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アスタッテの尻拭い ~割と乗り気な悪役転生~  作者: 物太郎
第4章 第一妃の変化(仮)
311/411

311、初めての宿泊学習 7(妖精達のざわめき)



 ウディーネの聖域とその周辺の森の中。青々とした葉の合間、甘く香った花の上で妖精たちがざわめいていた。

「おかしな気配ね」

「ああ、おかしな気配だ。胸がざわざわする」

「祝福の香りね」

「そうそう、祝福の香り」

「あの方から深く愛された命の香り」

「じきにあの方から選定を受ける巫女の気配」

「これはいい事ね」

「ええ、良い事」

「良い事」

「とっても素敵な日。歓迎してお祝いしなきゃ」

「きっと(ヌシ)も喜ぶわ」

 妖精たちは歌うように言葉を交わす。

 楽しそうな彼等の内の誰かがやってくる眩く温かい気配に紛れ、黒く歪な何かを捕らえ薄い羽を震わせた。

「けど変だよ」

「ええ、変ね」

 「何が?」「どうして?」と周りの者達が訪ねる。

「不吉な匂いよ」

「不吉な匂い?」

「黒い魔獣の匂い」

「それに紛れて咎の匂いも」

「罪人が来るって事?」

「祝福されし子と一緒にいるの?」

「いいの?」

「いいのかしら?」

「良くないわ」

「悪い物なら追い払わないと」

「けど気を付けないと。この感じ……魔獣はとっても大きそう」

「そうね、慎重にならなきゃ」

「確実に叩かなきゃ」

「何か準備は必要かな」

「お祝いの準備ね」

「それに悪者退治の準備」

「そうだ、あの子の事を巫女に相談してみたら?」

「あの子?」

「あの子って誰?」

「私知ってる! (ヌシ)が水底で見つけたっていうあの子でしょ」

「僕も知ってる! 皆で頑張って引っ張り上げたんだ」

「じゃあ巫女とその子を合わせましょう」

「どうする?」

「どうやる?」

「人間が沢山来るものね」

「怖いわね」

「悪い奴に見つからないようにしないとね」

 「どうして?」「なんで?」「人間ってそんなに危険?」とまだ人と関わったことのない妖精は純粋な疑問を零す。

「危ないの」

「怖いのよ」

「だって……―――」

「―――見つかったら翼を千切られて腸を抜かれて干物にされるんですって」

 誰かが言ったその一言に妖精たちは息を飲んだ。「ヒッ……」という音が幾つか重なり辺りは一瞬静まり返る。

 翼のはためきも忘れて凍り付いた妖精たちだが、ゆっくりと声を潜めてまた話し始める。出来るだけ人には見つからず、いかに目的の人物と接触するか。



 彼等はやってくる気配に気を研ぎ澄ませ、神に愛される者達との接触を今か今かと待っていた。



 ***



 ラツィラスは与えられた部屋に着き腰を下ろす。

 相変わらず不自由ない環境。そして平民やそこらの貴族から見れば十分どころか過剰なほどに質の高い調度品。黒象の象牙で作られたテーブルや椅子には金銀の装飾が施され、カーテンやレースの裾には小さな宝石でパターン模様が描かれていた。花瓶や小物入れといったちょっとした賑やかしの品々はどれも金額にすれば平民の年収の中央値からそれ以上のものばかり。

 深紅を基調に、豪勢などれもこれもが集められたこの部屋は平民のユリやリドが見たとしたら「悪趣味ではないものの決してシンプルとも言い切れず妙に落ち着かない空間」と表現していた事だろう。

 平民の者からしたら妙な緊張感の漂う部屋。しかしそういう品々に日ごろから囲われ馴れたラツィラスにしたらいつも使うような物となんら変わりない一室。

 彼はギャッジがお茶を淹れるのを待ちながら、自分が訪れる前からこの部屋のテーブルに置かれていた手紙を開き内容を確認した。

 扉のノックと共に「俺だ」とジーンの声が告げる。「どうぞ」というラツィラスの返答に扉が開かれジーンの姿と共に廊下に待機していた二人の騎士も垣間見えた。ジーンが室内へと通されると二人の騎士の姿は閉まった扉の奥へと消える。

「お茶は?」

「いい」とジーンは入ってすぐの壁際に置かれている椅子に腰かける。年配の者や礼儀を重んじる者がいたなら「護衛が主の許しもなく寛ぐなどなんたる不敬」と叱られるこの動作もラツィラスの命令があってこそだった。

 ジーンがラツィラスの御付きとして城に出入りするようになった頃は、彼も教育係の言葉を守って壁際で静かに待機していたものだ。だが―――

『君がそんなんじゃ寛げません』

『ちゃんと護衛としての役目を果たしてくれるならそれでいいですから』

 ―――と言ったのはどこか物悲しそうな幼いあの王子様だった。

 ジーンは心の隅で廊下で真面目に扉を守る先輩騎士達に申し訳なさを感じるもそれも一瞬の話。今更気にしてどうすると割り切って、自分達の他にギャッジと三人の使用人しか居ない部屋、いつも通り自然体で楽に過ごす。

(手紙……あの事についてか……?)

 「あの事」とはつい数日前の生首についてだ。定期的に第一妃の体調管理のために送られる数人構成の専属医療班。そこにラツィラスが潜ませ、定期的に妃の容態を流していた医師が生首となった彼女だった。

 ギャッジがラツィラスの元を離れているタイミングを的確に突いて来た。部屋には最低でも常に二人の使用人が居る体制だが、その二人の使用人は強力な昏睡系の魔術で意識を失わされていた。魔力への耐性が低ければ死んでいた容赦のない所業。襲われた使用人たちは魔力耐性が高く自衛も心得ていたため、彼等の咄嗟の判断で防衛していたかいもあり回復は早かった。勿論彼等の耐性が高かったのも自衛の術を持っていたのも偶然ではない。狙われる立場であるためそういう者達を選別しつれていたのだ。

 あの生首を部屋に送った主は、きっと使用人の二人も奪ってやれたらよかったのにと悔しがっているのではないだろうかとジーンは想像する。

(―――第三王子)

 あれを見せられた後だ。スチュート「様」という呼び方に拒否感がありジーンは頭の中で彼をそう呼ぶ。

 あれはきっと彼の仕業だ。そしてラツィラス付きの使用人を昏睡させられるほどの人物と言えばあのエルフの護衛だろうと予想できた。

(つっても何の証拠もない、勝手な決めつけなんだよな……)

 ラツィラスもそう思っているだろう事は事実だ。だがそれらしい発言はしていたものの、互いに絶対的な証拠があって「彼が犯人だと思う」と口にした事はまだ一度もなかった。

 こういう事をしそうな者。根幹に居そうな者。それが一番「らしい」のがスチュートであるという事だ。「首」というのが処刑好きな彼を連想させたというのも大きいが。

「……」

 誰かからの手紙を眺めるラツィラスは普段の緩い笑みを浮かべていた。付き合いの長いジーンにもその表情から手紙の内容が読み取れることはなかった。

(あれの件にしても他の事にしても、必要ならあいつから共有するもんな)

 ジーンは主人が手紙を読み終えるのを黙って待った。

 やがて手紙を読み終えたラツィラスは便箋と封筒を共に摘まんでそれらの角に火を起こす。魔法で起きた火は下から上へとそれらを包み込み、ものの数秒で燃え尽きた。あとには灰も残らず、消えた手紙と入れ違いになるようにテーブルの上に淹れたての紅茶が置かれる。

「ファルドとペールが昼食まで騎獣の練習も兼ねて空から探索するってさ。俺とお前もどうだって訊かれたけどどうする?」

 ジーンは頃合いを見て騎士見習いである同級生達の誘いを伝えた。

 ラツィラスは紅茶を飲みながら手紙の置かれていた場所を眺め考える。短い間の後、彼は笑顔で「うん」と頷いた。

「楽しそうだね。折角だし一緒させてもらおうかな」



 ***



 がやがやと生徒達が廊下を行き交い、互いの部屋の中を見せ合っていた。

「ユリは午後、聖神学で聖域だっけ?」

 自分達に与えられた部屋に来るや否や、リドは早速制服を引っ張り出しているユリへ尋ねた。

 因みに今日一日授業のないリドは明るい色合いのワンピースを着ていた。靴は土の上を歩く事を考慮してヒールの低い春物のブーツだ。

 「うん」とユリは頷く。

「勉強熱心だなぁー」

「リドだって明日の薬草学ツアーと魔獣学ツアー入れてるでしょ?」

「もしもの時の為の点数稼ぎだよ。そういうユリも入れてるじゃん」

「うん。けど聖神学以外皆取ってる授業は同じでしょ? なら全員勉強熱心仲間!」

「ははは、それはそうなんだけどさぁ―――……うーん、折角の旅行なのに庶民の私達は勉強三昧かぁー。悔しーい! 何も考えず優雅な旅行を楽しみたかったぁー!」

 「『宿泊学習』だし仕方ないよ」とユリは笑いながら返す。

 授業三昧といえども普段に比べたら明らかに授業数は少ないのだ。しかも二コマ使っての授業は学園所有地内を回っての野外授業。筆記試験は無くあるのは自主的なレポート提出。あまりにも的外れな事を書かない限りレポートの点数もそれなりに貰えるので良い稼ぎである。

 お金を払って在学している貴族達はそのレポートを出さない者の方が多い。だが高い成績をとる事で在学が許されている特待生達にとって、ここでの点数稼ぎはいざという時の保険となるので全授業の参加とレポート提出はほぼ必須だった。体調不良でない限り一学年から三学年の特待生達が全員参加するので、特待生達にとっては全学年交流会のようにとられている一面もあった。

「まだあった事のない先輩もいるし楽しみだね」

「まぁー、そうなんだけどさぁー」とリドは不満が残る様子でベッドに腰かけ脚を揺らしていた。

 初の宿泊学習に胸を躍らせる二人。

 それを窓の外からこそりと数匹の妖精が覗き見る。



「お嬢様、これはなんですか?」

 外に出ようと身を整え、スーも共に散歩をさせようとアルベラが彼女を籠から出していた時だ。アルベラの旅行鞄の底に瓶と魔術の札が貼られた筒を見つけたニーニャが、それらを取り出して不思議そうに尋ねた。

 見覚えのある二つにアルベラは「あ……」と動きを止める。ちなみに授業は無いので彼女はワンピースにショールを羽織っていた。歩き回っても支障のない範囲のもので、それでいて貴族のお嬢様として恥ずかしくない装いである。

「これは普通のガラス瓶ですかね? こちらは……もしかして魔獣の封印道具……? ―――まさか……お嬢様!?」

『お嬢様!?』

 アルベラの腕に逆さまに抱えられていたスーがニーニャの声を反復する。

 まさか学園の行事中に魔獣ハントをする気かとニーニャが怯えと非難の籠った目を我等がお嬢様へと向けていた。

 アルベラは瓶と筒の上にかぶさっていたであろうローブを見て「あれか……」と思った。

(ナールの奴、私のローブにあれを仕込んでたの? 全然気づかなかった。どうやって……)

「ニーニャ、魔獣や妖精の勝手な狩猟は犯罪。私だってそれくらいわかってるし、公爵の令嬢として最低限のルール位守るつもりよ」

「最低限でなくちゃんと一般的な範囲で守ってください!」

 「あら」というエリーの声にアルベラとニーニャの視線が集まる。その先ではエリーが頬に手を当て、はんなりと首をかしげて笑んでいた。

「けどお嬢様、罪になる事はありませんよ?」

『ありませんよ?』

「は?」

「申請、ちゃんと出してありますもの」

『ありますもの』

「ん?」

「まぁ、覚えてないんですか?」

 と尋ねるエリーは楽しそうだ。まさかの事実を面白がっているようだった。

「ほら、飲み会の次の日の朝。ナールちゃんが準備した紙にサインしたり判子を押したりしてましたよね」

『してましたよね』

「んん?」

「あらあら……」

 『あらあら……』とスーは音の反射に飽きたようで、アルベラの腕のなかバサバサと翼をはためかせた。エリーがスーの行動を読んで腕を持ち上げると彼女はその腕へと移って落ち着いた。

「ナールちゃんも『執念』って感じでしたし。土みたいな顔色で意識も朦朧って感じで……けどやたら鬼気迫って……。お嬢様ってばてっきりその熱意に折れたのかと」

 エリーの言葉にアルベラの目尻がゆっくりと上がっていく。

「誰があんな奴のよこしまな気迫に折れるか!」

 ―――スパン!

 とアルベラはニーニャの手から筒をとり、それをベッドに投げつけた。ケルピー捕獲用に渡された筒は極上なふかふかの布団に突き刺さる様に埋もれる。

「くそぉ! ナールの奴、人がまともな判断力失ってる隙に!! 卑怯者! 誰があんな奴の思い通りに動いてやるか!!!」

「お、お嬢様ぁ、落ち着いてくださぁい」

「落ち着いてるわよ! ほらさっさと行きましょう! ったく! 覚えてろ! あの根暗!」

 アルベラはニーニャの手から瓶を受け取りエリーへと渡す。エリーは肩にかけていたそう大きくはない鞄へ渡された瓶を詰めた。

(妖精だって誰が捕まえるか。聖域回りの新鮮な草とか土をふんだんに詰めて渡してやる)

 アルベラはナールへどう仕返しするか、あの瓶で如何に幻滅させてくれるかで頭を一杯にし足を進める。

 部屋の中では感情的になっていたアルベラたが、一歩外に足を踏み出せば流石の鍛え上げられたポーカーフェイスで誰の目から見てもおしとやかなお嬢様と化していた。



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