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アスタッテの尻拭い ~割と乗り気な悪役転生~  作者: 物太郎
第4章 第一妃の変化(仮)
348/411

348、惑わしの建国際 22(ポーチング商会のお嬢様)



(例年通り……てとこか。相変わらず知らない顔の方が多いな。……当たり前か、貴族より平民の方が多いんだし。それでもここいにる平民だって爵位を持たないだけで貴族の血筋の人間の方が多いらしいけど)

 健国際の一週間は城が大々的に招待状を販売する。いわばチケット制の入場にはなるのだが、その招待状と相応の衣装さえあれば平民たちもこの期間は城内を見学し、貴族たちと同じ舞踏会に出られるのだ。

 購入以外で招待状を手に入れるお決まりの方法は他に二つ。

 城がランダムに送る招待状に「当選」するか、人からもらうかだ。

 低位の貴族の出身であり、爵位を継承されない者達は平民になるしかない。そういった彼らが兄弟や親、親戚などから招待状をもらったり準備してもらったりすることは良くあることだ。

 アルベラは会場の奥、貴族たちが集まる煌びやかな場所を抜け比較的平民たちが集まりやすい入り口付近の二階部分へ来ていた。

(確かここら辺のはずだけど)

 と彼女は等間隔に置かれたコの字型のソファ席を眺める。

 座っている人物を確認しながら席の後ろを歩いていくアルベラ。その横を会場の奥、高位の者たちが集まる区画に向かうのだろう貴族たちがわざとらしい声量で話しながら去っていった。

「今年も平民共が必死に背伸びをしていて滑稽ですな」

「なに、こういった機会がない限り城の舞踏会など縁のない者達です。可愛いものと大目に見て見守ってやるのも我らの役目―――」

(怖いもの知らずか……)

 アルベラは呆れた。

 皆が皆大人しく聞いている平民だけとは限らない。中には酔狂な輩もいるかもしれない。

 ―――『そんな者達から万が一目をつけられれば最悪死ぬまで執着されることもあるから気をつけなさい』

 建国際の舞踏会に初めて参加したころ、ラーゼンは良くアルベラにこう忠告していた。

 幸いアルベラは、このイベントでそういった酔狂な輩に目をつけられたことはないが、地位は関係なく行方不明者というのはいつでもどこでもあるものだ。

 貴族と言えどもなんの考えもなしに、しかも面白半分で知りもしない周囲をあざ笑ったうなどちょっとした自殺行為だ。

(まぁ、そんなの誰がやったって反感買うってまともな人間ならわかるだろうけど……平民も参加型の祝いの席……平民たちの間じゃ貴族のああいう嫌味もここに来た際の『お決まり』になってるらしいし、なんだかんだ平民たちも陰でこっそり貴族の悪口言ってるみたいだし……あの程度ならご愛敬、無礼講なのかなぁ……。―――ほら、言ってる傍から聞こえてきてる……)

 「あ、」とアルベラは足を止める。ようやく目的の人物を見つけたのだ。

「よっす!」

 目的の人物―――八郎は目が合うと片手をあげて気の抜ける挨拶をする。

 高級レストランに行った時同様、彼は「恰幅のいい紳士風」の変装をしていた。

「アルベラ氏~、待ちくたびれたでござるよ~」

「時間守ったのに文句言われる筋合いはないわね」

 八郎の確保していた席に腰かけ、アルベラは「ここなの?」とダンスホールを見下ろした。

「ふっふっふ、その通り、ここが今回の特等席! 今夜のイベントを一番よく見渡せる絶景ポイントでござる!」

 ぐっ、と親指を立てる八郎。

 コの字席の上辺と下辺の席はアルベラとガルカがさっさと埋めてしまったため、八郎の隣にはエリー腰かけた。

 エリーは八郎とアルベラのやり取りに「何のことです?」と尋ねる。

「八郎が私たちに見せたいものがあるんですって」

 アルベラは何が起きるか知っているも、知らないふりで答えた。原作ゲームのイベント事なので、説明イコール未来を予知する事になってしまう。そうなった時の誤魔化す手間を省いたのだ。

「イベントねぇ……。演劇でもするのかしら?」

「はっ、演劇など……」とガルカは会場の壁へ目を向ける。その壁を抜けた先は第一妃の療養する区画がある。それを知る八郎は、ガルカの眺める方をちらりと見た。

「気になるでござるか?」

「ふん……。今朝より匂いが濃くなっているだけだ」

 八郎もアルベラとの()()()()()()()()()()()で城の妙な気に付いては聞いていた。だから彼は当然と「ほう、アスタッテ殿の匂いが……」とぼやく。

「おかげでコントンが興奮して。今日はずっと別行動なの。多分あちらに行ってるんでしょうね」

 アルベラはつま先で自分の影をつつく。やはりそこにはコントンはおらず影は静かなままだった。

 エリーは困ったように「大丈夫ですかねぇ」と首を傾げた。

「何が起きてるんでしょうね。『不吉の匂い』ってやつ? コントンちゃんが言うに旅帰りの時のお嬢様と同じくらい濃いとか」

「なのに誰も気づけないんだから……それがまた不気味ね」

「アルベラ氏、午前中の会はどうだったんでござる? 聖女殿たちも全員集合していたんでござるよな」

「いたわね。けど皆普通だったわ。こんなお祝い事の日に大勢の前であからさまに気にするのも変でしょうし、平静を装っていただけなのかわからないけど」

「王子殿は何か言っていたでござるか?」

「何も。そんな話できる場所じゃなかったし、無難に挨拶して終わりだったって」

「ガルカ殿、王殿は問題なさそうなんでござるか?」

「さぁ……見てる分には正常だがな。干からび始めていてもこの国の王だ。()()()()()同様神の匂いや気をぷんぷんさせている。アスタッテの匂いなどそれに比べれば小さなものだ」

 「そう」「ほーん」と頷くアルベラと八郎は目を合わす。

 原作と様子が異なる第一妃。アルベラも八郎も少なからず不安は感じていたのだ。

 だが第一妃についてのクエストはアルベラの中に一つもない。今後付け足される可能性もあるかもしれないが、原作でもアルベラ・ディオールと第一妃が関わる事がなかった以上、足される可能背は低いのではというのが八郎の考えだ。

 原作で第一妃と関わるのは王子であるラツィラスがほとんど。そしてヒロインであるユリでもラツィラスルートで数回顔を合わすだけ。

 となると、あの状態―――「不吉の匂い」に覆われ療養しているという第一妃とラツィラスの関係がどう動いていくのか……。ヒーローのストーリーに変化が起きればアルベラの仕事にも変動が起きる。そしてその仕事には命がかかっている。

 自分の生存率が左右されそうな内容なだけに、アルベラは前ほど第一妃の存在を無視できなくなってきていた。



 平民が多い入り口付近の区画。椅子に腰かけた「ディオール家のご令嬢」は本人の予想以上に周囲の目を集めていた。

 「どうせほとんどが平民、自分の顔など知らないだろう」と高を括っていたアルベラだが、平民の中にも貴族が扱う高級店で働く者が居たり、貴族の屋敷で使用人として働く者がおり、そんな彼らの中にもアルベラ・ディオールを知る者達がいるのは当然だった。

 ―――見て、あの人。綺麗ね、どちらの嬢様かしら?

 ―――あれ……確か公爵家のご令嬢だぞ。なんでこんなところに座ってるんだ?

 ―――少し挨拶するくらいいいかな? あの付き人の美人とだけでもお近づきになれたら儲けもんじゃないか?

 ―――やめとけ、変に絡んで騎士でも呼ばれてみろ。折角参加できたパーティーが台無しになるぞ。



 アルベラの席の二つ隣りの席ではそんな周囲の囁きには気づきもせず、四人の少女たちが会話に夢中になっていた。

「―――でね、その人がもし良ければ明日一緒に街を回らないかって」

「キャー! 凄いじゃないですかマリンアーネ様!」

「その人貴族なんですよね!? じゃあ勿論……」

「ええ、貴族だったわ。けど男爵家の三男なんですって」

 と言って話の中心の少女、マリンアーネは呆れたように首を横に振る。

「私だってあと数か月もすれば男爵家の娘よ? 確かに彼、顔はまあまあ良かったけど男爵家の三男なんて家を出れば平民じゃない? どうせなら伯爵位の人じゃないと私には釣り合わないわ。うちはまだまだ大きくなれるって、お父様もそう言ってたし……」

 ―――見て見て、あの人公爵家なんですって。

 ―――え? なんでそんな人がここに……奥にもっといい席があるんでしょう?

(公爵……?)

 ―――こっちの方が空気がラフで居やすいとか……? 奥の方行ったやつが貴族たちの視線がきつくて耐えられなかったって言ってたぞ。

 ―――一般入場者じゃあるまいし、公爵家がそんな事気にするかよ。

 鼻高々に話をしていた彼女の耳が、周りのささやきを拾い上げた。

(公爵!? ……―――いいじゃない!)

 がばり、と立ち上がるマリンアーネ。共にいた三人の少女たちは驚きの声を小さく上げる。

「ど、どうしました? マリンアーネ様?」

「あなた、今聞こえなかったの!?」

「え?」

 「もう、本当ぼやぼやしてるわね!」と彼女は眉を寄せ口に手を当てた。何のことか全くわかっていない三人へ声を潜め教えてやる。

「公爵家よ……こ う しゃ く け。近くに居るんですって」

「えぇ!?」

「公爵!?」

!?」

 と他の少女たちは口に手を当てて尋ね返す。

「ほら、聞いてみなさい」

 とマリンアーネはあたりを見るように促す。

 四人の少女たちが周りの人々の視線の先を辿れば、自分たちの二つ隣りの席に集まっていることが分かった。

 マリンアーネは高鳴る胸を抑えながら、公爵の令息がいることを期待しその席へと近づいた。

 しかし―――

「な゛……!?」

 喉の奥で声を上げる彼女。

 連れである三人の少女たちはマリンアーネの後ろから話題の席を覗き込んだ。

「まぁ……、あれが……じゃなくあの方が公爵家の……?」

「公爵家のお嬢様……でしょうか。それともあちらの中年の男性が公爵様? それともご令息……?」

「あの黒髪の人素敵……あ、今こっち見た!」

 キャッキャとやり取りする後ろの三人のことなど意識の外に、マリンアーネはアルベラの姿に顔を青くしていた。

 あの席に座る紫髪の少女に見覚えがあるのだ。

 しかもつい今朝の事である。



『ねぇ貴女、その使用人私に売ってくださらない?』

『ごめんなさい、彼は売れませんの。……でも一時的に貸すなら』

『いいえ。貸してほしいだなんて言ってないわ。私は『欲しい』と言っているの。ほら、これでどう?』

『借りるのが嫌なのであれば交渉決裂ですね。お売りは出来ませんから。巡回騎士に見つからないうちにその袋を隠された方が良いかと。私ももう行かないといけませんので』

『なんですって!? あんた、私を誰だと思ってるわけ!?』

『どなたかしら。存じ上げませんね。では、私はこれで失礼します』

『ちょっと!! ―――覚えてなさい! 絶対後悔するから! 欲しいものが手に入らなくなって後で泣きついて来てももう遅いわよ!!!』



(なんで? あの女が……? いや、待ちなさい。まだあの女が公爵家と決まったわけじゃないわ。だって、もしかしたら他の三人の誰かかもしれないじゃな……)

 ―――どれどれ? 公爵家のお嬢様。

 ―――ほら、あの紫と水色の髪の……

(ぐぅ……!!)

 傍から聞こえた野次馬のやり取りにマリンアーネの希望は断たれた。

 もうあの―――今朝やり取りした自分と年の近い少女が公爵家の令嬢だと認めるしかないのだ。

「マリンアーネ様、どうしました?」

 肩を震わせる彼女を心配し、他の三人が声をかける。

「あ、もしかしてお知り合いでしたか?」

 と一人が言うと、マリンアーネは「そうだ、」と思った。

(そうよ。出会いはあんなだったけど、ここで謝って、ついでに取り入って懐に入ってしまえばいいじゃない。私だってもう少しで貴族の仲間入りをするんだし、公爵家の令嬢が貴族の友人第一号ともなれば他の貴族だって私に一目置くはず……。そうよ、私の門出にはもってこいじゃない……)

「そ、そうよ。実はあのおん……あの方とは前に少しあったことがあるの」

「まぁ!」

「流石ポーチング商会!」

「貴族に顔が広いと聞いてはいましたが、公爵家の方ともご縁があるんですね!」

「ええ、少し待ってて。あの方にご挨拶をしてくるから。ついでにこの間の取引の事で少し謝らないといけないことがあるの」

「マリンアーネ様が謝罪を?」

「そうよ。ええと……商品の事で……お、お父様のお手伝いを少しね……。もしかしたらまだ気にされてるかもしれないから、もう一度お詫びしておこうと思って」

「流石商会長の娘!」

「わかりました、私たちの事は気にせず行ってきてください。公爵ご令嬢がお許しになってくれるといいですね!」

 自分に懐く平民の友人たちから尊敬の眼差で見送られ、マリンアーネは得意顔でアルベラ達の元へと向かっていった。



 自分たちの会話の邪魔にならないよう「防音の魔術」で自分たちの席と周囲の音の行きかいを遮断し、「盗聴の魔術」で席周りの様子を伺う程度に音量を抑え周囲の音を取り入れ、アルベラ達は時間潰しの世間話をしていた。

 会話の中、気まぐれに顔を上げニコリと笑み、片手を振るガルカ。

 アルベラは「またやってるなー」くらいにしか思わず八郎との会話を続けていた。エリーは苛立ったように大き目の舌打ちをするが、それだけに抑える。

 少しして口端を上げたガルカが「客人だぞ」と言い、アルベラ達が顔を上げると自分たちの席へ一人の少女がやってきていた。

 「あの……」と声をかけてきた彼女は緊張しているのだろう、こわばった笑みを浮かべていた。

「ご、ご無沙汰しておりますわ、公爵ご令嬢様」

「……」

 アルベラは彼女をじっと見つめる。

 じっと見つめ……じっと見つめ……じっと見つめ……―――

(―――……………んん?)

 頭の中には何の情景も名前も出てこなかった。

 エリーは「あら、」と零す。八郎はといえば無反応……というより「誰だろう」という顔をしている。ガルカはニヤニヤと笑んだままでどういう反応か分からない。

(八郎の反応的にストーレムの人間ではなさそうか……)

「失礼ですが」とアルベラは口を開いた。

 「貴女どちら様?」と続けようとしたアルベラの言葉は「はい!」という少女の声とお辞儀にかき消された。

「その件では大変失礼いたしました。ですがこれも何かの縁ではないでしょうか? その件でのお詫びもかねて、もしよろしければ私と少しお話を。あ、私はポーチング商会会長であり()()()()()ディンラ・ポーチングの娘、マリンアーネと申します」

「……え、は……? 男爵……? そう……ポーチング ね……」

「はい!」

 無言で見つめられ、マリンアーネは自分の鼓動が緊張から期待に代わっていくのを感じていた。

(なぁんだ……今朝の件はそんなに怒ってないみたいじゃない。それにこんなに周りに人がいるんだもの。同じ貴族だと聞けば相手だって私を無下にはしないはず)

 柔らかく笑むアルベラ。

 その表情にマリンアーネは「ほらね」と胸元に拳を握った。

「ごめんなさい」

「……え?」

 一瞬何を言われたのか分からず、彼女は拳を握ったまま固まる。

「ポーチング商会とのお話は私は存じ上げていませんので、もし重要なお話でしたら父は一階にいますから直接お話になるのがいいかと」

「え?」

「関係のない私が商談に口を出すわけには行けませんから」

「え……いや……、商談ではなく私はご令嬢とお話が……」

「すみません。私はポーチング商会については何も知りませんので、もし何かの売り込みでしたら今日はお引き取り下さい」

「なっ……ポーチング商会を知らない、ですって……」

「……? はい」

「―――っ!」

「なにか?」

「い、いえ……!」

 「お引き取り下さい」と言ったアルベラは彼女が立ち去るのを待っていた。マリンアーネは今のこの間が何なのかが分からず、アルベラと目を合わせたまま少々固まってしまう。

 そしてようやく、柔らかく笑んだその視線が、自分がこの場を去るのを待っているのだと理解して彼女は顔を真っ赤にする。

「失礼、致しました!」

 言って頭を下げると、マリンアーネは速足でその場を立ち去る。もと居た席も通り過ぎて彼女は一階へと降りアルベラの視界から消えていってしまった。

 「いいえ……」と返した表情のまま、目の前から逃げるかのように去っていった少女を見送った後、アルベラは「え?」と零す。

「私何か間違えた?」と真顔で尋ねれば、エリーは「はい。それはもう盛大に」と楽しそうな笑みを浮かべた。

「貴様の記憶力はきっとアクタ以下だな」

「で、今の誰なんでござる?」

 やれやれと馬鹿にして笑うガルカに、状況が気になる八郎。

 アルベラは傍からは優美に見える笑みを浮かべ、とげとげしい声で命じる。

「ほら、そこの二人さっさと説明する」



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