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アスタッテの尻拭い ~割と乗り気な悪役転生~  作者: 物太郎
第4章 第一妃の変化(仮)
320/411

320、初めての宿泊学習 16(まやかしの犯人)



「―――それで、イヤリングを見つけて帰ろうと思ったらこのままだ。妖精たちが言うには森は何もおかしくないし、自分たちも何もしてないって」

「ふーん……、ご愁傷様ね。―――で、つまり私も今それに巻き込まれてるってことかしら?」

「……多分」

 ミーヴァが今までの自分たちの経緯を説明し終えると、アルベラは息をついて森を見まわした。

 あれから三人はアルベラを先頭に森を歩いていた。見覚えのある景色にアルベラが足を止めたのはそれから少しだ。



 ***



(―――これ、今朝見た岩と『藤もどき』)

 藤もどき、とはアルベラが勝手に名付けたものだった。今朝、聖域に向けエリーと共に森の中を歩いていた際見つけたものだ。森の中に点々と同じ木はあった。房型の垂れ下がった花はアルベラが前世で知る藤の花に似ていた。木は太いツタがくっついたかのように縦に凹凸があり、他の木々に巻き付いて天へ向け伸びていた。森の中、その木は歩いていればたまに見る程度でどれも似たり寄ったりである。

 決してその種自体が「森に一つしかなかったとても珍しい木」などというものでは無い。だというのになぜアルベラがその一本を識別できたかといえば、その『藤もどき』のみ、岩に絡みついて伸びでいたからだ。

(この向き……屋敷を背に聖域に向かって歩いていた時と同じ……)

「どうした?」

 後ろからミーヴァとユリが追い付いてきた。

 守りの魔術がかけられていることで素足への不安がなく、アルベラの歩調が速くなっていたのだ。それでもミーヴァも―――ユリのそばには妖精が飛んでいるのも見えていたので、彼らが自分を見失うことはないだろうと思い、アルベラは遠慮なく少し早めの歩調で森を先陣切って歩いていた。多く離れても十メートルはない程度。近い時で五メートル。そのあたりの距離を保ちながらアルベラは彼らの前を歩いていた。

 そんな彼女が初めて足を止めたので、ミーヴァは怪訝な課を押していた。

「綺麗なヤママクダレですね」

 藤もどきを見上げ、ユリはのほほんとそうつぶやく。

(ヤママクダレっていうのかこれ……―――あれ?)

 二人から藤もどき改め「ヤママクダレ」へと目を向けたアルベラは目を疑う。

(さっきと向きが……)

 向きが違う。

 聖域がある方を示すように伸びていた長い枝が、先ほどと魔反対を示していた。

(なんで)

 アルベラの胸がざわめく。

 空を見上げれば、木々の合間からこれから向かおうとしていた方に屋敷の方角の目印としている星があった。

(あっちへ行けば屋敷のはず……なのにさっきこの木は、聖域のある方へ長い枝を伸ばしてた)

「幻覚……?」

「は?」

「ミーヴァ、貴方飛べるでしょ。空から屋敷を確認したことは?」

「それならお前と会う前からでも何度かやってるよ」

「それでも帰れないの?」

「あぁ。星の位置が変わるんだ」

「星の位置が……、は? なんでそれをもっと早く言わないわけ?」

「お前がどんどん先に行くからだろ!」

「呼び止めるとかできたでしょ?」

「自信あるみたいだから様子を見てたんだよ! あと少ししたら止めようと思ってたんだ」

「へぇ、本当かしら」

「こいつ……」

 「ミ、ミーヴァ!」とユリが割って入った。

「ほら、ちょうどいいしここでもう一度確認しよう。せっかくですし、()()()()()()が何でここに一人でいるかお聞きしてもよろしいですか? 私たちの事情も、興味があれば話しますから」

「そうね。聞いてあげてもいいわ」

「お前なんでそう偉そうなんだよ!」

「あら、貴方頭がいいのに私の姓も知らないの?」

「はいはい、そういやそうだったな(お貴族様でしたね)!  悪かったよ!」

「ミーヴァ……落ち着いて」

「……はぁ……、悪いユリ……」

 とミーヴァは頭を押さえ、「俺やっぱこいつ嫌いだ……」と小声で吐き出した。



 ***



 それから三人はヤママクダレの前で互いの状況を共有しあった。

 アルベラは妖精が自室にいたことと、多分濡れ衣で報復を受けたことを。

 ユリは夕食前にお嬢様のイヤリングを探していたことを。その後聖域に行き卵をあずたっかことは伏せ、妖精の力で飛んで帰ろうとしたらなかなか屋敷に辿り切れず歩いてさ迷うに至ったことを話した。ユリたちは森をさ迷う前は、空を散々迷ったのだ。

「―――多分とは歯切れが悪いわね。頼りにならない男」

 ミーヴァ相手だとどこまでも嫌味が出てくるアルベラだった。

 出会ったころからの因縁というものである。もう大した恨みはないが、貴族嫌いの彼の気を逆なですることは、彼女にとって純粋な娯楽となっていた。何とも性格の悪い話でありミーヴァにしてみればいい迷惑だ。

「お前になんか頼られてやるつもりもない」

「ふーん。じゃあ誰になら頼られたいのかしら。私に言うのが嫌なら彼女(ユリ)にでも教えて差し上げて」

「……だ、お前以外の誰かなら誰でもだよ!」

 アルベラが目を座らせる。その視線が「この甲斐性なし」と言っている気がしてミーヴァは悔しさにこぶしを握る。

「雑談はいいからこれからどうするか考えさせてくれ」

「そうね。さっさと帰らないと。―――ねぇ、魔術や呪術の気配はないの?」

「私もミーヴァもそれは疑ったんですが……」

「わからないからこうして迷ってるってわけね」

「はい」

「その妖精たちはどうなの? 本当に貴女の味方?」

 疑いの目を向けられ妖精たちはぷんぷんと羽を震わせた。

「僕らは何もしてないやい!」

「アンタこそどうなのよ、この悪人!」

(またか)

 キャーキャーとわめきだした妖精たちにアルベラは耳をふさいだ。先ほども彼らは、ミーヴァとユリの状況説明の時にアルベラにかみついてきたのだ。

 どうやら、妖精たちの間でアルベラは「妖精を捕まえた悪い奴」というふうに通っているようだった。そのことはミーヴァとユリに「覚えがない」「何かの事故」だと説明しあとは好きに捉えろと放り投げた。

 なぜかつかまっていた妖精もアルベラの手により解放されたのだ。これ以上恨むなら事情はその妖精に聞いてからにしろと、一度はその話を終わらせた。

「―――もういいから、とりあえずまた空を見てみたら? 下りたらちゃんと、どこちに屋敷があったか教えなさい」

 とアルベラはミーヴァに向けて言う。

 つまり「お前が行け」という事だ。

 ミーヴァは「はいはい」と頭を掻き、「ちょっと待ってて」とユリに行って地面を蹴った。

 風が彼を押し上げ、垂直に天へと昇っていく。

 アルベラはミーヴァの姿を見上げ「さすがだな」と内心でつぶやいた。

 すぐに視線を下ろし、その先をユリへと切り替える。ミーヴァを見上げる彼女の横顔とそして卵。

 じっと卵を見つめるアルベラの視線に、妖精たちが何を察してか卵に抱き着くようにくっついた。べーっと舌を出し、これに触れるなと主張する。

「……ユ」

 「ユリ」と呼びかけ、相手がディオール様と呼んでいるのを思い出したアルベラは言葉を止める。

(……入学の時に『どうぞアルベラと呼んで』といった口で何だな……けど、いままでさんざんユリって呼んできたし……―――うん、その上でいけしゃあしゃあと嫌がらせをするのもスタイルか。ミーヴァもそうだし)

 むしろミーヴァの場合、愛称で呼ぶのも嫌がらせの一つだが。

「ユリ」

 名をはっきり呼べば、ユリは「はい」と当たり前にいかにもお人よしな顔を向けた。

「それは? ずいぶん重そうだけど」

「こ、これは……石です」

 妖精達が翼を広げ「石だよバーカ!」「卵じゃない!」「聖獣じゃない!」と声を上げる。聖獣と口にした妖精は「しー!」と他の二匹に口を塞がれ、引っ張ってユリの後ろへと退場させられた。彼女の後ろからは「ばかー!」「しー!」などという彼等のやり取りが聞こえた。

「せ、セイジュクもしないって! そ、その……、石だから、生き物とかじゃないから持ってっても大丈夫だって、……い、言イタカッタミタイデ……!」

 ユリはわたわたと身振り手振りで妖精の言葉をフォローした。

 隠す気あるのかこいつら……、とアルベラは妖精たちに呆れる。

「へぇ……、石。なんでそんなものを? 邪魔じゃない?」

「いえ、見た目ほど重くはないので」

「そう? そんな大事そうに抱えてるなんて、珍しい素材なのかしら。少し見せてくれない?」

 ―――さわり……

 風が地面を撫でてミーヴァが着地する。

 わずかに聞こえたアルベラの言葉と視線から、ミーヴァは彼女らが何について話しているのかを察した。彼は「見てきたぞ」とユリの前に立ちアルベラの意識を自分へと向けさせる。

「あら、お帰りなさい」

「お帰り、ミーヴァ。どうだった?」

「あぁ、」

 ミーヴァの視線の先で、アルベラは貴族特有の思考を隠す笑みを浮かべていた。まるで狐だ。人を騙して笑う悪戯狐の童話を思い出す。

「あっちだ」



 あちらと言われたのは()()ヤママクダレが長い枝を伸ばすのとは反対側。つまり、先ほど一瞬見たヤママクダレが、長い枝を伸ばしていた方向―――屋敷とは反対の聖域がある方だった。

「ほら、行くぞ」

 と歩き出そうとするミーヴァ。

 アルベラが「待ちなさい」とそれを止め、ヤママクダレを見上げた。

 今、長い枝を伸ばしている方を見てアルベラが「あっちよ」と言う。

「は?」

「貴方達、さっきからそのやり方で帰れなかったんでしょう? 星の位置が変わるとわかっててその方法を続けるの?」

「……そんなの」

 そんなのはただ、話をそらすための手段でしかなかった。

 ミーヴァもあの星を信じてはいなかったし、このまま同じ方法で屋敷を目指そうとも思っていない。ただアルベラの意識をユリの抱いてる卵からそらしたかったに過ぎない。

「少し実験をしてみる気はない?」

「実験?」

 ミーヴァの瞳に興味の光が宿る。

「ええ。貴方達は十メートルくらい離れて私の後を追ってくるの。それだけよ」

「なんでそんなことを?」とミーヴァ。

 アルベラは藤のような花をじっと見つめる。

「さっきここに着くまで、私、貴方達と今までより多く離れたでしょう」

「まぁ、多少……」

「それでここで足を止めて貴方達と合流したとき、景色が少し変わった気がしたの」

 正しくはヤママクダレの向きだ。そして気づいた時には星空も向かおうとしていた方に目印の星がなく、夜空は木と共に方角を変えていた。

 アルベラは花を見上げたまま首を傾げ、からかうように口元を歪めてミーヴァとユリに顔を向けた。

「もしかしたら、貴方達のどちらかが疫病神なのかもね」

 くすりと笑った彼女は「冗談よ」と言って歩き出す。

 ユリとミーヴァは顔を見合わせた。

「ミーヴァ、どうする?」とユリが問う。

 ミーヴァが示した方向とは真反対に歩き出したアルベラ。

 彼女の背を見ながらユリは「私は良いと思う」と自分がアルベラの提案に賛成の意思表示をする。

 自分たちはいままでぴったり行動を共にしてきた。アルベラの様にわざわざ離れて行動することはなかった。

 「あぁ」とミーヴァは頷く。

「とりあえずのってみよう。何かあったら二人で文句言ってやろうぜ」

 「もう、」とユリは吹き出し、二人はアルベラに言われた通り十メートルほどの距離ができたころに歩き始めた。



 ***



 空を見上げながらアルベラは「まさか本当にとはね」と呟く。星の位置がいつの間にか変わっていた。自分が向かっている方には目印の星座。時間が経っているので屋敷の位置と星がずれている可能性があるなと思い、アルベラは一度木の上に出てみようかと考える。

 近くからかさりと葉の揺れる音がした。アルベラは身構えるが、聞こえてきたのはマンセンの声だった。

「ったく、ヌーダってのはほんと鼻がわりーのナ」

 アルベラは胸をなでおろしながら姿の見えない相手に言葉を返す。

「鼻……―――何? 貴方この現象の犯人わかってるの?」

「わかるに決まってんだロ。鈍いてめーらと一緒にすんナ」

「わかるなら教えてよ。まさかあの石とか言わないわよね」

「おめー、あれが本当に石だと思ってんなら頭ン中埃詰まってんゾ」

「私だってそこまで鈍くないわよ」

(まあ、あれが卵って知ってるのは八郎のネタバレがあるからだけど……)

 ―――「ディオール様!? 大丈夫ですか? 何かいました!?」

 後ろからユリの声が聞こえる。

「何もないわ。けどそこで少し止まってて。歩き出すときは声をかけるからそれまで絶対移動しないで」

 「わかりました! ―――何かあったらすぐ呼んでください!」とユリの声が返る。

 振り返れば、自分と彼らとの間にミーヴァが飛ばしたのであろう光が点々と続いて彼らとの間をつないでいた。これならはぐれる心配もなさそうだ。

 アルベラはあたりを見回し、その中から一番太くて高そうな木のそばに寄った。

 彼女が魔力を意識すれば髪が淡く輝いて靡く。そういえばこういう光の起こし方もあったと思いながら、風を起こして体を押し上げる。

 ミーヴァのように魔法で空を飛ぶにはそれ相応の魔力と操作力がいるのだ。ずっと体を持ち上げ、そのまま態勢を安定させるのはそこらの人間が容易くできることではない。そういう技術力や魔力のカバーのために開発された魔術があり、そういった魔術を施した道具を使って空を飛ぶことも可能だが、飛行系の魔術具も安くはない。

(やっぱり、あれも『流石ヒーロー様』ってやつか。すいすい空飛べちゃうなんて羨ましい)

 アルベラは枝から枝へと飛び跳ね、時に水で足場を作って上がっていく。

(私も道具なら買えなくもないのに、もう少し実力をつけてからじゃないと許さないってお母さまがな……。そういう道具を買ったら空を飛ぶ系の騎獣の所有も許してくれるっていうし、もう少しの辛抱……―――っと、よし)

 木の上に出て、アルベラは自分の周囲をぐるりと見渡した。今いる木より高い木がいくつかあるが見渡しはそこそこだ。

 「あれか」とアルベラが視線を止めた先には屋敷があった。

 明かりが周囲の木々を照らしていた。屋敷周りの森の中と、聖域に向かう大きな道の周辺を見れば点々と小さな明かりが移動しているのが見えた。

(ユリとミーヴァの捜索隊か。結構思ってたより広範囲に動いてたんだな。今まで合わなかったのが奇跡みたい。―――このまま騎士たちに合流して(預けて)もよさそうだけど……もし、勘の悪い騎士に当たったらまたずっと迷うことにもなりそう……。やっぱり原因は突き止めておかないと気持ち悪いし)

「マンセン、」

 姿は見えないが、きっといるのだろうとアルベラが名を呼ぶ。

「貴方、なんで私たちが道に迷うのか理由知ってるんでしょ。どうしたら教えてくれる?」

「どうしても教えてやんネー」

「意地悪」

「ケケッ、そうだナ……。あのオレンジ頭のガキ、いい素材になりそうだしアレ置いてくってんなら教えてやってもいいゾ」

「ふん、もういい。余計な事しないでよ」

「ケッ、てめーが聞くから答えてやったってのニ」

 「意地悪はどっちダ」という言葉を最後にマンセンの気配が消える。

 アルベラは屋敷とその方向の目立つ星を確認し木を降りた。そばに浮かぶ光と、その先に続く光の点線とその終着点の二人を確かめる。

「こっちよ!」



 屋敷のある方へと歩く彼女。

 光に浮かび上がる白い寝間着をユリがしっかりと視界に抑えて歩く。彼女の片手はミーヴァの袖をつかんでおり、ミーヴァはと言えばユリから預かった「耳飾り」を熱心に観察していた。

 ―――『ここで足を止めて貴方達と合流したとき、景色が少し変わった気がしたの』

 ―――『もしかしたら、貴方達のどちらかが疫病神なのかもね』

 嫌な言い方だったが、ああして離れて歩くという手を彼女がとったのは理由があったからだ。

 森に入るまでは迷わず、聖域に行くのにも迷わなかった。

 だというのに屋敷には帰れずだ。

 妖精たちは森には何も問題はないと言っていた。だとしたら、まさか屋敷と自分たちとの間に、その道を阻む「縁」があるのではと思った。

 授業の時は森から出られた。なら、授業後になってから増えた何かがその「縁」だ。

 となると、ミーヴァとユリが思いつくのは卵か、このお嬢様が落としたという耳飾りだった。

 魔術を隠すことを専門に商売にしている者たちがいるのだ。一見普通の耳飾りでも、何かしらの技術で施された魔術を隠し「何の変哲のないもの」と見せかけることは可能である。

「どう、ミーヴァ?」

「うーん。やっぱ専門の人間がやったとしたら、俺みたいな素人は簡単に暴けないかもな」

 そうはいっても魔術研究家の孫だ。小さいころから魔術に触れ、それを隠す手段だってそこらの大人顔負けに知っていた。

「専用の道具がないと暴けないタイプなら、ここで見破るのは無理だ。けど……―――おい! 少し止まれ!」

 先に進むアルベラへと声をかければ、光の先に行く彼女は何も言わず止まった。

「さて……」

 ミーヴァが耳飾りを前に陣を描く。

 魔力を籠めた指先が宙を走り、光の線がその場に残る。

 耳飾りを囲うように描かれた陣は、次々と線や文様を書き加えられ密度を上げていった。

 「綺麗な光景だな」とユリが眺めていると、ミーヴァは「よし」と言って陣の中心を指ではじいて魔術を展開させた。描かれた線たちがキュッと伸縮し耳飾りに張り付くように消えた。

 一拍の間のあと、パシッと耳飾りの表面を静電気のような光が走り沈黙する。

「できた。最後の光、魔術を押さえた時に出る反応なんだ。犯人がこいつかはわからないけど、何かしらの魔術はかけてあったみたいだな」

 ミーヴァはユリに耳飾りを返した。

「もしこれがあいつらの企んだことなら、ユリ、ちゃんと屋敷に着いたら名前を出して事情を説明すべきだ」

「う、ん……」

 ユリは何とも言えない表情で両手で受け取った耳飾りを見下ろした。

 この耳飾りの持ち主の涙を思い出す。お父様がくれたのだと言っていた言葉を思い出す。―――もやりと、彼女は胸に悲しい感情が広がっていくのを感じた。

「おい、少しいいか!」

 ミーヴァが声を張り上げる。

 アルベラをその場にとどまらせ、彼は「試しに自分たちが先導して歩いてみる」と提案する。

 魔術具をひとつ封じた旨を聞いたアルベラは、すんなり先頭を彼らに譲り後ろに回った。

 ミーヴァは空に出て屋敷を確認し、ユリと共に歩き出す。

 なんとなく視線が落ちており表情の暗いユリに、アルベラは気づくも何も言わなかった。



 ***



「ビンゴだ」

 ミーヴァがユリと共に並んで歩く事数分。木々の合間に屋敷の明かりが見え始めた。

 ユリはその言葉に胸が締め付けられるのを感じた。

「屋敷も見える距離になったし、私はここで別れるわ」

 アルベラの言葉に「え、」とユリが振り返る。

「ここで私が見つかったら余計騒ぎになるじゃない。……貴方たち、約束は覚えてて?」

「はい、ディオール様と森であったことは誰にも言いません。けどどうやって……見つからずに屋敷に帰れるんですか?」

「そんなの自分で何とかするわ。―――貴方達も、ちゃんと私の濡れ衣を晴らしなさいよ。突然飛ばされて……お詫びの品の一つでも欲しいくらいよ」

 ユリの肩や腕に止まる妖精たちへアルベラが言葉を向けると、彼らはむっとしたり舌を出したりとしていた。そんな彼らへ、ユリが苦笑しながら「もし誤解だったならちゃんと謝ろうね」と言い添える。

「じゃあこれで。―――お二人とも、ごきげんよう」

 アルベラは改まったように他人の顔となり、白のジャガードレースのワンピースをドレスの様に摘まみ上げ軽く膝を折った。

 そのお嬢様歴然とした優美な仕草に、格好も周りの風景も忘れ、ユリはお茶会終了の一幕を見ているかのように思えドキリとする。

「お、おやすみなさい。お気を付けて」

 ユリの隣、ミーヴァが「気を付けて帰れよ」とぼそりと告げる。

 聞こえてるのか聞こえてないのかわからないが、アルベラはそのまま振り返らず屋敷の裏を目指すように木々の合間に消えていった。

「一人で大丈夫かな……」

「大丈夫だろ。あんな堂々と夜の森歩いてたし」

 幸いここにたどり着くまで、襲ってるくような魔獣も獣もいなかった。この行事の期間、騎士たちが見回っていた成果だろう。

「俺たちも早く行こう」

「うん」



 アルベラがユリたちと別れ木々の間を歩いていると、行く先に漂う人為的な明かりが見えた。

 きっと騎士だ、と身をひそめる。

 がさがさと捜索する彼はやはり騎士で、人の気配に気づいているように辺りをうかがっていた。

「誰だ。ユーリィ・ジャスティーアか、ミネルヴィヴァ・フォルゴートか」

 彼の言葉の後に沈黙が続く。

 風や生き物の鳴き声しか聞こえない中、彼は「ちっ、なんで俺がこんなことを」とごちっていた。

 どこかの令息であろう彼は、行方不明となった平民の生徒たちの捜索に乗り気でないようだ。早く帰りたいという空気むんむんで、面倒くさそうにまた歩き始めた。

(行った……かな)

 アルベラは木々の陰から顔をのぞかせ、去っていった騎士の背を見届ける。

 「よし」と、また屋敷の明かりを右手に、身を低くして移動を始めた。

 ―――ごうっ

(―――!?)

 その彼女の頭上を、魔力のこもった風の塊が勢いよく通り過ぎて行った。

「やっぱ誰かいるな! 出てこい!」

(くそ! あんな面倒くさがってたくせに! 腐っても騎士か!)

 アルベラは口で手を押さえながら身を縮こませる。とっさに「霧を」と思ったが、今の距離では騎士がもし自分の方を向いていた場合、魔力の灯りで居場所がばれてしまうだろうと魔法の使用は諦めた。

 代わりに―――

「コントン、聞こえる?」

 ―――小声で祈るように彼の名を呼ぶ。

「コントン……聞こえてたらあいつの足止めをお願い……」


「バウ!」


「なん―――……ひっ―――!」

 息をのむ音と人の倒れる音。

 聞きなれた鳴き声に、アルベラは体の力を抜いた。

 「コントン!」と彼女は小声で彼の名を呼ぶ。

 バウ! という返事と共に、彼はアルベラの足元から鼻を突きだし、はっはっはと嬉しそうに舌を垂らす。

『アルベラ ヤットハナレタ。アイツ ムリ。チカヅケナイ』

「あいつってユリ? もしかして私がユリといたから離れてたの?」

『バウ!』

「何それ……じゃあそもそもユリたちと会ってなければ、もっと早くあなたと合流できてたのね」

『バウ!』

 その通り、という返しにアルベラは息をつく。

 だが彼がいるなら百人力だ。

 この森を抜けて我が部屋の窓まで飛んで行ってもらうことは容易い。

「コントン、私を乗せて人に見つからないよう部屋に戻れる?」

『バウ!』

 コントンが陰からずるりと這い出る。

 「流石!」とアルベラはコントンの首に抱き着き靄のような彼の毛皮を堪能し、コントンの尾がうれし気に大きく振られる。

「……あ、そういえば騎士は? 生きてる?」

 彼女の問いに、『コロス?』とコントンが首をかしげて額の目を開いた。

「いいえ、殺さないで。寝てるだけならいいの、行きましょう」

『バウ!』



 大きな闇の塊が人目を盗み森から飛び出る。それは屋敷の屋根へと飛び乗り壁を駆けて一つの窓へ向かう。窓は彼の操作する闇によって売り側から開かれ、開け放たれた窓から、原形のない「黒」がなだれ込むように入っていった。森の中を探す騎士たちも、屋敷の中にいる生徒や教員たちもそのことに気づくものは誰もいない。

 アルベラが部屋に戻りコントンを撫でまわしている頃、ユリとミーヴァも自力で森を抜けていた。

 彼らは屋敷周りを警備していた騎士達に保護され、屋敷内に準備された保健室へと連れていかれていた。



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