮の入り口で騎獣の鳥に目を輝かせている人物を見つけ声を掛けた。

「おはよう、キリエ」

「え!? あ! お、おはよう、アルベ―――」

 ぱっと表情を明るくしたキリエだが、アルベラが乗っている騎獣の背を見て言葉を失う。

 アルベラの後ろには見知らぬ騎士が―――男性がアルベラを両腕の内に収めて乗っていたからだ。

「お嬢様、一人で降りれますか?」

「これも練習だっていうんでしょう。分かった……―――エリー邪魔」

 アルベラが降りようとしていた場所には満面の笑みでエリーが両手を広げていた。

「エリーさん、危険ですから少し離れていただいても」

 相変わらず、冗談の類が少ないガイアンは真面目なリアクションを返す。

「まぁ、私ったらつい」

 とエリーは悪びれずそこから数歩離れて場所を開けた。

 アルベラは鳥の背からひょいと飛び降り風を起こして体をゆっくり地に下す。

「流石です。ではまた明日の朝、お迎えに上がります」

(いやだ―――!)

「ええ。また明日……」

 はらはらと手を振り二羽の鳥と騎士達を見送るアルベラ。

 鳥たちはどうもアルベラの後ろの人物、「動物好かれ」のキリエが気になって仕方ないようだが騎士達の指示に大人しく従い去っていった。

(相変わらず……ん……?)

「キリエ?」

 どこか調子が悪いのだろうか。

 顔色が良くないように見えアルベラは尋ねる。

「アルベラ、今のって……ブルガリー騎士団の鎧だよね」

「ええ。お爺様がお城に泊まってて。会いにいってたの」

「だよね……ははは……」

 あれはただの騎士だ。主人の安全の為にああしていたに過ぎない。

 分かっているというのに、キリエの中で嫉妬心が膨れ上がっていた。

「……立派な騎獣だったね」

(どうしたんだろう。だめだな……俺、ずっと変だ)

「キリエ?」

 自分に話しかけているというのに彼の視線は地面へ向けられていた。アルベラはキリエの瞳が揺れているように見えるのが気になった。

「キリエ、大丈夫?」

 ―――気になる女子がいるなら話の種に頭にのせてやってみろ

 ―――思い人以外には絶対にその花冠は被せるな

(花冠……)

 かさりと腰のあたりにあったキリエの手が花冠に当たった。

(―――あれ? 俺、何で花冠なんて)

「あら、花冠?」

 アルベラは今更気付いてそれを見やる。

(そういえば花冠を壊すクエストがあったよな……)

 と思い出すと同時、アルベラの頭の中にあの入店音が鳴った。そしてその仕事内容が頭に浮かび上がる。

 「ああ、これか」と獲物を認識してアルベラの唇が弧を描く。

「素敵な冠ね」

「―――!」

 キリエは何故か一歩後ずさってしまった。

 渡したい。これを、彼女に。そうすれば彼女は自分の事だけを見てくれるかもしれない。―――いや、絶対にそうなる筈だ。

「キリエが作ったの?」

 と尋ねたアルベラだが、キリエの顔を見て口を閉じる。

 どうも顔色が悪い。

(どうしたのかしら)

 幼馴染みへの心配と、今すぐクエストを完了したいという欲との間でアルベラは葛藤する。

 答えを出した彼女は息をついた。

「……エリー、キリエを部屋に送ってあげて」

 「え?」とキリエは驚いていた。

 「はい」とエリーは頷きキリエの肩に手を置く。

 エリーから見てもキリエの顔色は悪かった。

「大人しく部屋に連行されましょう」

 という彼女に、キリエはコクリと頷く。この場から離れられる事にどこかほっとしている自分がいたのだ。

 寮の中へと向かうべく方向転換したキリエ。その背を見てアルベラの欲が顔を覗かせる。

「キリエ、その花冠ちょっと借りれない?」

「え?」

 ―――渡したい

 ―――この手で彼女の頭にこの花冠を

 ―――そうすれば彼女の気持ちは……きっと……

「―――……ごめん」

 振り返ったキリエは笑っているもどこか苦しそうだ。

「まだ完成してないんだ」

「そう。完成したら是非見せてね」

 アルベラは微笑み返す。エリーに連行されるように歩く背を追いながら花冠を見やる。

(今は体調が悪そうだし……。うん、大丈夫―――)

 キリエは花冠を渡したいという思いと、本当に渡して良いのかという思いの間で拳を握る。こんな物に頼るのは嫌だと、何となく沸き上がる反抗心があるにも関わらず同じくらいにこの冠は魅惑的だった。

 いや……渡さない選択をしてしまった今は、なぜ断ってしまったのかという後悔が胸に押し寄せていた。

(そうだよ……きっと―――)

 キリエは腰の花冠に触れる。すると不思議と安心感ややる気が沸き上がってきた。

(―――花冠を渡す機会ならまたある)

(―――花冠を奪う機会ならまたあるでしょ)



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