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アスタッテの尻拭い ~割と乗り気な悪役転生~  作者: 物太郎
第4章 第一妃の変化(仮)
349/411

349、惑わしの建国際 23(悪女の噂、ヒロインの入場)


 

 ―――なにかしら? あの方も貴族?

 ―――知り合い同士の挨拶か?

 ―――いや、違うみたいだったぞ。片方は知り合いみたいに声かけてたけど。

 ―――男爵って言ってたな。お前知ってる?

 ―――さぁ……少なくとも俺のアカデミーでは聞かない名だった

 ―――ポーチング商会? 南西の方で最近よく聞く名だが、貴族じゃなかったはず……



「―――んで……なんで……」

 人目から逃げるように速足で移動して、マリンアーネは庭端の夜闇へ潜り込んだ。

(なんで―――私がこんな恥をかかなきゃいけないのよ!!)

 だんっ、と地面を踏んでマリンアーネは唇を噛む。

(ポーチング商会を知らない? メランベの貴族ならまず一番に名前を上げるこのポーチングを!?)



「あの子……」

 会場の中央辺りのスペースにいたクラリスは、偶然目にした光景に目を細めた。

 あのアルベラ・ディオールが平民の多い入り口付近の席に腰かけていた。それも恰幅のいい中年の男性と。ただの知り合いか、それとも何か魂胆あっての事か。

 「またおかしな行動をして殿下の気でも引く気か……?」と眺めていたクラリスだが、そこでの出来事を見届け、彼女の興味は()()()()へと引き付けられていた。

「クラリス様」

 名を呼ばれ、彼女は連れてきた侍女を振り返る。侍女は主の表情を読み取り、この日のために新調したドレスを摘まみ上げ首を下げた。

「ここは私が」

「流石ねエルゴ。任せるわ」

「ありがとうございます」

 無駄のない動作で侍女、エルゴは庭へ出て行った少女を追っていった。

「クラリス?」

「どうかなさいましたか?」

 「いいえ、なんでもありませんわ」と無垢な少女の笑みを浮かべ、クラリスは自分と今を共に彼女たちの名を呼ぶ。

「―――オリヴィアお姉様、シンイェ様」



 八郎たちと共に二階席から会場を見下ろしていたアルベラは「うっわ……」と零した。

「どうしたんでござる?」

「あれよ……」

「うむ……、大伯殿の令嬢でござるか?」

「そう。……随分な組み合わせだこと」

「ほう? 誰でござる?」

「あのグレー? 銀髪? が、ガウルトのお姫様。第三王子の婚約者よ。参加してたのね。―――……また迷惑な挨拶してこないでしょうね……」

「あぁ……あれが例のアルベラ氏を狙って手違いでユリ殿を毒殺しかけた……」

「えぇ。で、さらに隣、紺色の髪の人が第二王子の奥様、オリヴィア・ワーウォルド……って、ちょっとどこ行く気?」

「はっはっは、何を言っているでござるアルベラ氏。可愛い娘……の生き写しであり天使の化身のユリ殿を苦しめられたからと言って別にお姫様に何かしようなどとは考えていないでござるからして……拙者はただお手洗いにでござるな」

「私そんな事一言も言ってないんだけど!? いいから座ってくれる!? あと急にポケットに突っ込んだその片手出して! 落ち着かないから!」

「ハチローちゃん、お手洗いはそっちじゃなくてあっちよ」

「はぁ……、貴様は命を狙われねば名も顔も覚えられないか。獣同等の記憶力だな」

「うるさいガルカ。だいたいあの子、今朝は名乗ってなかったじゃない」

「ほう、それは覚えていたか」

 「馬鹿にするのもいい加減に……!」と言いかけ、アルベラは我に返り息を吐いた。「……はいはい」と彼女は脱力して片手を振る。

「馬鹿にされてるのはわかったから……もうあんたたち黙って。座って」

 アルベラはうずめるようにソファの背もたれへ体を預ける。片手で目元を覆い、視界を遮断して自分を落ち着かせる。

(随分周りの興味が集まってくれたな……。魔術はまた張り直したし、こちらの会話は聞こえてないとはいえ……また誰かから興味本位で声をかけられたら少し面倒……。さっさとユリ来てくれないかな……)

「ふふふ、お嬢様ったらもうお疲れみたいね。何か飲み物でもいります? ついでにこの小虫を外へ払ってきましょうか? それともこの腕輪を試しにはぎ取ってみます? 会場の防犯魔術がどんな反応を示すか興味ありますよね? ね?」

 アルベラは呆れながら「エリー……」と名を呼ぶ。

 本来なら魔獣や魔族などと危険なものが会場に入れないよう、城には防犯の魔術や魔術壁が張られている。そういった魔術が張られているにもかかわらず、ガルカがディオール家と共に城の敷地に立ち入られるのはこの「許しの腕輪」のおかげだった。

 「こんな腕輪があろうがなかろうが、本気になればこんな場所力ずくで入ってやる」などと、初めの頃からガルカは息まいてはいたが―――

(けど……()()()()()()()んだよな……)

 八郎から聞いた話を思い出しながら、アルベラは「やめなさいって」と形だけエリーを止めておく。

「ほら、聞こえなかったか怪力オカマ男」

「あ゛ん?」

「だからやめろって―――」

「―――おっ!」

 お手洗いに行くと言っておきながら行くこともなく、ソファに腰かけなおしていた八郎が一階を見て声を上げた。

 彼の言葉につられアルベラ、エリー、ガルカも一階を見下ろす。

 四人の視線の先には一人の少女―――白と銀の美しいドレスで身を包み、周囲の視線を一身に受けるユリの姿があった。



 ***



「―――……今朝の事は本当に忘れてたの? それとも忘れたふり? まさか私たちがまだ貴族でないのを知っていて泳がせてるとか……? 貴族になった途端はぶこうっていう魂胆じゃ……―――あぁもう……! 侯爵の令嬢? そんなの相手にどうしろっていうのよ……! お父様に相談する? そしたらきっとお父様が貴族たちに相談して何か手立てを……」

「―――大丈夫ですか?」

「―――!?」

 暗がりでぶつぶつと独り言をこぼし、思考していたマリンアーネは飛び上がった。

 突然声をかけられ、しかも振り返れば上等なドレスを着た婦人がいるではないか。

 どう見ても貴族のその相手に、マリンアーネは先ほどの出来事もあって警戒する。

「はい……なにか?」

「あ……突然ごめんなさいね……。その……さっき貴女と……()()()がお話しているのを見かけたから……気になって……」

 母よりも若く、自分よりは年上の婦人。

 暗がりで良くは見えない相手の顔を見上げ、マリンアーネは探るように「あの方?」と尋ねる。

 婦人は優しく、気遣う声音で返した。

「ええ……ディオールのご令嬢よ。ほら、緑の目の、淡い紫の髪の」

「あ……え、あぁ……わ、私は別に……その、知り合いと勘違いして声をかけてしまっただけで……」

 今朝のやり取りも、わが父の商会を知らないと言われた事も話せはしない。マリンアーネは曖昧に誤魔化し、そんな彼女に夫人は安心したようだった。

「そう? 良かったわ。私はてっきり、またあの方が何か……―――誰かを傷つけたのではと、気が気じゃなくて……」

 婦人は言葉の後半で言葉を隠すように口元に拳を当てる。

(なんですって?)

 とマリンアーネは眉を上げた。

「貴女、本当に大丈夫だった……?」

 婦人―――エルゴは会場や庭から漏れた弱い明かりを受けるマリンアーネの顔を見下ろした。その少女の瞳には、何とも素直に興味の色が浮かんでいた。

 獲物がかかる感覚、高揚にエルゴは口元を抑える。

「あの……ええと、貴女」

 「可愛らしいお嬢さん、」とエルゴは優しい声で笑う。

「どうぞマーラと呼んで。貴女のお名前は?」

「マリンアーネ、マリンアーネ・ポーチングですわ。マーラ様、良ければそのお話、詳しくお伺いしても?」

「ふふ……、ええ……。私の知っている話でしたら、喜んで」



(あの女……どういう事!?)

 婦人から話を聞いたマリンアーネは暫し庭にとどまり絶句していた。

 婦人は夫が待っているからとその場は既に後にしており、残ったマリンアーネは彼女に言われた内容を頭の中で反芻していた。

(あの女……アルベラ・ディオール……、男好きで嫉妬深くて苛烈な女……。他の令嬢の恋路を邪魔した挙句その恋人を弄んで捨てたことがある? しかも表立って抗議しようとした令嬢は行方不明になって、娘の事で公爵を疑って調査していた両親は夜盗に襲われて二人とも死亡? その男に飽きたらあっさり捨てて、悪びれもなく次の男探し……)

 そして最近だと第五王子への執着心が特に強いらしく、他の婚約者候補たちへの嫌がらせが酷いというではないか。

 貴族の間ではよく知られている話だというのに、ディオール領の民たちはつゆ知らずであの娘の父である公爵を慕っているらしい。

(第五王子が本命でありながら、他の王子やその周りの騎士にも色目を使っているですって? そんなのが妃候補になれるなんて世も末ね)

「最低……」

 さっきの婦人、マーレはこうも言っていた。

 ―――『貴族にはいろいろと派閥がありますから、この話をする際は気を付けた方がいいでしょう。貴族の間ではこんなに話題になっているのに……なぜ平民たちが知らないのか不思議でならないわ。貴族は噂好きって言われるけど、平民たちだってそれは同じでしょう? なのにどういうわけか、私の町では一切……王都に来ても、ディオール領が隣でありながら、民たちからは一切こんな話を聞かないんですもの。この舞踏会では、貴族たちもこの話をあまりしてないんですのよ。お茶会なんかではよく話題になるのに……。これも公爵の情報操作力なのかしら。―――それもそうよね。可愛い娘のこんな話……陛下や殿下たちの耳には届けたくないでしょうから……』

 けどもし、平民たちからもこの目撃談が上がる事があれば―――

「……最低……」

 呟くその顔は軽蔑よりも喜びに歪んでいた。

 マリンアーネの胸では鼓動が高鳴っていた。

 自分のできることを、すべきことを見つけて彼女は嬉し気に会場を見つめる。

(もし……もし誰かが、アルベラ・ディオールのふしだらな趣味を目撃していたら……)

「……?」

 会場に戻ろうとしたマリンアーネは、星々の合間を走る小さな影を見た気がした。その影を追って顔を上げると、空高くで何かが割れてその破片がきらめきながら散っているのがかろうじて見えた。

「な、に……?」

 黒い何かはこちらへ急接近している。光に引き付けられるように、それは舞踏会会場の宮殿の窓を割って室内へと飛び込んでいった。

 ガラスが割れる大きな音後、会場から悲鳴が上がるのが聞こえた。



 ***



 癒しの聖女から与えられた褒美のドレスを纏い、ユリは馬車の中緊張でこわばっていた。

「あ、あああ、あの……、パンジーさん、私、変じゃないですか?」

 癒しの聖女の補佐、金光のシスターパンジーは「いいえ」と微笑む。

「とっても似合っていますよ」

「け、けど、けどけど どっ……こんな、こんな高価なドレス、私が服を着てるっているより、服に着られてるっていうか、その、立場的に不相応なっ、気が、して!」

「気持ちは分かります。けど折角ですし楽しんできたらいいじゃないですか。大丈夫です。建国際は皆平等に楽しむ権利があります。ドレスと地位の事で難癖をつけられたなら、聖女様に渡されたペンダントをお見せすればいいのです。教会関係者だと知ってもなお難癖をつけてくる罰当たりはそうそういませんよ」

「きょ、教会関係者と言ってもバイトの下働きですよ!?」

「まぁ……、ふふふ……」

 この子はまだ自分が時期聖女として鍛えられていることを知らないのか、とパンジーは内心呆れる。もちろん呆れた相手は聖女だ。

(確かに……清めの教会でやってる内容は掃除やお使いが多いと聞いているし、学園ではアルバイトの契約書も書いているのよね……。けど、魔力の制御や聖職系の魔術への授業はどう考えてもバイトの域を超えてると思うんだけど……この子、それもメイク様のただの気まぐれや暇つぶしだと思っているのかしら)

「どうしよう……皆になんて言おう……私がこんな大層な服…………何かやましいお金で手に入れたとか思われないかな……」

「……ユリさん、何にしても」

「……?」

「もう着きましたから、覚悟を決めていくしかありません」

「へ? ひゅへ!?」

「さぁ、楽しんできてください。では、帰りはメイ様がお城で合流なさるそうですから、ドレスが心配でしたら一緒の馬車で帰ってこられると良いでしょう。学園にそのまま帰るようでしたら、教会で預かっている着替えは寮まで鳥に運ばせますのでご心配なさらず」

「ま、待って……待ってください、パンジーさん!」

 母に置いていかれた子犬のような顔で、馬車の外手を伸ばしているユリ。

 そんな彼女へ手を振ってパンジーは窓を閉じる。見たばかりの光景が頭に浮かび、改めて面白さがこみ上げてきた。

 あのドレスは勉学に励みながらも、三聖女それぞれからのお使いを完遂した彼女へのご褒美なのだ。

 頑張ったのだから、ちょっとの恵ぐらい有難く頂戴すればいい。

「神のご加護があらんことを」

 空を見上げ、城に張られた防壁の魔力を感じ、何も起きないことを信じてパンジーは恵みの教会へと戻っていった。



 王都立高等学園の生徒たちには生まれが関係なく建国際の舞踏会の招待状が配られる。

 その招待状は馬車で門を通るときにも見せたのだが、会場入り口で再度扉前の案内人に見せる必要があった。

 学生たちに配られる招待状を見て、がちがちに緊張しているユリを見て、案内人はクスリとほほ笑む。

「素敵ですよ、レディー。どうぞお入りください」

「は、はい!」

 招待状には呼ぶべき貴族名が書かれていないので、会場にユリの入城は知らされない。

 貴族ではなく一般客として入場したユリへの注目は初めは大したことがなかったが、歩みを進めるにつれ周囲の視線は彼女へと集まっていった。

 ―――わぁ……素敵……

 ―――あれ人間か? 人間だよな?

 ―――名前呼ばれてなかったけど、どこのお嬢さんかしら

(み、皆どういう反応してるのかな……。怖くて顔が上げられない……。―――リド、皆、どこにいるの……!?)



 

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