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33、バイヤーとの接触 6(今夜は山だった)


 エリーがまず向かったのは近場の宿兼酒場だ。

 目的の寄りたい場所はここではないのだろう。

 アルベラには店の入り口横で待つように伝え、一人店内で受付を済ませる。

 「お待たせしました」とにこやかに戻ってきた彼女は馬を連れていた。

「ここ、街の中限定で馬の貸し出しをしてるんです。ご亭主とは顔見知りで、お嬢様の所で働いてるのも割れてますからねぇ」

 アルベラが変装してるとはいえ、連れていけなかった理由はそれらしい。

 二人は馬にまたがると、まだ人通りのある道な事もあり薬の話題は控える。

「ねえ、さっきの人」

「あの優しい殿方ですか?」

「うん。その人のリーダーっぽいやついたでしょ? 背の高い、目付きの悪いやつ」

「ええ。確かリューさんとか呼ばれてましたよ」

 リューサン…………硫酸………

 アルベラは自分の呑気な言葉遊びに頭を降る。

「たぶんそのリューさん。私、子供ってばれてたんだけどそんな分かりやすかった?」

「あら、そうなんですか?」

 エリーは素直に驚いていた。

「私は問題ないと思ったんですけど。勘の鋭い男………………良いわぁ」

 後半の一人言は置いておこう。

 今晩はニーニャっぽいかつらを被り王都から出てきていた。外でもし見つかっても、出歩いてたのはニーニャだと言い張れるようにだ。

 そして会場では肌のひとつも見せない衣装で老婆のふり。実は結構、暑さと蒸れに耐えての変装だった。

「2段構えみたいな感じで、準備万端な気分でいたんだけど。結構残念だなー」

「子供って事はバレても、身元は分からないでしょうし良いじゃないですか。お嬢様発案のニーニャ隠れ作戦。これさえ上手く行ってれば問題ないわけですし」

「そうなんだけどさ」

 アルベラはなぜバレたのか、納得いかない様子で小さくほほを膨らます。



 やがて周囲の建物が減ってきて、見覚えのある小高い丘が前に迫る。

 よく知る道に、アルベラは声をあげた。

「え? ここって」

 真っ直ぐな道の先には小さな小川、石橋、道の両脇の街路樹は整えられ、その先の小高い丘の上にはよく知る屋敷―――我が家だ。

「じつは、そういうことなんです」

 エリーは困ったような笑顔を浮かべる。

「そういうこと………って」

 アルベラの顔が青くなる。

 まさか全部ばれてた?

 外出禁止令が無くなったばかりなのに、また出歩けなくなるのか?

 今屋敷には両親がいてこのまま現行犯逮捕?

 アルベラの頭の中は不安で一杯になる。

「大丈夫ですよ。お嬢様の事はバレてませんから」

「え?」

「奥さまから今日の会合、薬を買い占めるように言われてたんです。街に出回る薬を少しでも多く回収するために」

「お母様が? エリーに直接?」

「ええ。どうやら、公爵様の方で売人に近づけそうな人を何人か、声かけてたみたいなんです。

 数うち当たるってやつですね。

 そうやって売人に近づけた何人かの人たちが今日の情報を聞き取ったそうで、更に上手くいくなら参加して、回収出来るだけしちゃおうって魂胆だったらしいですよ。私が聞けたのはそこまでなんですけどね。

 今日は結構上手いこと、私たち以外にも回収班を紛れ込ませることができたみたいですよ。

 私がお嬢様に言われて探って、丁度売人から今日の会合の話を聞いて誘われた時期、奥様直々に『あなただから頼みたい』って言われちゃいまして。その時この一連のお話を聞きました。

 で、私は私で既に誘われていたものですから『売人に誘われたのは奥様から声をかけられた後』ってことにして、奥様に『さっそく探りに行ったところ、私も運よく誘われちゃいましたー♪』と、お伝えしていたんです。お嬢様も行きたがってましたし丁度いいかなと。

 実際購入したほうが、売人もいろいろ喋ってくれるでしょうしね」

「ぐぬぬ…………お母様。…………いい人選じゃない」

 まさかエリーへの依頼が自分の親とブッキングしていたとは。

 だがこれでお金の出所もハッキリし、その心配もしなくていいと言うことだ。

「良かった…………あれがエリーのお金だったらー、とか、もし私やエリーの部屋からあの大量の薬が見つかったらー、とか。色々不安だったの」

「ですよねですよねぇ。お嬢様が驚いてるの、顔隠しててもバッチリ伝わってきましたよー! もう、ドッキリ大成功☆」

「………あんたね」

 このオカマ。従順かと思いきや、こうしてたまに思いもよらない、裏切り………までともいかない迷惑行為をしてくる。

(油断ならぬ…………)

 そうこうしている間に屋敷に着いた。

 アルベラは馬から降りると、足音に気を付けながら壁際へと身を潜める。

 エリーは主人が隠れたのを認めると戸を叩く。少しして、キィー、と扉が開く。

 室内から細い明かりが漏れ、今晩エリーから荷物を受け取るように言われていた使用人が眠たげに顔を出した。

「エリねえさん、遅いわよ」

「ごめんなさいねぇ。はいこれ、奥様の部屋に宜しく」

 目をこする使用人は「はぁい。ああ、これでやっと眠れる」と室内へ頭を引っ込めた。エリーは「おやすみなさ~い」と手を振る。

「さ、これで私たちの方も帰るだけですね」

「そーね」

 アルベラは馬の前に行く。

 「ん」と両手を上げ、万歳のポーズを取ればエリーが持ち上げて乗せてくれる。

(便利だ)

 二人は来た道を引き返す。

 馬の背に揺られながら、アルベラとエリーは売人の話についてお互いの思う所を話し合った。


 ・売人を取り締まっているのは神経質そうで普段からイラついている男らしい。という噂。

 ・薬を作ってるのは4~5人の薬剤師という噂。

 ・実は優秀な研究員が1人いて、そいつが開発をし、4~5人の薬剤師とはただの量産係だという噂。

 ・優秀な研究員の存在は情報が無さ過ぎてデマである可能性が高いという事。

 ・この街のどっかで作ってるのは確か。時計塔の中だとかデカイ薬屋の地下だとか、噂に聞く場所はバラバラ。

 ・ダン・ツーは「密かに国へ仇名す貴族」と手を組んでこれらの薬の開発をしているという噂。この街はその実験ラットである、という噂。


 雇われ売人の話はほぼ『噂』だった。

 確かなのは薬を街で作っているという点のみ。どうやら悪党のネットワークに街の仕入れを覗く方法があるらしい。その話を聞いた時、「大丈夫か、父よ」と不安になった。

 組織の末端の人物から雇われた更に末端の売人風勢だ。中心から離れすぎて情報に不純物が混じりまくってるのは確かだろう。100%デマであってもおかしくないが、事実の可能性も捨て置けない。

「一番とっかかりやすそうなのは『ダン・ツー』ってやつかな? 実名かは謎だけど………」

「確かに。彼なら頑張れば会う事も出来るかもしれません」

「別に会う必要はないけど………エリー知ってるの?」

 アルベラが馬のたずなを握るエリーを見上げると、丁度エリーが自分を見下ろしていた。目を丸くして。

「え、ん?」

「いえ。そうですよね。お嬢様は『お嬢様』ですし」

「ちょっとどういう事?」

「ああ、すみません、悪気はないんです。………ダン・ツー。それなりに名前だけなら、多分街の人も知ってる人は知ってると思います。きっとお嬢様のお父様も」

「そうなの?」

「ええ。お嬢様のお父様とは、顔を合わせたことがあってもおかしくないと思いますよ。街の整備に関わってくる事ですし」

「へえ。貴族か何か? 街のお偉いさんなの?」

 にしては会ったこともなければ名前も知らないなぁ、とアルベラは首を傾げる。

「そうですねぇ。ある意味お偉いさんです。この街周辺の………『悪党のお偉いさん』ですね」

「はぁ………?」

 そこで馬を借りた酒場に着いたため、これ以上はニーニャの家に着いてからにしようという事になった。それか、正式に街に戻ってきてからでも遅くはないだろうと。

(何にしろ、まずはダン・ツー探しかな。会わなくても拠点調べられればなぁ)

 馬を返しに行くエリーを待つ間、アルベラは鬘の下からはみ出す、癖が強まってる地毛を手櫛で整える。

(雨なら分かるけど、)

 霧は先ほどより薄まっている。折角の満月だが、その輪郭は霧のせいでぼやけていた。

 先ほど通り過ぎてきた噴水の広場へ目をやると、こんな時間だが、露店がいくつか出ていた。もしかしたらこの時間しか出していないのかもしれない。

 その品ぞろえを楽しむように、酔っ払いではない住人がちらほらと歩き回っていた。

 中にはこの露店を覗くために起きて来たんじゃないかという装いの老人もいる。

「お待たせしました」

 エリーが馬を返して戻ってくる。

「夜市、ちょっと覗いてきます?」

 アルベラの視線に悟り、気の利く言葉を投げ掛ける彼女。

 アルベラはありがたいと思いつつなんとなく腹が立つ気分だった。「またそうやって気を利かせるだけ利かせ、甘やかすだけ甘やかし、気まぐれで油断したころに足元を掬っては楽しもうって魂胆か!」と。

「私、今日の一件でいろんな意味でエリーが怖くなった。気が利いて仕事できて強くて頼もしいなんて………もう!! 露店見る!」

「あらあら。シンプルに誉め言葉ですねぇ。かわいらしい」

 余裕たっぷりの大人に、「いや! やめて! 私の方が年上なんだから!」とアルベラは耳をふさぎ不貞腐れるように返す。

 といってもエリーは年齢不詳のため、自身の前世の記憶より年上かどうかは「多分」と心の中付け足す。

「お嬢様より年下だと、私10歳以下って事になりますね。イヤーン、若すぎー」

「そう。そうなの! もうそういう事で良い! とにかくもう出来るエリーさんなんて見たくない! なんか凹む!」

「大丈夫ですよ~。お嬢様だって大きくなればもっと色んなこと出来るようになりますから。…………………………………手始めに、今日見せたキスの仕方、教えましょうか?」

「善意が悪質!!!」

 内心は割と本気の訴えだったが、子供の戯言にしか聞こえないようなトーンで不満を吐き出し、アルベラはエリーに連れられ噴水の広場へ向かうのだった。



 噴水の広場から出て、街の北側にある門前のフライ乗り場を目指す。

 たまに点在する夜の怪しげな売店を覗きつ、たまに気になっては亭主に置いてある品について尋ねたり、安いものならエリーに頼んで買ってもらったりした。買ってもらう際、アルベラは律義にも「お金は絶対に返すから」と念を押す。

 ついたフライ乗り場は大きなプレハブ小屋のような建物に常夜灯のようなオレンジの明かりが灯されていた。

 中からはフライのいびきなのか「キュルキュル」とねじを巻くような高い声がたまに聞こえる。

 受け付けはそのでかいプレハブ小屋の手前にある小屋だ。

 深夜も営業しているのはありがたいが、出来ればもう乗りたくない。アルベラは受付をするエリーの後ろ、待合用の椅子に座り値段表の深夜料金の欄を眺める。

『21~05時はスタッフの数が少なくなっております。一度に連れられるフライも2匹までとなります』

『貸し出し可能。お申し付けください。※初心者の方は数回の講習を受けてください。講習は有料です』

『フライの貸し出し中の事故や負傷については責任をおいません。また、負傷したフライの医療費、買い換え代は請求させて頂きますのでご了承願います』

(そりゃ事故も起こるよなぁ。ていうか講習受けて乗れるようになるんだ………)

 あの動きとスピードだ。しかも生き物。予想外の事故も起きるだろう。その時の事故の程度と言ったらどれだけのものになる事か。

 アルベラは想像し、ブルりと震えた。

(うん。乗らない。交通事故で死ぬのはもうごめんだし)



 フライの準備できたと声をかけられ小屋の外に出ると、馬車を背に装着されたフライが門の前に待機していた。

 前回同様、立てかけられた梯子を上り座席へ座りシートベルトを付ける。行きでジェットコースターの事を連想してからというもの、この座席さえもジェットコースターのソレとしか思えない。

 隣にエリーが座り「どきどきしますねぇ」と笑った。

 アルベラは座席の中のフライの羽毛を撫でながら心の準備をする。が、意識すればするほど緊張してしまい効果は薄かった。

 少しすると御者が乗り込み、前の席に座りフライのたずなやその周辺の防具の取り付け等を確認していた。

「よし、風の守りもばっちりです。安心して快速な旅をお楽しみください!」

 そういうと御者は慣れたように安全性について、乗り方についての説明をする。数時間前にも聞いた話なのでアルベラは軽く聞き流していたが、 最後に「ま、お二人に至っては問題ないと存じております!」という言葉に嫌な気配を感じる。

「え、『存じてる』………て、おにいさん?」

「やあ嬢ちゃん! さっきぶりだね!」

 「ぐっ」と親指を立てて振り返る御者。ゴーグルや口元の風切りマスクでほぼ顔は隠れているが、この声。個人で異なるメットの柄。

 間違いない。

「………ゲッ」

 行きの時と同じ御者だ。

「あらぁ、奇遇ねぇ」

 エリーは何とも思わないのか、単純に嬉しそうだ。

「嬢ちゃんたちがお客さんなら俺も安心だ!」

「私は不安、なんだけど」

「なぁに。大丈夫! 俺が風に誓って届けるさ! 一緒に風の精との親交を深めようじゃないか!」

「何言ってるか分からないんだけど! ねぇエリー、この人辞めた方が良いって、スピード狂の風中毒者なの! いっちゃってるの!」

 隣のエリーの服を引っ張るが「まあまあ。怯えるお嬢様も素敵ぃ~」と、ひいてしまうくらい加虐的な返答しか得られなかった。

「そうだった! しってた! あんたはそういうやつだった!」

 アルベラの言葉は何の効果もなく、フライはご機嫌に夜の飛行に翼を広げる。



 ***



うっすらとした夜霧。

 四人のうちの一人、一番若い男が険悪な表情をする。

「なあ、リューさん」

「あ?」

「さっきの女、あの荷物」

 店の外。辺りに人はおらず、近くの酒場から和やかな声が聞こえてくる。

 「リューさん」と呼ばれた男は煙草に火をつけながら答える。

「ああ、『客』だろうな。………………………………ほっとけ」

 至福の一口目の煙草を大きく吸い込む。肺を煙で満たし、要らなくなったそれを深く吐き出す。

 ふー…………………

「今晩は面倒そうな輩が多い」

 靄のかかった街の風景に溶け込む煙を眺め、男は月のある方角へ歩み始めた。

「まずは、『ダン・ツー』だろ? で、例の『不審者』。………だな? ギエロ」

「へい、リューさん」

 四人の中で一番の年長者の男が頷く。歩みを進める四人の周りを、物陰を、沢山の小さな影が囲うようにチラチラと蠢き追っていた。

「そいつの行動はだいたい掴めてるんだったな」

「へい。今十匹くらいはついてるんで」

「よし。じゃあ一番早いので三日後か。しっかり張っとけ」

「へい! 任せてください!」

 手下の返事にリューは頷き、まだ数口しか吸ってないたばこを深い一息で吸い切る。そのまま、慣れというより癖のように、無意識に吸殻を指で弾き道端に放る。

「よし、じゃ………『ツー』に、会いに行くか」

 吸殻は地面に着く前に新たな火が付き、燃え尽きて灰となった。



 ***


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