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アスタッテの尻拭い ~割と乗り気な悪役転生~  作者: 物太郎
第4章 第一妃の変化(仮)
310/411

310、初めての宿泊学習 6(宿泊学習での役目)



「えーと、確かこちらですね……あぁ、ここです」

 スーの籠を抱いたニーニャが扉を開ける。

「わぁ、素敵なお部屋ですね」

 その後に続きアルベラと二泊三日の荷物を抱えたエリーが入る。今回はガルカは留守番だ。聖域が近いという事で理事長直々に魔族の立ち入りは避けたいとの相談の手紙があり、手紙を受け取ったラーゼンがそれに承諾したのだ。手が空いたガルカはこの三日ラーゼンに付いて働いている。

 という訳でアルベラは彼の代りにニーニャを召喚したわけだ。

 ちなみに馬車まで一緒に居た八郎はそのまま馬車の中に残りアルベラ達とは別れた。どこかで人目を盗んで抜け出し三日間の宿泊先を見つけるらしい。

「スーはそこで良いわよ。エリー、私の荷物もベッド脇に置いてくれればそれでいいから。ていうか絶対あんたが開けるんじゃないわよ。クローゼットに服を移すにしてもニーニャにやってもらうから」

「お嬢様ったらいけず♡」

「わ、分かりました! お洋服は全部移しちゃっていいですか?」

「ええ」

 スーの籠を窓辺の低い棚の上に置き、ニーニャがぱたぱたと荷物を確認しに行く。

 エリーはその間にお茶の準備を整え、空のポットの蓋を開けてアルベラへと向けた。

「お嬢様、この部屋の水の安全性については後程確認させて頂きますので、」

 アルベラは「はいはい」と言いポット中に魔法で水を集める。

「ありがとうございます」

 何でもそつなくこなすエリーだが、相性の問題とやらで飲み水を集めるのは苦手なのだ。攻撃に優れた土の魔法が得意な彼女が水を集めようとすれば泥水となってしまい、その上魔力や気力も大量に消費されてしまう。

「流石ですね。冒険者の方方もお嬢様の飲み水には感心していましたよ。一パーティーに一台欲しいと」

「浄水器扱いか」

 ふふふ、と笑いエリーはお湯を沸かし視線を窓に向ける。続々と到着した生徒達が屋敷―――と言ってもほぼ「宮殿」の規模であるこの宿泊施設の中に入ってくるのを眺めた。

「昼食はホールで行われるそうですね。それまでどうします? 午後はスカートンちゃん達とお茶会でしたよね」

「ええ。―――何も考えず辺りを散歩と行きたかったんだけど……」

 コンコン、とノックの音が聞こえニーニャが反応した。

 彼女が扉を開け客人を確認すると「お? 新しい使用人か?」と聞き覚えのある声。扉の前には部屋に置かれていた衝立が訪問客の視界避けにと立てられていたが、今回の客が誰かは声だけで十分分かった。

「ニーニャ、お通しして」

「は、はい!」

 衝立から頭がはみ出しているあの背丈は間違いない。

「―――悪いな、嬢」

 と予想通りの人物、ウォーフが顔を覗かせた。お互いいつも学園で顔を合わせる時の制服姿ではない。この三日、講義中の者達を除き皆私服なのだ。

「ん? 茶を淹れてたところか」

「ええ。貴方もいかが」

「カカッ。じゃあ有難く」

「なんの用?」

「なに。様子を見に来ただけだ」

「ふーん……」

 ウォーフの視線がエリーとニーニャに向けられる。

「二人共、席を外して。扉の前で待ってて」

「はい」

「はい」

 アルベラの言葉に二人は速やかに部屋を出ていった。ニーニャを視線で追い、ウォーフが口を開く。

「嬢にしちゃあ随分普通の使用人だな。大丈夫か? 何かに巻き込まれたら簡単につぶされちまいそうだな」

「ええ。ニーニャは脆弱よ。化け物ばかりに囲まれて息苦しくなってたし」

「息抜き要因ってか」

「そうよ、悪い?」

 アルベラは立ちあがりエリーが置いていったポットからお茶を注ぎカップをウォーフに渡した。

「カカッ、別に文句ぁねーよ」

 ガルカが魔族だと知っているのはアルベラと関りの深い人間とラーゼンがその必要があって知らせている人間だ。他は何処からか漏れ聞いた噂を聞いている者達。そして自らの嗅覚でそれを嗅ぎ分けた者達。

 ウォーフはどれだろうとアルベラは思いながら「魔族の立ち入りは禁止されたため代わりにニーニャが来た」という理由は伏せた。

 公爵の令嬢が直々にお茶を淹れたというのに、彼はその事に全く気が付いていない様子だ。無意識にカップを受け取ってアルベラに向けた視線を鋭くした。

「んで」

 彼のニーニャへの興味は早々に逸れていたようだ。

「どうするんだ? 嬢一人で抱えきれないようなら俺が手を貸すが」

「いいえ」

 アルベラは紅茶を一口含み、爽やかな香りで口の中にわだかまった気持ち悪さを洗い流す。

「第三王子様の仰せのまま。―――渡された毒は、ちゃんと私がラツィラス殿下に盛って飲ますわ」



 ***



(どう使おうか悩んだが、とりあえず今はこんな感じでいいだろ。さぁて……あいつ等がちゃんと使い物になるかどうか……)

 スチュートは城の敷地内、ルーディンと共有で与えられた宮殿の自室で足を組んで寛いでいた。手元には幾つかの報告の手紙と、テーブルの上には今回不参加である宿泊学習のしおり。

(ベルルッティはまぁ、まだいい。一応あれでも国を支えてきた貴族だ。あの家が王族に尽くしてきた忠誠や功績は俺だってよく知ってる。それならそれなりにガキの頃から鍛え上げられてきたはずだ。けどディオールの方はどうだかな……―――生ぬるい環境で育てられた女に出来る事なんてたかが知れてる……)

 ディオール公爵の娘の溺愛は貴族間ではそれなりに有名だった。



『ベルルッティ、お前はあのまがい物の騎士に女でも(けしか)けろ。宿泊学習中にな。得意だろ、そう言うの。―――女に襲われたなんだと喚かせてあいつの信用を落とすんだ』

(誰が得意だ)

 とウォーフは心の中思うも、

『仰せのままに』

 と跪いたまま首を垂れる。

『ディオール、お前はこれだ』

『……?』

『三日の間にアイツにこれを飲ませるだけでいい。―――ハハ、そうだ。あと、あいつが元気なうちに頬の一つでもひっぱたけ。どんな顔してたか後で聞かせろよ』

 執事がアルベラへと渡したのは真っ白な紙の包みだった。それを見て「毒か?」と思いながらアルベラも跪いたまま頭を下げる。

『はい、承知いたしました。殿下の仰せのままに』

『チッ……本当にできんだろうな。この場で痛みを回避しても、三日後今行ったお使いをクリアしてなけりゃ苦しむのはお前だからな』

『はい、肝に銘じております』

 表情一つ変えず涼やかに返す令嬢にスチュートは二度目の舌打ちをした。



 これは先日スチュートが学園の一室に二人を呼び出した時の出来事だ。

 テーブルの上に置かれた母の容態が書かれた紙。それを眺めるスチュートの手に力がこもり、手にしていた「どうでもいい紙」がくしゃりと皺を寄せる。

(最終的に……あのニセモノの騎士は二度とあいつの隣に並ぶことができないよう、貴族としても騎士としても潰してやる。そんであの女……細々とした功績で身に余るほどの地位を得やがった家の娘。高々二代目でよく堂々と公爵家だとか名乗れるな)

 あのすました顔が、どこか人を見透かしてるかのようなあの目が、五番目の弟を彷彿とさせスチュートは彼女を一目見た時から気に入らなかった。

(あの女は王族殺しの罪でも着せて見せしめとして首を落としてやれれば最高だが……。ラーゼン・ディオールの狡賢さが本当なら、あの女が今回命じた服毒を自分が犯人だとバレる形でするかどうか……。簡単にばれる様な阿呆なら、すぐ首を落とせなくても罪人として捕らえられる。そうなってくれりゃ、あいつがどんな顔するか見ものだな)



 スチュートは母が倒れた時から復讐に捕らわれていた。

 我が母を殺しかけ、長い悪夢に閉じ込めた憎い弟。挙句母の愛していた長男が得る筈だった物を全て奪い取っていった腹違いのソレ。彼への怒りと憎しみでスチュートの頭はいつも一杯だった。

 そして、あの弟が孤独を恐れていることをスチュートは知っていた。あの弟が連れてこられた宮殿の様子をこっそり見に行っては叱られていたから。

 あの頃の幼い五番目の弟は、もう誰も近づけまい傷つけまいと己の殻に籠って人との関りに躊躇っているようだった。

 だからこのまま、笑顔の仮面を張り付けて心を凍てつかせて壊れていけばいいと思っていた。だというのに―――

 それがいつからか、気づけばあの弟は己の過去や人と向き合おうと踏み出し始めていた。―――いいや。自分が気づいた時には、彼は既に踏み出す意思を持った後で、その功を成し結果を得初めてしまっている最中だった。

 忌々しい弟へ手を差し伸べたあの赤髪赤目の騎士。そして次に現れた元準伯の家の女。

()()()の言った通りなら、あの二人が俺の復讐を邪魔したって事になる。なら―――)

 スチュートの心に灯った復讐の炎が誰にも知られず轟轟と燃え盛る。

(どちらも叩き潰してまた知らしめてやるだけだ)

 


 ***



「ふーん、まぁそう言うなら……。嬢、今週は随分体調が優れねぇみたいだったな。もうそっちは大丈夫なのか?」

「え……、ええ……」

 体調、と言われれば心当たりは一つだった。―――冒険者達との飲み会。

 一週間引きずった二日酔いにアルベラは視線を逸らす。

「そうか、あんなになるまでな。……酒に溺れたい事でもあったか?」

(ばれてる……。いや、まあ仕方ないか……)

 翌々日の登校日、「少しお酒の匂いが残ってますね」とエリーに言われていたので覚悟はしていた。しつこく居残る二日酔いとアルコール臭に出来るだけ人との関りを避け、予定していたお茶会も体調不良が理由でおじゃんとなった一週間だった。

(回復薬はろくに効かなかったけど、匂いは香水で何とか隠せたと思ってたのに……)

 傷を埋める回復薬は二日酔いには直接作用しない物の、内臓の修復には役立ってくれるから飲むように言われ毎日それこそ朝昼晩と薬と共に飲んでいた。続けて飲むと効果が薄まって行くものなのであまり継続して飲む物ではないのだが、それでも一週間続くとは、一体どれだけ肝臓に負担をかけたのかと体を労わる日々だった。

「言ってくれれば俺の胸を貸してやるってのに」

 ウォーフは妙に艶っぽい声で腕を伸ばし、アルベラの髪を一房手に取って撫で付ける。

「無用よ。祝杯で少しはしゃぎ過ぎただけだもの。貴方の胸を借りる必要はないわ」

「公爵の令嬢がはめはずして飲み過ぎただぁ? ―――ぶっはは、随分雑な冗談だな」

「……」

「―――……? は? もしかしてマジか?」

「祝いの席を楽しむ事の何が悪くて?」

 全然楽しくなかった。むしろ地獄だったわけだが、アルベラはぴしゃりと言い切り扉を示す。

「ウォーフ様、用が済んだならもう帰ってほしいのだけど」

 冷え冷えとした棘のある台詞だがウォーフは笑って跳ね返した。

「冷てーな。功績組のよしみだろ。―――くく、カカカッ、そうかそうか、祝杯……まじか……。おい嬢、今度俺とも酌み交わそうぜ」

「もっと仲良くなる事がありましたらね」

「カカカ! 言ってくれるじゃねーか!」



「じゃあな。邪魔した」とウォーフが笑いながら部屋を出ていく。

「ええ。ご武運を」

 入れ違いにエリーとニーニャが部屋に戻って来た。

 「楽しそうでしたわね」というエリーの言葉にアルベラは「そうね」と他人事に返す。

第三王子(スチュート)……面倒な命令して自分達は宿泊学習で不参加何て。一体何を企んでるやら。しかも休み明けの命令が服毒って。なんで急に殺しにかかったわけ? 休み中何かあったの?)

 これが死ぬほどの毒とはまだ分からないが、とアルベラはポケットに手を入れた。ポケットの底、指先にあの小さな包みが触れた。

 来る途中、車の中で八郎に見てもらい毒であることは確認できたが、詳しく何の毒かまでは調べられなかった。サンプルとして少量を彼に渡しが、この三日間の内に解明できるかは疑問である。

 渡されたのが昨日な事もあるが……盟約の魔術を恐れるのであれば、そもそも口外自体も禁止されていた。

 ―――とはいえ、だ。実のところ、スチュートから何を命じられようとアルベラはもう何も気にする必要がない。彼女にかけられた魔術はいつの間にか殆ど消えていたのだから―――。

(あの蜘蛛女の件で沢山出血したから……かは、確実じゃないけど……旅の間に、休み前に受けた魔術が薄まったてたんだよな……。ウォーフにこの事を言うかどうか迷ったけど結局言わなかった……。ま、後々『何か』の『もしも』の切り札になるかもだし、やっぱりまだ誰にも言わない方が良いか)

 「王族の言葉に逆らうな」という盟約の魔術。

 それの変化に気付いたのはピリの治療の日、ラツィラスと言葉を交わした時だった。彼の言葉を拒否したり否定した時に感じた体の内側が痺れるような痛み。腸に宿るみょうな熱。きっとあれは魔術の残りカスだ。あの時ラツィラスはすっかりアルベラの魔術の事を忘れている様子だった。

(なら、これはあの子達にもまだ言わない方が良いよな。毒については八郎以外の人の手を借りて調べるのは控えよう。業者を使えばどこから情報が洩れて第三王子の耳に入るか分からない。服毒についてはとりあえず()()で、魔術が溶けかけてるってバレるまでは従順な振りを―――)


 ―――♪ タラララララーン、タララララン


「……」

 自分にしか聞こえない入店音にアルベラは目を据わらせ自分の役目を確認した。


 『 ヒロインが保護した聖獣の卵を割る×2 期間:卵が孵るまで』


「はぁ……」

(こっちもこっちでやる事やらないと)



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