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アスタッテの尻拭い ~割と乗り気な悪役転生~  作者: 物太郎
第4章 第一妃の変化(仮)
299/407

299、婚約者候補被害者の会  5(カップの交換)



(魔力の暴走……?)

 今のがベッティーナから聞いていた例の現象だろうかと、アルベラは正面での出来事を眺める。高貴な令嬢らしく落ち着いた表情を張り付けた彼女の真反対の席では、駆けつけた使用人たちが突然のアクシデントの後片付けに勤しんでいた。他の令嬢達も驚き顔で席に着いたままその様子を見守っている。

(私そんな圧かけてないよな。ダンスト嬢も落ち着いて話してるように見えたけど……けど、髪も光ってたし……『彼女の周りでだけ電気が走って』って言うのも聞いていた話と同じだ……)

 感情によって魔力が暴走する様は幼い頃にスカートンの周りでたまに見た。その時のスカートンは分かりやすく感情が昂っていたが、見た目に現れないほどの感情で魔力は暴走する物なのだろうかとアルベラは疑問を抱く。

(それとも、ダンスト嬢の感情を隠す技術が卓越してるか……)

 アルベラの視線の先で使用人たちは手早い作業を披露し場を修復していった。

 使用人の一人が馴れた手つきで印を描きダンストの服を乾かし染み抜きを行う。別の使用人が割れたカップを回収し零れた紅茶を拭きとる。さらに別の使用人はカップを準備し新たに紅茶を淹れている。 その使用人は紅茶で満たしたカップをダンストの席に置くと、他の令嬢達の元も周り「念のため」と言ってカップを回収し新たな物と入れ替えていった。勿論アルベラのカップも。

 アルベラはカップを持ち上げ、それを見下ろし目を細める。

 隣の席のベッティーナを見れば、ベッティーナは茫然とした表情でダンストと「お怪我は?」「大丈夫よ」というやり取りをしていた。

「―――エリー」

 アルベラが後ろに控える彼女の名を呼ぶと、エリーはそっとアルベラの隣に並び出る。

「皆さんのカップを回収して。ガウルトのお茶をお願い、折角ですしあちらの茶器で揃えましょう。気分を変えられていいと思わない?」

 それは旅行中、お土産にと買ってきてた品々だ。エリーは華やかな笑顔で「ええ、素敵ですね」と言われた事に従順に頷く。言われた言葉以上の説明は求めず、彼女は言われた通り先ずはテーブル上のカップを回収し始めた。

「失礼」

「え、あっ……」

 茶会用具の乗せられたワゴンを丸々エリーに持っていかれてしまい、ワゴンの隣に待機していた使用人が戸惑いの声を上げた。使用人の片手が惜し気にエリーの背を追って小さく持ち上げられる。エリーは背中の声には聞こえないふりをし、令嬢達の前に配られていたカップをソーサーごと回収していった。

「―――お騒がせをしてしまい申し訳ありません」

 正面から戸惑いを抑えたダンストの声。アルベラはそちらを見て「いいえ」と微笑んだ。

「折角お片付けが済んだ所申し訳ありませんが、私の使用人が戻るまでお茶無しで待っていただいてもよろしいでしょうか。休み中に面白いお茶を買った事を思い出したもので、この機会に先輩方にもお土産をと。本当に突然申し訳ありません」

「お土産……?」とダンスト。

「はい。綺麗なお茶なので気分も安らぐかと」

 拒否を許さぬ公爵の令嬢の優雅な笑み。絶対的な権力を感じさせる彼女に、この場で拒否の声を上げられる強者はいなかった。



 エリーがカップを回収している間、ガルカは視線を感じアルベラを見下ろした。

(分かっている)

 彼は口端を持ち上げて答える。

 アルベラが視線で訴えたのは「あれを逃がさないで」とい事。あれ―――つまり皆にカップを配って回ったあの使用人だ。彼女は同僚に「念のため替えの一式を持って来る」と話しこの部屋を出ようとしていた。

 心拍数も早くその使用人は落ち着いた装いで静かに部屋を出ていく。ガルカは「失礼」と主人の背に頭を下げ、足音無く獲物を追ってその場を後にする。



(二人が行っちゃったけど何かあればコントンがいるし。エリーもきっとすぐ戻る……)

 アルベラはブレスレットに触れチラリとその色を確認する。吊るされた鉱石が一つ、熱を発し鮮やかに発色していた。濃い紫色に赤い粒が煌めく鉱石。つるつるに磨かれたその石の表面をアルベラは指の腹で撫でその滑らかさを堪能する。

(これは……結構危ない奴だった気が。それがベッティーナのカップから、か。他のお客人方のは確かめられなかったけど、エリーがカップどころか茶会道具丸ごと全部回収していってくれたし……)

 アルベラがエリーにカップを回収させたのはベッティーナの紅茶から命を害する類の毒の気配を感じたからだ。全員分のカップを変えた使用人を不思議に思いながらも、その時は特に何かを疑ってはいなかった。

 ブレスレットで飲み物を調べ直したのも、自衛のため習慣化しようと意識しての事だ。そして自分のカップには何も入っていない事を調べ問題ない事を確認した。ここでカップごとお茶が配られたのを思い出し、「飲み物でなくカップに毒が仕込まれているって服毒のトリックとしてはあるあるだよなぁ」などと暢気な思考の元、試しに「なんちゃって」なノリでベッティーナの紅茶を()()()()()のだ。―――そしてブレスレットが熱を発し反応した。

(まだ皆飲んでないみたいだったし、毒物についてはひとまずこれでいいか)

 その毒に気付いたのはアルベラだけだ。ならばこの場で余計な事を言い不安を煽る必要もないだろうとアルベラは口を閉じる。

(先ずは先輩方の話にけりを付けて円満な解散を)



「―――それで、カップと放電の件については後程調べていただきましょう。幸いけが人も出ていませんし、今はお話の続きを優先しても?」

 ダンストは苦々しく頷く。

「では先ほどのお話しの続を。先輩は先ほど私を犯人だと思っていたとおっしゃり、その後何か言い欠けていましたよね。その続きを聞かせて頂いても?」

「え、ええ、……はい、そうでしたね」

 ダンストは自分が言葉を言い欠けていたことなどすっかり忘れていた。尋ねられて思い出し、情けないものだと眉を寄せる。

 ダンストは昨日の自身の熱を思い出す。―――昨日サーグッドの相談を受けた時の頭の熱だ。あの令嬢が犯人だと、そうに違いないと思って疑わなかった。

 そして今日。午前中に手紙を出し茶会の時間になるまでにバッジの事を思い返しもしかしたらと思う事があった。何度か―――そう、何度も聞いたような話だ。悪事を働いて他の誰かに濡れ衣を被せる、その伝手や技術があれば出来る手法――贋作。


 ―――このバッジは本物だろうか、と。


「『もしかしたら』と思いました」

 哀れな友人の、不安気な視線を感じながらもダンストは言う。

「『もしかしたら、誰かのなりすましかも』と。ディオール様が犯人ではなかった場合の話ですが、誰かがディオール様に罪を被せようと図った事なのではと」

 言ってダンストは首を振る。

「―――すみません。ですが今は、正直どちらかは分かりません。ですが……この家紋が残された以上、ディオール様は()()()()()()()のだろうと思います」

 やはり自分は犯人候補から外れはしないのだとアルベラは苦笑する。だが幸いなのは、相手もこの紋章の真偽に疑いを抱いてるようだ。

(『無関係ではない』か……。犯人ですかどうですか、の押し問答になったらただ『違いますよ』『私じゃありませんよ』って答えて解散と考えてたけど……―――……これはこれで……どうなるんだ……どうしよう……)

 自分の予想と異なった流れに感動するものの、それはそれでどうしたものかとアルベラは考える。

(『私が犯人探しをしますからご安心を』とか言って期待されるのも嫌だしな。どころか私が彼女達の立場なら、証拠隠滅とか偽の犯人仕立て上げて無理やり解決させられるんじゃって思うし、全然信用できないし)

「そうですね……」

 考えながらアルベラは言葉にする。

「確かに関係はありそうです……。私が犯人か、他の誰かが何らかの意図があって、又は全くの偶然で目に付いたディオール家の家紋を使ったか。―――ですが、私の口から『私は犯人ではない』という事はお伝えさせて頂きました。確か、私をお呼びいただいた目的は『真偽の確認』でしたね。と言う事は、最低でもその目的は果たされたと」

「ええ、確かに……」

 ダンストが頷く。 

「正直、このバッジや皆さんへの嫌がらせについては、私に犯人に心当たりがございません」

 我が家を嫌ってる家紋という括りにしてしまえば幾らでも心当たりは出てきてしまうが、それを言っては面倒だとアルベラはうそぶく。

「犯人探しについては私を存分に疑ったうえで行って頂いて構いませんわ」

 隣でベッティーナが「アルベラ様……」と困惑の声を漏らす。

「この件に関して、皆さんからディオール家に何らかの探りを入れられても目を瞑りますのでご安心を。危害を加える様な事があったら流石にこちらも防衛手段はとらせて頂きますので、やり過ぎにはご注意を頂ければ幸いです」

 唯一の手掛かりと言えるバッジについて、なにも進展が得られずダンストとサーグッドは目を合わせ残念そうに首を振る。

 他の令嬢方は俯いたり、ダンストとサーグッドに悲し気な目を向けたり、アルベラに恨めし気な目を向けたりとしていた。そんな彼女たちを見ながら「まぁ……勿論私も家紋を悪用された以上全く何もしないわけにはいかない訳で……」とアルベラは後で母に連絡を入れ、この件に関して人を手配してもらおうと考える。

(そのためにはこのバッジ……)

「サーグッド様、このバッジは少しの間お借りしても?」

「……い、いえ。できれば持ち出さないで頂きたく……」

(だよな……)

 ここでアルベラが自分で「私じゃない」と言って、その言葉が真実である保証はないのだ。相手が重要な証拠品を犯人らしき人物に易々と渡すはずがない。

(本物のバッジを彼女達に送って逆に万が一悪用されたら困るし……―――あぁ、そっか。こちらが本物を持って確認すればいいのか)

「では、また今度改めて見に行かせて頂いても? 見張りを用意して頂いて構いませんから」

「……はい、見に来ていただくのは……お呼びいただければこちらから伺いますわ」

「分かりました。ではその時はご連絡させて頂きます」

「はい……」

(あまり顔は合わせたくなさそうだけど仕方ない)

 話しはある程度付いて見えた。

 部屋はしんと静まり、アルベラが「退室して良いのでは」と思うと同時、お茶を取りに行ったエリーの事を思い出す。

 念のためにと茶器類を取りに行った学園の使用人はガルカに捉えられているだろうから当然戻ってくることはない。

(お土産待ち……気まずい)

 お土産などと言わず、別の理由を付けてカップを回収すべきだったとアルベラは後悔した。早くエリー来い、と彼女が願っていると令嬢の一人が口を開く。

 彼女の恨めしいとも悲しいともとれる暗い瞳がアルベラに向けられる。

「……ディオール様は、婚約者候補の取り下げを無効にする方法をご存じではありませんか……?」

 小さくふるえる声。アルベラの左手の席―――三人のうちの真ん中に座る令嬢の顔は真っ白だ。

「取り下げを無効に……」

 アルベラは視線を落とす。

 一つ頭に浮かんだ方法はあるが、それを自分が受けるのもおかしい話だと思った。

 思いついた一つ、つまりはあの王子様本人に頼むという事だ。

(それはあまりに、ね……)

 アルベラはまさに暴挙だなと思う。「この方々を婚約者候補に戻して差し上げて」などと、口が裂けても言いたくは無かった。こんな頼みをした時点で、彼が私の頼みを聞いてくれと過信しているようではないか。と、アルベラは自信満々に頼む自分の姿を想像し身震いする。

(もしかしたらワンチャンあの王子様なら『イイヨー』で聞いてくれるかも、とか思えるのがまた駄目だ。私は特別とか勘違してるみたい。だめだめ。絶対やっちゃ駄目)

 ―――そんな方法存じ上げません。

 その一言を言おうとしたアルベラだったが令嬢の方が早かった。

「す、すみません。取り消しをお願いしてほしいとまでは言いません。も、もしよければディオール様から殿下に出来るのかどうかを伺って頂ければ……。ほんの少しで良いのです、今回の件、ディオール様が犯人でないのなら私達をお助けして頂くことは叶いませんでしょうか。……ディオール様は殿下と仲がよろしいですし……取り下げが可能かどうかさえわかれば私はそれで……」

 目の端に涙をためた令嬢は、勇気を振り絞って恐怖に立ち向かうようにアルベラを見つめる。

(はっ……はは、は…………―――回り込まれた!)

 アルベラは内心空笑いをし、想像上の卓に想像上の両拳を叩きつけた。

 確かに聞くくらいならいいだろう、そう思えてしまうのが少し悔しい。が、ずっと黙っていた令嬢の勇気の一発だ。これくらいなら食らってあげてもよかろうとアルベラは笑顔を浮かべる。笑顔を向けられた令嬢はどう感じたのか「ひっ……」と悲鳴混じりの息を漏らし白い顔を更に白くする。

「それくらいでしたらお受け」


「―――すみませんルディア嬢、取り消しは出来ません」


 アルベラの後方、扉の前から男子生徒の柔らかい声がそう言った。令嬢達の視線が全て一瞬でそちらへ引き付けられる。アルベラもそっとそちらを振り返える。

 全員の目が自分に集まり、扉の前の人物―――ラツィラスがいつもの優し気な緩い笑みを浮かべた。

 「殿下……」「なぜ」と誰かと誰かの呟きが聞こえた。

「割って入ってしまいすみません。扉が開いたタイミングで話が聞こえてしまったものですから」

(扉が開いたタイミング?)

 いつの間にか漂っていたほのかな紅茶の香りにアルベラはエリーが戻って来ていた事にハッとする。いつの間に、と思いながら、()()はエリーと共に来たのだろうかと思う。「なんで」「いつ」とアルベラ視線で問えばエリーからは満面の……それはそれは楽しそうな類の笑顔が返された。

(あいつ……)

「長くお邪魔をするつもりはありませんので、丁度聞こえたお話への回答を僕からしてもよろしいでしょうか?」

 ラツィラスと目が合い、アルベラは「ではお願いします」と口にしそうになった。だが自分が答えるのも変だと令嬢達を振り返る。どうします、と尋ねるその視線にダンストが「お願いいたします」と応える。

「ありがとう、ダンスト嬢。さて、婚約者候補の辞退についてですが、候補者が辞退する際は僕も書類に目を通し()()しているんです」

 彼は優し気な目元を細める。

「承諾。この言葉の意味がご理解いただければいいのですが」

 しかし赤い瞳に優し気な温かみは感じられず、彼の言葉は傷心の令嬢へ無情な現実を突きつけた。



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