表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アスタッテの尻拭い ~割と乗り気な悪役転生~  作者: 物太郎
第4章 第一妃の変化(仮)
314/411

314、初めての宿泊学習 10(妖精の接触、ウォーフの失敗)



 一日目午後の授業。聖域にて、神聖学を受講している生徒達は渡された瓶や陣と見つめ合っていた。

 神聖学のトマス・デティモ教諭の指導と騎士達の護衛のもと彼等が行っているのは浄化の魔術の実践だ。土や水を浄化して、植えられた種を芽吹かせたりや水に落とされた卵を孵す実践である。

 三年生は自分達で必要な術を探り陣を組み立てるところから、二年生は幾つかの陣のサンプルを与えられるのでそれらを組み合わせて描くところから、一年生は元から正解の陣を与えられそれを描き魔力を注いで展開するという内容だ。

 この魔術は神気の強い魔力でないと展開できないため、その適性の無い生徒達が学ぶのは陣の構成までとなる。

 湖の畔の許された範囲で課題をこなす生徒達の姿勢は其々だ。はなから真面目に授業をこなす気のない生徒もいた。普段神聖学の授業を取っていないラツィラス王子の周りに入りびたり、そちらの様子を伺う事に夢中になっている者たちは特に目に付く。だというのに―――

「ジャスティーア、何をしている!」

 木陰に向かいぶつぶつと独り言を言っている様子の彼女へデティモの叱責が飛んだ。デティモ教諭が積極的に注意するのは平民や男爵、又は騎士家の生まれの者が殆どだった。

「すみません! 少し考え事を」

 と慌てて振り向いたユリは突然の眩さに目を瞑った。デティモがジャラジャラと身に着けている金銀の装飾が、ミラーボールのように日の光を乱反射させ四方八方に光を放っていたからだ。彼女の背後では三匹の妖精が素早く木陰に身を潜め、そのうちの一人が「わぉ、ゴージャス」とぼそりと呟いた。小さなその声にデティモが気づいた様子はない。

「君の瓶はどうした。課題は終わったのかね?」

 眉毛を吊り上げる彼に、ユリは傍らに置いていた瓶を見せた。水の方には小さなヌマエビが孵っており、土の方はまだ渡された時の状態だ。

「水の浄化は終えたんですが土の方はまだ……。陣が上手く描けなかったようで原因を考えていました」

「水は……フン、そうか……。ならよそ見をしていないで陣と向き合いなさい。そんな暗い場所でやっていれば原因を見つけられなくて当然と思えないのかね。まともな者はちゃんと明るい場所で勉強をするのだ」

 相変わらず貴族ファーストの彼は「まったく、これだから平民は」というお決まりの台詞を最後に付け足す。

 前期の道具の件は教会から貰ったおさがりなだけあり、彼から文句を言われることは無くなった。だが、だからと言って彼の文句の荒さがしが無くなるわけではない。毎回注意されるユリや二年三年の特待生達は、今日の授業でも集中攻撃を受け、それを餌とする者達のいい笑い草となっていた。

 ―――『そう、トマスがね……。あの子、ちゃんと努力家なんだけど。才能がある子に嫉妬する癖は相変わらずなようね』

 以前メイが神聖学の授業の話題の時そう言っていた。

 神への信仰心は確かな彼は、大好きな光物も神への祈りや賛美に繋がるデザインのものばかりであり、聖職者としての腕は確かなようだ。

(聖女様が言っていたんだもの。この先生から教えてもらえることは確かなんだから、ちゃんと集中しないと。……よそ見してたのは確かだし)

「すみません。ご注意有難うございます。ちゃんと手もとが見えるところでやりますね」

 デティモは瞼をすぼめるように見下し、「フン」と鼻を鳴らし去っていった。

 スノウセツがやってきて「どうかした?」とユリにいたわりの言葉を投げかける。

「ちょっと気になるものを見つけて……授業そっちのけでよそ見しちゃった」

「そう。けどまだ水も土も浄化しきれてない人の方が多いし、焦らないで大丈夫だよ」

「……」

 長いまつ毛で縁取られた目元を優しく細める彼を見て、ユリはふと「この人も妖精なんじゃ」と思う。

「大丈夫?」

「あ、はい。ごめん、大丈夫」

 ユリは後ろ手に先ほど知り合った妖精たちへ合図を送る。合図と言ってもはらはらと手を振って、「またね」と見せる位だ。

 妖精たちは顔を見合わせ「今は都合が悪いみたい」と話し合った。



 神聖学での授業を終え、生徒達は聖域から屋敷へと戻っていた。

 聖域が近いと言っても馬車で四十分くらいはかかる。徒歩で四~五十分の道を行くもの好きは全く居らず、彼等の乗った馬車や馬が列をなして屋敷へと向かっていた。馬組は先に、馬車組はその後から少しのんびりと。屋敷に居て寛いでいる者達は、窓の外にぞろぞろとやってくる彼等を見つけその帰りを知る。

 馬組は騎士達の先導で三十分程の移動で戻って来ていた。

 馬小屋に馬を預け、屋敷へ戻ろうとするラツィラスとジーンへ一人の女学生が駆け寄った。神聖学に参加していた者ではない。彼女は屋敷の前で、彼等のどちらかの帰りを待っていたのだ。そしてそのどちらを待っていたのか、二人はすぐ知る事となる。

「あの……申し訳ありません、殿下。ジェイシ様にお話が」

 ラツィラスとジーンの視線がぶつかる。ラツィラスはくすりと笑んで女生徒に答えた。

「どうぞ」

 ジーンはラツィラスの答えに呆れそっと息ついた。目の前の顔も名前も知らない女生徒に目を向けると、無表情に、無感情に答える。

「ここでお聞きしても?」

「いえ、出来れば……その……―――人目が気になるので別の場所が……」

 もじもじと辺りを見る彼女は僅かに頬を赤らめていた。

 その様子から誰もが一つのケースを想像する。足を止める三人へ好奇の目を向ける者達が「あの女性徒がジーン・ジェイシに思いを寄せている」と想像するのは容易い。

 「誰だ、アレ」「二年みたいだな」「何で殿下じゃなくてニセモノなんだ」「趣味わりー」等の囁きが聞こえる。だがジーンはそれらのひそひそ話に物怖じする様子もなく淡々と答えた。

「すみません。ここでお願いいたします」

「……そんな」

 女性徒はスカートを握りしめて俯く。



 夕食。

 食事は昼食と同じホールで行われた。しかしこの夕食からは自由席でありメニューもビュッフェ形式だ。

 鮮やかな花が飾り立てられた丸テーブルが並ぶ光景は高級レストランさながらである。高い天井に下がっているのは幾つものクリスタルをぶら下げたシャンデリア。昼食には気づけなかったがあんなにも立派な天井をしていたのかとアルベラは感心する。

 共に周辺を散策したエリーやニーニャ達とは部屋で別れ、一人でホールにやって来ていたアルベラはトレーを持ってこの大広間の中を観察していた。

 先ほどから気になる話題が耳に入るのだ。

 ―――「聞いたか、あのニセモノ」

 ―――「あぁ、女性相手に気遣いもできないんだな」

 ―――「笑えるよな。流石剣しか振ってこなかった平民生まれ……女の扱い何て知る筈ないか」

(あちらは上手いこと躱せたようね。ウォーフからしたら失敗でしょうけど。(ウォーフ)どうしてるのかしら。苦しんだ?)

 会場に視線を走らせればあの大柄のオレンジ長髪は簡単に見つけられた。今日は朝から髪を一つに縛っていたが、今もそれはそのままだった。テーブルには小綺麗なメニューを盛りつけた皿、片手には多分アルコールの入ったグラス。自分を囲う年上の令嬢達と、彼は笑顔で言葉を交わしている。

(普通に楽しんでるな)

 アルベラは飄々とした彼の様子に目を据わらせた。

「ア……アルベラ」

「キリエ? お疲れ様」

「お疲れ」

 安心した様に笑う幼馴染は「一緒にどう? あそこ」とホールの中一つの席を指さす。

「ウェンディさんやスカートンと一緒に座ってるんだ。分かる?」

「あら、有難う」

 アルベラが見つけた席には、確かにスカートンとランがいた。そしてサリーナと……特待生のトミタ・トシオ。

 彼とアルベラはキリエを通してたまに挨拶をする程度の仲だ。筋トレ部に入った事は聞いていたが……、とアルベラは以前の彼の姿を思い出しながら口を開く。

「……彼、少し体つき良くなったわね」

 遠目から見ても分かるのだ。ガシリとしたのは確かだろう。以前は前かがみだった背筋も真っすぐに伸びてた。

「うん。トミタ君、休みの間魔術の研究と筋トレずっと並行して頑張ってたんだって」

「そ、そう……魔術研究しながら筋トレ……」

(できるの?) 

 アルベラは嫌な予感をを感じながら自分の役目の項目を確認する。そして間違いなく今もある「筋肉集団を手名付けろ」という謎の項目。

「……」

(ほんと何なのこの項目……)

 多分……いや、高確率で「これはあの賢者様の娯楽欄では」と思わずにいられない。

「あ、あのさ、」

「……?」

「アルベラが良かったらなんだけど、明日一緒に聖域を散歩しない?」

(聖域は……)

「だめ」

 と答え、凍り付くキリエにアルベラは急いで言葉を続けた。

「あ、いや、ごめん、聖域じゃなくて屋敷裏にある湖はどう? 少し小さいけど整えられてて綺麗らしいし」

 整えられた庭園に小規模ながらも美しいという湖。中央には小島とガゼボがあり、可愛らしい橋が渡されていた。中央のガゼボは人気のお茶スポットらしく毎年高位の貴族が独占してしまうそうだ。ガゼボが使えなくとも湖の周りも十分くつろげるとかで、そこで景色を見ながらお茶したり読書や日向ぼっこで時間を潰す者達もいるとか。

「今日軽く見たけど、ちょっとした散歩に丁度いい大きさだったわよ」

「―――いいの?」

 誘ったはずなのに誘い返され、キリエの背で存在しない尾がぶんぶんと振られる。

(あ……)

 嬉しそうな彼の姿にアルベラは「良かったのだろうか」と少し不安になった。

 それこそアルベラは幼い頃からキリエの気持ちを知っているのだ。彼のことは人として好きだし、無駄に傷つけたいとは思わない。ましてやキープの様に扱うつもりもない。ないのだが……こうして声を掛けてくれるとどうするべきか悩んでしまう。全てOKを出してしまっては気持ちを増長させてしまうようで悪いと思い三回に二回の割合で断ったりしていたが、最近はそれも悪いのではと思うようになってきた。

 きっと、自分の気持ちがキリエ以外に向いているのをはっきりと自覚してしまっているためだ、とアルベラは推察する。

「え……と……―――」

(良いと言ってしまった手前、『やっぱ無し』なんて言えない……)

 ワクワクと楽しそうな彼の姿に、アルベラは罪悪感を抱きながら返す。

「ご、午前は魔獣学と午後は薬草学を取ってるから……って、確かキリエもだっけ。それの合間か終わってからでもいい?」

「うん、俺はいつでも。じゃあ後で部屋に手紙送っておくね」

「そう……ならスーを送るわ。伝言を頼む訓練になるし」

「分かった。じゃあ窓に波音貝下げておくよ。兄さんが持ってるはずだから」

「ええ」

 嬉しそうにはにかむ幼馴染。

(ルーじゃなくキリエが嫌ってくれたらなら……―――なんて、結局それでも傷つく癖に。本当都合が良い……)

 と食事を皿に盛り、誘ってくれた席へと招待してもいアルベラは同学年の友人達と楽しい夕食を過ごした。



 ***



 食事を終えたウォーフは自室に戻る。

 机には「彼女」からの報告が置かれており、既に知っている失敗の旨が書かれていた。受け取ったのは夕食前だ。だがその報告を受けてもあの痛みがウォーフを襲う事は無かった。

(俺が言われたのは『この三日で女を使ってあいつ(王子の護衛)を陥れろ』だ。つまり、この三日が終わるまでは結果は保留か……?)

 「はぁ……」と息を吐いて前髪をかきあげた。大柄な体をソファに横たわらせ「どうすっかなぁ……」と呟く。

 別にこのまま失敗して痛みを受け入れるのも良かった。

 ジーン・ジェイシの為に甘んじて痛みを受け入れてやるというつもりはないのだが、労力を使って退学させてやるほど彼を恨んでもいないのだから。

(第三王子か……あれが絶世の美女とかならなぁ。喜んで使われてやんのに……)

 彼はぼんやりと天井を眺める。

(あぁ、そうだ。あいつが第三王子に嵌められて王子さんの護衛を外された暁には、我が家の領地で雇ってやるのもいいかもな。実力は確かだ。第三王子もわざわざ国沿いの辺境まで言って口出してこねーだろ)

「カカッ、そりゃいいな」

 つい先日、父から送られてきた領地内の報せを思い出す。

(あっちもそろそろ、また荒れるみたいだしな)

 父からの手紙には、昔から小競り合いの続いてる海向こうの島国について書かれていた。あちらに送り込んでいた偵察が、ベルルッティ領にまた戦をしかけてくるらしいという情報を送ってきたのだ。

(ったく第三王子の野郎。俺が実家に呼び出されたっつったら流石に解放してくれるかぁ?)

「あーあ。野郎の小間使いなんざまったく楽しくもねぇ」



 ***



 食事を終えたアルベラは自室に戻って来ていた。備え付けの浴室で入浴も済ませ、寝巻を纏ってテーブルに向き合っていた。彼女は頬杖をつき試験管のような瓶に納められた液体を見つめている。

 僅かに赤紫がかった透明な液体がちゃぷりと揺らされる。蓋をつけたままでも鼻を寄せれば華やかな蜜の香りが漂ってきた。

 これは今日、散策をしていたアルベラの元へ八郎が持ってきてくれたものだ。長い歴史の中で貴族が愛用してきた猛毒の花―――から、香りだけを残し毒素を抜いたいわば香料である。明日の茶会までにと頼んでいたのだが一日目の内に準備してもってきてくれるとは流石なものだと感心した。

(『毒を飲ませろ』ね……。渡された毒以外の物を混ぜろとは言われてないもの)

 瓶を机に置きアルベラはベッドに飛び込んだ。

(ウォーフやルーには、私が第三王子の言う事に従うつもりだってのは見せることは出来た。あとは……やるだけやってみたけどカップの中身に気づかれて失敗でした、でやり過ごせばいい。この匂いにあの王子様が気づかないはずがないし。毒の耐性がるとはいえ死なない訳じゃない、多少命をつなぎとめる時間が稼げるだけだもの。スプーン一杯が十分な致死量の毒の香りがすれば口にせずに下げるでしょう……。―――悩むのは……)

 アルベラはベッドに顔を埋めた。

(あの毒を本当に使うかどうか。ルーと話す前は、渡された毒も王子様のカップには入れず他の瓶に移して『使ったふり』で済まそうと思ってたけど。もしルーが私へのお目付け役なら、カップの中身を確認されたら簡単にばれる……)

 アルベラはバタバタと脚を泳がせベッドを蹴った。

 「ならばそこでばれれば良いのでは」という気持ちと「どうせあの王子様は匂いに気付いてカップには口を付けない。もう少し従順な振りをしてあの兄弟不仲を探っても良いのでは」という気持ちとが葛藤する。

(毒を本当に入れるか入れないかもだけど、あの子がカップに口を付けず茶会が終わった時、苦しむふりが上手く出来るかっていのも不安だな……ん?)

 脚に当たった固い感触。アルベラはのそりと頭を上げた。ぼさぼさになって散らばる髪の合間、ナールから渡された魔獣捕獲用の筒が布団に埋もれているのが見えた。

 「そういえばこのままだったな」とアルベラはそれを布団から引っこ抜き、ベッド横のサイドテーブルに移す。

(折角だし、宿泊中見つけた小物の魔獣に使ってみるのもいいかも。そうだ、八郎に毒の件どうするか相談するかな。まだ解析済んでるかわからないけど。―――ていうかあいつ、ユリのストーカーしながらどうやって毒の解析してるんだろう……)

 ふつふつと考えが尽きない夜だ。アルベラは天井を見上げ、眠気がやってくるのを静かに待った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
a95g1rhgg3vd6hsv35vcf83f2xtz_7c8_b4_b4_2script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ