335、惑わしの建国際 9(いたずらの後片付け)
「にしても何なんだこの色? 自分で色付けたのか?」
「血にでも寄せて驚かそうとしたんだろ」
「あっちの奴らから報告が来てたぞ。使用人に命じて部屋で作らせてたんだと。使用人からの聴取も済んだってよ。今部屋から道具やら材料やら回収してるって。幾つか毒物も見つかったらしい。馬に使ったのは睡眠薬で間違いないそうだ」
「就寝前に迷惑な奴らだ。卒業生が飽きれる」
立ち去り際、聞こえてくる騎士たちの私語に「なるほどなるほど」とアルベラは頭の中で頷く。自分がここに来て見たものと断片的に聞いた内容だけで、この件の事情を掴むには充分だった。
(毒物か……私も見つからないよう気を付けよう……)
「ジェイシ君は明日も授業だろう。馬に残ったもちはできる限り俺達で処理しておくから、君は部屋に戻って休みなさい。幸い先生方も知恵を貸してくれるっていうし、騎士だけより心強いだろ。見張りも交代でつけるから後は俺たちに任せてくれ」
「ジュードさん、ありがとうございます」
「仕事だ。そんなに畏まらないでくれ」
「はい……。けど、仕事を増やしてしまって申し訳ありません」
「まったく。気にするなって言ったばかりだろう」とジュードは苦笑し、帰るよう促してジーンの背を押す。
後片付けにと残るよう他の騎士達には声をかけていたが、気位の高い数人はその場を去ってしまったようだった。報告を受けた警備隊長が合流すれば、後片付けに乗り気でない同僚たちの協力姿勢は変わってくるだろう。
ジュードは騎士たちのもとに行き、家の爵位もその継承順位も似たような境遇の仲のいい一人へ声をかける。
「ようアルフ、お疲れさん」
「よう、お疲れさん」と気軽な返事。アルフという名の騎士は馬の体に着いたとりもちをちまちまと指先でとる作業をしていた。気の遠くなる作業だが、ずっとこうしていることはないだろう。
この餅を溶かして取れないか、熱や火、電気で焼き崩して落とすのはどうかなど、教諭や獣医を交えた騎士たちが案を出し合っている。ジュードもアルフと作業を共にしながらその騎士仲間たちを見渡した。
「なぁ、なんでここを回る警備がこのことに気づかなかったと思う」
ずっとその場にいないにしても、警備の範囲と時間的に持ち場内は何度か回ることになるのは必然だ。持ち場を回りながらも「偶然」で馬小屋の悪戯が見つからなかった、という事はないだろう。
アルフは「そんなもん」とわかり切ったように鼻で笑う。
今いる騎士の中に、ここの警備を担当していた者はいない。ジュードは息をついて、あえて「無い」とわかってることを口にしてみた。
「体調を壊して一時的に抜けていたとか、別件で警備の務めを果たしているとか……」
「ははは、買われたんだろ」
さらりとこの件の答えを口にし、アルフは皮肉に笑った。
後のことを騎士と獣医、ザッヘルマ教諭に任せアルベラ達は自分たちの部屋へと向かっていた。
アルベラとジーン、そして付き人として指名されたニーニャは学生寮へ。エリーと、共に来たディヴィアとルルルビは使用人専用の宿泊棟へ。
学生寮の立てられた区画、その端に建てられた長細い屋敷へと向かいながら、ディヴィアはお嬢様たちが去っていった方へ視線を向けた。
「いいのかい姐さん。あんたの可愛いお嬢様を部屋まで護衛しないで」
「えぇ、お嬢様がニーニャを指名されたんだもの。私は従うだけよ」
というもエリーの笑顔は冷ややかでありこめかみには僅に青筋が浮かんでいる。内心納得していないのが丸わかりだ。
「不満たらたらじゃん」とディヴィアは笑う。
「まぁ、今回は騎士様もいるしね。普段王子様に着いているような騎士だ、レディを部屋まで送るくらい常識の範疇だろ」
「そうかもね。それに多分、お嬢様、ニーニャを付けたのは護衛のためじゃないんじゃないかしら」
(護衛ならコントンちゃんがいるもの)
「は……? 護衛じゃないなら何のために連れてったってんだ。あんな犬ころより頼りないお嬢ちゃんを」
「そうねぇ、二人きりになりたくなかったんじゃないかしら?」
「あぁ? 不仲かい? あの騎士と王子さまはディオールのお嬢様と仲良しって話はデマだったのかい?」
「あら、ふふふ……。じゃあ後でその答えを賭ける?」
「じゃあさっきまでの賭けが終わってからだね」
ふー、と息を吐きながらディヴィアは体をグッと伸ばした。
「仲良しかどうかはともかく、妃候補の段階で他の異性と噂になるなんて命とりなんじゃない。軽率な女は不相応、て知らないうちに落とされない対策じゃない?」
貴族たちの目が無くなり、肩の力を抜いたルルルビが話に加わる。「でしょ?」というふううに見上げてきた彼女に、エリーはこちらも「どうかしら?」という微笑みで返す。
主についてこの学園に来た彼女らにとって、どんな些細な情報が高い結果を生み出すかはわからない。周知の事実であれば隠す意味もないが、個人が把握している程度の話はタダでは提供しないというのが彼女らの関係上のルールだ。もちろん例外はあり、賭けをしなくとも良心ありきで情報提供することもある。
それでいえばあの三人(ラツィラス、ジーン、アルベラ)の仲の良さがどうかなんて、他の人間に聞いても確かめられる類の話であり、エリーにとっては賭けて隠すほどのことではないのだが。そこはお遊びでありつつ、自分が勝った際の情報はもう少し価値のありそうなものにすることで得を得よう思惑だ。
ルルルビは「私はこれしきのネタで釣られないわよ」とエリーにツンと返した。そして息をつき愚痴をこぼす。
「うちのお嬢様も、御父上から散々注意されて少し煩わしそうよ。『ダンスをする一番初めは絶対に殿下。他の異性と話すときは同性の友人も同席させること。殿下以外の異性に笑いかけるのは一人に対し三回まで。自分がその気であることは周りにも伝わるように』。―――本当、息苦しいったらないわよね」
「はぁ? あんたの所そんなん言われてんのかい?」とディヴィアが呆れる。
「ええ。私も『お嬢様をちゃんと見張れ、余計な虫がつかないよう注意しろ』って毎日のように侍女長から手紙が来るの。そんなの月一くらいで言ってくれれば十分なのに。もううんざり。何より紙がもったいないったら」
「へぇ。うちのところはそもそも妃候補の話なんざ来やしないしな。いやぁ、付く相手が楽で良かったよ」
「貴女は自分の主人をほっておきすぎでしょ。それで屋敷の人間から何か言われないわけ?」
「屋敷にはちゃんと毎日欠かさず報告してるから良いんだよ。私のご主人が『付いてくるな』っていうんだから、その命令には従わないとだろ」
「こっそり付いてったって巻かれちゃうんだものね。偵察が売りの傭兵の名が泣くなわね」
「ぐっ……、わ、私だって最近……多少はあのご主人殿の行動が読めるようになってきたんだ。おかげで前よりはちゃんと自分の仕事を果たせてるっての!」
「あら。ただ飯食らいからようやく卒業したのね、良かったわ。ジアーナもあなたの事心配してたの。けど『見失った』『巻かれた』を言い分けに酒場に寄れなくなったのはご愁傷様ね」
「お、お前なぁ! あたしを何だと思って」
「酒好きの怠け者よ。――で、貴女のご主人、なんで貴女がついてくのを許すようになったの?」
「べー、秘密ー。知りたけりゃそっちのお嬢様の情報寄越しな」
「そう。じゃあいい」
「ノリが悪いぞ!」
そんな話をしているうちに三人は宿舎についてた。
部屋に戻ろうと屋敷の戸を開けようとしたディヴィアだが、ルルルビがそれを止めてエリーを見る。
「姉さん、そっちのお嬢様についてだけど」
「……?」
「ここには軽々しく一人で来ないよう言っておいた方がいいんじゃない? 皆が皆ただのハウスメイドってわけじゃないんだから。エリーの姉さんよろしく、ディヴィアよろしく、いろんな人間が集まってるでしょ。主人のためにいらない気を利かせる輩だっているかもしれないわよ」
「あぁ……確かにそうねぇ……。明日にでも伝えておこうかしら。今回はなんの前触れもなく急に来たから……、私もお嬢様がまさか自ら宿舎に来ることがあるなんて思ってもなくて」
(お嬢様、前からここを見てみたいとは言っていたし良い機会とでも思ったのかしら。コントンちゃんも一緒ならそこらの刺客なんて怖くないって気もわかるけど。―――あ……、なら明日の特訓で一つお灸をすえとくのも楽しそうね……)
「ふふ……ふふふ……」
一人気色の悪い笑みを浮かべ始めたエリーに、ルルルビは若干引いていた。ディヴィアはもういいだろうと宿舎の戸を押す。
「てかあのお嬢様はなんで馬小屋に行ったんだ」
「さぁ、散歩じゃないかしら。たまの寝る前の日課らしいから」
「姉さん、『たま』なのに『日課』っておかしいわよ」とルルルビの指摘。エリーは気づいたように「あら、」とこぼし「そうね」と笑う。
「―――散歩よ」
ジーンになんであそこにいたか問われアルベラは答えた。
「散歩? 一人でか」
「ええ。夜風に当たりたくて。あ、たまにね。他にもこの時間庭を散歩してる人達なんているし、貴方も幾らでも見るでしょ?」
「まぁ……そうだな」
校舎や図書館、温室や魔獣の飼育棟等他にも諸々……、学びの設備であり管理者が置かれている場所は立ち入りの時間が決められている。そうでない庭周りや寮周りといった生徒たちの生活区域は割と時間に関して自由度が高かった。学園の敷地からの出入りには門限はあるが、寮棟自体の出入りに時間による禁止はないのだ。とはいえ深夜一人で歩いている生徒がいれば、大人達の注意は向くし、安全のため目的も聞かれる。
***
この夜、先ほどの件に関わるまでの時間。アルベラはユリの卵をどう割るべきか、ぼんやりと夜風に当たりながら考えたくなった。
まだ生徒たちの窓の明かりが多く灯っている時間帯なのもあり、彼女は自分の屋敷と同じ気軽さでふらりと外に出てみたのだった。
この時間は他の生徒たちの散歩も多い。滅多なことがなければ警備やその他学園関係の大人たちが散歩中の生徒に声をかけることもない。
花で多くを彩られ、ガーデンライトが綺麗なスポットにはこの時間の景色を楽しみに集う生徒たちの姿があった。聖堂の前の道なんかは信仰心を煽るかのような幻想的な雰囲気を演出しており、何とも熱意を感じる美しい照明や装飾が設置されているので日の落ちた時間の人気のコースの一つだ。
それに引き換え馬小屋や魔獣系の騎獣が格納されている獣舎の辺りは必要最低限のシンプルな街灯しか設置されていない。獣の匂いもあって華やかさを求める貴族の令嬢令息たちの散歩コースからは外されがちである。特に湯上りで体を清めた後であれば、匂いがつくのを避けて貴族の子供たちが周辺に来ることはないだろう。
本来ならアルベラも、馬や騎獣には用もないのでそこまで寮から離れて馬小屋の近くへは行こうとは思っていなかった。馬小屋の方までは行かず、ガーデンライトが減ってきて人の影も見なくなった辺り、月や星の明かりが程よく眺められる暗さの範囲でベンチでも見つけ、ここで考え事もよかろうと腰掛けた矢先だ。
(聖獣の卵……最近清めの教会から持って帰ってきたみたいだけど、それからずっと寮の部屋に置きっぱなしみたいだし。……それもそうか、あのサイズじゃ持ち歩くには邪魔……、―――……?)
「何、コントン?」
とぷん、と水面から浮き出るような音を上げコントンが鼻先を足元からのぞかせた。
彼はくんくんと鼻を動かすと、頭の半分以上を影から出してニタリとと口を開いた。真っ赤なベロがだらりと垂れ下がる様はどこからどう見ても凶悪な魔獣だ。
『イカリ キョウフ』
「は?」
『ニンゲン ケンカ。サツイ……クサイ』
「喧嘩? 殺意って学園内で? どこ……」
『アッチ』とコントンが言う前に、アルベラの目は馬小屋のある道の先へと向けられていた。
木々に挟まれた道の先に見える二つの大きな馬小屋。学園の授業で使用する用の馬が収められている小屋と、生徒たち所有の馬を預かっている小屋が並列している。
アルベラのいる位置から、生徒所有の馬が収められている小屋の入り口とそれに並ぶ小窓が見えた。その窓の中、見覚えのある赤い光が見えた気がした。
(……ジーン? だとして……まさか……。いや、殺意だなんて……。彼が? 学園内で?)
「―――ははは、ないない……」
と思うも、最近のジーン周りの人の発言や動きが頭に浮かび、何かあったのだろうかと不安になった。
もしかしたら誰かの嫌がらせが行き過ぎて―――
もしかしたら嫌がらせの範囲を超えて彼の殺害を企てる輩でも湧いたか―――
―――そもそも、あれがあの騎士様だとも限らないではないか……
どうするか悩む間もなく、アルベラは立ち上がり辺りを確認して魔法を発動させていた。騎士があたりにいるのかをコントンに確認しながら馬小屋に向かって走っていた。アルベラは自信で起こした風で体を押す。吹き飛んだ体を風で受け止め、また風を起こして体を押す。そうやって跳ねるように駆ければ、遠く離れて見えた馬小屋は一分も経たず目の前だった。
馬小屋の大きな扉は開かれ、その中が真っすぐ見渡せた。人がいるというのに明かりは灯されておらず、馬も皆が眠っているわけでは無さそうだが静まっていた。―――息を殺しているのだ。
反射的にアルベラはそれを理解した。
怖くて怯えの声も上げられずにいる。それは彼女自身、その感覚に襲われたから分かったことだった。
(ジーン……)
細かい表情までは見えないが、あの輪郭はそうだと判断できた。腰に下げられた剣に、それを握る片手。「殺意だなんて、まさか彼が」と思ったアルベラだったが、剣を握った姿を見てしまえばコントンがかぎ取ったそれを疑いようがない。
赤く灯っているのは髪も同じだというのに、特に煌々とした瞳の灯りからはいつもにない威圧の魔力を感じた。
自分に向けられたものではないというのにアルベラは一瞬怖気づいてしまう。
『ココ イヤ』
ここに来て拒否の色を示し、アルベラの服を咥えて引くコントン。
「コントン……」
アルベラは迷う。
止めるべきか……だが相手が刺客か何かなら? もしあれが互いに隙を探りあっているタイミングなら? だとしたら、ここで自分が邪魔することで敵の攻撃を受ける隙を作らせてしまう……。
(―――けど、もし違ったなら……)
『喧嘩』『怒り』『恐怖』。
アルベラの脳裏に先ほどのコントンの言葉が甦る。
(『恐怖』……)
アルベラはコントンを振り返った。
その首筋を緊張の冷汗が伝った。
「コントン……ジーンの相手、丸腰? それともやる気満々?」
***
「ジーンが本気で怒ってるなんて、何かの間違いだと思ったけど。こういうこともあるのね」
言いながらアルベラは内心で「あぁ、怖かった……」とこぼす。
(たまに私や殿下がふざけて怒らせたりしてたけど、やっぱりあれは軽いジャブだったんだ。あれより上があったのね……)
ジーンは居心地が悪そうに「悪かった……」と返し「あと、ありがとな」と付け足すように告げる。
「水かけて感謝されるなんて変な話ね。そんなにご希望ならまたかけてあげるけど?」
「はぁ……、遠慮する。けどあの時は結構興奮してて……ああいう形で止めてもらえて助かった。声かけられるより効果的だった」
「怖くて声なんてかけられなかったわよ」
「そう……だったのか」
「そうでしたとも」
ジーンは頭に手を当て無言でアルベラのいない方へ顔をそらす。罰が悪い。なんと返したらいいかわからない。ジーン的にはそんな心境だった。
「もしかしてあの餅が血に見えた? バムガが傷つけられたんじゃって」
アルベラの問いは図星だった。ジーンは息をつき「……一瞬な」とぽつりと認める。
「本当に一瞬、バムガが死んでるように見えた。頭が熱くなって、腹が立って仕方なかった。……けど、少しずつ生きてるって事とあれが血じゃないってのは理解したんだ。匂いとか、バムガの呼吸とか……。でもそれも都合のいい錯覚や幻なんじゃないかって、勘違いをしてるんじゃないかって否定してた。結局水かけられた辺りで生きてるってことは受け入れられはしたんだけど、怒り自体は引っ込みがつかなくなってて……」
「生きてることを認められなかった?」
きょとんとした視線がジーンへ向けられる。
「あぁ。―――……生きてるなんて勘違いして、本当に死んでたら余計苦しいだろ。さっきは……咄嗟にそう思ってたんだ」
アルベラにもその考え方はよくわかった。期待して落とされるのは辛い。だから初めから期待しない。前世でも早いうちから染みついた自衛の思考だ。
だが、それが目の前の彼から出てくるのは少し変な感覚だった。
アルベラは無意識に「貴方もそういう風に考えることがあるのね」と零していた。
「そういう風?」
ようやくジーンはアルベラへ視線を向けた。いつもより弱弱しく見える瞳にアルベラは狼狽える。
「……あ…………ええと……あまり後ろ向きな言葉聞いたたことないなぁって思って……。別に悪い意味で言ったんじゃなくて……ごめん、深い意味はないの。気にしないで」
「そう、か……?」
そうだったろうか、とジーンは自分の発言を思い返す。そして「そういえば、自分は彼女から見て一体どういう印象なんだろう」と思うも、ジーンにはうまく想像できなかった。
一般的なイメージなら予想するのは簡単だ。
自分は卑しい平民であり元孤児であり王子様の腰ぎんちゃくであり『ニセモノ』だ。汚らわしい、浅ましいという言葉もよく聞いてきた。
だが、そういう感情や価値観を自分に向けてくることのない彼女からの評価を予想するのは難しい。
(ただの同い年の友達……同級生……。……ラツとの共通の手下程度にしか思われてないと思った時もあったけど……それは違うんだよな、多分……)
自分はラツィラスの護衛だから、きっと彼女もおまけ程度にしか思っていないのだろう。―――多数からの目を基準にそう思っていた頃もあったが、この解釈が誤りだという事には割と早い段階で気づけた。
ラツィラスのおまけとして自分を見る人々の態度ならよく知っていた。
そして自分を一人の人間として見てくれる人々の態度も、騎士団で同等の仲間として見てくれる者たちのおかげで知っていた。数回会えばアルベラの自分への接し方は後者であることは確認できた。
だから自分を同等の人として見ているであろう彼女の態度には安心感があった。公爵令嬢とういう立場でありながら……それとも逆に『だからこそ』なのか、周りの人間を爵位や地位ではない個々で見ているようなその価値観が心地よかった。だから今もこうして関わるに至ってるのではないかとジーンは思い出す。
―――関わっている。そしていつからか……
「ジーン?」
様子を伺う緑の瞳が、ジーンの視界の中のぞき込むように入りこむ。
「……」
「……?」
「俺が……こういうこと言うの変だったか?」
「え、」
感情が読めない赤い瞳が静かに訪ねてきた。これは不快感を籠めたものか、それとも純粋な疑問か。
「……え?」
アルベラは相手の表情や空気から質問の温度感を読もうとしたが、表現という表現が見事に省かれた真顔としか言いようのないそれを前にすぐに降参の手を挙げた。





