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アスタッテの尻拭い ~割と乗り気な悪役転生~  作者: 物太郎
第4章 第一妃の変化(仮)
321/411

321、初めての宿泊学習 17(二つの醜聞)



 翌日の朝、お嬢様の身支度へとやって来たエリーとニーニャは室内の異変について問いただした。

 というのも、昨晩アルベラを森へと飛ばした突風が室内の小物という小物を倒したり落としたりとしていたからだ。アルベラは昨晩、かき乱されたそれらを放置し眠りについたのだった。

 寝具は最低限に整え、体と寝巻についていは魔法で集めた水ですすいだ。部屋に置いていた未使用のタオルで体を拭き髪と衣類は魔術で乾かした。その一通りが済むと「他は明日……(エリーとニーニャに任せよう)」と彼女は倒れ込むように眠りについたのだった。

 エリーとニーニャが確認した所、幸い壊れたものはないとの事だ。

 


 アルベラの話を聞きながらエリーはラベンダー色の髪を編み整える。

「―――色々大変でしたね、ご無事にご帰宅されて何よりです。お話の続きは朝食の後ですね。今日はお茶会もありますし、部屋の方はニーニャに任せて私はそちらの準備に当たります」

「分かった。よろしく」

 頷きながらアルベラは「お茶会か……今日もまた面倒な……」と思った。昨日夜のアクシデントのお陰でアルベラの宿泊学習は慌ただしく散らかった印象となっていた。

 思い返してみれば一番落ち着けたのは一日目だったのだろう。だが、あの日もあの日で嫌なことがなかったわけではない。

 ここに来て初日に行ったルーとのやり取りを思い返し「顔を合わせなきゃいけないのか」とアルベラは少し憂鬱になる。

「こんな面倒なお茶会、今から取り消しにしようかしら……」

「あら、心変わりですか? 私達は仕事が減って助かりますが。あぁ、でしたら今日は皆でピクニックでもします?」

「はぁ……そうしたい……」

「あらあら。まだ変わり切ってないようですね。では準備は変わらず」

「ええ、お願い」

 アルベラは食堂ホールへ向かうために椅子を立つ。それを見送って微笑むエリーだったが、アルベラが扉を押したところで「そうでした」と口を開いた。

「伝え忘れてしまっていたのですが……―――いえ、食事の後にしましょ。戻ってきたらお話しますね」

「え? ……う、ん」

「きっと、嫌でもお食事の時に耳にすることになるでしょうけど……。行ってらっしゃいませ」

「……?」

 思考の読み取れない笑顔に見送られアルベラは妙な不安を抱えながら部屋から出ていった。



 廊下に出てみれば朝食へと向かう生徒達の楽し気な会話が聞こえてきた。

 ―――「聞いたか、昨晩―――」

 ―――「ねえ、今日の授業って―――え、そうだっけ。私勘違いしてたみたい……」

 ―――「ははは、まじかよ」

 ―――「おい、知ってるか? 一年の特待生がさっき理事長の部屋に呼ばれたって―――」

 ―――「良いわね、じゃあ私はお菓子を持って―――」

 聞き取れる会話を耳に入れながら、アルベラの注意は前方で手を振るスカートンへと向けられる。

 彼女の仕草にアルベラも返そうと笑みを浮かべ片手を持ち上げた。

 ―――「謹慎? いい気味だぜ、あのニセモノ」

(……ニセモノ?)

 アルベラの手がぴくりと止まりかけ、そのまま動作は続けられる。笑顔を作り、スカートンに手を振り返す。

 ―――「夜中に女を呼び出したって奴だろ。最低だよな」

 ―――「真面目な振りして、内心貴族になったって浮かれてたんじゃねーの」

 ―――「一代限りの騎士爵位の癖に。見苦しいよな」

 ―――「ははは。平民が揃って夜遊びって。やっぱまともな教育を受けてこなかった奴らは違うな」

(『謹慎』……? 『女を呼び出した』……?)

 スカートンの元に行きながら、アルベラの頭の中は先ほど聞こえた悪意の詰まった言葉が繰り返されていた。この学園でニセモノと呼ばれる人物は一人しかいない。「騎士」という言葉があろうとなかろうと、示される人物は一人なのだ。

「アルベラ?」

 スカートンと合流したアルベラは挨拶も忘れ聞き耳を立てていた。すると聞こえてくる話題の大半は昨晩の騒動について。


 ―――「あぁ、聞いた聞いた。森に行ってたんだろ。馬鹿だよなー、騎士も付けづに行って迷子になるなんて」


 一つはユリとミーヴァの不在について。


 ―――「サイテー。騎士の名誉のためにも爵位を取り上げるべきよ」


 もう一つは―――アルベラは初耳の、ジーンの不祥事について。


 まさか昨晩、自分が森を迷っている間に何かが起こっていようとは思ってもいなかった。―――と思うも、アルベラは自分が森に行く前にその予兆を耳にしていることを思い出す。

(……あ、そうか……あの悲鳴……)

 そうだ。自分は屋敷の中に響き渡る声を聞いていたではないか。

(あれがもしかしたらこの話に……―――そうか)

 アルベラの脳裏、あの長身のオレンジ頭の彼の顔が思い浮かぶ。

「アルベラ、大丈夫……?」

 ずっと足を止めて動かない友人の手をスカートンが握りしめた。温かい手の感覚にアルベラは顔を上げ作り笑いを浮かべる。

「あ、うん。おはよう、スカートン」

 まだすこし上の空であろうアルベラ。スカートンは眉を顰めた。

「もしかして()()噂? ジーン様に、ユリさんにフォルゴート様……」

 聞こえてくる言葉を指さすように、スカートンは宙にむけ人差し指を立てた。

 アルベラは「ええ」と頷く。

「部屋から出たら知らない話ばかりで驚いて。騎士も連れずに森へなんて、どういうつもりかしらね。それに……殿下の護衛の騎士様が女性を……一体何があったのやら……」

「私、ユリさんたちの部屋とは近い方だったから、昨晩は遅くまで廊下が慌ただしくて。話、少し聞こえてたの。二人共怪我もなく無事みたい」

「そう。それは何よりね。……もう一つの方は?」

「それが、ジーン様の方は私もよく分かってなくて。夜中、一人の女性徒が他の生徒の部屋に逃げ込んだらしいんだけど……」

 「まぁ……」とアルベラは口に手を当てる。

「絶対何かの間違いよね。ジーン様、そんな方じゃないもの」

「あら、彼も男性だしもしかするんじゃない?」

「アルベラ」

 心にもない冗談にスカートンがどうしたものかという目を向けてきた。シルバーグリーンの瞳に、アルベラは自分の生意気な顔が映り込んでいるのを見つける。アルベラは自分の発した捻くれた冗談に呆れ小さく息を吐いた。

「……ごめんなさい、分かってる。私もそう思うわ。彼はそういう人間じゃない」

 アルベラの言葉にスカートンはほっとしたようだった。

「そうよね、やっぱり。きっと何か裏があるのよ」と返った言葉はどこかスカートンに似合わなく悪戯っぽい。

「裏……そうね。殿下もいるし、きっとあの二人なら上手く話をまとめるわ」

 大した考えもなく言った言葉だったが、アルベラは自分の言葉に妙に納得した。あの二人なのだ。この国の王子様まで居るのだ。

「確かにそうね……、殿下が本気になれば学生全員の記憶を確認出来るでしょうし……もし都合が悪いことがあってもきっと改ざんだって……」

「え、スカートン……?」

(王族という立場。学生が起こした問題の一つや二つ、権力で握りつぶしてなんぼ。とは私もそりゃ思ったけど………)

「ふふふ、冗談よ」

 可愛らしい笑顔だ。だがこの笑顔は「人の記憶を改ざんしよう」等という危険な無邪気さを孕んだものだ。

 アルベラが少し引いてると、スカートンは祈るように胸の前に手を組んだ。前世で知る聖母のような姿だがその目は笑っていない。

「悪事には罰を。神様はきっと正しい方へ味方してくれるわ」


 ―――『嘘つきには罰を!』『悪い奴には罰を!』『罪人には罰を!』


 昨晩の妖精達の声がアルベラの脳裏をよぎる。

(う……)

「アルベラ?」

「気にしないで。昨晩の悪夢が……」



 ***



「―――それで、その部屋の人達が先生を呼びに行ったらしいんだけど、そのご令嬢は一人で部屋に戻っちゃったらしくて……。恥ずかしくて戻ってこれないんじゃって話しもあって、『昨晩の件について、当事者は連絡をするように。事件の詳細や関係者の名前は秘密厳守を約束する』って今朝三年生の女性徒の部屋に手紙が回されたんだって」

 食堂に向かう途中でアルベラとスカートンは合流した四人の同級生と合流していた。その中の一人サリーナ・テリアが昨晩屋敷内で起きた内容―――あくまで噂で聞いたものだが―――を話していた。

「その生徒、名前や顔は全く分からないの?」

 中等部からサリーナやスカートンと仲の良いアプル・マクドナルの問いにサリーナが答える。

「駆けこまれた部屋の生徒が言うに濃い緑の髪だった気がするって。部屋が暗かったし、皆ウトウトしてる時だったしでそういう所まで頭回らなかったらしいよ。いきなりのことでテンパっちゃったのもあるだろうし」

「確かに叫び声が聞こえてすぐ女の人が部屋に飛び込んできたら驚きもするわね」

「ジーン様が……その話しぜったい嘘よ……」とこちらも中等部から仲の良いルトシャ・モース。

 彼女はアルベラ達と合流した時からずっと肩に力がこもっているようだった。怒りを押し殺したような彼女の言葉に頷いたのはランだ。

「中等部の頃からジーン様を知ってる人は、きっと悪質な嫌がらせとしか思わないでしょうけど……、これに便乗する人たちが出ないか心配ね」

 方や怒り、方や心配。空気を和ませようと、サリーナがルトシャの頬をつんつんと突いた。

「ほらぁルトシャぁ、顔赤くなってるよ、落ち着いて。大丈夫だよ、先生たちがきっと何とかしてくれるって。殿下もいるんだよ? ジーン様敵無しじゃん。美味しい朝食が待ってるのに、そんなんじゃ味分からないよ~。今日はデザートに季節のフルーツが山盛りのタルトが出るんだって。今から口の中準備準備」

「―――もしこれが本当に嫌がらせなら許せない……。―――いや、嫌がらせじゃなきゃあの事件が事実になっちゃうんだもの、そんな筈ない。これは絶対誰かの嫌がらせよ。頑張ってるジーン様になんて酷い……その女の人も企んだ人も、私絶対許せない……」

「ルトシャぁ、怖いぞぉ……おちついてぇ……」

 友人達の話を聞き、他から聞こえてくる噂話も耳に入れ昨晩の出来事とやらを頭の中整理していたアルベラは―――

(ウォーフ……)

 ―――食堂の入り口、その先に人並みから頭一つ突き出たオレンジの長髪頭を見つけた。

 どんな偶然か、それとも戦士の勘とやらで何かしらの気配でも拾ったのか、彼はアルベラの方を向いた。

 視線がぶつかり彼は「にっ」と笑んで食堂内へと去っていく。アルベラも微笑み返して去っていく彼の背を遠目から見送った。

(おめでとう、の一言でも言ってやればよかった)

 正直不快ではあるのだ。だから快く思えない企みの成功に皮肉のひとつでもと、ささやかな憂さ晴らしにと……。

(彼は『一抜け』か、羨ましい。―――あの生真面目騎士様のことだし、女(けしか)けたってどうせ失敗するだろうとか思ってたのに……。別にウォーフに苦しめって言いたいわけじゃないけど……)

 食堂に入り、空いている席へ案内されるのを待ちながら、アルベラは食事を友人達と囲み食べる生徒達の姿を眺める。

(―――謹慎か。彼、当然今日のお茶会は欠席だよな)

 あまり顔を合わせたくない、気まずい相手のいる席。毒を盛れと命じられている席。そこにあの王子様の護衛であり親友である彼は居ないのだ。

(居ない……)

 騎士である彼の不在は少し不安だし残念だった。だがそれよりも―――

(……ははは、後ろめたさかな)

 ―――一つ人の目が減ったことに正直ほっとしていた。



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