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アスタッテの尻拭い ~割と乗り気な悪役転生~  作者: 物太郎
第4章 第一妃の変化(仮)
346/411

346、惑わしの建国際 20(花冠のおまじない)



「悪いねぇ」

 体に重大な異常はなく疲労や貧血からの眩暈だろうと医師の診察を受けた老婆は、キリエとトミタに頭を下げた。

 「報せを飛ばしたので共に王都へ来た息子がじき迎えにくるだろう」と老婆が言い、それならと、彼女の息子が迎えに来るまで「ここで休むと良い」と医師はカーテンに仕切られた個室のベッドを老婆に貸した。

 怪我や持病で訪れている者達はいるようだが、幸いにもベッドは空いていたのだ。

「こんな老いぼれを背負わせてしまって申し訳ない。大した礼は出来ないが……」

 とベッドの上に腰かけていた老婆は、隣りに置かれた大きな背負い鞄の口を開いて漁る。

 キリエとトミタは老婆が品で礼をしようとしているのを察し「いいですよ」「お気にせず」と両手を振る。

「ひっひっひ、そんな大したものはもっとらんよ。ほれ、」

 老婆はトミタへ手のひらサイズの玩具の笛を渡した。それはトランペットの柄の部分からボタンを取り除きボールのように膨らませた形をしている。吹き口からボールの部分へ空気が送られれ、末広がりになった出口から音が出てくるというものだ。笛の先に居るものを、笛に描かれた強面なドラゴンのイラストが睨み据える。

 「あ、これ」とトミタが零し「懐かしいね」とキリエも呟く。

「な? そんな大層なもんじゃない。子供の玩具さ」

 トミタがキリエに向かって笛を吹けば、「グオォォォォ」と低い唸り声のような音が出た。この笛の玩具には「硬直」の魔術がかけられている事が多い。笛を向けられた相手は弱い硬直を体に感じる。祭りの時期に屋台で売られる子供達から人気の遊び道具だ。

「この感じ、懐かしいな」

 と腕や脚が一瞬重くなるのを感じて笛を向けられたキリエは笑う。

「私は子供向けの品を専門に扱っていてね。お前さんらにとっちゃ安い品だろうが良ければ受け取っておくれ」

 老婆はどうやら祭りの期間にと、玩具の屋台でもだしにきた様子だ。

 トミタは嬉しそうに笑い老婆に礼を言う。

「安く何てないですよ。子供のおこ遣いだとやっぱり魔術がかかってる玩具って少し高いですし。有難うございます」

「ん? この玩具が高い? なんだお前さん、貴族じゃないのか」

「え? 僕は平民ですが。貴族に見えましたか?」

「あ、いや……そ、そっちの緑のもんが身に着けてる品が少し上等だったから、てっきり貴族の子らかと……たまにこういう、平民と関わるもの好きな貴族もいるだろう……。ただの金持ちだとしてもこんな小汚い老婆に救いの手を差し伸べるとは十分もの好きじゃが……ひ、ひっひっひ」

「あぁ……なるほど……」

(この人キリエ君の事貴族と分かっててため口だったんだ。凄い神経だな……)

「ま、まぁお前さん達が貴族か平民かなんてどうでもよかろう」

 それは高位な側が言うセリフでは、とトミタが思っている間にも老婆は話を進めていく。

 彼女は値踏みをするようにキリエの顔を観察し、

「お前さんには……これがよかろう」

 と悪戯ぽく笑い鞄から花冠を取り出した。

「え……」

 どういうつもりで男の自分にその品を取り出したのか、キリエは困惑する。

 高等学園に上がってからというもの女生徒からたまに自分が「可愛い」と言われているという事を最近知ってしまったのでなおさらだ。

 男のプライドが傷つけられている様子の彼へ、老婆は「お前さんに被れと言っておるのではない」と補足する。

「コレは女の勘だが―――お前さん、思い人が居るな」

「……!?」

「……!?」

 キリエとトミタが分かりやすく驚いているのを見て、老婆は「こいつら分かりやすいの」と内心呟く。

 「お、お婆さん占い師ですか」とキリエが尋ね、トミタは「これが年の功か……」と感嘆していた。

(この坊主ちと失礼だな)

 とトミタの言葉に引っかかるも老婆は続ける。

「祭りの時期の売りと言ったらこれじゃろう? だが他のとはちと違う特別せいじゃ。恋の呪いがかけてある。まぁ、効果はお遊びみたいなものだが……それでも祭りの時のうたい文句としては上等さね」

 「ひっひっひ……」と笑う老婆の姿にはうさん臭さがあった。

「なに、どうせ子供の遊び道具だ。叶うもヒャッケ叶わぬもヒャッケ。効果はともかく気になる女子がいるなら話の種に頭にのせてやってみろ。……ほれ」

 老婆は別の花冠を鞄から取りだしキリエの頭に乗せた。花冠のサイドから両手を翳し魔力を込めれば、花冠は淡く輝き周囲に光の粒か明滅する。

 「わぁ、」とキリエとトミタが零す。

「少し暖かいかな。あと、お酒飲んだ時みたいな少しふわふわする感じがあるかも」

 キリエの感想にトミタは興味深そうに返す。

「どう? お婆さんの事好きになりそう?」

「え……!? ……え、と……う、うん! す、少しどきどきする、かな……?」

「変な気遣いはいらん。逆に虚しくなるわ」

 「は、ははは……」と空笑いするキリエの頭から老婆は花冠を回収し鞄に納める。 

「祭りはカップルも多い。奴らをターゲットに、恋人へのプレゼントにと作ったものだが、これが案外女子に人気でな。ただ可愛いからと自分で買って自分で使う者もおる―――だがな、いいかキリエ・バスチャラン」

 フルネームでキリエの名を呼び、彼女はびしりとキリエの鼻先に人差し指と中指を立てた。

「そいつは特別品じゃ。思い人以外には絶対にその花冠は被せるな」

「―――」

 キリエは老婆の指先を見たまま静止する。ベッドの上から一切動いていない老が、その瞳が目の前に迫ってくるような感覚に息を飲んでいた。

「いいな、絶対じゃ」

 その言葉が頭に響くようだった。

「思い人意外にそれを渡すな。……分かったなら『はい』といえ」

「……は、はい」

「よし!」

 老婆は腕を下す。鼻先から彼女の手が離れるといつの間にか強張っていたキリエの肩から力が抜けた。

「光の魔術は誰でも幾らでも書き直せるが、恋の呪い(魔術)についてはワシの特別せい。一度きりじゃ。書き直しはワシにしかできん。礼の品とはいえわしの大事な商売品じゃ、大事にせい」

「はい……」

 キリエとトミタは其々自分が貰った品を見下ろした。

『すみません、うちのばーさんがこちらに世話になってると聞いて来たんですが』

 部屋の外から舞い込んだ男性の声に老婆は目を細めた。

「おや、やっと来たかい……。じゃあな、お前さんら。こんな老いぼれを助けてくれて感謝するよ。『繁栄を祈って』」



 ***



「―――お婆さんを? 素敵ね。人を助けたぶん、二人ともきっと良い一日になるわ」

 恵みの教会の一室、スカートンがキリエの話を聞いて微笑む。

 診療所を去った二人は、真っ直ぐに恵みの教会を訪れていた。

 目の前には一つの鉄格子。

 中には銀色の獣がおり、白光のシスターと魔術師たちに囲われ格子越しに手当てを受けていた。

 ウサギのような長い耳を四本もつ狼のような姿をしているこの獣は魔獣だ。

 聖域に発生する魔獣の一種であり、彼らは総じて「巡回者」と呼ばれている。

 聖域内の清らかな空気を保つ重要な要因の一つとして捉えられ狩猟を禁止されているのだが、今回のこの魔獣はその被害―――つまり密猟されたのち飼い主に気に入られなかったのか棄てられていたようだ。

 教会からすれば神の清い気の中で生まれた彼等は聖獣とまでは行かずとも、神の力の結晶のようなものだ。捕まえた上自由も奪った上で捨て置くなど言語道断。神に作られし人の子が神の力の結晶を気安く、そして一方的な都合で乱雑に扱うなどもっての他だ。

 恵みの教会はこの魔獣の件を城に報告し、急ぎこの関係者を見つけ出すべく動き出していた。

 「巡回者」達の気性の荒さはピンからキリで、人や他の獣に友好的とは限らない。しかしその凶暴性は関係なく、この国は彼等を保護対象として定めていた。

 人を殺め、その癖がついてしまった個体のみ処分が許されており、それ以外は何処かしらの聖域に帰すのが決まりだ。彼等は聖域の空気や環境を好むので、聖域にさえ入れてしまえば何かない限りそこから離れる事はない。

 今でこそ魔獣は人間達に囲われ、大人しく処置を受けているが、先ほどまではずっと唸って威嚇をしてたのだ。その態度は一変したのはキリエの登場によるものだ。

 初めこそキリエの事も警戒していた魔獣だが、彼が手を差し出し話しかけると、少しずつその緊張を解いていった。

 すっかり落ち着いた今は、魔獣はキリエに視線を置いたまま静かに事が終わり解放されるのを待っていた。

「凄いわね。キリエにたのんで正解だったわ。駄目だったらあの人たちが魔術で魔獣を眠らせて抑えておく予定だったんだけど、その心配はなさそうね」

「力になれてよかったよ。僕も野性の魔獣は久しぶりだし、仲良くなれるか不安だったんだけど。あの子が良い子で良かった」

「―――うーん……僕、もう少し近くで見てきたいんだけどいいかな……?」

 魔術師たちの作業を遠目に見ていたトミタがつま先立ちになる。

「近づいて見るだけなら大丈夫じゃないかしら?」

 スカートンの言葉に「ですよね! すみません、少し勉強させてもらってきます!」とトミタは魔術師たちの方へと寄っていった。

 傷を癒すだけならシスターだけでも良いのだろうが、この場に魔術師たちがいるのは魔獣の首や四肢に嵌められた拘束具を取るためらしい。

 嵌められていた首輪が外され鉄格子の外に置かれており、トミタはその内側に描かれた魔術を観察しメモを取っていた。すぐに魔術師たちの作業へと視線を移し、彼はまた手早くペンを走らせる。

 やはりその魔術好きな姿はミーヴァと似通う物があった。

「兄さんもそろそろ来ると思うんだ」

「ザッヘルマ先生もいらしてくれるなんて心強いわ。本当に有難う」

「いや……兄さんに関しては自分から飛びついて来たから……」

 ―――『キリエ。この手紙、この印、恵みの教会からだね。スカートンさんから折り入っての頼みと走り書きされている―――……と言う事は! もしかして最近恵みの教会の人間が“ラウォフ”を保護したと聞いたからその件か!? 気になるな、早く中を確認してくれ! そして魔獣に関する事ならちゃんと僕に連絡をするように!』

 放課後の事。ザッヘルマの研究室での手伝いの際、自分(キリエ)宛の手紙を手にしていた兄の熱い言葉を思い出しながらキリエは呆れる。

「スカートンも大変だね。この一週間ずっと教会のお仕事でしょ?」

「それがね、皆さん『最終日くらい舞踏会に参加して来なさい』て言ってくださって。だから最終日だけ、参加しようかなって」

「そうなんだ! 良かったね。アルベラには……」

 と彼女の名を口にして、キリエはぼんやりとした感覚を覚える。

「キリエ?」

「あぁ、ごめん。アルベラには、もう伝えたの?」

「ええ、手紙でね。会場の右手側の奥辺りに居るようにするって」

「そっか」

 眠気と興奮が同時に来る間隔にキリエは違和感を抱く。胸は興奮で高鳴るというのに、それと比例して意識がぼんやりとしてくるのだ。

(最近モヤモヤしてたしそのせいかな。俺の中ではちゃんと整理したつもりなのに……)

 キリエは胸の辺りを抑えつつ、自分の中の小さな異変に目を瞑った。



 ザッヘルマが到着し、彼が魔獣に夢中になっている間キリエとトミタとスカートンは別室でお茶を囲って雑談をしていた。

 キリエ達はこの時期忙しい教会に長居するつもりもなかったので、いまカップに入っているお茶を飲み終えたら引き上げるつもりだった。

 しかし、トミタの気はお茶よりも手元に向けられており、彼のお茶の嵩は先ほどから変化が無かった。

 彼が夢中になっているのは魔獣に使われていた拘束具だ。この時間だけ観察の許しがもらえたので、彼はそれなりに急ぎで魔術の特徴をメモしていた。学園に戻ったらメモを基に、その魔術がいつの時代に開発されたどの分類、どの系統のものかを識別したいらしい。

「メルシャーレの印にケイリアーメの線……コレは……メベルッチの円の変形かな……ん? マリーア? いや……マリンアーネ……―――」

 トミタがブツブツと独り言を溢しながらメモを取っている間、スカートンはキリエの持ち物に目をやって首を傾げた。

 殆ど手ぶらで来たキリエとトミタだったので、老婆から貰った玩具や花冠は仕舞いどころもなくむき出しの状態で持ってきていた。

 屋台などで売られている品を見てスカートンはクスリと微笑む。

「二人共、すっかりお祭りを楽しんでるみたい」

「え? あぁ、コレは違うよ。買ったとかじゃないんだ」

「そうなの? てっきりアルベラへのプレゼントなのかと」

「うっ……! そ、それは間違いじゃないんだけど……えと、ほら、さっき話したお婆さんがお礼にくれて」

「お婆さんが?」

「うん。あの人、お祭りで露店を開きに来てたみたいで。その品をね」

「そうなのね。笛も花冠もお祭りって感じだものね。その人のお店が繁盛すればいいわね」

「そうだね」

「恋のおまじないだそうですよ」

「え?」

「―――ごふっ」

 枷のメモを取りおわっタイミングでトミタが会話に参加した。

 彼の言葉にスカートンは目を丸くし、キリエはカップのなかお茶を吹き出してしまう。

「お、お呪いと言っても遊びみたいなもので……! ちょっと温かくなったりふわふわする程度なんだ。俺が頼んだとかじゃなくて、お婆さんの判断で俺にはこれをって」

「凄いよねあの人、女の勘とやらでキリエ君にもってこいの奴プレゼントしちゃうんだもん」

 トミタは興味深げにキリエの膝の上の花冠を眺める。

「あのお婆さん特製って言ってたよね」

「そ、そうだね……」

 キリエは自分がまじないや魔術にたよっていると思われているのではと恥ずかしかった。

 確かに魔術は便利だ。頼もしい生活の必需品だ。だが、世の中には魔術に頼ると恥ずかしい事と恥ずかしくない事がある。この花冠はキリエにとって間違いなく前者だった。

 老婆は話の種になればそれでもいいじゃないかと言っていたが、魔術に頼って恋をかなえようなどと、自分がそんな人間と思われるのはやはり情けない物である。

「キリエ君」

「ん?」

「その花冠、少し見せてもらえないかな。どんな術が書かれてるか気になって」

「あぁ、うん―――」

 ―――思い人以外には絶対にその花冠は被せるな。

 ―――思い人意外にそれを渡すな。

「だめだ」

「え?」

「……ごめん。駄目、かも……」

「そう……? 分かった、持ち主が言うなら仕方ない。温かくなるとかふわふわするっていうなら、酩酊の魔術の一番軽い奴かな。子供向けの店なら強い魔術を付与して売れば法律違反だもんね……キリエ君?」

 キリエは自分の口を押え目を瞬いていた。

「どうしたの?」

 スカートンが問う。

 キリエは二人を見て尋ね返す。

「今、何か感じた?」

 スカートンもトミタも疑問符をうかべる。

「魔力、とか……二人は何か感じたりした?」

「いや」

「私も、何も……」

「キリエ君は何か感じたの?」

「いや……俺も特には……」

「え?」

 では今の質問は一体何だったのか。

 互いの思考が読み取れず、三人の間に気まずい空気が流れる。

 トミタは自分の背後を振り返りそこに窓があるのを確かめた。

「もしかして幽霊でも見た?」

 「え?!」とスカートンが肩を揺らす。

「ち、違うよ」とキリエ。

「そ、そうよ! 恵みの教会には幽霊なんていた事ないわ! ここで育った私が一度も見た事ないんだから絶対いないわ! 大丈夫よ!」

 むしろ一時は、人目を避けて移動するスカートンが幽霊と勘違いされている側だったのだ。

 自分が影をこそこそ移動しなくなったここ最近、幽霊等と呼ばれる存在がこの教会に、神の御膝元にいる筈がない、いて堪るかとスカートンは身を乗り出した。

「そ、そうなんですね。変な事言ってすみません……」

 普段物静かなスカートンの意外な圧力に、トミタは逃げ腰で謝罪したのだった。



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